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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: エフピー
第二章 ガルディア救出編

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第二十五話 旅立つ決意

 次の日の朝。


 牧場の宿舎でいつもの世話を済ませてから、僕は畑の方へ足を向けた。


「おはよう」


「おう、フライか」


 父さんは、もうとっくに鍬を振るっていた。


「何か、手伝うよ」


「そうだな」


 父さんが、土をならす手を止めずに言う。


「じゃあ、あっちの列の草むしり頼む」


「分かった」


 最近は落ち着かず、こうやって父さんに会いに行くことがしばしばあった。


 黙々と草を抜きながら、ちらりと父さんの横顔を見る。


 しばらくして、ぽつりと父さんが言う。


「なぁ、フライ」


「うん?」


「最近のお前は……」


 父さんが、鍬を一度止めた。


「心ここにあらず、って顔だな」


「やっぱり、分かる?」


「分かる」


 短く言い切られる。


「全部ちゃんとしてる。 けど、どっか遠くを見ている」


「……」


「父さんならさ」


 抜いた草を束ねながら、僕は父さんを見た。


「もし、大事な人を、自分しか助けることができない状況だとしたら」


「どんな危険があっても、命に代えてでも助けに行く?」


 父さんは、ゆっくりと鍬を土に突き立て、柄にもたれかかる。


「ああ、行くだろうな」


 迷いのない声だった。


「例えば、お前や母さんの危機だったとしたら、自分の命も惜しくない」


 当たり前のことを言うみたいに言う。


「それに……」


 父さんが、少しだけ視線を落とす。


「後悔しても、遅い時もある」


 土を見つめたまま、静かに続ける。


「あの時、ああしておけばって、何年たっても引きずることもある」


「そういう気持ちを抱えて生きるのは、あまり救われないものだ」


「父さん、ありがとう」


 草を握りしめた手に、力が入る。


「もう迷わないよ」


 父さんが、ちらりと僕を見る。


 それから、少しだけ口元を緩めた。


「そうか」


 鍬を持ち直す。


「迷わず、自分に正直に進んでみろ」


「うん」


 その言葉が、最後の一押しになった。


⸻


 その日の夕方。


 日が傾き始めた頃、家に戻ると、母さんがちょうど夕飯の準備をしていた。


「おかえり、フライ」


「母さん」


 玄関で靴を脱ぎながら、深呼吸をひとつ。


「ちょっと話、いい?」


 母さんが、手を止める。


「父さんも、聞いてくれると助かるんだけど」


 奥の部屋から、父さんが顔を出した。


 テーブルの周りに、三人で座る。


 しばらく、言葉が出てこなかった。


 何から話せばいいか分からなかった。


 詳しい事情はテュリップさんから止められているが、少しずつ、順を追って話していく。


 全部話し終わる頃には、外はすっかり夕暮れになっていた。


「……そんな」


 母さんが、膝の上で手を握りしめていた。


「ホップが、そんなことになってるなんて」


「僕は、ホップを助けに行きたい」


 言葉を選びながら、ゆっくりと続ける。


「きっと、僕にもできることがある」


「危険なのは分かってる」


 父さんと母さんを見る。


「でも、やらないと一生後悔する」


 母さんは、ぎゅっと唇をかみしめた。


 父さんは、静かに目を閉じる。


「そうか、じゃあ行ってこい」


 最初に口を開いたのは、父さんだった。


 あまりにも、あっさりとした声だった。


「友達のためってのもあるだろうけどな」


 指でテーブルをとん、と叩く。


「何より、自分のために行ってこい」


「自分の……ため」


「ああ」


 父さんが、真っ直ぐに言う。


「このまま何もしないでここにいたら、お前は一生そのことを引きずる」


「あの時、行けばよかったってな」


 その目は真剣だった。


「父さん……」


 そこで、母さんが小さく呟く。


「本音を言えば、今すぐ中止してほしい」


 そう言って、笑った。

 でも、その目尻は少し赤くなっていた。


「危ないところになんて、行ってほしくないに決まってる」


「……うん」


「でもね」


 母さんが、膝の上の手をゆっくりとほどく。


「フライも、もう立派な大人」


「ちゃんと自分で考えて、自分で選べる」


 僕の顔を、じっと見つめる。


「そんな何かを選ぶことに、口出しできる年齢じゃないわね」


「……」


「だから」


 母さんが、ふっと息を吐く。


「決めたのなら、行きたいなら、行ってきなさい」


 その目に、涙がにじんでいた。


「戻ってきなさいよ、絶対に」


「ホップと一緒に、帰ってきたら、その時は」


 母さんが、笑いながら目頭を拭った。


「いつも通りの日常が待ってるから」


「ありがとう」


 家族という居場所から、背中を押してもらった感覚だった。


⸻


 翌朝。


 今度は、おじいちゃんの家を訪ねた。


 古い木の扉をノックすると、中から足音が近づいてくる。


「フライか、入っといで」


 中はいつも通り、紙と本と、よく分からない古いものたちの匂いがした。


 おじいちゃんは、いつもの椅子に座っていた。


 机の上には、何枚かの紙と地図。


「座りなさい」


「うん」


 向かいの椅子に腰を下ろす。


「話はだいたい聞いとる」


 おじいちゃんが、先に口を開いた。


「まさか、あんなことになっておろうとは」


 おじいちゃんが、眼鏡の奥で目を細める。


「ホップが幽閉されとるそうじゃな」


「そうなんだ」


