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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: エフピー
第三章 ガルディア動乱編

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第七十話 入り江に入る船

 昨日の夜は、ベッドに入ってから、なかなか寝つけなかった。


 明日への不安は大きかった。


 目を閉じれば、いろんな顔が浮かんだ。


 僕はベッドから体を起こすと、顔を洗い、身支度を整え、すぐにホルスさんの部屋へ向かった。


⸻


 扉の前に立ち、軽く息を整えてからノックする。


 中に入ると、すでに全員そろっていた。


「おはようございます」


「おっはよう」


 フリールが手を上げる。


「昨日は……正直、あんまり眠れなかったや」


「ここにいるみんな、そうだと思うぞ」


 ハルが言う。


「お前はぐっすり、いびきかいてたがな」


 ホルスさんが横から即座に入れた。


「これでも色々考えて、眠れなかった方だわ」


 ハルがむっとして言い返す。


 そのやり取りに、少しだけ肩の力が抜ける。


「僕も、色々考えちゃったな」


 僕がそう言うと、ホルスさんが部屋の空気を引き締めるように言う。


「さて、いよいよ今日だ」


 全員が、黙って頷いた。


「そろそろヴェンドたちも、ライゼル城裏の入江に向かうころだろう」


「俺たちも出るぞ」


⸻


 宿を出て、ガルディアの門を抜ける。


 朝の平野には、やわらかな風が吹いていた。


 空は高く、雲は少ない。


 遠くの草原は陽を受けて淡く光り、街道には行商の小さな一団が見える。


 今日も、ガルディアは平和そのものだった。


(この景色を、守りたいな)


 僕は自然にそう思った。


 ホルスさんが先頭を歩き、その後を追った。


 しばらく歩くと風の音と、自分たちの足音だけが耳に残るようになった。


 東へ向かって歩いていくと、やがて丘の上に影が見えた。


「……あれだ」


 ホルスさんが前を見たまま言う。


「あそこが、かつてのライゼルの城だ」


 僕は目を凝らす。


 丘の上に立つその城は、遠目にもすでに朽ち始めているのが分かった。


 壁は崩れ、窓は割れて、植物が外壁を這うように絡みついている。


 そこに、人の気配はなかった。


「もう、中には誰もいねぇんだな」


 ハルがぽつりと呟く。


「何か、物悲しいよね」


 フリールの声も少し静かだった。


「そうだな」


 ホルスさんが短く答える。


「ここから回り込んで、入江に向かう」


「しばらく歩けば、海が見えてくる」


 そこからまたしばらく歩いた。


⸻


 草の匂いに、少しずつ潮の匂いが混じりはじめる。


 空気も、平野の乾いた感じから、海沿いの湿り気を帯びたものへ変わっていった。


 時刻は、昼前に差しかかっていた。


「ここから先に下ると、ライゼルがかつて使っていた港がある」


「今は、もう誰も使っていないがな」


「お」


 ハルが少し目を細める。


「森も見えてきたぞ」


 少し小高い場所から見下ろすと、右手には深い森が広がっていた。


 木々は密集し、昼なのにその奥は暗い。


 風が吹くたび、葉がざわざわと擦れ合う音が遠くまで響いている。


「あっちの方向が、ウルズ大森林だ」


 ホルスさんが言う。


「人間が近づかない、魔力の森だ」


 魔力の気配が、この平野から切り離されている、そんな感じがした。


「おお、海が見えるね」


 フリールが、今度は前方を指さす。


「遠くに建物もあるんじゃない?」


 その先には、青い海が広がっていた。


 そして入江の端には、細く高い灯台が立っていた。


「灯台だな」


 ホルスさんが答える。


「港が機能していた時に使われていた」


 その周囲には、古い桟橋や崩れかけた倉庫も見えた。


(ネールさん、どうですか)


 僕は器からネールに聞く。


(もうそろそろ、ガルディアの海域に入るぞ)


(ありがとうございます)


(引き続き、何かあったら教えてください)


(承知)


