第六十話 街はずれの生活
魔杖屋リンリンを出て、僕たちはフリールの少し後ろを歩いた。
さっきまで店の中であれだけ騒いでいたのに、今のフリールは妙に静かだった。
足はちゃんと前に進んでいるけれど、さっきまでのテンションとは違っていた。
「……」
フリールは、何か考え込むように前だけを見ている。
「なぁ、フライ」
横でハルが小声で言う。
「フリール、黙っちゃったけど大丈夫なのか?」
「……どうしたんだろうね」
僕も、フリールの背中を見ながら答える。
「あのー、フリール?」
少し声を大きくして呼びかけた。
「大丈夫?」
「ん?」
フリールが肩をびくっと揺らす。
「ああ!大丈夫だ!問題ない!」
いつもの調子に戻り言う。
けれど、すぐにまた口をつぐんだ。
「……」
(うーん)
(とりあえず、ついていってみるしかないか)
⸻
しばらく歩くと、石畳もところどころ欠けていて、人通りも少ない場所にでた。
そんな一角に、二階建ての小さな建物が一つ。
外壁は少し古びているけれど、窓辺には小さな花の鉢が並んでいる。
入口の前には、小さな靴やサンダルが何足も雑多に並べられていた。
「ここだよ」
フリールが立ち止まる。
「あたいの実家ってやつさ」
木製の看板には、簡素な文字で孤児院の名前が記されていた。
扉を開けると、すぐに中から小さな声が飛んでくる。
「フリールねえ、おかえり!」
ぱたぱたと駆け寄ってきたのは、茶色いおさげの女の子だった。
エプロンの裾をギュッと握りしめている。
「おう!今帰ったぜい!」
フリールは、いつものテンションで応える。
「フリールの家族って……」
僕が言いかけると、フリールが振り返り、肩をすくめて笑った。
「ドーナ・リバー孤児院」
「あたいの、実家ってやつよ」
フリールは、少しだけ照れたように頭をかく。
「孤児院育ちでさ」
「まぁ、なんとかやっていってるって感じだね」
「きょうは、いんちょういないっていってたよ」
さっきの女の子が、フリールの服の裾を引っ張る。
「ごはん、フリールねえつくる?」
「あちゃー、そうなんだ、院長いないのか」
「じゃあニナちゃんに、今日はお姉がご飯作っちゃうよーん」
フリールはしゃがみ込んで、女の子の頭をわしゃわしゃ撫でた。
「他の子も、中にいんのかい?」
「うん、みんないるよ!」
ニナが笑う。
「ならよし!」
フリールは立ち上がった。
「じゃあ、ちょっとみんなで仲良くしててね」
ニナの顔がぱあっと明るくなる。
フリールはにかっと笑って、ニナのほっぺたを軽くつついた。
「……うん! わかった!」
そう言うと、ニナは「ただいまー!」と孤児院の中へ駆け込んでいった。
静かになった玄関先で、フリールは小さく息を吐いた。
「……」
しばしの沈黙。
「まぁ、なんだ」
フリールは、僕たちの方を向き直る。
「これが、ウチの実家なんよ」
「ちょいとガタがきてたりすっけどさ」
目線だけで建物を指す。
「あったかくって、楽しいとこなんだ」
「フリール」
ハルが、ぽつりと言った。
「お前、テンション高ぇだけの変なやつかと思ったら」
ニヤッと笑う。
「いいやつだな」
「およ?」
フリールが目を丸くする。
僕も、自然に笑っていた。
「元気で、強引で、無茶苦茶な子だと思ってたけど」
「優しいんだね」
「おいおい」
今度は、フリールが頬をふくらませる。
「あたいをなめんじゃねぇよ」
「ってか、それ以上言うとちょっとあたい傷つくよ」
その言い方がおかしくて、僕とハルは、つい笑ってしまった。
「ってことだから」
フリールは手を叩き、気を取り直すように言った。
「今日出発と思ったけど、ほんっとごめん!」
「院長いないし、飯作んなきゃだし、ダンジョンは明日からでいい?」
「もちろんだよ」
僕は頷いた。
「明日朝また、リンリンまで行けばいいかな」
「おう!」
フリールは親指を立てる。
「そこで君たちを待つッ」
「んじゃ、今日は宿だな」
ハルが周りを見回す。
「フライ、泊まるとこ目星ついてんのか?」
「うん」
僕は孤児院の位置と、前回の地図を頭の中で重ねる。
「前に来た時に、また来るって約束した宿があるんだ」
「いいね」
フリールが言う。
「あそこの宿なら安心やね」
「じゃあ、行こっか」
手を振るフリールに、僕たちは手を振り返した。
「んぢゃ、また明日ねー!」
「宿のおばあちゃんによろしく頼むー!」
