第六十九話 決意の日
朝、目が覚めたとき。
僕は、久しぶりに柔らかいベッドの感触に包まれていた。
窓の隙間から差し込む、淡い朝の光。
ベッドからゆっくり起き上がる。
(今日は、まずファラに報告しないと)
僕たちがちゃんと戻ってきたこと。
まず、それを伝えたかった。
顔を洗って、身支度を整え、部屋を出る。
そのままホルスさんとハルの部屋へ向かおうとしたところで──
「おはよー」
向こうから、聞き慣れた元気な声が飛んできた。
フリールだった。
いつもの調子で手を振ってくる。
「おはよう、フリール」
それから、僕の顔をのぞき込むようにして聞く。
「フライ、どっか行くの?」
「ハンターギルドに顔出そうかなって」
「昨日話したファラに、報告とかしようと思って」
「ほーう」
フリールが、ちょっと考えるように首をかしげる。
「じゃあ、わいも行ってええかな?」
「いいと思うけど」
僕は素直に頷いた。
「どうしたの?」
「顔合わせといた方がいいかなって」
「ああ、確かにね」
「じゃあ、一緒に行こっか」
「その前に、ホルスさんに話を通しに行こう」
「ういっ」
フリールは軽く手を上げた。
⸻
ホルスさんの部屋をノックすると、すぐに中から声が返ってきた。
「おう」
扉を開けると、ホルスさんはもうすっかり起きていて、机に向かって何かを書いていた。
こっちを見たホルスさんが、ペンを置いて口を開いた。
「いいとこに来たな」
机の上の紙を一枚取り上げると、それを僕に差し出した。
「ファラに、このメモ持っていってくれ」
「はい」
僕は受け取りながら頷いた。
「あと、ホルスさん」
「ギルドにフリールも連れていっていいですか?」
「お、そうだな」
ホルスさんは一度フリールを見た。
「顔は合わせておいたほうがいい」
「とりあえずフリール、これやるよ」
そう言って、ベッドの脇に置いてあった布の束を放った。
フリールが慌てて受け取る。
「おー?」
広げてみると、それは深めのフードつきのローブだった。
「旅人っぽいな、これ」
フリールがその場で羽織ってみる。
「サイズもぴったしですなぁ」
「実は俺は、お前もここに来るだろうと思って用意しといたんだ」
「ドーナから来ると読んでいたと!?」
フリールが目を丸くした。
「嘘だよ」
ホルスさんが即答する。
「んなわけあるか」
「ローブはみんなの分あるぞ」
ハルが起き上がりながら言った。
「ファラ用のが、フリールにサイズ合っただけだ」
「あ、なるほど……」
僕が納得して頷くと、ホルスさんが肩をすくめる。
「フリールにツッコんでばっかだからたまには、な」
「ホルス、効いてたんだな」
フリールがにやっと笑う。
「効いてるわけじゃねぇわい!」
ホルスさんが反射的に返した。
「ま、まぁ、とにかくギルドに行ってきます」
ホルスさんが頷く。
「あんまり目立たないようにな」
「うい」
フリールがフードをすっぽりかぶった。
⸻
宿を出て、朝のガルディアの通りを歩く。
まだ朝早い時間なのに、城下はすでに動き始めていた。
「ガルディアってさぁ」
フリールが左右を見回しながら言う。
「朝からちゃんと街って感じやね」
「そうだね」
僕も頷く。
「少し前より、もっと人が戻ってきた感じがする」
ギルドに着いて扉を開けると、中は朝から賑わっていた。
依頼板の前にはすでに何人も集まっていて、受付も人の出入りが多い。
前に来たときより、明らかに人が増えている。
「おー」
フリールが目を輝かせる。
「やっぱガルディアのギルドって、でっけぇし賑やかやな」
「酒場まであるし」
「そうだね」
僕は依頼板に目を向ける。
「これが、ガルディアギルドの本来の姿なんだろうね」
その時だった。
ギルドの扉が開いて、見慣れた姿が中へ入ってきた。
「あ、ファラ」
思わず声が出る。
「昨日、帰ってきたよ」
「ただいま」
ファラはすぐにこちらへ気づいて、ほっとしたように笑う。
「おかえり、無事でよかった」
「こっちは……色々あったよ」
一瞬、言葉に影が差す。
でもすぐに、ファラは顔を上げた。
「でもっ!」
「私、落ち込まないって決めたんだ」
