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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: エフピー
第三章 ガルディア動乱編

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第六十七話 スライムの冒険

 ドーナを出て、しばらく経ったころだった。


 荷馬車の揺れに身を任せているうちに、空は少しずつ色を変えていった。


 平野の向こうに夕日が沈みかけていて、草が長い影を引いている。


「おーい!」


 先頭のほうから、チェスさんのよく通る声が響いた。


「今日はもう、ここらで休むぞー!」


 それを合図に、キャラバンの荷馬車が一斉に速度を落としていく。


 車輪の軋む音、積み荷の揺れる音が、夕暮れの平野にゆっくりと広がった。


「……ほえ?」


 隣で、フリールが目をこすりながら居眠りから覚めた。


「寝ちゃってたわ」


「みんな、さすがに疲れたよね」


 僕は苦笑した。


 ダンジョンを抜けて、そのまま街へ戻り、そしてまたキャラバンで移動。


 疲れて眠くならないほうがおかしい。


「ダンジョンからの移動だからね」


 フリールが、ぐーっと背伸びをする。


「さっすがのあたいも、へとへと」


 ふと横を見ると、ハルは荷台の木箱にもたれて、静かにいびきをかいていた。


「……」


「ハル、完全に寝てるね」


「気持ちよさそうだな、おい」


 フリールが覗き込んで笑う。


「おーい、起きろー」


 そう言って肩を揺すると、ハルがうっすら目を開けた。


「……お?」


 寝ぼけた顔のまま周囲を見回す。


「暗いけど……朝か?」


「ハルが寝ぼけてる」


 ちょうどそこへ、チェスさんが近づいてきた。


「お前ら、キャンプにすっから準備手伝ってくれ」


「おう」


 ハルが目をこすりながら起き上がる。


「ここまで順調に走ってたからな」


 チェスさんは、空を見上げて言った。


「もうすぐ暗くなっちまう」


「ここはキャンパーの腕の見せ所だな」


「そういえば」


 僕は周囲の荷馬車を見回した。


「他のキャラバンは、みんな荷台で寝てますよね」


 実際、少し離れた荷馬車では、毛布を広げてそのまま休む準備をしている人たちが見える。


 テントを張る様子は、ほとんどない。


「俺はまあ、あれだ、趣味だからな」


 チェスさんが、ちょっと照れくさそうに言った。


「ちょっと変わってるとか言われるけど、こういうのが好きだからよ」


「いっすねぇ」


 フリールが目を輝かせる。


「キャンプってワクワクするし、あたいも好きだよ」


「おっ」


 チェスさんの顔がぱっと明るくなった。


「フリール、わかってるな!」


「じゃあ、そういうことならこれ頼むわ」


 そう言って、斧をひょいとハルに放る。


「薪割っといてくれよ」


「うっし」


 ハルが受け取って、肩を回す。


「まかせろ、寝起きの運動にちょうどいいや」



 そこからの準備は、実に手際がよかった。


 チェスさんは、荷台から布と支柱を下ろして、慣れた手つきでテントを組み上げていく。


 中央の支柱を立てて、布を被せて、周囲をペグで打ち留める。


 夕日に染まる平野の上に、きれいな円錐型の大きなテントが立ち上がった。


 一方で、ハルは少し離れた場所で薪を割っていた。


 カン、カン、と小気味いい音が平野に響く。


 斧が振り下ろされるたび、乾いた木が気持ちよく割れていった。


「おー、すごいすごい」


 フリールが感心したように言う。


「こういうの慣れてるんだねーハル」


「村じゃ普通だ」


 ハルが次の薪に斧を当てながら答える。


「冬越すのに、薪なんていくらあっても足りねぇしな」


「アルミ村、さすがやな……」


 フリールがしみじみ呟いた。


 しばらくして、ハルが薪を割り終えると、チェスさんは今度は鉄製の焚き火台を置いて、その上に薪を丁寧に組み始めた。


 火が回りやすいよう、細い枝と太い薪を交互に重ねる。


 最後に火打ち石で火を入れ、ふわりと小さな炎が上がったところで、ランタンにも明かりを灯す。


 ぽっとやさしい光が広がり、夕暮れの平野が、急に夜の居場所へと変わった。


「よし」


 チェスさんが、満足そうに腕を組んだ。


「なぁフライ、また料理してくれっか?」


「俺でもいいんだけどよ」


 少し苦笑する。


「毎回、米炊いて肉焼いて終わりだからな」


「食材は好きに使ってくれていい」


「わかりました、作りますね」


 僕は頷いた。



(さて、今日は何にしようか)


