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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: エフピー
第二章 ガルディア救出編

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第二十三話 届かない手紙 前編

 次の日の朝。


 いつものように、朝ごはんを食べるところから、一日が始まった。


「行ってきます」


 玄関を出る前に、ふと思い出して振り返る。


「そうだ、母さん」


「ん?」


「手紙、来てないよね?」


 母さんは、ほんの少しだけ目を細めて、すぐにいつもの調子で首を振った。


「来てないよ」


「そっか」


 胸の奥が、少しだけきゅっとなる。


 玄関の扉を開けて、外の空気を吸い込むと心が少し落ち着いた。


⸻


 村の外れにある牧場へ向かう。


 木の柵を抜けて、宿舎の扉を開ける。


(……ふあぁ、今日はずいぶん早いな)


 パディットが、寝床の上で顔を上げた。


(目が覚めちゃってさ)


 餌の入った桶を、いつもの場所に置いていく。


 それぞれ、好みに合わせて少しずつ中身が違う。


(オイラも食べるー……ZZZ)


 奥の方で、クロープの目が少しだけ開いた。


 全員の気配を確かめてから、宿舎の扉を閉める。


⸻


 そのあと、詰所裏でのホルスさんの鍛錬をこなす。


 汗がじわりと背中を伝った頃、ホルスさんが腕を組んだ。


「今日の分はここまでだ」


「はぁ……はぁ……ありがとうございました」


 膝に手をつきながら礼を言うと、ホルスさんが顎をしゃくる。


「フライ、レインが呼んでた」


「レインさんが?」


「……大事な話だ」


 切迫した感じだが、いつも通りの短い言い方。


「魔法訓練の前に、ラサジエに寄ってくれ」


「分かりました」


 胸の奥が、少しだけざわつく。


 レインさんが呼ぶ、ということは、だいたい村の外の話だ。


「行ってきます」


 ホルスさんに軽く頭を下げ、詰所を出てラサジエへ向かった。


⸻


 ラサジエの扉を開けると、いつものスープとパンの匂いがした。


 まだ昼前だというのに、客席には何人かのハンターの姿がある。


「おう、フライじゃねぇか」


 カウンターの近くに座っていたグラムさんが、こちらを振り向いた。


「グラムさん、おはようございます」


「朝からどうした」


 グラムさんがコップの水を飲みながら聞く。


「レインさんに呼ばれて来ました」


「グラムさんは、朝からラサジエで食事ですか」


「おうよ、討伐遠征前の腹ごしらえだ!」


 ハンターたちは遠征の前後に、ここで腹を満たすことがお約束になっている。


「北の森も、結構モンスターが増えてきたからな」


「遠征が増えて大変だぜ」


 グラムさんは苦笑いした。


「ハンターのみなさんのおかげで、モンスターも村までは来てませんからね」


「それを言うなら、牧場の奴らのおかげでもあるがな」


「そうですかね」


 話していると、ジェナさんがこちらを振り向く。


「お母さん、奥にいるからね」


「わかりました」


 カウンターの横の小さな扉を開け、奥へ通される。


⸻


 ラサジエの奥。


 真ん中の丸いテーブルに、レインさんと、もう一人が座っていた。


「来たか、上がりな」


「お邪魔します」


 軽く頭を下げ、椅子に腰を掛ける。


 向かい側に座っていたのは、市場管理のテュリップさんだった。


「こんにちは、フライくん」


 眼鏡の奥の目が、こちらを静かに見た。


「テュリップさん、こんにちは」


 部屋の空気が、ほんの少しだけ引き締まる。


「ふむ」


 テュリップさんが、指先で眼鏡の位置を直す。


 それから、静かに口を開いた。


「半年前、フライくんが南のダンジョンから持ち帰ってくれたルミナストーン」


「それを、ガルディアの特定の商人に見せました」