「ファラ……」
「みんな、お母さんのためになんとかしようとしてくれてるのに」
ファラは胸の前で手をぎゅっと握った。
「私が暗いのはダメだと思って」
「だから、何があっても最後まで戦うって決めたんだ」
その顔は、少し強張っていた。
それでも、前を向こうとしている。
「めっちゃ……」
隣でフリールが、ぽかんとした顔でファラを見ていた。
「めっちゃ、ええ子やんけ」
「えっ?」
ファラがきょとんとする。
「あ、今日はちょっと紹介しに来たんだ」
僕は慌てて言った。
「ドーナに行った時に出会った、フリール」
「話すと長いけど、力を貸してくれることになったんだ」
「フリールさん、ありがとうございます」
ファラは丁寧に頭を下げる。
「私、ファラって言います」
「よろしくお願いします」
「あたいはフリールってんだ」
フリールが軽く手を上げる。
「かしこまったのは、ちょっと苦手だからさ、砕けた感じになっちゃうけど堪忍してね」
「よろしくだよ、ファラ!」
「はい」
ファラも少しだけ笑った。
「色々話したいことはあるけど、ここじゃなんだから」
僕は周りを見て言う。
「平野を見回りながら話そう」
「うん」
「わかった」
⸻
ギルドを出て、人気の少ない方へと歩く。
城下を抜け、平野に続く道を少し進んだところで、僕たちは落ち着いた場所に移った。
「あと、ダンジョンに行って変わったことと言えば……」
僕がそう言ったところで、ローブの中から、ぽよんとムーが飛び出した。
「ファラ、おひさなのん」
「!?」
ファラがびくっと肩を跳ねさせる。
「今、ムーさんが喋ったの!?」
「ムーなのん」
ムーは誇らしげにぷるぷるした。
「フライと繋がってる仲間は、みんな喋れるのん」
「へー……」
ファラが、驚きつつも目を丸くしてムーを見る。
「ダンジョンの奥で、色々あってね」
僕が説明すると、ファラは頷いた。
「まさか、ムーさんとお話しする日が来るとは思わなかったから、びっくり」
「あたいもびっくらこいたよ」
フリールが同意する。
「でももう、なんていうか……」
ファラが少し苦笑する。
「慣れてきてる自分も怖い」
「だよねー」
フリールが大きく頷く。
「フライといると、常識バグるよね」
「人を非常識みたいに言わないで」
僕は即座に抗議した。
「ところで」
ファラの表情が、少しだけ引き締まる。
「サラームの方は、どうなってるのかな」
「明日のこの時間には、船が港に着くらしい」
「……明日の、この時間」
ファラが小さく繰り返す。
「ファラは……大丈夫?」
フリールが、少し心配そうに聞く。
すると、ファラは頷いた。
「大丈夫です、怖いですけど、ちゃんと覚悟はしてきました」
僕は真っ直ぐファラを見る。
「動きがあったら、僕たちもすぐ動くから安心して」
「うん、ありがとう」
ファラが深く息を吸って頷く。
「お父さんにも伝えておくね」
「あと、これ」
僕はホルスさんから預かったメモを取り出した。
「ファラとヴェンドさんで読んで」
「作戦と手順、もしもの場合とか書いてあるはずだから」
「わかった」
ファラはそれを大事そうに受け取った。
「ほんと、何から何まで……私達のために」
「ファラ」
僕は、少し強く言う。
「これは、君たちだけの戦いじゃない」
「みんな、何かを背負ってこの作戦に挑もうとしてる」
「あたいは、サラームが許せねぇよ」
フリールが少し怒りを覚える口調で言った。
「なんで、何も悪いことしてないみんなが、辛い目にあってんだよ」
「僕もそう思うよ」
僕は頷いた。
「だからこそ、絶対に成功させよう」
「本当に……ありがとう」
ファラは、少し目を潤ませながらも笑った。
⸻
話を終えたあと、僕たちはギルドへ戻った。
気づけば、時刻は昼をかなり過ぎていた。
朝の光はもうすっかり高くなり、街も一番活気づく時間帯に入っている。
「一旦、宿に戻ろっか」
僕が言うと、フリールも素直に頷いた。
「そうやね」
「明日に備えて、休める時は休んどかんと」
そのまま僕たちは宿へ戻り、夕方までそれぞれ体を休めた。
⸻
そして夜。
ホルスさんの部屋に、僕たちは再び集まっていた。
