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第二十五話 決意

 次の日の朝。


 牧場の宿舎でいつもの世話を済ませてから、僕は畑の方へ向かった。


「おはよう」


「おう、フライか」


 父さんは、もうとっくに鍬を振るっていた。


「何か、手伝うよ」


「そうだな……」


 父さんが、土をならす手を止めずに言う。


「じゃあ、あっちの列の草むしり頼む」


「分かった」


 畑は大丈夫と言われていたが、最近は落ち着かず、こうやって父さんに会いに行くことがしばしばあった。


 黙々と草を抜きながら、ちらりと父さんの方を見る。


 しばらくして、ぽつりと父さんが言う。


「なぁ、フライ」


「うん?」


「最近のお前は……」


 父さんが、鍬を一度止めて空を見た。


「心ここにあらずって顔だな」


「……やっぱり分かる?」


「分かる」


 短く言い切られる。


「全部ちゃんこなしているけど、どっか遠くを見ている」


「……」


 図星だった。


「父さんならさ」


 抜いた草を束ねながら、聞いてみた。


「もし、大事な人を、自分しか助けることができない状況だとしたら」


「どんな危険があっても、命に代えてでも助けに行く?」


 父さんは、もう一度空を見上げた。


 それから、ゆっくりと鍬を土に突き立て、柄にもたれかかる。


「ああ」


 迷いのない声だった。


「行くだろうな」


「例えば、お前や母さんの危機だったとしたら」


「自分の命も惜しくない」


 当たり前のことを言うみたいに。


 でもその目は、真剣だった。


「それに……」


 父さんが、少しだけ視線を落とす。


「後悔しても、遅い時もある」


 土を見つめたまま、静かに続ける。


「あの時、ああしておけばって、何年たっても引きずることもある」


「そういう気持ちを抱えて生きるのは、あまり救われないものだ」


 胸の奥に、その言葉が沁みていく。


「……父さん」


「なんだ」


「ありがとう」


 草を握りしめた手に、力が入る。


「もう迷わないよ」


 父さんが、ちらりと僕を見る。


 それから、少しだけ口元を緩めた。


「そうか」


 鍬を持ち直す。


「自分に正直に進んでみろ」


 背中を向けたまま、短く言う。


「……うん」


 その言葉が、最後の一押しになった。



 その日の夕方。


 日が傾き始めた頃、家に戻ると、母さんがちょうど夕飯の準備をしていた。


「おかえり、今日は早いわね」


「母さん」


 玄関で靴を脱ぎながら、深呼吸をひとつ。


「ちょっと……話いい?」


 母さんが、手を止める。


 鍋から立ちのぼる湯気の向こうで、じっと僕を見た。


「父さんも、いてくれると助かるんだけど」


 奥の部屋から、父さんが顔を出した。


 テーブルの周りに、三人で座る。


 しばらく、言葉が出てこなかった。


 何から話せばいいか分からなくなって、深呼吸をもう一度。


 詳しい事情はテュリップさんから止められているが、少しずつ、順を追って話していく。


 ホップが幽閉されているということだけは伝える他なかった。


 全部話し終わる頃には、外はすっかり夕暮れになっていた。


「……そんな」


 母さんが、膝の上で手を握りしめていた。


「ホップが、そんなことになってるなんて」


「僕は――」


 言葉を選びながら、ゆっくりと続ける。


「ホップを助けに行きたい」


 胸の鼓動が早くなる。


「ガルディアで、僕にできることがあるなら」


「危険なのは分かってる」


 父さんと母さんを見る。


「でも……行かないと、一生後悔する」


 母さんは、ぎゅっと唇をかみしめた。


 父さんは、静かに目を閉じる。


「……なるほどな」


 最初に口を開いたのは、父さんだった。


「行ってこい」


 あまりにも、あっさりとした声だった。


「ホップのためってのもあるだろうけどな」


