第五十九話 二度目の川辺の街
キャラバンが進むにつれて、川沿いの街並みが、だんだんと大きくなっていく。
石造りの建物が段々畑みたいに並んでいて、そのすぐ横を大きな川が流れている。
「あれが、ドーナか」
隣でホップが、声を漏らした。
「ホップは初めてなんだ?」
「ああ」
荷台の縁に肘をつきながら、ホップは目を細める。
「ガルディアに行く時は寄らなかったからな」
「しっかし、川辺によく街作ったよな」
「ほんとだよね」
僕も前に来た時のことを思い出す。
「川関連の特産品がいっぱいあるらしいよ」
「魚料理とか干物とか」
そんなことを話していると、前のほうからチェスさんの声が飛んできた。
「おーい!」
手綱をさばきながら、振り返って手を振る。
「そろそろ着くから、ローブちゃんと羽織っとけ!」
「それと、荷物の忘れ物すんなよー!」
「はーい!」
僕はフードを軽く直し、荷物の紐をきゅっと締め直した。
「ありがとう、チェスさん!」
ホップが軽く手を振り返す。
街の門が近づいてくるにつれ、風に混じって川の匂いが強くなっていった。
⸻
ドーナの城門は、ガルディアよりは小さいけれど分厚くて、いかにも交易の街という感じがした。
門の前には荷馬車の列ができていて、兵士が順番に書類を確認している。
僕たちのキャラバンも列に並び、ゆっくりと進んでいく。
門をくぐると、一気に空気が変わった。
川沿いの大通りには、行商人と客で溢れている。
(この街ってこんな感じなんだ)
前に来たときは、身バレを気にして大通りを見られなかった。
今、ようやくドーナの街をちゃんと見ている気がする。
「よし」
チェスさんが、馬車を広場の端に止めた。
「じゃ、俺はここで一旦荷下ろしだ」
僕たちの方を振り返る。
「三日後、またここから出発な」
「帰りも、乗ってくんだろ?」
「はい、よろしくお願いします」
僕は頷いた。
「三日後の同じ時間くらいに、ここに来ます」
「チェスさんも、この街に?」
「おう」
チェスさんは、腰のポーチをぽんと叩いた。
「ボスからの依頼で、商談がある」
「三日はちゃんとここにいるぜ」
「じゃあ、また帰り一緒だ」
ホップが笑う。
「おうよ、フライ、ハル」
チェスさんは、にかっと笑った。
「危ない冒険はほどほどにな」
「はい、ほどほどで」
僕は苦笑して頭を下げる。
こうして、チェスさんたちと一旦別れ、僕たちは人波の中へと歩き出した。
⸻
「……うわ」
大通りを抜けながら、ハルがきょろきょろと周りを見ている。
「なんつーか」
「川ってだけで、雰囲気全然違うもんだな」
「魚の匂いもするし」
「川沿いの店とか、絶対飯うまいよな」
僕は少し笑う。
「この前来た時は、正体バレないように来たから、あんまり見て回れなかったんだ」
ホップがぽりぽりと頭をかいた。
「楽しい旅って感じじゃなかっただろ」
「いや、旅自体が初めてだったから」
僕は空を見上げる。
「何か新鮮だったな」
「それに、いろんな出会いもあったしね」
ホップが、ちらりとこちらを見る。
「その一人が、今から会いに行くフリールってわけか」
「うん」
胸の内ポケットから、小さな紙切れを取り出す。
フリールからもらったメモだ。
「旅で出会った、ルミナストーン追いかけてた女の子で」
「一緒にダンジョンに行くって、ここに来たとき約束したんだ」
「約束、か」
ホップは、ふっと笑う。
「でもなんでそんな危険なことしてんだろな」
「ダンジョンなんて、騎士団でもない限り近づかねぇもんだろ、普通」
「……フリールは元気で明るかったけど」
僕は、メモの文字をなぞりながら言った。
「何か事情を抱えてるんだと思う」
「訳ありって、自分でも言ってたし」
「そっか」
ホップは肩をすくめた。
「じゃ、とりあえず会いに行ってみようぜ」
「会って話聞くのが一番だ」
「だね」
メモに書かれた地図をもう一度確認する。
「魔杖屋リンリンってお店にいるって書いてある」
「地図によると街の外れのほうだ」
⸻
川沿いのにぎやかな大通りから、小さな路地を一本、また一本と抜けていく。
石畳はそのままだけど、店の数も人の数も、目に見えて減っていった。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに、ひっそりとしている。
木の看板が色あせた食堂。
閉じられたままの窓。
洗濯物だけが風に揺れている。
「魔杖屋リンリン……っと」
ホップが、壁に貼られた番地板を見ながら歩いていく。
「ねぇな」
あたりをぐるっと見回す。
「しっかし、大通りとは違って人があんまりいねぇな」
「この街に来た時もね」
僕は、前回泊まった宿のことを思い出した。
「紹介してもらった宿に行くまで、ほとんど人とすれ違わなかったんだ」
「宿の場所、ここらだったのか」
ホップが、なるほどと頷く。
「あとな」
ホップがふと思い出したように言った。
「今から俺のことは、ちゃんとハルって呼んでくれ」
