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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: エフピー
第三章 ガルディア動乱編

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第七十五話 それぞれのこれから

 治療所の大部屋は、思っていたよりずっと広かった。


 白いカーテンで仕切られたベッドがいくつも並んでいた。


 張りつめていた空気は、少しずつほどけ始めていた。


 ムーの魔力切れは、ほどなくして落ち着いた。


 ネールも目を覚まし、また静かに羽を休めた。


 全員がようやく、ひと息つけるところまで来た。


 ただフライだけは、まだ別室で治療を受けていた。


 治療所の奥。


 回復魔法と処置が続いているその部屋には、今は誰も入れない。


 ホルスが、壁に背を預けたままぽつりと呟いた。


「フライは、きっと大丈夫だ」


 パディットも、部屋の入口の方へ目を向けたまま、静かに伏せる。


「フライとの繋がりを感じる」


「生きてることだけは分かる」


 その言葉に、部屋の空気が少しだけやわらいだ。


 フリールが、壁に背を預けながら息を吐く。


「なんか色々あったね」


 ハルが苦笑した。


「整理したいけど、頭がまわらねぇな」


 ホルスが、部屋を見渡しながら言う。


「まぁ、一つ言えることは」


 そこで、ほんの少しだけ目を伏せる。


「目的だけは果たせたってことだな」


 その言葉に、誰もすぐには返事をしなかった。


 けれど、みんなの胸の中には、それぞれ同じ実感があった。


 ファラが、ぎゅっと膝の上で手を握りしめていた。


「みなさん……本当にありがとうございました」


 その声は、少し震えていた。


「でも、こんなことになってしまって、何て言えばいいか……」


「大丈夫」


 エルが、やわらかく微笑む。


「みんな、それぞれがやりたくてやったことよ」


「ムーたちもなのん」


 ムーが、ぷるぷると震えながら言う。


「ファラを助けたいって思ったのは、ムーたちなのん」


 ホルスが、静かに頷いた。


「それだけじゃない」


「この場にいるみんな、それぞれ何かを抱えて、戦いに挑んだ」


「後悔はない」


 その言葉に、全員が小さく頷いた。


 フリールが、ぱっと顔を上げる。


「じゃあ、今日はもうゆっくり休もうよ」


「賛成だ」


 ハルがすぐに返した。


 ファラが立ち上がる。


「私は、お父さんとお母さんのところに行ってきます」


「そうだな、それがいい」


 ホルスが、少しだけ表情をやわらげた。


「はい」


 ファラはしっかりと頷く。


「何かあったら、黄色の札にいますので」


 そう言って、ファラは静かに部屋を出ていった。



 黄色の札。


 治療所の中でも少し奥まった場所にある、小さな個室の扉の前で、ファラは立ち止まった。


 扉の向こうには、会いたくて仕方がなかった人たちがいる。


 ファラは小さく深呼吸をして、扉に手をかけた。


 静かな音を立てて扉が開くと、部屋の中には、二人がいた。


 ベッドのそばの椅子に腰かけているオーガス。


 その隣で、やわらかく微笑むジーナ。


 その姿を見た瞬間、ファラの目から、ぽろりと涙が落ちた。


「おかえり、ファラ」


 オーガスが、静かに言った。


「ファラ」


 ジーナも、やさしく呼ぶ。


「ありがとう」


「ううん……」


 ファラは涙を拭いながら、何度も首を振った。


「お母さんが生きててくれて嬉しい……」


「二度と会えないって思ってたから」


「……ええ」


 ジーナの目にも、涙がにじんでいた。


「まさか、こんな日が来るなんてね」


「夢みたいだわ」


 しばらくの間、誰もそれ以上の言葉を出せなかった。


 やがて、オーガスが口を開いた。


「ジーナ……言っておかないといけないことがある」


「ええ」


 ジーナは、ゆっくりと頷いた。


「聞かせて」


 オーガスは、目を閉じてから静かに話し始めた。


 ライゼル城で起きたこと。


 魔人デグによって裏切りを強要されたこと。


 その後も手紙で命令を受け続け、デグに手を貸してしまったこと。


 ヴェンドと名を変え、自分を偽ってきたこと。


 オーガスの声は、何度か詰まった。


 けれど、最後まで止まらなかった。


「オーガス……」


 ジーナが、小さく名前を呼ぶ。


 オーガスは、まっすぐに二人を見た。


「私は……罪人だ」


「家族のために、国を……多くのものを裏切った」


「ええ」


 ジーナは、静かに受け止めた。


「たしかに、あなたのしたことは許されないでしょうね」


 ファラが、俯く。


 けれど次の瞬間、ジーナの声はやわらかくなった。