「チャオー!」
フリールの明るい声に見送られながら、僕たちは宿へと向かった。
⸻
孤児院から少し歩いた先。
細い路地へと曲がると、人通りがさらに減る。
路地の隅には鉢植えや木箱が並べられ、どこか静かな生活の匂いがした。
「たしか、この辺りだったはず……」
前に来たときの記憶をたどりながら歩く。
「あ、ここだよ」
僕は、一軒の小さな建物の前で足を止めた。
木の扉の横には、手書きの宿屋の看板。
窓からは、あたたかい灯りが漏れている。
「いや、これ宿なんだな」
ハルが目を丸くする。
「前に来たとき、また来るって約束したんだ」
僕は微笑んで、扉を押した。
ちりん、と鈴が鳴る。
「いらっしゃーい」
カウンターの向こうから、優しそうなおばあちゃんが顔を出す。
「あら、この前の」
「覚えててくれたんですね」
僕は少し照れながら笑う。
「また来ました、おばあちゃん」
「よく来たねぇ」
おばあちゃんは目を細め、ふふっと笑った。
「今日はお客さんもいないから、ゆっくりしていきな」
「貸切か、嬉しいな」
ハルが肩を回す。
「一部屋ずつ取っても、同じ値段でいいよ」
「おー、個室いいですね」
僕はすぐに食いついた。
「ハルのいびき、うるさいから」
「よく言うぜ」
ハルが眉をひそめる。
「お前の寝言も、大概だからな」
「ほっほっほ」
おばあちゃんが楽しそうに笑う。
「じゃあ、お願いします」
僕は頭を下げた。
「じゃあ夕食も、もう少ししたら出すからね」
「楽しみだな」
ハルが嬉しそうに言う。
「ところで、おばあちゃん」
「フリールと、どういう知り合いなんですか?」
「そりゃあ、長い付き合いさね」
おばあちゃんの表情が、少しだけ柔らかくなる。
「あの子も色々苦労しててね」
「物心ついたときから孤児院暮らしさ」
「……」
「ただねぇ」
おばあちゃんは、カウンター越しに僕らを見る。
「あの子が、元気ない時なんて見たことないんだよ」
「いっつも元気で笑ってて、逆境なんて吹き飛ばすみたいな顔してさ」
「分かります」
僕は頷いた。
「見てて元気になりますよね、フリールは」
「最初は無茶苦茶なだけに見えたけどな」
ハルが付け足す。
「ほっほ」
おばあちゃんも笑ったあと、少しだけ真顔になる。
「でも、最近ね」
「少し思い詰めた顔をして、上の空の時があるんだよ」
「何なのか聞いても、はぐらかされてねぇ」
「……」
「まあ、あの子もあの子で、何か考えてるんだろうけどさ」
(やっぱり、ルミナストーンに何か関係があるんだろうか)
(あの時も、命懸けでモンスターを狙っていた)
(笑ってごまかしていたけれど、あの必死さは……)
「そうなんですね」
僕は、おばあちゃんをまっすぐ見る。
「僕たちは、フリールの力になりに来ました」
「おうよ」
ハルも胸を張る。
「とにかくね」
おばあちゃんが、僕たちを見て言う。
「あの子はいい子なんだよ」
「いい子がゆえに、心配でねぇ」
「だから、あんたらみたいなのが見ててくれるなら、助かるよ」
僕とハルは、同時に頷いた。
⸻
部屋に案内され、荷物をほどいて少しだけ休んだあと。
夕食の時間になり、食堂へ行くと、川魚を使った料理が並んでいた。
塩焼き、香草蒸し、スープ。
どれも、川の街ならではの味がして、とても美味しかった。
食事を終え、自室で一息ついていると、扉がノックされた。
「おーい、フライ、入るぞー」
「どうぞー」
扉を開けて入ってきたのは、ハルだった。
少し真面目な顔をしている。
「なぁ」
部屋の中に入ると、扉にもたれかかるようにして言った。
「フリールの、ちゃんとあいつの力になってやりてぇよ」
「そうだね」
僕は即答する。
「そのためにここまで来たんだから」
「たとえ何を抱えていても、力になる」
「おばあちゃんと話してて」
「孤児院での姿見て、余計にそう思ったよ」
「……だな」
ハルが小さく笑う。
「なら、いいんだ」
少しだけ表情を緩める。
「急ぐ旅だけどよ」
「ちゃんとフリールを助けて、ガルディアに帰りてぇ」
「うん」
「じゃあ、それだけだ」
ハルは軽く手を挙げて、部屋を出ていった。
残された部屋の静けさの中で、僕は天井を見上げる。
(フリールは、何かを背負ってる)
(それでも笑ってる)
「……だったら」
小さく呟いて、目を閉じた。
「僕たちが、一緒に背負えばいい」
