第七十二話 旧ライゼル港の攻防 前編
ネールが、デグの前に大きく翼を広げて立ちはだかった。
その直後、上空から降り注いだ閃光が、デグの頭上へと走った。
しかし──
デグは、二本の魔剣をくるりと回転させただけで、その閃光をいなした。
火花が散る。
雷が、魔力を帯びた刃によって弾かれて消えた。
「ほう」
ネールが空中で唸る。
デグが白い顔をしかめる。
「魔物のくせに、僕に攻撃するんだあ」
にたり、と笑う。
「殺すよ?」
「やってみるがいい」
ネールがいなすように応える。
「……あれ?」
デグの笑みが、ほんの一瞬だけ変わった。
「お前、喋ってるのか?」
その目が細くなる。
「……まさか、この力……アルミか?」
「何を言ってる?」
ホルスさんがデグに言う。
だがデグは、もうホルスさんを見ていなかった。
「あっはは」
白い顔が、大きく歪む。
「これはおもしろいねえ」
「まっすます殺さないとだあ」
ネールへ向かって、声を張る。
「おい鳥い!」
「お前のご主人様は誰なんだあ?」
「私は私だ」
ネールは一切ひるまない。
「いーーーーーや、答えろ」
デグの声が、少しだけ低くなった。
「忌々しい竜の契約者がいるんだろお」
(なんだ)
ホルスさんに違和感が走る。
(なぜ、こいつはそこまで知っている)
「おい魔人」
ホルスさんが剣を構え直す。
「その竜は、お前と何が関係あるんだ?」
「もう君に興味はないね」
デグが面倒そうに言い放つ。
「後で殺してあげるよお」
そのまま、ネールだけを見上げた。
「それより鳥い、答えなよお」
「断る」
ネールが言う。
「ふーーーーん」
デグは肩をすくめた。
「まあいいや」
「殺せば出てくるかあ」
「たのしいねえ」
そう言うと、二本の魔剣を前に突き出し、短く唱える。
「〈〈ウィンドバインド〉〉」
次の瞬間。
風が、目に見えるほど濃い糸になってネールの体へ絡みついた。
ぐるぐると、幾重にも。
翼も、脚も、胴も、空中で縛り上げるように。
「この魔力は!?」
ネールの体が空中で軋む。
「はっはあ」
デグが笑う。
「出れないよねえ」
そのまま周囲へ向かって声を張った。
「どっかにいるんでしょー!」
「出てきなよー!」
「この鳥、殺すよー?」
「まだくるなー!」
ホルスさんは叫ぶと、魔剣の鍔の窪みにルミナストーンをはめ込んだ。
石が淡く光り、剣身に魔力が走る。
「……あのさあ」
デグが、ようやくホルスさんを見た。
「君、いい加減うるさいし邪魔だよねえ」
その瞬間、デグが地を滑るように踏み込んだ。
剣が、ほとんど見えない速さでホルスさんへ襲いかかる。
「今度はそうはいかんぞ」
ホルスさんが魔剣を振るう。
刀身から、光る魔力の刃が伸びた。
そのまま正面から、デグの斬撃を受け止める。
刃と刃の、甲高い音が港に響いた。
「へえええ」
デグが目を細める。
「それやっぱりいいねえ、僕が使うよお、今決めたあ」
「お前には散々奪われてきた」
ホルスさんの声が、怒りに震える。
「これ以上、くれてやるもんは何もねぇんだよ」
その時だった。
灯台の方から、ひとつの影が走ってきた。
「親父!」
ハルだった。
一気に距離を詰めてくる。
「ん?」
デグが目を向ける。
「ハル!」
ホルスさんが叫ぶ。
「こいつは魔剣を使う、刀身に気をつけろ」
「了解だ!」
ハルは背負っていた包みを取る。
布を取り払うと、その中から王家の剣が姿を現した。
両手で構え、そのままデグへと斬りかかる。
「うおおおおおお!」
王家の剣が、真っ向からデグへ叩き込まれる。
デグは双剣を交差させて受けた。
火花が散る。
「ここだあ!」
横から、ホルスさんが魔斬撃を放つ。
