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第七話 赤い目 後編

 一歩進むごとに、感じる気配が濃くなっていく。


 先頭はホルスさんとルドーさん。

 その少し後ろに僕。

 さらに後方に、弓のバードさんと魔杖使いのシアンさん、いちばん後ろにヒーラーのノエルさん。


 夕方の光は、木々の隙間から細く差し込んでいる。。

 鳥の声も、獣の声も、さっきまでより遠くに感じた。


(……静かすぎる)


 普通ならどこかしらから聞こえてくる、動物たちの落ち着いた気配。

 それが、ある地点を境に、引いていった。

 動物達のひき返したい感情だけが、辺りに漂っている。


「……静かですねぇ」


 少し後ろから、バードさんの声。


「逆に怖いですよ、ホルスさん」


 その言葉に、僕の背筋がひやりとした。


「フライ」


 先頭から、ホルスさんが僕に聞く。


「気配はどうだ」


「……さっきから、ずっと嫌な感じです」


「さっきまでは、落ち着いている声が多かったんですけど……」


「今は、怖いみたいな感情が増えていて、しかも、みんな同じ方向を避けてる」


「その、同じ方向ってのが分かるか」


「……あっちです」


 僕は少し先の、木々の間を指さした。



 その、木々の間を抜けると、少し開けた場所に出た。


 地面の土が大きく抉れている。

 何かが激しくぶつかった跡。

 黒ずんだ血の跡が、まだわずかに残っていた。


「……この血の量」


 ルドーさんがしゃがみ込み、土を指先でつまむ。


「普通なら助からんような戦闘跡だな」


「生きて帰れただけでも奇跡ってわけね」


 シアンさんが肩をすくめる。


 空気が、少しずつ重くなっていく。


 そのときだった。


 左手の茂みが、わずかに揺れた。


 全員の視線が一斉にそちらへ向かう。


「……来ますねぇ」


 バードさんが弓に矢を番えながら呟いた。


 ノエルさんは慌てて一歩下がり、両手で杖を握りしめる。


 茂みの向こうから、空気がにじみ出してくる。


 それは獣の気配というより、濃すぎる感情の塊だった。


(クルシイ タベル コロス アカイ)


(っ……)


 頭の奥がズキンと痛み、思わずこめかみに手を当てた。


「フライさん?」


 ノエルさんが心配そうに僕を見る。


「まだ、平気です」


 闇の中に見えたのは、目だった。


 暗がりの中で、真っ赤に光っている。


(……)


 やがて、茂みを押し分けて姿を現す。

 赤い光が、ゆらり、と揺れた。

 森の奥から一歩、また一歩、大きな影が、こちらに姿を現す。


 灰色の毛並み、狼に似た四つ足、普通の狼よりひとまわりは大きい。

 肩までの高さは、僕の胸元に届きそうだった。

 牙がぎらりと光り、そして目が本当に真っ赤だった。


「こいつが……グラムを……」


 ルドーさんが息をのむ。


「おっかないですねぇ……」


 バードさんが、小さく呟いた。


「本当に、目が真っ赤だ……」


 シアンさんは眉をひそめ、モンスターを観察する。


「キラーウルフ……本当に目が赤い」


「ただでさえ勝てるどうかの相手だな」


 ホルスさんが手にした剣を構えて、じっと相手を見据える。


「キラーウルフってそんなに……」


 僕が小声で訊く。


「森の覇者と呼ばれる存在だ、森から森をへと数匹の群れで狩りをしながら移動しているはずだ」


 ホルスさんは答えた。


「それがなぜ……単独でいる……」


 すると頭の奥で、ざわざわと何かが鳴った。


(クルシイ タベル コロス アカイ)


 感情が、ぐちゃぐちゃに潰れた状態で押し寄せてくる。


 僕は思わず左手でこめかみを押さえた。


「フライ?」


 シアンさんが気づいて、小声で呼ぶ。


「……だ、大丈夫です」


 なんとか、呼吸をする。


 目の前の赤目が、低く唸った。


 地面をぐっとひっかくと、爪が土をえぐる音が響いた。


「……来るぞ」


 ホルスさんの声が、一気に場の空気を締める。


「ルドー、前衛。俺の少し横だ」


「バード、距離保って右側面」

 

「シアン、俺らの後ろから牽制を頼む」


「フライは、俺のすぐ後ろ、絶対に前に出るな」


「何かするなら、ここからやれ」


「……はい!」


 返事をした瞬間、赤目が地面を蹴った。


 音もなく、一瞬で距離を詰める。


(速い……!)