「ただ……私は感謝してる」


「……」


 オーガスの目がジーナを見る。


「私は、あなたが生きていてくれたことに感謝してる」


「ファラも守ろうとしてくれた」


「それは、間違いなく本当のことだもの」


「私もだよ」


 ファラもすぐに言った。


「少しくらい……お父さんの味方がいてもいいって思う」


 その言葉を聞いた瞬間、オーガスの目から涙があふれた。


「……はぁ……」


 かすれた息が漏れる。


「長かった……」


 声が、震えていた。


 しばらくして、オーガスは顔を上げた。


「私は、この罪を、明日バルダン様に報告しに行く」


 その言葉に、ファラの顔が強張る。


「それって……」


「ファラ」


 ジーナが、静かに娘の肩に手を置いた。


「お父さんが決めたことよ」


「でも、それじゃ……」


 ファラの声が揺れる。


 オーガスは、ゆっくりと首を振った。


「すまない」


「今までは、どうしてもそれができなかった」


「でも、今からは、自分で選んで行くと決めた」


「家族が、戻ったばっかりだっていうのに……本当に申し訳ない」


「いいのよ」


 ジーナは、穏やかに微笑んだ。


「こうして会えるだけで、奇跡みたいなものだと思うもの」


 ファラは、ぎゅっと拳を握る。


「私は……お父さんに逃げてほしいって思った」


「一緒に、どこか違うところで生きられたらって」


 そこで、一度だけ言葉を止めた。


「でも……私がお父さんだったら、多分同じことする」


「だから、わがままは言えない……」


「ファラ……」


 オーガスの声がかすれる。


 ジーナが、少しだけ笑った。


「ファラも分かってるのね」


「二人の子供だからね」


 ファラが涙混じりに笑う。


 オーガスも、目元をぬぐいながら笑った。


「そうだな」


「ファラは……私たちの娘だな」


 三人で、ほんの少しだけ笑い合う。


 オーガスは、その笑顔を大切に胸にしまうようにして言った。


「明日、ホルスたちと話し合ったのち、私は城に行く」


「今日はもう休もう」


 二人は静かに頷いた。


 その夜、それぞれがそれぞれの想いを胸に、長い一日を終えた。



 翌日。


 治療所の大部屋には、全員が集まっていた。


 窓から入る朝の光が、治療所の大部屋を明るく照らしていた。


 フライはまだ眠っている。


 けれど、その呼吸は落ち着いていた。


「さて」


 ホルスが、部屋の中央で腕を組んだ。


「今日は、ここにいるメンバーに状況を説明する」


「その前に」


 視線をハルへ向ける。


「ハル、オーガスたちを呼んできてくれ」


「わかった」


 ハルが部屋を出ていき、ほどなくしてオーガス、ジーナ、ファラが姿を見せた。


 全員が揃ったところで、治療所の職員が一人、前に出る。


「フライさんのことを話させていただきます」


 部屋の空気が、一気に引き締まった。


「処置は完了しました」


 その一言に、全員が息を呑む。


「意識はありませんが、命に別状はありません」


 その瞬間、誰もが目に見えてほっとした。


 フリールが肩の力を抜き、ハルも大きく息を吐く。


 パディットも、伏せたまま安堵の表情を浮かべた。


「意識が戻ったら、またお伝えします」


「では、これで失礼します」


 治療所職員は、静かに礼をして部屋を出ていった。


 ホルスが、小さく息を吐く。


「じゃあ、まずはみんな、お疲れさんだ」


 全員が、静かに頷いた。


「一つずつ整理していくぞ」


 ホルスは、少し間を置いてから言葉を続ける。


「まず、ハルたちがドーナのダンジョン攻略に行った十日間で起こったことだ」


 ハルが、表情を引き締める。


「俺は、オーガスと手紙でやり取りした」


「ええ」


 オーガスが頷く。


「私は、監視もあるでしょうから、公には動けなかったですからね」


「それで、オーガスと……バルダンに全て話そうってことになった」


「それで、騎士団が動いたのか」


 ハルが言う。


「まぁ、そういうことだな」


 ホルスの声は落ち着いていた。


「全てを話した」


「最初は信じられんって顔をしてたが、最後には全部飲み込んで、納得していた」


 オーガスが、ゆっくりと前を向く。


「私は、これからその経緯をバルダン様に直接話しに行きます」


「……オーガス、本当にいいのか」


 ホルスが問う。


「ええ」


 オーガスは迷わず答えた。


「このまま向き合わずに生きることはできない」


「ライゼル様に……向こうで合わせる顔がないですからね……」


 その言葉に、ホルスは少しだけ目を細めた。


「お前らしいな」


「……まあ、そうですかね」


 オーガスは少し笑った。


 そこで、ジーナが静かに口を開いた。


「……サラームは、内政こそボロボロですが、悪い国じゃありませんでした」