そんなことを考えているうちに、まぶたが重くなっていった。
⸻
翌朝。
身支度を整えて部屋を出ると、おばあちゃんがちょうど食堂を片付けているところだった。
「お世話になりました」
僕はカウンターの前で頭を下げる。
「昨日の料理、すごく美味しかったです」
「やっぱ川の街だけあって、魚がうめぇな」
ハルも満足そうに言う。
「満足してくれて、よかったよ」
おばあちゃんは、にこにこと笑った。
「これ、お代です」
僕は財布からお金を取り出して差し出す。
「二部屋分あるが……」
おばあちゃんは少し考えるような顔をしてから、首を振った。
「一部屋分でいいよ」
「いや」
ハルがすぐに首を横に振る。
「もらってくれ」
「ここまで良くしてもらって、一部屋分なんて、逆に後味が悪りぃからな」
「そうかい」
おばあちゃんは、少しだけ目を細めた。
「じゃあ、ありがたくもらっておくよ」
「それと、フリールのことは頼んだよ」
「任せてください」
僕とハルは、もう一度頷いた。
宿を出て、朝の空気を吸い込む。
朝のドーナは、昨日よりも少し静かで、川の音がよく聞こえた。
「じゃあ、リンリンに行こっか」
「ああ」
僕たちは、魔杖屋リンリンへと向かった。
⸻
からん、と鈴の音を鳴らして店に入る。
「フリール?」
僕は奥に向かって声をかけた。
「来たよー!」
奥の方から、ドタドタと足音が聞こえてくる。
「やあやあやあやあ!」
少し焦りながら、勢いよくカーテンをめくって、フリールが現れた。
「今日はよろしくおねがいしますです」
ハルが親指を立てる。
「任せとけ」
「絶対、目的達成して帰ってこようね」
僕も、いつもより少しだけ大きな声で言った。
「お、おう?」
フリールがきょとんとする。
「どした?」
「昨日より気合い入ってねぇか?あんたたち」
「まぁ、色々あってね」
僕は笑う。
「気にすんな」
ハルが肩をすくめる。
「ま、ええわ」
フリールは手を組んで、ぐっと伸びをする。
「気合いがあるのは、いいことだぁ!」
「じゃあ、行こっか」
「ああ」
ハルが腰の剣を軽く叩く。
「場所は分かってるんだろ?」
「ドーナから北西の森の中だよ」
フリールが指をくいっと動かす。
「そんな遠くはないから、森を歩いて、数時間程度かなぁ」
「おっけー」
ハルが頷く。
「じゃあ、ダンジョン攻略と行きますか!」
「ハル」
僕は小声で、ハルの方を向く。
「ダンジョンのためにも、道中モンスターはなるべく避けて行くからね」
「探知してくから」
「助かる」
ハルも小声で返す。
「うん? 二人でボソボソどしたー?」
すぐ前を歩いていたフリールが振り返る。
「何でもねぇよ」
ハルが即答する。
「道中、モンスター出ないといいなーってな」
「うん」
僕も笑って、ごまかした。
「ほほう」
フリールはニヤニヤしながら前を向く。
⸻
ドーナを出て、北西へ向かって進む。
川沿いの道から少し外れ、やがて森の手前へと到着した。
「ここからが、ドーナの森さ」
フリールが、森の入口で立ち止まる。
「そんな強いモンスターはいないけれど」
「気をつけないと、迷う! と言われている!」
「え……それって、フリールは迷わないの?」
僕が聞くと、フリールはニヤリと笑う。
「ふっふっふ」
「ここは、あたいの庭だからね」
「庭で迷うアンポンタンはいないってよ」
「なんか、あんま信用ならねぇな」
ハルが半眼になる。
「大丈夫なのかよ」
「ふっふっふ」
フリールはどこからか小さな金属の丸いものを取り出した。
「この最強道具があれば、大丈夫ってもんよ!」
太陽の光を反射して光る、それは──
「って、ただのコンパスじゃねぇか!」
ハルが即座にツッコむ。
「ちっちっち」
フリールは指を振る。
「ダンジョンは森のさらに西にある!──……はずだと思う」
「コンパスがあれば、必ずたどり着ける!──……はずだと思う」
「ねぇ」
僕は、静かに指摘した。
「今、はずって言った?」
「二回、はずだと思うって?」
「だー! 喋ってても、らちがあかねぇな」
ハルが、頭をかきながらため息をつく。
「諦めて行くか……」
半分不安で、半分ワクワクしながら。
僕たちは、フリールの背中と揺れるコンパスを追いかけて、ドーナの森の中へと入っていった。
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