第五十三話 剣聖の血
第三章 ガルディア動乱編
「剣聖ってのは──」
ホルスさんはテーブルに肘をつき、口を開いた。
「伝承に出てくる、王家の剣を扱えた血筋だ」
ホップが首をかしげる。
「ライゼルの妻、つまりホップの母親は、エルナって名前だ」
「俺の母さん……」
ホップが思わず口にする。
「エルナは、ただの王族じゃない」
ホルスさんが、遠くを見る目をした。
「剣聖の家系だ」
「代々、王家の剣を振るうことができた者の血を継いでる」
「剣聖……」
思わず僕は声に出していた。
「その昔な」
「王家の中でも、この地を守るために剣を取る者がいた」
部屋の空気が、わずかに緊張する。
「エルナの先祖には、ガルディアの中でも、とくにずば抜けた剣士がいたらしい」
「剣聖って渾名がつくくらいにな」
「へぇ……」
「で、その時代の王に、その剣聖が仕えていた」
「剣聖は瞬く間に功績を上げ、近隣を平和にし、その時代のガルディアに安寧をもたらしたそうだ」
ホルスさんは、テーブルの上に指を一本立てた。
「それで、その時代の王は、王家の剣を自由に振るえる者こそ、次の王になるのに相応しいって考えた」
「そしてその剣聖に、王位を譲ったんだ」
「だから、王になる資格がある者は、王家の剣を振れる者、となったらしい」
「それが今の王家の剣の儀式の、元になってる」
「王たちの中では、血筋の証であり、王の資格の証でもある」
「……つまり」
ホップが頭をかきながら、自分なりに話をまとめようとする。
「俺の母さんが、剣聖の血を継いでて」
「その息子である俺にも、その血が混じってるってことか?」
「ああ」
ホルスさんは、はっきり頷いた。
「王家の血でもあるが、それ以上に剣聖の血を継いでいる」
「だから、王家の剣を振れたんだろうな」
「……」
ホップはしばらく黙っていた。
話を聞きながら、自分の中の何かと照らし合わせているみたいだった。
それから、ぽつりと口を開く。
「それで、あの場がザワザワしたわけだな」
「あの時は、ただヤバいことしちまったって思ってたけど」
「なるべくして、そうなったってことか」
少しだけ眉尻が下がる。
「そういうこった」
ホルスさんは苦く笑った。
「本来なら、剣聖の証で終わる話だったんだろう」
「だけど、時代が変わって、伝承が伝説になって、伝説が形式ばった儀式だけ残した」
「剣を振れた者が王になるって風習だけがな」
「……ということは」
僕は、自然と口を挟んでいた。
「ホルスさんは、ホップが王家の剣を振れるかもしれないって、思っていたんですか」
「そうだな」
ホルスさんが僕を見る。
「でも、それを知る者は少ない」
「少なくともライゼルの城の中では幹部くらいだった」
「エルナを守るためにな……」
その声には、どこか苦さが混じっていた。
「もっと早くそれを知っていれば……ホップは……」
思わず、僕は言葉を漏らしていた。
そこまで言ったところで、ホルスさんが僕の方を見た。
「言えない事情はあったとは言え、それは俺の落ち度だ」
ホルスさんは短く言う。
「すまねぇ、ホップ」
「……」
「フライにもな」
ホルスさんは、今度はホップを見る。
「全部話しておくべきだった、って言われりゃ、そうなんだろう」
「王家の剣を振れるかもしれねぇ、剣聖の血を継いでる、ってな」
「でも俺は──」
少しだけ視線を落とす。
「ホップには、ただ強くなりたいから、守る力が欲しいからって理由で、ガルディアに行ってほしかったんだ」
「自分で選んだ道としてな」
「……」
「真実を背負って行くのと、何も知らずに自分の道として行くのとでは、全然違う」
「お前が運命に引っ張られてガルディアへ来るんじゃなく」
「お前自身の心で、選んでほしかった」
誰もすぐには何も言わない。
少しして──
「……親父らしいな」
ホップが、ぽつりと笑った。
「なんかさ」
「これまでの話、全部聞いたうえで言うのも変かもしれねぇけど」
「親父は、きっといつか俺がガルディアに行くって思ってたんだろ」
「そこで俺がガルディアのことを知ってくれればいいと、いつか剣聖の血と向き合う時がくるかもしれないからと」
ホルスさんは少し驚いたような顔をした。
それから、ふっと表情を緩める。
「……ああ」
「フライが竜に会ったって聞いてな」
「俺の中で、そうなるかもしれねぇが、そうなるだろう、に変わった」
「いつか、ホップも運命みたいなもんに引きずり出される」
「だったら、自分の剣で物事を決められる時間を、少しでも長くってな」
「……」
ホップはしばらく黙っていた。
その沈黙は、さっきまでの戸惑いとは少し違った。
考えて、ちゃんと受け止めている、そんな沈黙だった。
それから、ふっと笑って肩をすくめる。
「ま、でもさ、今こうして全員生きてるんだし」
「結果オーライってやつでいいだろ」
「親父の気持ちも、分かっちまったしな」
