第六十八話 報告と作戦
キャラバンがドーナを出てから三日目の夕方。
荷台の上から見えていたガルディアの城壁は、いつの間にかすぐ目の前まで迫っていた。
白い石壁は夕陽を受けてオレンジ色に染まり、その向こうには見慣れた街並みが広がっている。
東門近くの城下の外れに差しかかったところで、チェスさんが手綱を引いた。
「よしっ」
荷馬車がゆっくりと止まる。
チェスさんが振り返って、にかっと笑った。
「今回の仕事も、無事達成だな」
僕は荷台から降りながら、深く頭を下げた。
「本当にありがとうございました」
「チェスさん、ありがとな」
ハルも片手を挙げる。
「馬車捌き、最高だったぜ!」
フリールが胸を張って言うと、チェスさんは少し照れくさそうに笑った。
「おーおー、ありがとうよ」
少し嬉しそうではあった。
「また必要になったら言ってくれよ」
荷馬車の荷台を軽く叩く。
「どこでも行くぞ」
「また、いつかお世話になります」
僕がそう言うと、チェスさんは気軽に手を振った。
「おう、任せとけ」
そうして僕たちは、キャラバンから離れた。
⸻
夕方のガルディアは、まだ人通りが多かった。
東門から出入りする荷馬車。
仕事帰りの人たち。
露店を片づける商人たち。
ドーナからの帰り道で見てきた平野と同じように、ここにも少しずつ日常が戻ってきている気配があった。
「んでさぁ」
フリールが両手を頭の後ろで組んで歩きながら言う。
「こっから、どーする?」
「とりあえず、親父のとこ行くか」
ハルが前を向いたまま言う。
「そうだね」
僕も頷いた。
「まずはホルスさんに報告だ」
「ホルス!」
フリールが、妙に楽しそうに目を輝かせる。
「ひっさびさだぁ、ドキドキするぅ」
「フリール、このテンションで親父と絡んでたのか?」
ハルが半眼になる。
「うん」
僕は苦笑した。
「ホルスさんも、何かちょっとおかしくなってたよ」
「……」
少し間が空く。
「でも、報告するの、ちょっと緊張するね」
「大丈夫だろ」
ハルが笑う。
「こんなの拾ってきてって言われるくらいだ」
「あたいは犬かいっ!」
フリールが即座にツッコんだ。
「まぁ、あたいからもちゃんと説明すんよ」
「不安だ……」
僕は素直にそう漏らした。
⸻
そんなふうに話しながら、僕たちは宿へ戻った。
いつもの宿の前に着くころには、空はだいぶ暗くなり始めていた。
中に入って、宿の主人に空いている部屋を二部屋取ってもらう。
「はいよ、ちょうど空いてるよ」
鍵を受け取ったあと、フリールがくるっと振り向いた。
「んじゃ、作戦通りに!」
「いや、それ作戦なのかな……」
僕が首をかしげると、ハルが肩をすくめる。
「とりあえず俺たちは先に親父の部屋にいるから」
「後から少し顔出してくれよ」
「本当に作戦立てないとだしね」
僕も真面目な顔に戻る。
「分かったよ」
フリールが親指を立てた。
「うまいことやったる!」
そう言って別れ、僕とハルはそのままホルスさんの部屋へ向かった。
⸻
部屋の前で、ハルが一度深呼吸をする。
「んじゃ、いいか?」
「うん」
僕は頷いた。
コン、コン、と扉をノックする。
すぐに中から、聞き慣れた声が返ってきた。
「お、帰ってきたか!」
「入ってくれ」
扉を開けると、ホルスさんは椅子に腰かけたまま、こちらに顔を向けていた。
「親父、ただいま」
ハルが部屋に入る。
「ホルスさん、ただいまです」
僕も続けて頭を下げた。
「おう、お疲れさま」
ホルスさんの口元が少し緩む。
「とりあえずは、無事でよかった」
「……」
「おい、フライ」
ホルスさんが片眉を上げる。
「なんだその沈黙は」
「ホップ、何があったんだ」
「親父」
ハルがすぐ口を挟んだ。
「ここでは俺、ハルって名前で通すから」
「ややこしいから、ハルって呼んでくれ」
「お」
ホルスさんが感心したように頷く。
「いい意識だな」
「わかった」
「まず、順番に説明します」