「それで、ガルディアの情勢を探ることに成功しました」


 テュリップさんの視線が僕を見る。


「私がどこの商人かを証明するのに、時間がかかってしまいました」


「ガルディアは、大きい国です」


 テュリップさんは淡々と続ける。


「街道も、港も、貨幣の流れも、王都を中心に組み立てられている」


「その全ては、信用あってのことです」


「そんな中、突然、見知らぬ商人が、高品質のルミナストーンを持ち込んできたらどう思うか」


「……怪しみますね」


 僕はテュリップさんを見て言う。


「ええ」


「だから私は、このレベルのルミナストーンを手にできるルートがある商人と見せる必要がありました」


「商人から商人へ、私の商売も絡めて、ようやく信用を得ました」


「そんなことまで……」


「カードはそう多くありませんからね」


 少しだけ、口元が笑う。


「ガルディアまでの道のりは、キャラバンでおよそ半月程度……のはずでした」


「ですが、最近の大型モンスター出没と赤目への警戒で、キャラバンが思うように進まないのです」


「その往復と、商人との交渉、信用を積み上げる時間を合わせて半年」


 テュリップさんが、窓の外を見る。


「ガルディア王都周辺の情報を握る商人と、直接話ができる場所まで、ようやく辿り着きました」


 そこまで聞いていたレインさんが、テーブルを指でとん、と叩く。


「で、ここからが本題だ……」


「ふむ」


 テュリップさんの表情が、わずかに硬くなる。


「ある情報が、来ました」


 胸の奥が、自然とざわつく。


「この村の、ホップくんについてです」


「ホップ?」


「ふむ」


 テュリップさんが、ひとつ深く息を吸う。


「結論から言いましょう」


「ホップくんは、現在、ガルディア城に幽閉されているそうです」


 頭が、一瞬真っ白になった。


「幽閉……?」


 声が大きく震える。


「ホップが、どうして……」


 テュリップさんが、湯呑の縁を指でなぞる。


「フライくんも、以前言っていましたが」


「ガルディア王家には、代々伝わる王家の剣があります」


「あの、王位にふさわしい者だけが扱えるっていう剣ですよね」


 僕は声を震わせながら言った。


「ふむ、そういう触れ込みになっている剣ですね」


「歴史という時間に飲み込まれ、それがどこまで真実なのかわかりませんが」


 テュリップさんが、淡々と言う。


「儀式と伝承と、政治的な思惑が、ぐちゃぐちゃに絡まっていますし」


「ただ――」


 一拍おいて。


「誰も扱えなかった剣を扱えた者が出た、という噂があります」


「資格がない者が持てば鉛のように重く、振ることさえかなわない」


 まるで物語の中の話みたいだ。


 でも、テュリップさんの声は、冗談ではない様子だった。


「それが、王族の誰かならば、話は単純でした」


 テュリップさんが、眼鏡の位置を直す。


「でした……?」


「ふむ」


 テュリップさんが、少しだけ目を細める。


「現ガルディア王バルダンは、王位を息子のテオ王子に譲るつもりだった」


「王族たちは、そのための準備を、少しずつ進めていたらしいです」


「ところが、王家の剣の儀式にてテオ王子は、その剣を扱えなかった」


「それは形式上のことなので何も問題はないのですが、ここからです」


 部屋の空気が、じわりと重くなる。


 テュリップさんの声が、ほんの少しだけ低くなった。


「儀式上その場にいた、王族、貴族、騎士、その場の全員が剣を扱えるか試す中、ある門兵が、その剣を扱えてしまった」


「その門兵って……」


 僕は恐る恐る聞いた。


「騎士候補の一人だったそうです」


 テュリップさんが、こちらを見た。


「名前は、ホップ」


「………」


 僕の意識が少し遠のいた。


「ホップが、その剣を扱えた?」


「もちろん、最初は噂話として流れてきました」


「しかし真相を突き止めるのは高くつきました」


「信用を得るのに半年かかりましたしね」


 テュリップさんが、静かに続ける。