「ネールさんが、船がガルディアの海域に入ったそうです」


「よし」


 ホルスさんの目が鋭くなる。


「おおかた予想通りだな」


「よし、じゃあ場所の配置だ」


 ホルスさんは辺りを見回してから、フリールに目を向けた。


「まず、フリール」


「うい」


「お前は、この辺りの草陰で見えない位置に待機だ」


 少し離れた、背の高い草と岩陰の重なった場所を指差す。


「ここにエルといて、状況を見ていてくれ」


「何かあれば、すぐエルを通して連絡だ」


「まかされた」


 フリールが胸を張る。


「小さなことでも報告するよ」


「フライ、エルを呼んでくれ」


「はい」


 僕は杖を構え、器から魔力を流す。


「〈〈テイムバンク〉〉」


 足元に白い魔法陣が浮かび、ふわりと光が立ち上った。


 その中から、エルが姿を現す。


「エル、よろしくね」


 フリールの顔がぱっと明るくなる。


「ええ、まかせて」


 エルは落ち着いた笑みを浮かべた。


「基本、お前たちは戦闘なしだ」


 ホルスさんがフリールを見て言う。


「報告係に徹してくれ」


「大事な役目になる」


「ガルディアの方向も注意して見ていてくれ」


「うい、周り見て動くよ」


 そう言うと、ホルスさんは少しだけ口元を緩めた。


「それと、エルにはフリールの監督を任せるからな」


「あたいは子供かい」


「ふっ」


 ホルスさんが小さく笑う。


「少し力を抜いてもいいのかもしれませんね」


 僕が言うと、ハルも頷く。


「ガチガチだと、いざって時に体が動かねぇからな」


「そうだな」


 ホルスさんが改めて言う。


「とにかく、いいところに隠れて見張ってくれ」


 フリールとエルは頷き、草陰の方へと移動していった。


⸻


 さらに先へ進み、ホルスさんが止まったのは、灯台の影になるあたりだった。


「次はここだ」


 港がはっきり見える。


 けれど、向こうからはこちらを捉えにくい。


 距離も、入江から離れすぎていない。


「ハル、お前はここで状況を見てくれ」


「わかった」


「戦闘になったら、加勢を頼む」


 ハルは包みの中の剣をちらりと見た。


「戦闘になったら、だな」


「いいか」


 ホルスさんの声が低くなる。


「未知数な力が、こっちにあるとすれば」


「俺はその剣と、お前にこそあると思ってる」


「おう」


 ハルが真っ直ぐ頷く。


「それと、親父と訓練した剣技な」


「そうだな、頼りにさせてもらうぞ」


 ホルスさんの目が少しだけ柔らかくなった。


「ハル、頼んだよ」


 僕が言うと、ハルは軽く笑った。


「まかせろよ」


「親父とフライも気をつけてな」


「うん」


 そこから先は、僕とホルスさんの二人で港に近づいた。


⸻


 使われていない入江の港は、近くで見るとさらに寂れていた。


 石畳は割れ、草が隙間から伸びている。


 古い木の杭は海風で白く色あせ、波のたびにきしんだ音を立てていた。


「ファラたちだ」


 僕が小声で言う。


 港の中央あたりに、ファラとヴェンドさんの姿が見えた。


 二人ともすでに来ていて、海の方を向いて立っている。


「今は接触できない」


 ホルスさんが辺りを見回し言う。


「俺たちは裏手から近づいて、物陰に潜む」


「はい」


「なるべく近い方がいいですね」


「あの塀の裏まで行くぞ」


 僕たちは音を立てないように進み、港の塀の裏へ回り込んだ。


 そこはファラたちがはっきり見える位置で、なおかつこちらは隠れられる場所だった。


 塀の向こうでは、ファラとヴェンドさんが、静かにその時を待っていた。


「ここなら……」


 僕は小さく呟く。


「でも、パディットを呼び出した瞬間に動かないと気付かれますね」


「そうだな」


 ホルスさんが頷く。


「俺は、呼び出しと同時に巻物を構える」


(大丈夫だ、一瞬で駆けてみせる )


 パディットの声が響く。


(信じてるよ、パディット)


「パディットを信じましょう」


 僕はホルスさんを見る。


「ああ」


「元より、それありきの作戦だからな」


「頼りにさせてもらう」


 そう答えたあと、僕はホルスさんの背中にある包みに目を向けた。


「ホルスさん、あとその包み……新しい剣ですよね?」


「ああ」


 ホルスさんは布を外した。


「おろしたてだ」


「これって……」


 見た目は、以前の剣とそこまで変わらない。


 けれど、鍔の部分に小さな窪みがあった。


「これはな」


 ホルスさんが剣を横にして見せる。


「魔剣だ」


「魔剣……ですか」


 僕は思わず息を呑む。


「ここの鍔の窪みに、加工したルミナストーンをはめると」


 ホルスさんが指で示す。


「魔斬撃が撃てる」


「お前たちがダンジョンに行っていた間、テュリップのコネで工房に口を利いてもらったんだ」


 ホルスさんが剣を静かに構え直す。


「俺も、ただただ十日を過ごしたわけじゃないからな」


 その時だった。


 ネールの声が、上空から鋭く響いた。


(港が見えた)


「港が見えたそうです、来ます」


 僕は息を呑んで言う。


⸻


 海の向こうに、船影が現れた。


 最初は小さな点にしか見えなかったそれが、徐々に港へ近づいて来る。


 戦闘用の船みたいな造りで、大型まではいかないが、それでも十分に威圧感があった。


(魔力をいっぱい感じるねー……)


 クロープの声が器に響く。


「ホルスさん」


 僕は、船から目を離さずに言った。


「クロープが多数の魔力を探知しました」


「……やはり、楽にはいかなそうだな」


 ホルスさんの視線が鋭くなる。


 船は、ゆっくりと入江へ入ってくる。


 上空から、ネールの気配も感じた。


(ネールさんは、そのまま上空から見ててください)


(承知)


「いよいよだ、来るぞ」


 ホルスさんの声が、塀の影で響く。


 船が港に止まり、重い音を立ててイカリを下ろす。


 その瞬間──


 嫌な魔力が、あたりにじわりと広がった。


 潮の匂いに混じって、濁った気配が入り込んでくる。


「嫌な魔力ですね」


 僕は思わず顔をしかめた。


「しかも、強い」


「それが、敵の力だ」


 船の甲板に、人影が現れた。


 黒いローブ。


 深いフード。


 その布には、魔法陣のような模様が刻まれている。


 ゆっくりと船から降りてくる。


 同時に、ファラとヴェンドさんが、その人影へ近づいていくのが見えた。


 僕は息を止め、それを見守った。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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