第二十四話 届かない手紙 後編
それから数日。
ホップのことを聞いてから、何をしていても上の空だった。
牧場の世話をしていても。
ホルスさんの鍛錬で汗を流していても。
シアンさんと魔法の訓練をしていても。
胸の奥が、ズキリと痛む。
そんな数日が続いたある日の夕方。
「フライ」
見張り台から戻ろうとしていたところで、声が飛んできた。
レインさんだ。
「ちょっといいか」
「どうしました?」
ただならぬ顔を見て、自然と背筋が伸びる。
「テュリップが来てる。ホルスもいる、ラサジエまで来てほしい」
その言葉だけで、胃のあたりがぎゅっと縮んだ。
⸻
ラサジエの奥の個室。
いつもの小さな部屋には、テーブルを挟んで三人が座っていた。
レインさん。
テュリップさん。
そして――ホルスさん。
「来たな」
ホルスさんが、いつもより低い声で言う。
僕は空いている椅子に腰を下ろす。
部屋の空気が、重たく感じた。
「ふむ」
「本題に入ろうか」
その声には、軽さはほとんどなかった。
「ふむ、ホップを助ける手段が、ある」
「……助ける手段」
「本当に、あるんですか!」
「ええ」
テュリップさんが頷く。
「ただし、それはこの村にとっても、ガルディアにとっても、とびきり重い切り札になります」
そう言って、一瞬だけホルスさんの方を見る。
「話していいか?」
「ええ」
ホルスさんが、ゆっくりと頷いた。
「こいつにも、ちゃんと話さないといけないだろうさ」
⸻
「フライ」
レインさんが、真っ直ぐこちらを見る。
「お前は、自分が何も知らないで、ホップの隣にいたってことを、まず自覚しときな」
「え?」
「……どういう意味ですか?」
「順を追って話します」
テュリップさんは、指を一本立てた。
「ホルスさんは育ての父親で、血の繋がりのある親じゃない、これは知ってますね?」
「それは、知ってます」
「ふむ、ホップくんの本当の親は、ガルディアにいました」
そこで、一拍置く。
「先のサラーム国との戦で亡くなっています」
「王族と、その家臣一同、皆まとめてです」
「王族……?」
頭の中で、何かがきしむ音がした。
「ふむ、詳しくはホルスさんから話した方がいいでしょう」
テュリップさんが、視線で促す。
ホルスさんは、少しだけ目を閉じてから、静かに口を開いた。
⸻
「……ガルディアの現王は、バルダンという」
低い声が、部屋に響く。
「バルダンには、兄がいた、名をライゼル」
「そのライゼルには、一人息子がいた、名をブラーヴ」
「俺は、そのライゼル家に仕える家臣の一人だった」
「詳しくは省くが、旅をしていたところ剣の腕を買われ、召し抱えられた」
ホルスさんが、淡々と続ける。
「先王の代に、敵対していたサラーム国の連中に、ライゼルの城が攻められ」
「その戦で、ライゼルとその妻は殺された」
「家臣も皆、討ち死に……ってことになってる」
その言い方に、違和感を覚える。
「ブラーヴも、死んだことになってる」
そこで、ホルスさんは一度言葉を切り、ゆっくりと僕を見た。
「……けど、実際には」
短く息を吐く。
「ブラーヴだけは、生かして連れ出した」
「戦場の、城の裏口から血まみれのまま、ぐちゃぐちゃに泣いてたガキを抱えてな」
「そのガキを連れて、おれはガルディアを出た」
ホルスさんの声は、静かだった。
「誰にも見つからんように、名を変えてな」
「たどり着いたのが、俺の故郷のアルミ村だ」
「……まさか」
口の中が、急に乾く。
「その、ブラーヴっていうのが――」
「ホップだ」
ホルスさんが、はっきりと言った。
「ホップの、本当の名はブラーヴ」
「バルダン王の兄、軍神ライゼルの一人息子」
「ガルディアの王家の血そのものだ」
頭の中で、何かが崩れる音がした。
⸻
「……待ってください」
声が、少し震える。
「じゃあホップは……」
「王族です」
テュリップさんが、短く言い切った。
「厳密に言えば、ライゼル家の直系」
「本来なら、王位継承権のある側の人間です」
「そんな……」
椅子の背もたれに、思わず体重を預けてしまう。
(ホップが……王族?)