「ッらぁ!」


 ホルスさんが剣を振り上げるより早く、ルドーさんが前に出た。

 槍の柄を横にして、突進の軌道をずらす。

 突き飛ばされたように、ルドーさんの体が後ろへ滑る。


「ぐっ……!」


 踏ん張って停止はしたが、その足跡は地面を削っていた。


「〈〈リール〉〉」


 シアンさんが、回復魔法をルドーさんにかける。


「ルドーさん!」


「大丈夫だ、問題ないっ……」


 歯を食いしばり、槍を構え直す。


「こいつ、力が……尋常じゃないぞ」


「グラムが負ける相手だからな」


 ホルスさんの声には、焦りではなく、冷静な警戒があった。


「バード!」


「分かってますって!」


 バードさんが弓を引く。

 矢が放たれ、赤目の肩をかすめた。

 赤い目が、そちらにちらりと向く。


「シアン!」


 シアンの魔杖から、圧縮された火の玉が飛ぶ。


「〈〈フレア〉〉」


 赤目の足元の地面をえぐり、その動きを一瞬だけ止めた。


「ナイスです」


「ルドーさん、今のうちに距離を!」


 連携は悪くない、それでも赤目は、すぐに体勢を立て直した。

 呼吸は荒いのに、動きは落ちない。

 飢えているくせに、力だけは膨れ上がっている。


(クルシイ タベル コロス アカイ)


 僕の頭の中で、同じ言葉が何度も繰り返される。

 その裏側に、別の気配が混じっていた。


(ミンナ ニオイ ドコ)


 そこまで聞いたところで、赤目の視線がふっとこちらを向いた。


 真っ赤な目が、まっすぐ僕を見る。


「っ!」


 恐怖だけじゃない。


 赤目の中にあるわけのわからない感情が、そのまま流れ込んできている。


「フライ、下がってろ!」


 ホルスさんが叫ぶ。


 次の瞬間、赤目が再び飛びかかってきた。

 今度は、ホルスさんめがけて。

 半身をずらしながら剣を振るう。

 剣先が赤目の脇腹をかすめ、血が飛び散った。


 しかし赤目は怯まない。


「……しぶてぇな」


 ルドーさんが横から槍で牽制し、バードさんが再び矢を射る。

 シアンさんも魔法で援護するが、赤目はそれを振り切るように動き続ける。

 じりじりと全員の呼吸が荒くなっていく。

 このまま長引けば削られる、そんな嫌な予感がした。


(このままだと……)


 その瞬間、強い気配がした。


(ダメダ アカイ クルシイ カエリタイ)


 僕は、思わず口を開いていた。


「……苦しんでる」


 自分でも気づかないほど小さな声だった。


「フライ?」


 ホルスさんの声が飛んでくる。


 赤目が、またこちらを向く。


 ルドーさんの槍先を押しのけて、真正面から睨んでくる。


「帰りたいって……叫んでる、でも……それだけじゃない」


 僕は、震える膝を押さえつけるように立ち上がった。


「苦しいって言ってる」


「何言って――」


 バードさんが言いかけたとき、ホルスさんが遮った。


「……フライ」


 その声は、驚くほど落ち着いていた。


「やることがあるなら、やれ」


 ホルスさんは赤目から目を離さないまま言った。


「……ホルスさんは?」


「俺は、万が一のときにお前を守る」


 剣を肩に担ぎ直した。


「ルドー、バード、シアン、こいつに何かあったら俺が守る」


「お前らは全力で赤目を落とせ」


 ルドーさんが目を見開く。


「……いいんですか、ホルスさん」


「ああ」


 短く、迷いなく。


「こいつに賭ける価値はある!」


 怖い。

 足がすくむ。

 でも、逃げたくはない。

 向き合うと決めてここまで来た。


 僕は一歩、前に出た。


「フライくん!?」


 バードさんの叫び声が飛ぶ。


 赤目が低く唸る。

 噛み殺そうとする一歩手前の緊張。

 空気がびりびりと震える。


(アカイ クルシイ ミンナ ドコ)