僕は少し姿勢を正した。
「でも、多分ホルスさんは怒ります」
「おいおいおい」
ホルスさんが額に手を当てる。
「お前がそう言う時は、だいたい──」
その時だった。
部屋を、コンコン、と誰かがノックした。
「なんだ?」
ホルスさんが振り返る。
「飯ならさっき食ったけどな」
「開いてるぞー」
そう言うと、扉がゆっくり開いて。
「さっぷらーいずっ!」
元気いっぱいの声と一緒に、フリールが飛び込んできた。
「おひさだよホルス!」
ホルスさんの目が、一瞬だけ点になる。
「おひさー……」
そこでぴたりと止まり、頭を抱えるように言った。
「……これか」
「説明させてください……」
僕は即座にそう言った。
⸻
それから僕たちは、ドーナでの経緯を順番に話した。
フリールとの再会。
ダンジョン攻略。
ゼインの遺物。
エルのこと。
フリールの事情。
そして、フリールとエルが力を貸してくれることになった流れまで。
途中、フリールが「あたいの風魔法のとこもうちょっと活躍してるんじゃない?」だのと口を挟みかけたが、そのたびにハルが「黙ってろ」と押し戻した。
ひととおり聞き終えたホルスさんは、長く息を吐いた。
「なるほどな」
「そういうことなのん!」
胸元からムーが、ぽよん、と顔を出した。
「フリールもエルも、新しいお友達なのん」
「まず、ムーが喋ってるの、違和感がすげーんだけど」
ホルスさんが真顔で言う。
「まぁまぁまぁ」
フリールがひらひら手を振る。
「そんな気にすんなってホルス」
「お前は少し気にしろっ!」
ホルスさんが即座にツッコむ。
「何がさぷらーいずっ、だよ!」
「もっとシリアスの方がよかったか?」
フリールが首をかしげる。
「相変わらずすぎんだよ、おめぇは!」
「……なるほどな」
ハルが、腕を組みながらしみじみと頷いた。
「親父、こうなんのか」
「そうそう」
僕も頷く。
「こんな感じ」
「まぁ、とりあえずだ」
ホルスさんが咳払いして、空気を戻す。
「そっちは順調だったってことだな?」
「フリールを除いて」
「いや、除くなしっ!」
「まぁ、はい」
僕は苦笑いしながら頷いた。
「なんとか、クロープも大丈夫そうですし」
その時。
器の中に、声が響いた。
(フライ)
僕はすぐ意識を向ける。
(ガルディアに帰還したようだな)
(そっちはどうですか?)
(やはりガルディアに向かって進んでいる)
ネールの声はいつも通り冷静だった。
(この調子なら、言っていた頃に到着だろう)
僕は意識を戻して、すぐホルスさんたちを見た。
「今、ネールさんから連絡がありました」
「サラームからの船は、予定通りガルディアに着くそうです」
「そうか」
ホルスさんの表情が引き締まる。
「お前らが出ている間に、もう一通ヴェンド宛に手紙が来た」
「内容は?」
「大まかに言うと」
ホルスさんは低い声で言った。
「ファラも連れてこい、ってことだった」
「……っ」
僕の喉が詰まる。
「奴ら、ファラも利用するために、ジーナまで連れてくる」
「本当に胸糞悪いやつだな」
ハルが吐き捨てるように言った。
「ファラまで……」
僕は拳を握る。
「危険じゃないですか」
「危険だ」
ホルスさんは即答した。
「でも、断るすべがねぇ」
「連れて行かないと、今度はジーナが危険になる」
「親子揃って利用しようってことですか」
言いながら、胸の奥が苦しくなる。
「人の人生を、なんだと思って……」
「……でも」
ホルスさんが、目を細めた。
「裏を返せば、それだけ焦ってるとも取れる」
「ヴェンドだけじゃなく、ファラも利用しようとするくらいだ」
「それで、ファラはなんて……」
「同行するそうだ」
ホルスさんは短く答えた。
「自分が危険でも、母親のためにできることはやりたいそうだ」
「ファラらしいですね」
僕は、苦く笑った。
「でも大丈夫なのん」
ムーが、ぽよぽよと揺れる。
「みんなでファラを守るのん」