「戦のあと、ライゼル家は全員戦死ってことにされた」
テュリップさんが、淡々と続ける。
「そうしないと、国内外の権力争いがさらに煮詰まります」
「敵国に殺された王族って話は、いろんな火種になります」
「……でも実際には」
「ブラーヴだけは、生きている」
「ホルスさんが、連れ出したからです」
ホルスさんが、腕を組んだ。
「あの地獄で、ホップは唯一の救いだった」
「……」
「ただ」
ホルスさんの声が、少し低くなる。
「没した王族の血ってのは、生きてるってだけで狙われる」
「権力争いにも巻き込まれる」
「だから、俺はホップをこの目立たない村で育てることにした」
「ただの村の剣術道場のガキとしてな」
「剣と、自分の足で立つ力だけは教えてな」
「それが、あいつを守る一番の方法だと思ったからだ」
「実際この村で、このことを知っていた者はいない」
「レインやテュリップに話したのもこうなってからだ」
拳を、ぎゅっと握っているのが見えた。
「オレも最初聞いた時、びっくりなんてもんじゃなかったね」
「旅してたら拾ったんだ、くらいにしか聞かされてなかったしな」
レインさんがため息混じりに言う。
「だが――」
ホルスさんが、短く息を吐く。
「まさかこうなるとは思ってなかった」
「俺の考えでは、ホップをガルディアに送り、ガルディアのことを理解させ、王家の剣だけ確認できればよかった」
「その後、アルミ村に戻すつもりだった」
「まだ言えないこともあるが、ホップは色々な運命を背負っている、勿論まだ本人は知らないが」
テュリップさんが眼鏡をくいっと上げる。
「ふむ、それでここから本題です」
「あれからようやく、城の中に疑いを持たれず、足を踏み入れる権利を手に入れました」
「そして、そこでとある情報を耳にしました」
テュリップさんが一拍置く。
「ホップくんは、幽閉されたまま……生きています」
その言葉に、よかった、という安堵と。
それでも自由がない、という事実と。
両方が一度に押し寄せてきた。
「じゃあ……」
息を整えながら、ゆっくりと言葉を絞り出す。
「助けられるんですか?」
「ふむ、そこで、話は最初に戻ります」
テュリップさんが、目を細める。
「ホップくんを助ける手段があります」
「ふむ、それは、“ホップくんが何者かを、バルダン王自身に突きつけること”」
「ホップが……何者か」
「バルダン王の兄、軍神ライゼルの一人息子」
「本名ブラーヴ」
「ふむ、死んだはずの血筋が、生きて目の前に現れたと示すことです」
「でも、それを証明するものなんて……」
「それがあるのです」
テュリップさんが、ホルスさんの方を見る。
「ふむ、“ライゼル家に仕えていた家臣”が、生きてここにいる」
ホルスさんが、静かに口を開く。
「俺も、ガルディアでは戦死扱いだ」
「城に姿を見せれば、あの戦で死んだはずの男、って顔で見られるだろうさ」
「そこで、俺が言う」
拳を、ゆっくり握る。
「“あの日、ライゼルの息子ブラーヴを連れて逃げたのは、俺だ”ってな」
「バルダン王にとっても、俺の顔は、忘れているはずがない」
「兄貴の側にいつもくっついてた、うるさい家臣の一人だからな」
口元だけで、わずかに笑う。
「ホップが王家の剣を扱えた」
「そこに、ライゼル家の家臣だった俺が現れる」
「バルダン王が頭のいい王なら、そこから先は、自分で線をつなげるだろうよ」
⸻
「……でも」
「それでホップが王になるって話になったら、余計に危なくなりませんか?」
「そうだな」
ホルスさんが、あっさり頷く。
「ホップの性格からしても、絶対嫌がるだろう」
「王位争いなんて、一番やりたくないはずだ」
「じゃあ、どうするんですか」
「ふむ、そこで、取引です」
テュリップさんの目が、商人のそれになる。
「バルダン王に、こう持ちかける」
「“ホップを殺したことにする代わりに、ホップを助ける”」
「……意味が、よく」
「ホップくんは、村から来た青年騎士見習いとして、表向きは処刑されることになります」
「王家を混乱させ国を危機に貶めようとした、大罪人としてです」
「……大罪人」
「ふむ」
テュリップさんが、ゆっくり頷く。
「ホップが振るったのは、偽物ということにするのです」