魔剣の刀身から放たれた一閃が、空気を裂いてデグを捉える。
──はずだった。
「へえ」
デグの声が、すぐ近くで響いた。
「いい連携するねえ」
「君たち、戦い慣れてるね」
デグは寸前で体をひねり、その斬撃を紙一重でかわしていた。
「なんて身のこなしだ……」
ホルスさんが舌打ちする。
「あっはは」
デグが楽しそうに笑う。
二本の魔剣を前に構えた。
「じゃあ、これはどうかなあ!」
「〈〈エアロバースト〉〉」
デグの前方に、濃密な風の塊が生まれる。
圧縮され、歪み、空間そのものが軋むみたいに膨れ上がった。
「その魔法はやばい!」
ネールが風に縛られたまま叫ぶ。
その瞬間、何かがその前へ飛び込んだ。
「絶対まもるのん!」
ムーだった。
小さな体を震わせ、前へ出る。
「〈〈アイスシールド〉〉なのん!」
同時に、僕も塀の影から杖を突き出した。
「〈〈アイスシールド〉〉」
前方に、二枚の氷の盾が重なる。
次の瞬間、デグのエアロバーストが炸裂した。
風の爆発が氷にぶつかり、氷片が一気に四方へ飛び散る。
氷の盾は粉々に砕けたが、デグが放った風魔法も相打ちのように弾けた。
「へえええええ」
デグが笑う。
「強い魔力だあ」
「わかったよお、君だねえ」
「だったらなんだ」
僕は前へ出る。
「もう、何一つ奪わせない!」
デグが冷たく笑う。
「何も奪わないよ、全部消えるだけさ」
デグが僕の方へ突っ込む。
だがその前に、ハルが一歩前へ出た。
「まてよ、魔人」
斬撃を、王家の剣で受け止める。
「!?」
デグの表情が、初めて明確に変わった。
一瞬で後ろへ飛び退く。
「その剣……もしかして……」
「ガルディア王家の剣だ!」
ハルが叫ぶ。
「あっはははは!」
「王家の剣かあ!そっかあ!」
デグが大笑いした。
「何も知らないんだねえ」
「でもわかるよお、その剣は本物だあ」
「そして君は護手確定だあ」
「何が言いたいんだ……」
「目的が全部揃って、やってきてくれたんだあ」
デグの笑みが、狂気じみて深くなる。
「ありがとうねえ」
「まず君は、真っ先に殺してあげるよお!」
次の瞬間。
デグの速度が、さらに一段跳ね上がった。
「ちっ!みえねぇ!」
ハルが剣を構える。
だが、デグの斬撃はその上をいった。
残像のような連撃。
双剣と、その先に伸びる魔力刃が、縦横無尽にハルへ襲いかかる。
「ハルっ!」
ホルスさんが叫ぶ。
ハルは致命傷を避けるため、咄嗟に身を捻った。
だが避けきれない。
脇腹を十字に切り裂かれ、血が噴いた。
「……くっそ」
その時だった。
すごい速さで何かが飛び込み、デグを横から吹き飛ばした。
「お前が、赤目の元凶だな」
パディットだった。
鋭い牙を剥いて立ちはだかる。
デグは吹き飛ばされたが、双剣で衝撃を逃がし、着地した時には無傷だった。
「あっはははは」
白い顔が歪む。
「次から次へと、ほんんんんんっとうに鬱陶しいねえ」
デグが船の方を向く。
「おーい、もうアレ出してー」
その声に応えるように、船からモンスターが降りてきた。
どれも大型で、明らかに強い魔力。
数十体ほどが、次々と甲板から飛び降りてくる。
「君だけは僕が殺すよお」
デグが再びハルに向かって一直線に斬りかかる。
今度はホルスさんが前へ出て受け止めた。
「ぐっ……!」
魔剣と魔剣がぶつかり合う。
「はえーし、重てぇ!」
「ホルスさん!」
僕は船の方を見て言う。
「船からモンスターが降りてきます!」
デグの連撃を受け止めながら、ホルスさんが指示を飛ばした。
「お前たちはモンスターを止めろ!」
「絶対に平野に行かすな!」
「はいっ!」
(でも、こんな数……捌き切れるのか?)