 その言葉に、何人かが顔を上げる。


「どういうことだ?」


 ホルスが問う。


「サラームは、あの魔人……デグによって、支配されています」


「そうか」


 ホルスは頷いた。


「昔は友好国だったと聞いたことがある」


「俺がガルディアにいた頃には、もう敵対国になっていた」


「理由を調べたこともあったが、よくわからなかった」


「とにかく他国を敵視し、キツく当たるようになったと」


「魔人……本当にそんなもんがいるんだよな」


 ハルが、少し信じきれないように言う。


「ええ、私もこの目にしてもまだ信じられなかった」


 ジーナは静かに答えた。


「それと、サラームでの私の扱いは悪くありませんでした」


「というより、デグは一切興味がない感じで、私は比較的自由でした」


「あの魔人らしいな……」


 オーガスが呟く。


「そして、護手というものを、極端に気にしていました」


 ジーナは、ひとつ思い出すように話す。


「魔人……過去に何があったんだ」


「わからないことだらけですね」


 オーガスが息を吐く。


「エルナ様が、剣聖の血筋とは聞いていましたが」


「護手というものと関係はあるのでしょうか」


 ホルスが頷く。


「ああ」


「港での話を聞いていると、おそらくその剣聖こそが護手だろうな」


「そしてその護手が扱える剣こそが魔人に対抗できうる力なんだろう」


「それも狙ってガルディアにちょっかいを出していたと見ていい」


 ホルスが続ける。


「昔、ウルズ大森林を守るという名目で、ライゼル城にエルナを匿っていたというのに」


「どこから魔人に漏れたのか.....」


 それを聞いてオーガスが答える。


「私の部下だった兵士がすでに魔人に介入されていました」


「あるいは、そこからの可能性はありますね」


「そうだったのか.....」


 ホルスが俯いて言う。


 それから、ジーナが思い出すように言う。


「そういえば、サラームにも盾の宝具があったという話を聞きました」


「行方まではわかりませんでしたが、おそらく魔人に.....」


 ジーナの言葉に、誰もすぐには返さなかった。


 そこへ、フリールが口を開いた。


「杖なら……もしかしたら、北のフロワって国に行けばわかるかもしんないよ」


「フロワ?」


 ハルが聞く。


「うん」


 フリールが頷く。


「あの国は、魔杖使いの憧れの地だからね」


「すごい杖がある、なんて話も聞いたことある気がする」


「魔法都市フロワ……」


 ホルスが少しだけ考えるように呟く。


 ハルが腕を組みながら言う。


「とにかく、今は、あの魔人が何なのか」


「どうして護手を消そうとしてるのかってことだよな」


 ホルスが答える。


「俺はやっぱり、アルミ村とリュミエールに何か関係してると思うな」


「村長なら……文献から何か情報を引き出しているかもな」


「村に戻って情報を共有したい」


 そこで、ホルスは一度全員を見渡した。


「俺たちは、一旦村に帰るのがいいだろうな」


「フライは……どうする?」


 ハルが、治療室の方を見て言う。


「今は無理に移動させない方がいいと思います」


 ファラがすぐに言った。


「意識もいつ戻るかわかりませんし……」


「そうだな」


 ホルスが頷く。


「俺と、ホップで一旦帰るのがいいか」


「あたいは、残るよ」


 フリールが言う。


「フライが目覚めるまで、エルと一緒にね」


「ええ」


 エルも頷いた。


「フライは任せてもらっていいわ」


「頼んだ」


 ホルスはフリールとエルを交互に見て言った。


「話はついたな……では、私は城に行く」


 オーガスが、静かに言う。


「お父さん……」


 ファラが見つめる。


「大丈夫だ」


 オーガスはファラに向かって穏やかに言った。


「母さんもいるのだからな」


「私は、どんな結果になっても受け入れる覚悟はできたつもり」


 ジーナが、オーガスを見る。


「ジーナ、ありがとう」


 オーガスが、ジーナを見る。


「またね、オーガス」


「ああ」


 しばらく沈黙が流れるが、やがてホルスが口を開く。


「よし、俺も城に報告することがある」


「そこまでは一緒だ」


 オーガスは少しだけ黙ったあと、静かに頷いた。


「わかった」


「城まで行こう」


「行ってらっしゃい、お父さん」


 ファラが言う。


「行ってらっしゃい、オーガス」


 ジーナも続けた。


「ああ」


 オーガスは、二人の顔をしっかり見てから答えた。


「行ってくる」


 部屋の中に、オーガスの声が静かに響いた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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