「実際には、本物を扱えたからこそ話がややこしくなったんですけどね」
テュリップさんが、苦笑混じりに言う。
「ふむ、城下や貴族たちに説明する時には、“本物を持ち込まれた”なんて絶対に言えない」
「それでは、王家の管理体制への不信につながる」
「だから」
テュリップさんが、指を鳴らす。
「ふむ、偽物を持ち込んで王家の剣を騙った大罪人ホップということにするのです」
「大罪人は処刑されました、もう脅威は去りました」
「だから、皆安心してバルダン王とその跡継ぎを信じてくださいね、ってわけです」
「……ホップを、処刑……」
胸の奥が、きしむ。
「それって、ホップは……」
「生きて帰ってきます」
テュリップさんが、はっきりと言った。
「ふむ、バルダン王と取引をできれば、生きて帰れます」
「ホップという青年は処刑された」
「でも、その中身は、村に帰れます」
「もちろん」
テュリップさんが続ける。
「それには、バルダン王が納得する理由が要ります」
「ホップを王にしない方が、国のためになると王自身が思わなきゃいけないです」
「そんなこと……思ってくれるんですか?」
「思うだろうな」
今度はホルスさんが、静かに言った。
「バルダン王は、馬鹿じゃない」
「王家として育てられていない人間を、いきなり王にして国の政治が務まる、なんて思わないだろう」
「それにな」
一瞬だけ遠くを見る目をする。
「バルダンは、兄貴のライゼルを、ちゃんと慕ってた」
「戦で兄貴を助けられなかったことに、負い目も感じてる」
「だから、ライゼルの血が王家の血争いのせいでまた潰されるとなったら」
ホルスさんが、拳を握る。
「そんなことはさせんって、きっと言う」
「血縁の危機に、手を貸さない家族なんていないさ」
その言葉には、長い時間を知っている人の重みがあった。
⸻
「それでも」
気づけば、声が少しだけ大きくなっていた。
「ホップに、処刑されたことにされる人生を歩ませるんですか」
「それでも、助けたことになるんですか?」
「……フライ」
レインさんが、ゆっくりと僕を見る。
「お前はどう思う」
「どう、って」
「幽閉で一生を終えるホップと」
「処刑されてでも生き残り、村のホップとして生きるホップと」
「……」
「きっと、苦笑いしながら」
自分の声が、少し震えていた。
「どっちでもいい、生きて村を守れるのならって言う気がします」
「だろうな」
ホルスさんが、ふっと笑う。
「王位争いなんざ、一番遠いところに置いておきたい性格だ」
「ふむ」
テュリップさんが、指を折る。
「この取引には、もうひとつ“おまけ”がつきます」
「おまけ?」
「王家の剣です」
「ホップを、村の青年ホップとして処刑したことにする代わりに」
「王家の剣は、一定期間預けるって話を持ちかけます」
「預ける?」
「バルダン王にとっても、本物の王家の剣は、テオ王子が扱えなかった以上、今や厄介の象徴になってる」
テュリップさんが続ける。
「息子は振れない、死んだはずの兄の血筋だけが振れる」
「そんなもの、国内の権力争いの火種にしかならない」
「だから」
指で空をなぞる。
「いったん、ホルスさんに預けて欲しいとお願いする」
「その預かり先が、この村ってわけですか」
「そういうこった」
レインさんが、腕を組む。
「バルダン王は王家の剣を失うわけにはいかない」
「でも今回の件が起きちまった、じゃあ王家の剣は厳重に保管しなければいけない」
「だから、表向きは宝物庫の奥に封印した」
「これで城の人間への説明は通る」
「本物は、しばらくアルミ村に」
テュリップさんが、にやりと笑った。
「ふむ、バルダン王にとっても、“兄の血筋を守れる”」
「“王家の権威は保てる”」
「“王家の剣の話しもクリア”している」
「そういう取引なら、飲む可能性は高いと見ています」
「でも、なぜ王家の剣が必要なのですか?」
僕は思わず聞いていた。
「それは”必要だ“とだけ言っておく」
「今は誰にもそれ以上のことは言えねぇ、ホップを救ったあとに本人を交えて教える」
⸻
しばらく、部屋の中に沈黙が続いた。
ただ、自分の心臓の音だけが、やけに大きく聞こえる。
「……フライ」
ホルスさんが、静かに口を開いた。
「おれは、行く」
その一言に、空気が変わる。