 荷物を広げて確認する。


 手持ちは、じゃがいも、玉ねぎ、にんじん。


 チェスさんの持っているリザード肉。


 あとは調味料類が少し。


「……これは」


 僕は並べた材料を見て、にやっとした。


「久しぶりに、アレ作るか!」


「お?」


 フリールが身を乗り出す。


「なんか決まった顔してる」


「今日は、カレーだよ」


「カレー!」


 ハルが目を輝かせた。


「うわ、ひっさしぶりに聞いたな、その響き」


 まず鍋を火にかけて、油を少し。


 そこへ切り分けたリザード肉を入れて、じゅうっと焼き色をつける。


 肉の表面が香ばしく色づいていく。


 続けて玉ねぎを炒め、甘い匂いが立ってきたところで、にんじんとじゃがいもを加える。


「おぉ……」


 フリールが鍋を覗き込んで匂いを嗅ぐ。


「もういい匂いしてる……これぞカレー」


「ここからが大事なんだよ」


 僕は木べらで混ぜながら、水を注ぐ。


 具材がことこと煮えてきたところで、香辛料を合わせていく。


 独自に研究した配合。


 ただ辛いだけじゃない、香りと深みが立つように。


 そして最後に、チューリップ印の小麦粉を溶いて加え、とろみをつける。


 ぐつぐつと煮える鍋から、濃厚で食欲を刺激する香りが立ちのぼった。


 平野の夜風の中、その匂いはとびきり強かった。


「……これは、もう勝ちだな」


 ハルが真顔で言う。


「まだ食ってねぇけど」


「わかる、あたいもそう思う」


 フリールも真剣な顔で頷く。


「匂いだけで白飯いけるやつだ」


「よしっ!できたよ!」


 僕は器によそい、湯気の立つカレーを順番に渡していった。


 まず声を上げたのはチェスさんだ。


「カレーはやっぱうっめぇなぁ! 何杯でも行ける!」


「しかし、スパイスが絶妙だな」


 ハルが半分までかきこんで言う。


「これこれ! この味、この辛さだよ!」


「実験で何度もフライに泣かされた甲斐があるわ」


「泣かせてないでしょ、汗だくではあったけど」


 僕は苦笑いして言う。


 フリールは黙って黙々と食べている。


 半分ほど食べると、ぼそっと口を開いた。


「なぁ、ベタなこと言ってええか?」


「なんだフリール?」


 チェスさんがフリールの方を向く。


「キャンプのカレーってなんでこんなうめーの?」


 するとハルが頷いて真顔で言う。


「それはなフリール、この世の真理だからだ」


「そんな大げさな」


「いや、心理やで、フライ君」


 フリールも真顔で言う。


 僕はそんなみんなの顔見てほっとした。



「……はぁあああ」


 しばらくして、フリールが器を抱えたまま、幸せそうに息を吐いた。


「お腹いっぱいやで……」


「本当に美味かった」


 ハルも、器の底を名残惜しそうに見ながら言う。


「ひっさしぶりにカレー食べたよ」


「今まで、食材と調味料が手に入らなかったからね」


 僕は笑った。


「チェスさんのおかげで作れました」


「いやいや」


 チェスさんが、小さく首を振る。


「こんなうめーカレー、食材があってもなかなか作れねぇよ」


「村で料理屋やったらいいんじゃねぇか? フライは」


「それ、わかる」


 フリールがすぐ乗っかる。


「あたい通うよー」


「これでも、こうなるまで時間かかったんだぜ」


 ハルが、すかさず言う。


「味の研究で、どんだけ泣かされたか」


「そんなひどくないやい」


 僕は抗議する。


「フライたち、むっかしから仲良しなんやなぁ」


 フリールが、焚き火越しに僕たちを見ながら言った。


「ほんとにね」


 僕は素直に頷く。


「まあ、昔はもっとほのぼのしてたがな」


 ハルが、夜空を見上げる。