「ホップ……」
ホルスさんが伏せた目をホップへ向き直る。
「ただな」
ホップが、王家の剣にちらりと視線をやった。
「一つだけ、聞いてもいいか」
「なんだ」
「ここまで王家の剣だの、剣聖の家系だの聞かされたんだが」
ホップは剣の柄を軽く持ち上げ、ぶん、と小さく振って見せた。
「この剣で具体的に何ができんだ?」
僕も、ついホルスさんを見る。
(……それは確かに)
剣聖の血がどうとか、王家の資格がどうとかは分かった。
この剣が何なのか、何のためにあるのか、だ。
ホルスさんは一瞬だけ黙り込んだ。
「…………」
そして、ものすごく言いにくそうな顔で、ぽつりと言った。
「さあ?」
「さあ!?」
ホップが即座にツッコんだ。
「さあ、じゃあねぇだろ親父!!」
「そこが一番大事なところだろ!? なんでそこで、さあ?なんだよ!」
「いや、言い訳はある」
ホルスさんは両手を上げた。
「光を蝕む闇を断ち斬る剣とか、契約者の隣で振るわれるべき剣とか」
「そこまでは分かってんだよ」
「そこまではってことは、その先は?」
「契約者ってことはだ、リュミエールが関係している可能性が高いとみている」
「もしかしたらゼインの書記で分かるかもしれねぇ。今、村長が頑張って解読してると思う」
ホルスさんは肩をすくめた。
「……丸投げじゃねぇか」
「ガルディアの件が思ったより早すぎたんだ」
ホルスさんがため息をつく。
「それはそうかもだけどよ……」
ホップが頭をガシガシかく。
僕も苦笑いを浮かべるしかなかった。
「とはいえだ」
ホルスさんは、そこで表情を切り替えた。
「アルミ村に帰ったら、まだ何か分かるかもしんねぇんだ」
「村長もゼインの書記を全部読み込んでる途中だったからな」
「俺も全部は見ちゃいねぇ」
「……そうか」
ホップは、王家の剣の柄をもう一度軽く握りしめた。
「じゃあ、それまではこの剣で出来ることを、とことん試してみるとするか」
「どうせ暇だしな」
「いや、暇じゃねぇぞ」
ホルスさんが即座に否定した。
「明日から、サラーム炙り出しの後半戦だ」
「暇なんて、一切ねぇ」
「それまでは、お前はこの部屋で剣の型でも磨いとけ」
「せっかく剣が軽いってのを、有効活用しろ」
「いざって時に備えてな」
「やっぱそっちに行くのかよ……」
ホップが心底嫌そうな顔をした。
「ガルディアに来てまで地獄の特訓メニューは勘弁してくれよ、親父」
「地獄って言うな」
ホルスさんが少しむっとする。
「愛情をこめた、実戦特化型トレーニングだ」
「言い換えても、地獄は地獄なんだよなぁ……」
そのやり取りに、思わず口元が緩む。
(これから、色々頑張らないとなのん)
テーブルの端っこに座っていたムーが、ぽよんと跳ねる。
(そうだね)
パンも、窓際の椅子の背もたれにちょこんと座りながら、耳をぴこぴこ動かしていた。
みんな、空気が少しやわらいだのを感じているみたいだった。
「それよりだ」
ホルスさんが改めて僕の方を見る。
「フライ」
「はい」
「明日からも、お前はギルドに行ってくれ」
その声に、僕も自然と背筋が伸びる。
「何もなけりゃ、引き続き大型討伐だ」
「誰かがガルディアを守っているって状況を、これでもかってくらい見せつける」
「さすがに、向こうにとっちゃ邪魔でしかない」
「何者かの存在を疑って、必ずアクションを起こすはずだ」
「サラームからの次の手ってわけですね」
「ああ」
ホルスさんは真剣な目つきになった。
「ヴェンドに命令が飛ぶ、そのタイミングで、向こうの尻尾を掴む」
「ネールには、サラームが動き次第、見張ってもらう」
(承知、動きがあれば、すぐ飛ぼう)
ネールの返事も、いつになく気合が見える。
「ファラとヴェンド経由で、向こうの動きは可能な限り掴む」
「動いてこないはずがねぇ」
その声には、十八年分の悔しさと、今度こそという覚悟が滲んでいた。
「ホップ」
「お前はここで、王家の剣に慣れておけ」
「分かってる」
ホップが頷く。
「剣のことは任せろ」
「とにかく、明日からまたそれぞれの役目だ」
「ぜんぶ、終わらせましょう」
僕の言葉に、部屋の空気が少しだけ引き締まる。
「……ああ」
「よし、今日はもう解散だ」
ホルスさんが立ち上がる。
「明日からまた、サラームを炙り出すために動くぞ」
「いいな」
「はい」
「おう」
僕とホップも、それぞれ立ち上がった。
話しているうちに、窓の外はすっかり夜になっている。
ガルディアの街に、静かな灯りがぽつぽつとともっていた。
その光を見ながら、僕は胸の奥で小さく息を吸う。
明日からまた、動き出す。
今度こそ全部、終わらせるために。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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