 指でテーブルをとん、と叩く。


「何より、自分のために行ってこい」


「自分の……ため」


「ああ」


 父さんが、真っ直ぐに言う。


「このまま何もしないでここにいたら、お前は一生そのことを引きずる」


「あの時、行けばよかったってな」


 その目は真剣だった。


「父さん……」


「……私は」


「本音を言えば、行かないでほしい」


 そう言って、少し俯いた。


「危ないところになんて、行ってほしくないに決まってる」


「でもね」


 母さんが、膝の上の手をゆっくりとほどく。


「フライも、もう立派な大人」


「ちゃんと自分で考えて、自分で選べる」


 僕の顔を、じっと見つめる。


「そんな何かを選ぶことに、口出しできる年齢じゃないわね」


「……」


「だから」


 母さんが、ふっと息を吐く。


「決めたのなら、行きたいなら、行ってきなさい」


 目に涙がにじんでいた。


「戻ってきなさいよ、絶対に」


「うん」


「ちゃんと、ご飯食べて」


「ちゃんと、眠って」


「うん」


「無茶しないで」


「……気をつける」


「ホップと一緒に、帰ってきたら、その時は」


 母さんが、笑顔を作りながら言った。


「いつも通りの日常が待ってるから」


「ありがとう」


 家族という居場所から、背中を押してもらった感覚だった。



 翌朝。


 今度は、おじいちゃんの家を訪ねた。


 木の扉をノックすると、中から足音が近づいてくる。


「入っといで」


 重たい声がした。


「お邪魔します」


 おじいちゃんは、いつもの椅子に座っていた。


 机の上には、何枚かの紙と地図。


「座りなさい」


「うん」


 向かいの椅子に腰を下ろす。


「……話はだいたい聞いとる」


 おじいちゃんが、先に口を開いた。


「レインやテュリップからの話が」


「まさかここまでのことになるとは、わしも思わなんだ」


 おじいちゃんが、目を細める。


「ホップが幽閉されとるそうじゃな」


「はい」


「ホルスから聞いておるが、助けに行く気なんじゃろう?」


 いきなり本題だった。


「……行きたいです」


 正直に答える。


「僕にもできることがあるって、思ってる」


「行かずに残ったら、そのことをきっと一生引きずると思う」


 おじいちゃんは、しばらく何も言わなかった。


「行くのは構わん」


 やがて、ぽつりと言った。


「だが、フライ」


「お前にも使命がある」


「使命……」


「この村のことじゃ」


 おじいちゃんが、ゆっくりと続ける。


「モンスターが増え始めた森」


「リュミエールに選ばれ、ゼインとも繋がったお前の器」


「それを見てきたわしは、どうしたってこの村の未来のことを考えてしまう」


「行くなら、よく聞け」


 おじいちゃんが、じっと僕を見る。


「お前が戻らん場合――」


 そこで、はっきりと言う。


「この村は、いずれモンスターに呑み込まれるものと思え」


 言葉が、重い。


「おじいちゃん……」


「わしは村長じゃ」


 目を細める。


「ガルディアの王族よりも、この村と、リュミエールやゼインに託された使命の方が大事じゃ」


「本音を言えば、この村にいて、牧場を守り、森を見張り、モンスターに備えてほしい」


「……」


「じゃが」


 そこで口元に、かすかな笑みが浮かぶ。


「孫の気持ちも、大事にしたいと思う」


「それに、ホップのことはわしも大事な村の未来だと思うておる」


 椅子の背にもたれ、天井を見上げる。


「だからこそ行ってこい」


 再び、真っ直ぐにこちらを見る。


「覚悟なき者が、この先この村を守れるとも思えん」


「迷えば、全部見失う」


「この先、お前はきっと何度も選ばされる」


「……」


「そのたびに、迷い続けるようでは、いずれ本当に守りたいものすら、分からなくなる」


「だから超えてこい」


 短く、強い言葉だった。


「すべてを超えた先でまた会おう、ちゃんとこの村に戻ってこい」