 焚き火の明かりに照らされたその横顔は、少しだけ懐かしそうだった。


「うん」


 僕も小さく笑った。


「でもさ、それは今から取り戻そうよ」


「また村で、ほのぼの暮らすために」


 ハルが、少しだけ目を細めた。


「そうだな」


「この荷物をちゃんと下ろして、村でまたのんびり暮らそうぜ」


「いいね、それ」


 フリールが、穏やかに言う。


「やっぱ人間、平穏が一番さね」


 焚き火がぱち、と弾ける。


 その言葉が、夜の平野に不思議なくらいしっくり馴染んだ。


「……何か、しんみりしちまったな」


 チェスさんが立ち上がる。


「じゃあ俺は、そろそろ寝るぜ」


「火の始末とか、よろしくな」


「うっす」


 ハルが手を上げる。


「おやすみー、チェスさーん」


 フリールがひらひら手を振る。


「おやすみなさい」


 僕は片手をあげた。



 チェスさんがテントに入り、辺りが少し静かになる。


 焚き火の火が、夜の草原に小さな丸い明かりを作っていた。


「……なんか、目が冴えちまったな」


 ハルがぽつりと言う。


「うん」


 フリールも頷く。


「あたいも、眠くないや」


「あんだけ馬車で寝たら、そりゃね」


 僕が笑うと、ローブの中がもぞりと動いた。


「ねぇ」


 小さな声。


「ローブから、もう出ていいのん」


「あ、いいよ」


 僕がそう言うと、ムーがローブの隙間からぽよぽよと出てきた。


 焚き火の明かりを受けて、半透明の体が赤く染まる。


「おー、ムーおっひさ」


 フリールが顔をほころばせる。


「おっひさなのん」


「ムーはさ」


 フリールが、膝を抱えながら尋ねた。


「なんでフライと一緒に行くことになったのさ」


「ムーは、ずっと一人で川辺で過ごしてたのん」


 僕も少し身を乗り出した。


「何かさ、ムーは平原で迷子になってたんだよね」


「へぇ」


 フリールが感心したように言う。


「スライムって単独行動だっけ」


「そうなのん」


 ムーが、ぽよんと揺れた。


「ずっと一人だったのん」


「嫌じゃなかったし、楽しくやってたのん」


「そういえば」


 僕は前から気になっていたことを聞いた。


「あそこで迷子になってたのって、なんでなの?」


 ムーは、少しだけ黙った。


 それから、いつもより落ち着いた声で言った。


「話せば長くなるのん……」


「あれは──」



 川辺で過ごしていた、ある日のことだった。


(んー、今日もいい天気なのん)


 ぽよぽよと、気ままに散歩するムー。


 水辺はきらきら光っていて、風も気持ちよかった。


 すると、遠くにキャラバンが見えた。


 荷馬車が何台も連なって、賑やかに進んでいく。


(賑やかなのん)


 少し気になって、ムーはぽよぽよと近づいていった。


 物陰から、じっとキャラバンを見物する。


 人間たちは忙しそうに動いていて、でも楽しそうでもあって、不思議だった。


 その時。


 後ろから、別の気配がした。


(魔力なのん!)


 振り向くと、そこには別のスライムがいた。


 金色にきらきら光る、珍しいスライム。


 いわゆるゴールデンスライムだった。


(お、スライムだ。 珍しいな)


(いや、きみもスライムなのん)


 ムーがそう言うと、金色のスライムは少し笑ったみたいに揺れた。


(何やってたんだ?)


(何か賑やかだったから、覗いてたのん)


(ふーん)


 少し間があって。


(暇ってことか?)


(よくわからないけど、暇なのん?)


(じゃあさ)


 金色のスライムが、少し弾んだ声で言った。


(一緒にきてくれないか)


(どこ行くのん?)


(平原に果物が沢山あるんだけど、高くて取れないんだよ)


(おー、果物! いいのん行くのん!)


