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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: エフピー
第三章 ガルディア動乱編

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第五十五話 やり取りの行方

 ギルドの朝のざわめきの中で、僕は声を落としてファラに尋ねた。


「それで、手紙には何て……」


 ファラは、一度周りを見回してから、僕の近くまで歩み寄った。


 昨日の夜より、少しだけ顔色が悪い。


「少し場所を移そっか」


「わかった」


 そう言って、僕たちはハンターギルドを後にし、広場の隅へと向かった。


⸻


 人気のない場所に行くと、ファラは周りを気にしながら、ポーチの中からサラームから来た手紙を取り出した。


「……手紙を持ってきてたから、見てもらえるかな」


 何度も開いたり閉じたりしたのだろう、端が少しよれている。


 小さく息を整えてから、僕は読み始めた。


『やあ、オーガス君』


『君には強化した魔物が溢れるようにしてほしいって言ったよね』


『なーんかさ、違う感じになってないかな』


『そんなんじゃさあ、こまるんだよね』


『オーガス君を信じて指輪渡したんだよ、わかってるかな』


 僕の指先が、わずかに震えた。


「ここから先は……」


「いいの、続けて」


 僕は、心の中に怒りを覚えながら、続きを読み進めた。


『それとさ、バルダン王が動いたとか』


『せっかく詰んでたのにね』


『とにかくオーガス君には、これからまた強化個体増やしてもらって』


『平野で噂の掃除屋も探ってほしいんだよね』


『やってくれるよねえ、たのしいねえ』


 最後の一行を読み終えたところで、僕は紙をぎゅっと握りしめた。


「……一応想像通りだったね」


 ファラの声は落ち着いているのに、喉の奥が掠れている。


 きっと何度も、この文面を読み返し、恐怖と悲しみと怒りで涙したのだろう。


「酷い内容だった」


 僕は、俯いて拳を強く握りしめた。


「でも、確かに大体予想していた通りだ」


 僕は小さく息を吐いた。


(今まで僕たちがやってきたことの全部が、この手紙の中で奴の引っかかりになっている)


「ヴェンドさんが予定通りに行動すれば、きっとすぐ次の展開になると思う」


 ファラは、胸元の布をぎゅっと掴んだ。


「……お母さん」


 かすかな声で呟く。


 その一言の中に、祈りと不安が詰まっていた。


「心配なのは分かる、悲しいのも分かる、怖いのも分かる」


 僕は、ファラの方を向き、真剣な声で言った。


「でも、今はできることをやるしかない」


 それは、ファラにも、自分自身にも言い聞かせる言葉だった。


「ここで折れたら、向こうの思うつぼだ」


 ファラは目をぎゅっと閉じてから、ゆっくりと開いた。


「……うん、私は信じる」


「絶対、お母さんを助けられるんだって」


 ほんの少し唇を噛んでから、顔を上げるファラは、いつものファラだった。


⸻


 そのころ。


 ハンターギルドの一角にある、ヴェンドの狭い部屋。


 古びた机の上に、白い紙が一枚置かれている。


 ヴェンドは、インクのついたペンを握りしめたまま、しばらく動けずにいた。


「ジーナ……」


 誰もいない部屋の中で、そっと名を呼ぶ。


 声に出すと、胸の奥の何かが今にも崩れそうになる。


(まだだ……まだ希望はある、絶対に折れるな)


 机から一枚のメモを取り出すと、あらためて読み返した。


 ファラづたいで受け取った、ホルスからの次の作戦だ。


 内容は──


『次のサラームの手紙は、だいたいわかる』


『お前は、自分にできることは命令通りすべてやっている』


『でも、ガルディアが持ち直しつつあると送れ』


『謎の掃除屋に加えて、騎士団も平野に出るようになって、手の打ちようがない』


『もうどうすることもできない』


『そんな感じの内容の手紙を、サラームに送ってくれ』


『絶望した無能を演じるんだ』


『そして、次の動きを待つ』


「絶望した……無能、か」


 ヴェンドは、苦く笑った。


(十八年分の、自分への評価と、そう変わらない)


(それでも、ジーナは必ず取り戻す)


 今のヴェンドは、一人ではなかった。


 部屋の隅には、いつものようにファラの荷物が少しだけ置いてある。


 全部、娘との大切な日常の名残だった。


(私はもう絶望などしない)


(希望はあると知った)


 ヴェンドは、自分に言い聞かせるように呟いた。


(ホルス、あなたもそう言った)


(十八年分の後悔と怒りを抱えた上で、それでもまだ前を向こうとしている)


(だったら──私は!)