 胸の奥が熱くなった。


「おじいちゃん……」


 自然と、椅子から立ち上がっていた。


 おじいちゃんが深く頭を下げる。


「ホップを救ってやってくれ」


「分かった。絶対戻ってくるよ」


「村のために、自分のために、ホップも連れて村に戻る」


「ふむ」


 おじいちゃんが、深く頷く。


「頼んだぞ、フライ」


「うん」


 胸を張って答えた。



 それからの一ヶ月は、あっという間だった。


 テュリップさんは、街道を行き来しながら、準備を整えていた。


 ホルスさんは、ガルディアまでの道のりを地図に描き出し、休める場所や水場、モンスターが出やすいエリアを何度も確認していた。


 僕は、村で出来る限りの準備をして待った。


 そこにもう迷いはなかった。



 出発の少し前。


 治療所で状態を診てもらっていた。


 ケールさんが、魔力の流れを確かめるように僕の腕に触れる。


「体力も、魔力の通りも問題ないわね」


 ケールさんが、カルテにさらさらと書き込む。


「遠征で何があるか分からないんだから、自分の状態くらいは把握しておきなさい」


「はい」


「フライさん」


 ノエルさんが、少し心配そうに笑う。


「くれぐれも、お体に気をつけて」


「ありがとうございます」


 セラも少し心配している様子だった。


「牧場のみんなはあたしが見てるから大丈夫よ!」


「村の心配はしないで、フライがやるべきことに集中してね」


 ぐっと指を突きつけてくる。


「心強いよ」


 治療所のみんなのあたたかさが、戻ってこないといけないという気持ちを、より一層強めてくれた。



 シアンさんのところにも、挨拶に行った。


 詰所裏で、いつものように杖を肩に担いで待っていた。


「来たね!」


「すみません、少しバタバタしてて」


「いいよいいよ」


 シアンさんが、こちらをじっと見る。


「本当に、行くんだね」


「はい」


 シアンさんが真剣な顔になる。


「じゃあ、師匠としてはひとつだけ言っとく」


「なんですか?」


「ちゃんと帰ってこい」


 いつもの軽口みたいな言い方だったけど、目は笑っていなかった。


「はい」


「それから」


 シアンさんが、少しだけ眉を寄せる。


「敵が出たら、迷わず魔法やテイムバンクを使うこと」


「自分が後悔しないように、全力で対処すること」


「遅かったじゃすまないからね、躊躇わないで」


「実戦は命のやり取り、本気で殺しにくる相手に情け容赦すれば、命を落とすのは自分よ」


「……はい」


「分かったのならよし」


 ようやく、口元にいつもの笑いが戻った。


「行ってこい、フライ」


「はい、行ってきます」


 シアンさんは覚悟と勇気をくれた。



 そして、出発の朝が来た。


 まだ薄暗い村の空。

 東の空が、少しずつ明るくなる。


 家を出ると、母さんが玄関先まで見送りに出てくれた。


「気をつけてね」


「うん」


 父さんは、いつも通りの顔で頷く。


「行ってこい」


「行ってきます」


 牧場に寄ると、パディットが尻尾を振って出迎えてくれた。


(フライ、いつでも呼んでくれ)


 ネールが止まり木から声をかける。


(私もいつでも出られるようにしておく)


(フライ)


 星草の中かからパンの声がする。


(みんないつでも力になるからね)


(村の見張りはまかせてねー……ZZZ)


クロープも相変わらずだが頼もしい。


「みんな、よろしくね」


 柵の向こうの皆に手を振り、村の門の方へ向かう。


 門の前には、すでにホルスさんが立っていた。


「来たか」


「はい」


 僕はダイナモの杖を握りしめた。

読んでくださりありがとうございます。

ここからいよいよフライたちの冒険が始まります。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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