「ちっ、やるしかないな」
パディットが前へ出る。
「ムーがネールを助けるのん」
ムーが、風の魔力に拘束されたネールの鎖を、魔力で一気に凍らせた。
パキパキと音を立て、拘束が砕ける。
「ムー、この礼は必ず」
「そんなこといいのん」
「早く、あれを食い止めるのん」
ムーが船の方を見る。
「承知」
ネールが大きく翼を広げた。
「僕とムーで、壁を張る」
僕は杖を構える。
「食い止めてる間に、できるだけ数を減らして」
「わかった」
「いくぞ!」
「〈〈ウォーターウォール〉〉なのん!」
ムーの魔力が一気に膨れ上がった。
港の海水が持ち上がるようにして、巨大な水の壁が船と港の間に立ち上がる。
「〈〈アイスウォール〉〉」
僕も、それに重ねるように氷の壁を生み出す。
水と氷の二重壁が、大型モンスターたちの進路を塞いだ。
「パディット!」
「任せろ」
パディットが、スピードアップのバフ効果を乗せた速さで駆ける。
目で追えない速度。
そのまま大型の一体の喉元へ飛び込み、爪で切り裂く。
さらに跳ね、別の一体の脚を噛み砕き、そのまま横腹をえぐる。
上空からネールが応戦する。
「〈〈ネオ・エクレール〉〉」
雷が連続で落ちる。
水の壁に触れた魔力がさらに広がり、港の一角が白く瞬いた。
「まずい……数が多すぎる」
僕は歯を食いしばる。
「このままじゃ、ジリ貧になる」
横を見ると、ホルスさんとハルが、まだデグの相手をしている。
デグは一人なのに、その圧が異常だった。
「くっそ、持ち堪えられるか?」
「頑張って魔力を捻り出すのん!」
ムーが叫ぶ。
「諦めないのんんんん!」
「そうだ」
僕は杖を握り直した。
「諦めたら終わりだ、魔力を捻り出す!」
その時、ホルスさんの声が飛ぶ。
「もう少しだけ持ち堪えてくれ!」
「苦しいだろうが、絶対なんとかなる!」
「……はいっ!」
僕は全力で壁を維持した。
氷が砕け、水が吹き飛ぶ。
それでも魔防壁を張り直す。
ネールの雷。
パディットの爪牙。
皆が限界まで魔力を絞り出して耐える。
しばらくして──
(フライ)
エルの声が届いた。
(今からそっちにいくから、もう少し……もう少しだけ耐えて)
(……頑張るよ)
「えー、なんか耐えてるねえ」
デグが、ハルとの打ち合いの合間にげんなりする。
「戦ってる最中によそ見すんじゃねえ!」
ハルが王家の剣を振るう。
重い一撃。
デグは双剣で受けるが、足元が少しだけ沈んだ。
「君たちも君たちで、粘るよねえ」
デグがうんざりしたように言う。
「いい加減、飽きてくるよ」
ハルはもう何ヶ所も斬られている。
肩で息をしている。
それでも一歩も退かない。
(まずいな)
ホルスさんの胸に焦りが走る。
(このままだと、こいつに勝てねえ)
「くっそ……」
その時だった。
「みんなーーーーーー!」
声が響いた。
小高い森の影から、フリールがエルに乗って走ってくる。
しかも、その奥には騒がしい人影が沢山見えた。
「間に合ったか……」
ホルスさんが呟く。
「……あとは、こっちをなんとかするだけだ」
「ハル、まだ行けるか」
「おう、親父」
ハルが、血のついた口元をぬぐいながら笑う。
「二人で、こいつを仕留めるぞ」
「行くぞっ!」
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
次話も読んでいただけると嬉しいです。