 ヴェンドはゆっくりとペン先を紙に下ろした。


『もう何をしても、うまくいかない』


 インクが、白紙に滲んでいく。


『ガルディアは持ち直しつつある』


『強化個体は作っても倒され、新しく作るのに時間がかかる』


『掃除屋が大型を軒並み討伐し、さらに騎士団もまた平野に出るようになった』


『手は全て打ったが、もう役に立てることが何もない』


『ジーナ……私は疲れてしまった』


 最後の一文を書き終えたところで、ペン先がかすかに震えた。


 これは、演技の文章だ。


 そう頭では分かっている。


 けれど、その文章に嫌気がさした。


(これは過去の私だ)


(もし、希望を見いだせていなかったら、本当にこの文章のようになっていたかもしれない)


(それでも──)


(私は過去は忘れない)


(この絶望も、怒りも、悲しみも、受け入れて前へ進む)


 小さく息を吐き、インクを乾かす。


 窓の外では、文鳥の小さな羽音がした。


「すまないな」


 ヴェンドは、その小さな体を両手でそっと包む。


 紐で丁寧に折りたたんだ手紙を足にくくりつけると、窓を開けた。


「行ってくれ」


 風が、頬をなでる。


 文鳥は一度だけこちらを振り返るようにしてから、空へ飛び立っていった。


 小さな影が、屋根の向こうに消えていく。


 その背中に、自分の過去と、今と、未来の全部をくくりつけたような気がした。


⸻


 それから、さらに数日が過ぎた。


 いつものようにギルドに顔を出し、いつものように平野に出て、大型モンスターを狩る。


 そんな日々が続いているようで、心のどこかでは、ずっと待っていた。


 向こうの、次の手が来るのを。


⸻


 王都の夜。


 ヴェンドの部屋の窓を、こんこんと控えめな音が叩いた。


 胸の鼓動が、一気に早くなる。


 窓を開けると、文鳥の影。


 震える指でそっと受け取り、足にくくりつけられた紙を解く。


 そこには、見慣れた、ねっとりした字が並んでいた。


『やあ、オーガス君』


『絶望しているかい、たのしいねえ』


 読んだ瞬間、胃のあたりがきゅっと縮む。


 それでも目を離さず、続きを追う。


『ただ、そうも言ってられないかもね』


『僕も動かないといけなくなったんだ』


『ガルディアに行くついでに、ジーナちゃん連れて行くよ』


『元気でたかな』


 ジーナでさえ、ただのついでに過ぎないとでも言うように書いてある。


『まあそういうことだから』


『十日後、ライゼル城跡の裏の港の入り江まで来てよ』


『強化した魔物をもっと簡単に作れる道具作ったから、それ持ってくね』


『これでオーガス君も大活躍、たのしいねえ』


 最後の軽い一文を読み終えたところで、ヴェンドは紙から目を離せなくなっていた。


 指先に力が入りすぎて、紙がくしゃりと音を立てる。


「……きた」


 静かな部屋の中で、その声は自分にさえ驚くほど落ち着いていた。


「これでやっと……」


 紙を胸元に押し当てる。


「終止符を」


 自分に言い聞かせるように、もう一度呟く。


 手は震えている。


 それでも、その震えを押さえつけるように、拳を握りしめた。


(正直、奴らが怖い)


(長い年月で植え付けられた恐怖が、過去のトラウマが)


(だが、ここで行かなければ、一生、私は……)


「ジーナ……」


 もう一度、その名を呼ぶ。


「待っていてくれ」


「今度こそ、私は逃げない」


⸻


 数日後の朝。


 いつもより少しだけ早く、僕はギルドに足を踏み入れた。


 受付の近くには、すでにファラの姿がある。


 いつもの柔らかい笑みではなく、何かを押し出すような真剣な表情。


「おはよう」


 声をかけると、ファラはびくっと肩を揺らした。


 すぐに僕だと気づいて、小さく頷く。


「……フライ」


 その瞳には、不安と覚悟が混ざっていた。


「お父さんに手紙が来た」


「っ!」


 予想はしていたはずなのに、心臓がどくんと大きく跳ねる。


「サラームが……」


 ファラは、懐から小さく折られた紙を取り出す。


「内密にお父さんに接触しようとしてる」


 十日後、ライゼル城跡の裏の港。


 ジーナさんを連れて。


 そういう内容だと、ファラは短く説明した。


 紙を握る手の震えは、さっきよりも強い。


「これ」


 ファラは、もう一枚、小さな紙を取り出した。


 さっきのものよりさらに小さく、ぎゅっと折りたたまれている。


「ホルスさんに渡して」


「わかった」


 僕は、真剣にそれを受け取った。


「ちゃんと渡すよ」


「お願い」


 ファラは小さく頭を下げた。


 今にも泣き出しそうな顔なのに、涙はこぼさない。


 その強さが、胸に刺さる。


 紙を懐にしまいながら、僕は静かに息を吸い込んだ。


「ホルスさんたちと作戦を詰める」


「ファラ」


 僕は、ファラの目をまっすぐ見た。


「必ず、迎え撃つ準備を整えるよ」


「うん」


 ファラは、小さく、でもはっきりと頷いた。


「私も、負けない」


 僕は、懐の紙にそっと手を当てる。


 そして、ギルドの扉を押し開ける。


 街の向こうには、白い城壁が見える。


 そのさらに平野の向こうに、ライゼル城跡がある。


 僕は拳を握りしめ、震えていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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