「ここで正体バレて迷惑かけるのは、勘弁だからよ」
「分かったよ、ハル」
言い慣れない呼び方に、少しだけ違和感がある。
「……っと」
ハルが足を止める。
「ここじゃねぇか?」
通りの角に、古びた木の引き戸があった。
頭上には、小さな看板がぶら下がっている。
手書きの文字で──
『魔杖屋 リンリン』
と、書かれていた。
「ここだね」
僕は小さく息を吸う。
「魔杖屋リンリン」
⸻
引き戸を少し強めに引くと、ちりん、と小さな鈴の音が鳴った。
外観はかなりくたびれていたけれど、中は意外なほどきちんとしていた。
磨かれた床。
壁には、何本かの魔杖が等間隔で吊るされている。
カウンターの上には、巻物がいくつか並び、小さな水晶玉や、魔力を蓄える瓶らしきものも見えた。
ただ、商品自体はそう多くない。
空いたスペースのほうが目立つくらいだ。
(……でも)
(ちゃんと、大事に扱われてる感じがする)
「こんにちはー」
僕はカウンターの向こうに向かって声をかけた。
「フリールー? いるー?」
しばしの沈黙のあと、店の奥からバタバタと足音がして──
「はいはいはいはいはいー!」
聞き慣れた声が響いた。
「あたいの名前を呼ぶのは、どっちらさまー?」
ひょいっと、カーテンの奥から顔を出したのは、金髪ショートヘアの、小柄な女の子だった。
腰には、ルミナストーンの小袋。
見た目からして、相変わらず元気そのものだ。
「やあ、久しぶり、フリール」
僕は笑って手を振る。
「来たよ!」
フリールの動きが、一瞬ピタッと止まった。
目がまんまるになって、それから──
「まじか……」
じわぁっと、顔がほころんでいく。
「本当に来た」
カウンターをばーん!と叩く。
「おおおおおおおお!ありがてぇ、助かるー!」
全力で両手を広げて叫んだ。
「実はさ!半分くらい、諦めだったんだよね!」
僕は苦笑する。
「信じてって、言ったじゃない」
「言ってた!」
フリールは勢いよく頷く。
「……気がする?」
「そこはちゃんと覚えておいてよ」
「えへへ」
舌を出して笑ったあと、きょろきょろと周りを見る。
「んで!」
「ホルスたんは?ホルスたーん!」
隣でホップが、肩を震わせた。
笑いを堪えきれずに、口元を押さえている。
「あー、その、色々あって」
僕は説明に困りながら言った。
「ホルスさんは、今回は来られないんだ」
「その代わりに、この人に助っ人に来てもらったんだ」
僕はホップを見て言った。
すると、フリールは、じーっとホップを見る。
フードをすっぽりかぶっているので、顔はよく見えない。
「こちらのフードさんは、どちらさまですか?」
「こっちは僕の友達のホッ──」
脇腹にゴリッと肘がめり込んだ。
「……いや、ハル、だよ」
「よお」
ハルは、ふっと笑ってフードを外した。
「俺はハルって言うんだ」
「フライとは、一緒に育った間柄だ」
「ホルスさんの息子だよ」
僕が補足する。
「おう」
ホップが肩をすくめる。
「親父のこと、ホルスたん呼びには笑ったぜ」
「いいね、あんた」
「いやー」
フリールは、ぱちぱちと瞬きをしたあと、ニィっと笑った。
「威勢がいいのが飛び出したのう」
「あたいはフリールってんだ」
「ヨロピクな!」
「ああ、ヨロピク!」
ホップも口角を上げて応じる。
(……なんかこの二人、馬が合いそうだな)
(だね)
パンの声が、器から聞こえた。
(多分フライは、ツッコミ役にならないといけないだろうけどね)
(たはは……)
「さっそくだがっ!」
カウンターから乗り出すように、フリールが言った。
「本題に入りゅ!」
「ダンジョン、だよね」
僕は姿勢を正す。
「ルミナストーン集め」
「それはそうなんじゃが」
フリールは、頬をかきながら少しだけ視線を泳がせた。
「家族に言ってから行かないとだから、ちょっとあたいについてきておくれよ」
「それは構わねぇけどよ」
ホップが腕を組む。
「こっちも、一応事情があって、三日しか猶予がねぇんだ」
「それまでにダンジョンから帰ってこれそうか?」
「三日あれば、充分ルミナストーンちゃんを集められるから、大丈夫だ」
フリールは、胸をどんと叩いた。
「そっか」
僕は胸をなでおろす。
「なら、早速──」
言いかけたとき。
フリールが、ふっと目を伏せた。
「……この人たちなら」
唇が、かすかに動く。
「……フライなら……」
「ん?」
僕は思わず聞き返していた。
「どうしたの?」
「いや、なんだろねー」
フリールは、慌てて手をぶんぶん振る。
「なんでもないやい!気にしなーい!」
「いや、それ余計気になるだろ」
ホップが、即座にツッコミを入れる。
「じゃ」
フリールは誤魔化すように、軽く手を叩いた。
「ここから近いから、ちょっとついてきておくれ」
「分かった」
僕たちは店を出て、フリールの後ろを歩き出す。
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