 その濁った気配の中に、僕は集中した。


(声を聞くんだ……)


 僕は、左手をそっと前に差し出した。

 僕は赤目と視線を合わせた。

 一歩近づく。

 赤目の唸り声が、少し高くなる。


(苦しいし、どこに行けばいいかも分からないんだよね)


(ミンナ イナイ クルシイ アカイ)


 赤目の足が、わずかに揺れた気がした。


 さらに一歩、踏み出す。

 指輪と、手の甲の奥で紋章が、焼けるように熱くなる。

 僕は、赤目に向かって手を伸ばした。


 その瞬間――。


 周囲の音が、全部遠ざかった。



 気づけば、真っ白な空間に立っていた。

 静寂だけがそこにある。


 目の前に、影があった。

 瞳は真っ赤だけど、その奥にあるものが違って見えた。


(……ここは)


(……君の中、なのかな)


 僕がそう言うと、影がぴくりと動いた。


(ダレ)


 言葉というより、気配に近い何かが、直接頭の中に響いてくる。

 赤目は牙を半分だけ見せて、警戒するように喉を鳴らした。


(タタカウ)


(戦わないよ)


 僕は首を振った。


(戦わないし、傷つけない)


(……)


(君が、苦しんでいるのが分かるから)


 僕はゆっくりと言葉を選ぶ。


(苦しくて……どこに行けばいいか分からないって、分かるから)


 赤目の唸り声が、少しだけ弱くなった。


(ミンナ ニオイ キエタ アカイ クルシイ)


 途切れ途切れの気配が流れ込んでくる。


 血の匂い、森の中、群れの中、はぐれてしまった恐怖。

 気づけば、森の匂いは変わっていた。

 仲間の匂いは、もうどこにもない。


 僕は、それを全部受け止める。

 すると、胸が苦しくなる。


(……辛かったね)


 赤目が、低く唸った。


(クルシイ)


(僕も苦しいよ)


 僕は左手を胸に当てた。


(帰りたいって気持ちがあるなら、僕は、手伝いたい)


(カエレナイ)


(匂いはないけど、気配なら……まだあるかもしれない)


 目を閉じた。

 森の中の気配が、ぼんやりと伝わってくる。

 その中に、かすかに赤目に似た気配の筋がある。


(こっちだ)


 僕は感じた方向を指さした。

 森のイメージ、風下に流れる、薄くなった群れの気配。


(たぶん、ここなら……まだ)


(……)


 赤い瞳の色が変わり、じっと僕を見る。



 意識が、一気に現実に引き戻された。


 気づけば、僕は赤目の真正面に立っていた。

 手は、赤目の鼻先に届くか届かないかのところで止まっている。

 指輪と、左手の甲の奥が、じんじんと熱い。


 赤目の身体は、ぴたりと静止していた。

 そして真っ赤だった目の色が、澄んだ金色になっていた。


「フライ!」


 背中から、ホルスさんの叫び声が飛ぶ。


「大丈夫です」


 自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。


「……たぶん」


 僕はそっと腰の袋を探る。

 前日に作っておいた干し肉が、何枚か入っている。

 ゆっくりと、目を逸らさないまま、左手を袋に差し入れた。


「……皆さん、絶対に今は攻撃しないでください」


 声が震えないように気をつけながら言う。


「もう群れを見つけて、帰るって決めたから」


「帰る……?」


 バードさんが呟く。


 僕は干し肉を一枚取り出し、足元にそっと置いた。

 香ばしい匂いが広がり、鼻先がぴくりと動いた。


「食べていいよ」


 静かに言う。


「それを食べたら、あの方角へ、きっと帰れるよ」


 しばしの沈黙。


 全員が息を詰める中、鋭い牙が、干し肉に伸びる。


「っ!」


 バードさんが反射的に弓を構えかけるが、ルドーさんが肩に手を置いて止めた。


 そして干し肉をひと噛みで咥えると、僕から視線を外した。

 森の奥、僕が指し示した方向を見つめる。


 そして。


 ひゅ、と風のように振り返ると、駆け出した。

 森の奥へ、さらに奥へと抜けていく。


 気がつけば静寂が辺りを包んでいた。


 これが、僕の力、テイムの最初の一欠けらだった。

読んでくださり、ありがとうございます。

テイムの力はもここから成長して行きます。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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