第五十四話 逆襲の一手
それぞれの、やるべきことを確認した次の日の朝。
僕はいつも通りハンターギルドへ向かった。
まだ人の少ないギルドの中で、僕は依頼板の前に立つ。
並んだ依頼を、一枚ずつ目で追っていく。
(……大型モンスターの目撃、だいぶ減ってきた)
先週まで、真っ赤な印と共に貼られていた、危険の文字は、だいぶ少なくなっていた。
代わりに増えたのは、平野周辺の安全確認や、行商の護衛依頼。
(これならガルディアも、少しは持ち直してくるかもしれない)
大型モンスターが減れば、ハンターは戻ってくる。
ハンターが戻れば、ギルドも街も息を吹き返す。
そんな当たり前の循環が、ようやくここにも戻り始めていた。
「フライ、おはよう」
背後から聞き慣れた声がした。
振り返ると、ファラが入り口の方から小走りにやってくる。
「ファラ、おはよう」
「今日は早いね。もう依頼見てるなんて」
「うん、ちょっとね」
僕はボードから目を離して、声を少しだけ抑える。
「昨日の件だけど──」
「ホップは、会えて、無事に救出したよ」
ファラの表情が、ぱっと明るくなる。
「……本当!よかった」
目立たないように、声を押さえているのが分かる。
それでも、その表情は、はっきりとした安堵が浮かんでいた。
「多分、今日中には大罪人が処刑されたって報告が城から出ると思う」
「書類上では、大罪人ホップはもういない扱いになる」
「ちょっと、複雑な気持ちになるね……」
「でも、よかった」
ファラは、胸の前でそっと手を重ねながら言った。
「ホップさんが、生きてるって分かって」
「うん、色々考えて、これが最善だって思ったからね」
僕は、ゆっくりとうなずく。
「これで、よかったと思う」
「そうだ、そのうちちゃんと紹介するよ」
そう言うと、ファラは安心したように微笑んだ。
「あ、それとこれ」
借りていた赤目キマイラのルミナストーンが入っている小袋と、懐から小さな紙片を取り出す。
「ありがとう、助かったよ」
「あと、これヴェンドさんに渡してもらえる?」
「ええ、確かに」
ファラは、何でもないような仕草でメモを受け取り、懐にしまった。
「それで、今日も討伐いくの……?」
「うん」
僕は軽く頷いた。
「今日も平野の方で大型モンスター中心に行こうと思うけど、大丈夫?」
「大丈夫、いつも通りだね」
このやりとりも、もう日課になっていた。
⸻
平野に出る頃には、太陽はちょうど頭上に差し掛かっていた。
風が少し強い。
いつものように、人目の少ない場所に出ると、僕はローブのフードを深くかぶった。
「さ、行こうか」
「うん」
ファラも、慣れた手つきで装備を整える。
その後はいつも通り、ただひたすらに探知、見つけては倒す。
大型モンスターの気配は、確かに減っていたけれど、ゼロではない。
道から少し外れた丘の上、森に近い茂みの陰。
そんなところに、ぽつぽつとまだ気配が残っている。
平野の向こう側には、街道を行くキャラバンの姿も見える。
行商人の笑い声。
荷馬車のきしむ音。
(日常がもどりつつある──)
そんなことを考えた。
⸻
夕方、ギルドに戻ってくると、空気が朝とはまるで違っていた。
どこかピリピリした気配。
入り口付近には、いつもの依頼ボードとは別に、一枚の紙が貼り出されていた。
人だかりの合間を縫って近づいていく。
そこには、王家の紋章と共に、固い言葉が並んでいた。
──大罪人ホップなる人物、偽の王家の剣を持ち込み王国の秩序を揺るがしたため。
──王家転覆を企てた大罪により、これを処刑した。
そんな内容が、淡々と綴られていた。
(……うわ)
胸の奥が、少しだけ苦しくなる。
こうなることは分かっていた。
ホップを生かすための、必要な形だ。
頭では、分かっている。
でも、文字として処刑という言葉を目にすると、やっぱり落ち着かなかった。
(……ホップ)
(でも、これでやっと次に進める)
(ここで止まってしまったら、それこそホップがここまで耐えてきた意味がなくなる)
視線を横に移す。
周りでは、ハンターたちが好き勝手に噂話をしていた。
「なんでも、騎士見習いになって潜んでたらしいぞ」
「王家の剣まで持ち出してたって、とんでもない悪党だな」
「でもよ、これで王家のゴタゴタも解消されるんじゃないか?」
「そうだな、これで騎士団達も動いてくれるな」
「平野の化物が減ってくれりゃいつもみたいに討伐できるな」
「俺は最初からテオ様しか次の王はいねぇと思ってたぜ」
「よく言うわ、王家の剣を使えるのが何より大事だとか散々言ってたくせによ」
笑い声とため息。
恐れと安心が入り混じっている。
(……そうだよね)