(じゃあ決まりだな)


 そうして、二匹は平原の方へ旅するようになった。


 時に戦い。


 時に助け合い。


 転がり、跳ねて、時々休みながら進んでいく。


 その旅は、ムーにとって初めてのものだった。


 ずっと一人でも平気だった。


 でも、誰かと一緒にいるのは、もっと楽しかった。


 自分にできることがあるのは、嬉しかった。


 やがて二匹は、目的の果物がなっている木にたどり着いた。


(あったのん!)


(な!言っただろ!)


 でも、その木はとても高かった。


(でも本当に高いのん……)


(そこでだ)


 金色のスライムは、得意げに雷の魔法を放った。


 果物に命中し、いくつかが落ちてくる。


 けれど、魔法の衝撃で果物は黒焦げだった。


(こうなっちまうんだよ……)


(なるほどなのん)


 ムーは考える。


(どうにかして、きれいに取りたいのん)


(ってことで、お前の出番だ)


(やってみるのん)


(〈〈アイスニードル〉〉なのん)


 細い氷柱が、果物のついている枝を的確に打つ。


 果物が、ぽとん、ぽとんと落ちてきた。

 

(おー! 落ちてきた!)


(やったのん!)


 二匹は、その果物を分け合って食べた。


 甘くて、みずみずしくて、すごくおいしかった。


(ありがとな)


 金色のスライムが言った。


(ここまで一緒にきてくれて)


(いいのん)


 ムーも嬉しくて揺れる。


(楽しかったのん)


(よかったらさ、これからも……)


 そう言いかけた、その時だった。


 影が空から落ちた。


 大型の鳥モンスターが急降下してきた。


 狙いは果物かと思った。


 でも違った。


 その鳥は、ムーを掴んで空へと飛び立っていった。


(高いのん! はなすのん! やめるのん!)


 言葉が通じるわけもなく、どんどん平原の奥へ飛んでいく。


 風が強くて、景色がどんどん小さくなる。


 ムーは、半ば諦めて、鳥がどこかへ降りるのを待った。


 やがて鳥は巣のほうへ戻り、ムーが持っていた果物だけ奪うと、そのまま空から投げ捨てた。


(とんだ目にあったのん……)


 地面に落ちて、なんとか無事だったけれど。


(ところで、ここはどこなのん)


 知らない場所だった。


 それより、もっとつらかったのは。


 誰もいないことだった。


 楽しかった旅が、突然終わったことだった。


(なんとかして川まで……)


(川まで帰れば、また賑やかなのん)


 そうしてムーは、平原に取り残されて。


 寂しさという感情を覚えたまま、フライと出会うことになったのだった。



「……ということなのん」


 話し終えたムーが、少し小さくなる。


「へー……あの時、そんなに大変だったんだね」


 僕は思わず言った。


「ってかさ」


 フリールが目を丸くする。


「スライム同士って、お喋りすんだね」


「基本、同じ種族は喋れるのん」


 ムーが答える。


「人間もそうなのん」


「あー、たしかにね」


 僕は手をたたいて納得した。


 ふと横を見ると、ハルはいつの間にかまた寝ていた。


 しかも今度は、さっきよりしっかりいびきまでかいている。


「……」


「やっぱり寝るの早いね、ハル」


「んじゃ、あたいも眠ろっかね」


 フリールが立ち上がって、軽く伸びをした。


「そうだね」


 僕も頷く。


「おやすみ」


「おやすみなのん」


 ムーも、ぽよんと跳ねてローブの中に戻った。


 こうして、ガルディアへの帰路、一日目の夜が終わった。



 次の日からも、同じようにキャラバンでの移動が続いた。


 朝になれば荷馬車が動き出し、昼は平野を進み、夜になればまた野営する。


 僕が探知を広げて周囲を確認していたけれど、特にモンスターの気配はなかった。


 平野は、確かに平和に近づいていた。


 二日目も、同じようにキャンプをして、火を囲み、短い睡眠を取る。


 そして三日目の夕方。


 揺れる荷台の上から、遠くに白い城壁が見えた。


「あっ」


 僕は思わず身を乗り出す。


「見えてきた……!」


「おー……」


 フリールも目を細める。


「おー! やっぱでっかいなガルディア」


 夕日に染まる城壁と、その向こうに広がる街並み。


 長いようで短かった帰路の終わりが、ようやく見えてきた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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