「ホルスから聞いておるが、助けに行く気なんじゃろう?」


 核心を突くような言い方だった。


「……行きたい、行かないといけないと思ってる」


 正面から、その目を見返す。


「僕にしかできないことがあるって思う」


「行かずに残ったら、そのことをきっと一生引きずると思う」


 おじいちゃんは、しばらく何も言わなかった。


「行くのは構わん」


 やがて、ぽつりと言った。


「だが、フライ」


 その声が、少し低くなる。


「お前にも使命がある」


 おじいちゃんが、ゆっくりと言葉を置いていく。


「モンスターが増え始めたこの地、リュミエールと繋がったお前の器」


「それを見てきたわしは、どうしたってこの村の未来をそこに重ねてしまう」


「行くなら、よく聞け」


 おじいちゃんが、じっと僕を見る。


「お前が戻らん場合、この村はいずれモンスターに呑み込まれるものと思え」


「行くなら、それぐらいの覚悟を持って行け、という話しじゃ」


 重い言葉が、僕の胸に落ちる。


「わしはこの村の村長じゃ」


 目を細める。


「ガルディアの王族よりも、この村と、託された使命の方が大事じゃ」


「本音を言えば、この村にいて、牧場を守り、森を見張り、モンスターに備えてほしい」


「じゃが」


 そこで、言葉の調子が少し変わる。


「孫の気持ちも、大事にしたいと思う」


「それに、ホップのことはわしも大事な村の仲間だと思うておる」


 椅子の背にもたれ、天井を見上げる。


「だからこそ、行ってこい」


 再び、真っ直ぐにこちらを見る。


「覚悟なき者が、この先、この村を守れるとも思えん」


「迷えば、見失う」


「この先、お前はきっと何度も選ばされる」


「……」


「そのたびに、迷い続けるようでは」


 おじいちゃんの声が、少しだけ厳しくなる。


「いずれ、本当に守りたいものすら、分からなくなる」


「だから」


 机の上の地図を、ぐっと押さえる。


「越えてこい」


 短く、強い言葉だった。


「全てを越えた先で、またこの村に戻ってこい」


 喉の奥が熱くなった。


「おじいちゃん……」


「それに、ホップに守れる強さを身につけてこいと言って、ガルディアに送り出したのは、わしじゃ」


 自然と、椅子から立ち上がっていた。


 おじいちゃんが深く頭を下げる。


「ホップを救ってやってくれ」


「必ず、ホップを助けて戻ってくるよ」


「ふむ」


 おじいちゃんが、深く頷く。


「頼んだぞ、フライ」


「うん」


 胸を張って答えた。


⸻


 それから出発までは、あっという間だった。


 テュリップさんは、街道を行き来しながら、準備を整えていた。


 ホルスさんは、ガルディアまでの道のりを地図に描き出し、休める場所や水場、モンスターが出やすいエリアを何度も確認していた。


 僕はと言えば、できる限りのことをやって過ごした。


⸻


 出発の少し前。


 僕は、治療所に来ていた。


 ケールさんが、魔力の流れを確かめるように僕の腕に触れる。


「体力も、魔力の通りも問題ないわね」


「遠出の前に、もう一回見てもらった方がいいと思って」


「正解よ」


 ケールさんが、カルテにさらさらと何かを書き込む。


「遠征で何があるか分からないんだから、自分の状態くらいは把握しておきなさい」


「はい」


「フライさん」


 ノエルさんが、少し心配そうに言う。


「くれぐれも、お体に気をつけて」


「はい、必ず無事に戻ってきます」


 セラは、いつもの調子だった。


「牧場のみんなはあたしが見てるから大丈夫よ!」


 ぐっと指を突きつけてくる。


「心強いよ」


 治療所のみんなは、あたたかさと勇気をくれた。


⸻


 シアンさんのところにも、挨拶に行った。


 詰所裏で、いつものように杖を肩に担いで待っていた。


「来たね」


「すみません、少しバタバタしてて」


「いいよいいよ」


 シアンさんが、こちらをじっと見る。


「本当に、行くんだね」


「はい」


「じゃあ、師匠としてはひとつだけ言っとく」


「ちゃんと帰ってこい」


 杖の先で僕の胸をつつく。


「はい」


「それから」


 シアンさんが、少しだけ眉を寄せる。


「敵が出たら、迷わず魔法やテイムバンクを使うこと」


「自分が後悔しないように、全力で対処すること」


「遅かったじゃすまないからね、躊躇わないで」


「実戦は命のやり取り、本気で殺しにくる相手に情け容赦すれば、命を落とすのはフライよ」


「わかりました」


「分かったのなら、よし」


 ようやく、口元にいつもの笑いが戻った。


「行ってこい、フライ」


「はい、行ってきます」


 シアンさんは覚悟をくれた。


⸻


 そして、出発の日の朝が来た。


 まだ薄暗い村の空。


 東の空が、少しずつ明るくなってくる。


 家を出ると、母さんが玄関先まで見送りに出てくれた。


「気をつけてね」


「うん」


 父さんは、いつも通りの顔で頷く。


「行ってこい」


「行ってきます」


 牧場に寄ると、パディットが尻尾を振って出迎えてくれた。


(フライ、いつでも呼んでくれ)


(私もいつでも出られる準備はしておく)


 ネールが、続いて言う。


(フライ、村のことは任せてね)


 パンの声がする。


(みんなありがとう)


 柵の向こうの皆に手を振り、村の門の方へ向かう。


 門の前には、すでにホルスさんが立っていた。


 背中には荷物。


 腰には剣。


「来たか、行くぞ!」


「行きましょう!」


 僕はダイナモの杖を握りしめる。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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