「噂は、王都近くの商人たちの間で、妙に具体性を増しながら広がっていった」


「儀式の場にいた者の証言」


「騎士団出動の制限」


「王族たちが、城の外との接触を急に絞り始めたこと」


「全部、ひとつにつながっていった」


 僕はテーブルの一点を見つめていた。


「ふむ」


 テュリップさんが、頷く。


「本来なら、その剣を扱えた者は、次の王候補の一人として扱われるはず」


「どんな事情があれどです」


「それが、ガルディア王家代々のしきたりです」


「今回の件は、タイミングが最悪だった」


「バルダン王は、テオ王子に王位を継がせるつもりだった」


「その矢先に、まったく別の、血も何も持たないただの騎士見習いが、王家の剣を扱えた」


「城の中は、その瞬間から大騒ぎになったそうです」


 テュリップさんは、事実だけを積み重ねるように続ける。


「しきたり通りにいけば、次の王候補にホップくんも入ることになります」


「しかし、今の王の意向を尊重するなら、それは認められない」


「そういう、どうしようもない綱引きの中で、バルダン王は、ひとまず事実を外に漏らさないことを選んだ」


「王族、貴族たちの間では、テオ王子を後継には認められないという流れが広がっていきました」


「しかし、どこの誰かも分からない血筋の王など認められない」


「バルダン王は板挟みになり、処理のできない爆弾を抱えてしまったのです」


「そのために、剣を扱えた若者を、見えない場所に移した」


 幽閉。


 その言葉が、ようやく僕の中でつながった。


「ホップが……」


「今のところ、処刑されたという情報はありません」


「ですが、行動の全てを禁止されている可能性は高いです」


 頭の中で、ホップの顔が浮かんでは消える。


 あの手紙の、力強かった文字。


 その先に、こんな未来があったなんて。


「バルダン王は、このことを城下に知られてはならないと考えたようです」


 テュリップさんの声が聞こえ、僕は意識を戻す。


「まず、外交や他所からの人の出入りの制限を強めた」


「城の外との取引を絞り、情報の出入りを厳しくした」


「このことが広まっては、国の政治に関わると強く思ったのでしょう」


「外からその様子を探ろうとしていた側の私が、もろに影響を受けたわけです」


「だから、半年もかかった……」


「ふむ」


 短く頷く。


「こちらから投げたルミナストーンは、王家と取引のある商人から価値のある品として受け取られた」


「そのおかげで、王都近くの商人たちとの会話の回数は、かなり増えた」


「けれど、城の内側で起きたことは、なかなか外に漏れてこなかった」


「ようやく最近になって、王家の剣の儀式で何かが起きた、という話が入りました」


「ある騎士見習いが、そのせいで幽閉されたらしい、という噂が、ようやく」


「……なんで」


 ようやく出た言葉は、それだけだった。


「なんで、ホップが……」


「王家の剣を扱えたというのは、王族なら誉れのはずです」


「正直、剣を扱えなかったとしてもテオ王子は血筋で王になれたでしょう」


「しきたりとしては、扱えれば御の字ですし、扱えなくても、血筋の証明は王がする」


 テュリップさんが、静かに言う。


「王の、自分の息子に継がせたいという意志と」


「代々のしきたりと」


「実際に剣を扱えた者が、全部バラバラの方向を向いてしまった」


「そのシワ寄せが、一番弱いところに行った」


「ホップは関係ないじゃないですか……」


 喉の奥から、怒りの言葉が漏れる。


「村の力になるためにガルディアに行ったのに」


「城で頑張って、最近ようやく認められて」


「それで、王家の剣を扱えたからって、幽閉されて、そんなの、ひどすぎる……」


 拳をぎゅっと握りしめる。


「そうですね」


 テュリップさんは頷いた。


「世界は理不尽だ、という一言で片づけてしまえば、それまでですが」


「それでは、あまりにも救いがない」


 そこで、声の調子が少し変わる。


「だからこそ、私たちは知っておく必要がある」


「ここから先の、選択のために」