「あいつを、城から連れ出す」
「王だろうが何だろうが、必要なことは全部してくる」
「俺が、あいつをガルディアに送り出したようなもんだ」
「そのせいで、今あいつはあんなところにいる」
「なら、迎えに行くのが、親の仕事だ」
いつもより少しだけ、声が優しかった。
「……はい」
自然と、背筋が伸びた。
「ただ」
ホルスさんが、少しだけ視線をそらす。
「問題がひとつある」
「ガルディアまでの道のり、だな」
レインさんが、代わりに言う。
「ここからキャラバンを使って行けば、だいたい少なく見積もって半月」
「だが、今回はキャラバンは使えない」
「キャラバンで街道を使えば情報が漏れる可能性があるから、ですね」
「ホルスさんの過去を知る者はガルディアには多い、何かの拍子に正体がバレれば、全て水の泡でしょう」
テュリップさんが頷く。
レインさんが続ける。
「そうだ」
「ホップの血筋も、王家の剣の真相も」
「バルダン王以外には、知られない方がいい、何が潜んでいるかもわからんしな」
「だから、少人数で、目立たず行く必要がある」
「それに――」
ホルスさんが、ゆっくりと言う。
「キャラバンなしで行くとなれば最低でも一ヶ月は見ないといけないだろう」
「正直なところ、城までの道のりを全部一人でってのは、少し歳を取りすぎた」
「途中で何かあった時、足が止まるかもしれん」
「その時、ホップを救えるやつがいなくなっちまう」
「……だから」
そこで、一度だけ息を吸う。
「フライ」
名前を呼ばれる。
「お前も一緒に来い」
胸の奥が、熱く跳ねた。
「……え?」
「お前なら、テイムバンクで仲間を呼べる」
「いざって時には、足にも目にもなる」
「魔法も今なら十分戦力になる」
「何より――」
ホルスさんが、じっと僕を見る。
「お前が一番心配だろうし、悔しいだろうからな」
(……)
拳を握る。
怖くないと言えば、嘘になる。
それでも――
「行きます」
気づけば、言葉はもう口から出ていた。
「僕も、ガルディアに行きます」
「ホップを助けに行きたいです」
「僕にできることがあるなら、全てやります」
震えは、もうなかった。
「そう言うと思ってた」
レインさんが、ふっと笑う。
「むしろ、置いていかれた方が怒る顔が目に浮かぶね」
パンも気配の向こうで笑う。
(パンが背中押してでも行かせてたと思うよ)
(オレもそうしてほしい、赤目の件もあるからな)
パディットの気配が、どこか震えているのがわかった。
テュリップさんが、まとめるように言う。
「決まりですね」
ホルスさんが、うん、と頷いた。
「俺の方で、最低限の荷物と道順を考える」
「テュリップは、ガルディア側の窓口を押さえてほしい」
「ふむ、任されました」
テュリップさんが、軽く手をあげる。
「バルダン王に内密の面会が取れるように、ルートを整えておきます」
「レインは――」
「村の方は任せとけ」
レインさんが、椅子から少し身を乗り出す。
「ずっとこの村はそうしてきた」
「今さら、ちょっとのことでは崩れたりしねぇよ」
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
⸻
話し合いがひと段落したところで、ラサジエの奥を出る。
外は、もうすっかり夕暮れだった。
空の色が、少しずつ夜に溶けていく。
村の柵の向こうにあるはずの、ガルディアの空。
そこを見上げる。
(ホップ)
胸の奥で、名前を呼ぶ。
(今何を思ってどう過ごしているんだろう)
小さく呟く。
「絶対、迎えに行くから」
「城から出して」
「王家とか血筋とか全部ごちゃごちゃにして」
「それでも、ここに連れて帰るから」
ダイナモの杖の柄に、そっと手を添える。
“次の遠征”が、静かに形を取り始めていた。
⸻
こうして、ホップの血筋と王家の事情を知ったフライは――
ホルスと共にガルディアへ向かう決意を固め、
村の日常の中で準備を始めながら、
遠く離れた友へと、確かな一歩を踏み出すことになったのだった。
読んでくださりありがとうございます。
王家とホップの真実の話しでした。
後付けにならない、矛盾にならないように書くのは結構難しいです。
次話も読んでいただけると嬉しいです。