「ジーナも、パディットが助けるのん」
「そうだな」
ハルが頷く。
「ムーの言う通りだ」
「こっちは裏で準備してんだ」
「あいつらは、俺たちの存在を知らない」
「確かに」
僕も息を整えた。
「サラームからしたら、ガルディアを落とすために手駒を増やしに来る、それだけですからね」
「じゃあさ」
フリールが口を開く。
「そのファラちゃんを、あたいたちが守っちゃえばいいんだね」
「まぁ、そういうことだが」
ホルスさんは頷きつつも、表情は厳しいままだった。
「問題は、相手の力が未知数なことだ」
「そうですね」
僕は静かに言った。
「どれだけこっちが連携取れても、最終的には戦うことになりそうですよね」
「負けなきゃいいんだろ」
ハルが、いつもの調子で言う。
「それはそうなんだけど……」
僕は、そこから先を少し言い淀んだ。
ホルスさんが、その先を引き受けるように口を開く。
「軍神ライゼルを倒す力がある」
「さらに、赤目を生み出せる謎の力」
「長年に渡り、ガルディア転覆を企む狂気」
「……ハル」
僕が思わず見ると、ハルは小さく肩をすくめた。
「そのことは、いいんだ」
「情報は落とさないと意味がねぇからな」
「とにかく」
ホルスさんが腕を組む。
「敵はかなり強ぇと見ていいだろ」
「ネールさんの報告では」
僕は続けた。
「船に、モンスターらしきものも乗せていたそうです」
ホルスさんが低く言う。
「ネールのおかげで、事前にそれを知れたのはでかい」
「相手もやる気まんまんって感じなのか?」
ハルが眉をひそめた。
「……ここからは推測だが」
ホルスさんが言葉を選ぶように続ける。
「船にモンスターを乗せてるのは、ガルディアに放つためかもしれねぇ」
「なるほど」
僕は頷いた。
「また平野にモンスターを溢れさせたいと」
「せっかくこの辺、モンスターいなくなってきたところなのにね」
フリールが顔をしかめる。
ハルが舌打ちする。
「やり方がいちいちネチっこいんだよ」
「ただ」
ホルスさんは、そこで部屋の空気を改めるように声を低くした。
「とりあえず、今ある戦力を確認しておくぞ」
「はい」
僕は真っ直ぐ頷いた。
「まず、ここのメンバーだ」
ホルスさんが指を折っていく。
「フライ、ハル、フリール、俺」
「牧場から、パディット、ネール、ムー」
「エルはヒーラー」
「ハンターギルド側から、ヴェンド、ファラ」
「ただヴェンド達には、ジーナを連れて逃げてもらうことを優先させる」
「これだけだ」
部屋の中が、一瞬静かになる。
「これだけで、サラームの謎の力を相手にしなきゃならねぇ」
「十分だろ!」
ハルが即答した。
「敵は、こっちにここまで戦力があるってわかんないわけなんでしょ」
フリールが僕たちを見て言う。
「確かにな」
ホルスさんが、少しだけ笑った。
「戦いに来る想定はしてないかもしれない」
「そこが勝機だ」
「どんな力があるか分かりませんが」
僕は、拳を握る。
「絶対、負けません」
「おう!」
「うい!」
「なのん!」
ハルとフリールとムーの声が重なった。
ホルスさんは、そんな僕たちを見渡してから、ふっと力を抜くように笑った。
「何か、頼もしいなお前ら」
そして、ぱんっと手を打つ。
「よしっ!」
「今日は解散だ!」
「明日、また集まって最終確認だ」
「遠征直後なんだ、ゆっくり休んでくれ」
⸻
そうして、僕たちは部屋を出た。
廊下は静かで、宿の灯りが木の床をやわらかく照らす。
自分の部屋へ戻り、扉を閉めて、ようやくひとりになる。
ベッドに腰を下ろすと、今日までのことが頭を巡る。
「……」
考えていると、疲れで自然と目を閉じる。
すると、意識は少しずつ眠りへと沈んでいった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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