 レインさんが、静かに腕を組んだ。


「フライ、言っとくが」


 レインさんの目が、まっすぐにこちらを見ていた。


「こっちには、まだ何もない」


「どこに、誰がいて、誰に、どう話を通せばいいのか、何一つ足りてない」


 レインさんの言葉はその通りだと思った。


「だから、今は知っておくところまでだ」


 テュリップさんが、静かに続ける。


「フライくんが、ホップくんの現状を知らないままでいるのと」


「知ったうえで、今の自分にできることを積み重ねていくのとでは、きっとどこかで差が出ます」


「今はまだ、届かない場所かもしれません」


 テュリップさんが、はっきりと言う。


「でも、私が必ず突破口を見つけます」


 眼鏡の奥の目が、少しだけ細くなる。


 レインさんが、指先でテーブルをとん、と叩く。


「今、フライがやることは、村で備えることだ」


「……はい」


「力が必要になった時のためにな」


 悔しさと、やりきれなさが僕の胸に落ちた。


「テュリップ」


 レインさんが、視線を向ける。


「情報集めは任せた」


「ふむ」


「もちろんそのつもりです」


 テュリップさんが頷く。


「ガルディアの商人たちの間でも、王家の剣の儀式の話は、まだ完全には落ち着いていません」


「王家の内情が、外に滲み出てきた時は、そこに入り込める隙があるかもしれない」


「それまでは、耳と目を広げておくところまでしか出来ませんが」


「ホップのこと助けたいです」


「よろしくお願いします」


 自然と、言葉が出てきた。


「ふむ」


 テュリップさんが、少しだけ口元で笑った。


「私はにとってもホップくんは、大事な村の仲間です」


(フライ)


 胸の器で、パディットの声がする。


(大変だと思うが、でも今はこの二人を信じよう)


(うん)


 小さく答える。


 僕は今の話を心の中でまとめると、ゆっくりと顔を上げた。


「今は何もできないかもしれないですけど、何か出来ることがあれば何でも言ってください」


 それしか言えなかった。


 でも、それが今の自分の精一杯だった。


「それでいい」


 レインさんが、満足そうに頷く。


「ホップの件は、今知っておくべきことは伝えた」


「ふむ」


「あと、ガルディア周辺の赤目についてですが、少なくとも討伐されたという情報はないですね」


「まだ商人の足を止める、不安材料になっています」


(どうやって現れたのかもわかっていないのか?)


 パディットが器から聞いてくる。


「やはり、どこから出現しているのかはわかっていないのですか?」


 テュリップさんが、湯呑を持ち上げる。


「まだ、わかっていません」


「引き続きそちらも情報は集めてみます」


「では、私は街道に戻ります」


 テュリップさんは、立ち上がる前に、僕を見た。


「フライくん、焦った行動に移らないことです」


「……分かりました」


「いい返事です」


 眼鏡の奥の目が、少しだけ柔らかくなる。


 テュリップさんは、それ以上何も言わず、静かに部屋を出て行った。


⸻


 テュリップさんが去ったあと、部屋には僕とレインさんだけが残った。


 しばらく、無言の時間が続く。


 少しして、レインさんが頷く。


「腹、減ってねぇか?」


「正直、あんまり」


 僕は正直に答える。


「そうか」


 レインさんが、ニヤリと笑う。


「じゃあ、オレがうまいものを押しつけてやる」


「ジェナ!」


「はーい!」


 外の方から、明るい声が返ってきた。


「フライに、スープとパンの軽めのセット、用意してやれ」


「ついでに、甘いもんも少し乗せてやれ」


「了解ー!」


「食えるもの食って、今はやれることをやれ」


 胸の奥に、少しだけ熱いものが込み上げてきた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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