(外から見たら、ホップは王家をかき乱した厄介者でしかない)
それが、少しだけ悔しかった。
「フライ」
隣に来たファラが、小さく囁く。
「これで、母さんに近づけるのかな……」
「うん」
僕は頷いた。
「これで、ようやく次の一手が打てる」
ファラの横顔は、不安と希望が入り混じった複雑な表情だった。
でも、その中でちゃんと前を向こうとしているようにも見えた。
それで十分だと思った。
⸻
その日の報告を済ませて、僕は宿へ戻った。
ホルスさんの部屋の扉をノックすると、中からホップの声がした。
「入っていいぞー」
扉を開けると、床の上でホップが腕立て伏せをしていた。
「ただいま」
「おう、フライ!」
ホップはひょい、と軽く起き上がる。
「鍛錬?」
「親父の愛の特訓メニューだとよ」
ホップが笑う。
「半年も地下生活してたら、体がなまってな」
「とりあえず、できることから戻してる」
「そっか」
その言葉に、ちょっと胸が締め付けられる。
(地下の小部屋で半年間……)
「僕も鍛錬しないとね」
「お前もか?」
「ホップがいない間、僕がホルスさんにしごかれてたよ」
僕は苦笑いしながら言った。
「毎日毎日、へとへとになるまで訓練させられてさ」
「うわぁ……」
ホップは心底同情するような顔になった。
「フライみたいなの相手でも、容赦ねぇからな親父は……」
「みたいなのって、ひどいな」
思わずツッコむと、ホップがケラケラ笑った。
「でも、おかげでかなり安定して魔法撃てるようになったし」
「テイムバンク何回か使っても、前ほどへばらなくなったよ」
僕は少し自慢気に言う。
「そっか、お前もこの半年で立派になったんだな」
ホップは腕を組んで頷く。
「俺も負けてらんねぇな」
「ほどほどにね」
そんな他愛ない話をしていると、部屋の扉が開いた。
「お、帰ってたか」
ホルスさんが、いつものローブ姿で入ってくる。
「おかえりなさい、ホルスさん」
「街の噂、聞きましたか?」
「ああ」
ホルスさんは肩をすくめた。
「ギルドに行く途中、耳が痛くなるくらい聞こえてきたな」
「大罪人ホップが処刑されたってな」
「とうとう俺も処刑か」
「処刑されても生きている男ってな」
ホップが適当に言う。
「ホップは不死身だね」
その冗談のやり取りに、胸の奥が少し軽くなる。
「冗談はそれくらいにしとけ」
ホルスさんは苦笑しながら、真顔に戻る。
「これでようやく、敵が動きやすくなった」
「ええ」
僕も表情を引き締める。
「バルダン王の側は、大罪人ホップ処刑で王家の面目は保たれた」
ホルスさんは、静かに状況を整理するように口を開いた。
「ホップの幽閉は、向こうにとってもまだ使い道がある駒だったはずだ」
「半年、何も動けなかったバルダン王が、急に動ける状況になった、ってことになれば──」
そこで一度言葉を切り、ホルスさんは僕たちの顔を見た。
「察しがいい奴なら、裏で何かが動いてるって、勘づくだろう」
「ヴェンドさんに、何か言ってくるはず……ってことですね」
「そういうこった」
ホルスさんはホップをちらりと見た。
「お前はしばらくここから出るな」
「王家の剣も、出すんじゃねぇ」
「分かってるよ」
ホップが頷く。
「俺が表に出たら、全部台無しだもんな」
「その分、こっちで親父の特訓メニューしとくわ」
そんな会話を交わしたあと、ホルスさんは僕のほうを見た。
「フライ」
「明日からも、ギルドはいつも通り頼む」
「何もなきゃ、引き続き大型討伐だ」
「はい」
「それと──」
ホルスさんが懐から何かを取り出す。
小さく折られた紙片だ。
「ファラに、これを渡しておいてくれ」
「サラームから動きがあったときの、段取りだ」
「分かりました」
紙を受け取り、懐にしまう。
(あとは、向こうがどう動いてくるか)
「じゃ、今日はもう休め」
ホルスさんが言う。
「明日から、また忙しくなるぞ」
⸻
それから数日後。
僕はいつも通り、ギルドへ向かった。
扉を開けると、すでに受付近くに、ファラの姿が見えた。
「おはよう」
僕が声をかけると、ファラはびくっと肩を揺らす。
いつもとどこか違う。
「朝早く珍しいね」
そう言いかけたところで、ファラがゆっくりとこちらを振り向いた。
「……フライ」
その瞳は、不安と覚悟に揺れていた。
両方を抱えている目。
「お父さんに──」
一拍置いて。
「手紙が来た」
僕の鼓動が早くなる。
ついに、サラームの次の手が動いた。
僕達の、逆襲の一手がついに動き出す。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
次話も読んでいただけると嬉しいです。