部屋の中は静かで、窓の外からは夜の街のざわめきがかすかに聞こえる。
「よし」
ホルスさんが、全員を見回した。
「集まったな」
「じゃあ、最終確認だ」
僕たちは黙って頷く。
「まず、入江にヴェンドたちが向かう」
「俺たちも、別ルートから後を追う」
「ライゼル城跡裏の港の入江が指定場所だ」
「そこで、すべてが……」
僕が確認すると、ホルスさんは頷いた。
「ああ」
「ジーナ救出に対しては、一つ手を打った」
「まず、ジーナを確認できたら、フライはテイムバンクでパディットを呼ぶ」
「それから、これだ」
ホルスさんは、机の上の袋からルミナストーンと巻物を取り出した。
「巻物?」
フリールが身を乗り出す。
「これにルミナストーンを掲げると──」
ホルスさんが試しにやってみせると、巻物が淡く光り、魔力を帯びた。
「これでスピードアップのバフが使える」
「なるほど、巻物ね」
フリールが感心したように頷く。
「まーた珍しいもん手に入れたね」
「大変だったんだぞ、これ入手すんの」
「でもナイスだぜ、親父」
(それならオレの動きは疾風を超える)
パディットの声が響いた。
(絶対、ジーナを救い出してみせる)
「パディットが、行けるそうです」
ホルスさんは頷いて言った。
「ジーナ救出後、相手はどう出るかわからん」
「ヴェンドとファラには、その場を離脱してジーナとパディットと合流してもらうことになる」
「結構危険になるかもな」
ハルの声が低くなる。
「ああ、そうだな」
ホルスさんは認めた。
「でも、やるしかない」
「もしもの場合、サラームの相手は僕たちがします」
僕は、はっきりと言った。
「ファラたちは、絶対守ってみせる」
「相手がどんな攻撃をするか」
ホルスさんが続ける。
「どんな奴がいるのか、一人なのか大勢なのか」
「それがわかってねぇ」
「その場で動くことんなっちゃうね」
フリールが腕を組んだ。
「敵の力もまた未知数……」
僕が呟く。
「そういうことだ」
ホルスさんが頷いた。
「戦闘になれば、全員出る」
「ハル、お前は王家の剣の力を使えるか」
「……正直、使えると思う」
ハルは少しだけ視線を落としてから答えた。
「この剣を握ると力が湧き出る感覚がある」
「よし、戦闘になったら迷わず剣を抜け」
ホルスさんの声が低くなる。
「大丈夫だ」
ハルは真っ直ぐ言った。
「戦闘になったら、絶対仕留める」
ホルスさんが頷く。
「配置は一箇所に固まらないで、バラけて潜む」
「各々、ジーナ救出が見えたら、対峙に備えてくれ」
「まずは俺が出る」
「僕たちは、ファラたちの離脱を守る」
僕が言うと、ホルスさんも同意した。
「その後、俺が戦闘になったら、加勢を頼む」
「うい」
「おっけー」
「はい」
三人の声が順に返る。
「フライは、牧場メンバーを呼んだ後で行動してくれ」
「全勢力で迎え撃つ!」
「わかりました」
(了解だ)
(承知)
(わかったのん)
器の声が次々と返ってくる。
「よし」
「大体いいな」
「明日はいよいよ、借りを返す日だ」
「長年のな」
部屋の空気が、ぴんと張る。
「今日はゆっくり休んで、明日に備えてくれ」
僕たちはそれぞれ返事をすると、部屋を出て、宿の部屋に戻っていった。
⸻
ベッドに腰を下ろす。
部屋の中は静かで、窓の外には夜の灯りが見えていた。
(いよいよだ)
パンが、静かに応えた。
(みんな無事に、全部終わらせよう)
(ここまで、ようやくきたのん)
ムーの声が響く。
(できることは全部やったんだ)
パディットの声は力強い。
(負けるわけがない)
ネールの声が重なる。
(明日は空の偵察は、逐一フライに報告する)
(みんな、ありがとう)
僕は胸元に手を当てた。
(絶対、成功させよう!)
(おう!)
(なのん!)
(もちろん!)
(承知!)
みんなの声が、器の中に重なる。
皆んなの決意を感じながら、僕はゆっくりと目を閉じた。
そして──
運命の日を迎えるのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次話も読んでいただけると嬉しいです。




