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第二十三話 届かない手紙 前編

 次の日の朝。


 いつものように、朝ごはんを食べるところから、一日が始まった。


「行ってきます」


「はいはい、行ってらっしゃい」


 玄関を出る前に、ふと思い出して振り返る。


「そうだ、母さん」


「ん?」


「手紙、来てないよね?」


 聞くまでもない、と分かっていても、つい口に出てしまう。


 母さんは、ほんの少しだけ目を細めて、でもすぐにいつもの調子で首を振った。


「来てないよ」


「そっか」


「うん。行ってきます」


 胸の奥が、少しだけきゅっとなる。


 それでも、玄関の扉を開けて、外の空気を吸い込むと、体が自然と前に出た。



 村の外れにある牧場へ向かう。


 木の柵を抜けて、宿舎の扉を開ける。


(……ふあぁ)


 パディットが、寝床の藁の上で丸くなりながら顔を上げた。


(今日はずいぶん早いな)


(目が覚めちゃってさ)


 餌の入った桶を、いつもの場所に置いていく。


 それぞれ、好みに合わせて少しずつ中身が違う。


(オイラも食べる……ZZZ)


 奥の方で、クロープの眼が少しだけ開いた。


 全員の気配を確かめてから、宿舎の扉を閉める。



 そのあと、詰所裏でのホルスさんの鍛錬をこなす。


 汗がじわりと背中を伝った頃、ホルスさんが腕を組んだ。


「よし。今日の分はここまでだ」


「はぁ……はぁ……ありがとうございました」


 膝に手をつきながら礼を言うと、ホルスさんが顎をしゃくる。


「そうだ、フライ」


「はい?」


「マスターが呼んでた」


「マスター?」


「……きっと、大事な話だ」


 切迫した感じだが、いつも通りの短い言い方。


「魔法訓練の前に、必ずラサジエに寄ってくれ」


「分かりました」


 胸の奥が、少しだけざわつく。


 レインさんが呼ぶ、ということは――だいたい「外」の話だ。


「行ってきます」


「おう……」


 ホルスさんに軽く頭を下げ、詰所を出てラサジエへ向かった。



 ラサジエの扉を開けると、いつものスープとパンの匂いが鼻をくすぐった。


 まだ昼前だというのに、客席には何人かのハンターの姿がある。


「おう、フライじゃねぇか」


 カウンターの近くで、両腕を組んで座っていた大柄な男が、こちらを振り向いた。


「グラムさん、おはようございます」


「おう。朝からどうした」


「レインさんに呼ばれまして」


「あぁ、そうか、言ってたような気がするな」


「グラムさんは朝からラサジエで食事ですか」


 グラムさんが、ちょいと顎を上げる。


「おうよ、討伐遠征前の腹ごしらえだ!」


 ハンターたちは遠征の前後に必ずここで腹を満たすことがお約束になっている。


「北の森も結構モンスターが増えてきたからな」


「遠征も増えて大変だぜ」


「ハンターのみなさんのおかげで、モンスターも村までは来てませんからね」


「それを言うなら牧場のおかげでもあるがな」


「そうですかね」


 話していると、ジェナさんがこちらを振り向く。


「お母さん、奥にいるからね」


「ありがとうございます」


 カウンターの横の小さな扉を開け、奥へ通される。



 ラサジエの奥。


 帳簿や瓶が並ぶ、小さな事務兼倉庫スペース。


 その真ん中の丸いテーブルに、レインさんと、もう一人が座っていた。


「来たか、フライ」


 レインさんが、いつもの落ち着いた顔でこちらを見る。


「上がりな」


「お邪魔します」


 軽く頭を下げ、椅子に腰を掛ける。


 向かい側に座っていたのは――


「ふむ」


 眼鏡の奥の目が、こちらを静かに見た。


「こんにちは、フライくん」


「テュリップさん」


 市場管理のテュリップさんだった。


 ラサジエの空気が、ほんの少しだけ引き締まる。


「ふむ、そろいましたね」


 テュリップさんが、指先で眼鏡の位置を直す。


 レインさんは、何も言わず、テーブルの上のマグを少し横にずらした。


 短い沈黙。


 それから、テュリップさんが、静かに口を開いた。


「ガルディアの件は――」


 一拍おいて。


「信用を得ることに、ようやく成功しました」


 思わず背筋が伸びた。


「それって……」


「ふむ」


 テュリップさんが、短く頷く。


「半年前、フライくんが南のダンジョンから持ち帰ってくれたルミナストーン」


「それをガルディアの特定の商人に見せる」


「それが、こちら側の最初の一手でした」


 テュリップさんの視線が、少しだけ遠くなる。


「ふむ、どこの商人かを証明するのに、時間がかかってしまいましたがね」


「どこの、商人……」


「ガルディアは、大きい国です」


 テュリップさんの声は淡々としている。


「街道も、港も、貨幣の流れも、王都を中心に組み立てられている」


「そんな中に、突然、見知らぬ商人が高品質のルミナストーンを持ち込んできたらどう思うか」


「……怪しみますよね」


「当然です」


 軽く頷く。


「このレベルのルミナストーンに手を出せるくらいの腕はあるけれど、特別な出自ではないと見せる必要がありました」


「そんなことまで……」


「ふむ。こちらも、カードはそう多くありませんからね」


 少しだけ、口元が笑う。


「ガルディアまでの道のりは、キャラバンでおよそ半月程度」


「……のはずでした」


「ですが、最近の大型モンスター出没と赤目への警戒で、キャラバンが思うように捕まらないのです」


「村を出て、街と街をつなぎ、王都近くまで」


「その往復と、交渉の準備と、信用を積み上げる時間を合わせて――半年」


「ようやく、というわけです」


「それが、信用を得るってことですか」


「ええ」


 テュリップさんが、ゆっくりと頷く。


「ガルディア王都周辺の情報を握る商人と、直接話ができる場所まで」


「ようやく辿り着きました」


「で」


 そこまで聞いていたレインさんが、テーブルを指でとん、と叩く。


「本題だ」


「ふむ」


 テュリップさんの表情が、わずかに硬くなる。


「ある情報が、来ました」


「……」


 胸の奥が、自然とざわつく。


「フライくんの友人、ホップくんについてです」


「……!」


 心臓が、どくん、と跳ねた。


「ホップ……?」


「ふむ」


 テュリップさんが、ひとつ深く息を吸う。


「結論から言いましょう」


 その口から出た言葉は、冷たく、重かった。


「ホップくんは――」


「現在、“幽閉されている”そうです」


 頭が、一瞬真っ白になった。


「……幽、閉……?」


 声が、自分のものではないみたいに震える。


「ホップが、どうして……」


「そこから先が、ガルディアの厄介なところですね」


 テュリップさんが、マグの縁を指でなぞる。


「フライくんも、以前少し聞いていると思いますが」


「ガルディアン王家には、“代々伝わる王家の剣”があります」


「あの、王位にふさわしい者だけが扱えるっていう……」


 僕は声を震わせながら言った。


「ふむ、そういう触れ込みになっている剣ですね」


「歴史という時間に飲み込まれ、それがどこまで真実なのかわかりませんが」


 テュリップさんが、淡々と言う。


「儀式と伝承と、政治的な思惑が、ぐちゃぐちゃに絡まっていますし」


「ただ――」


 一拍おいて。


「“誰も扱えなかった剣を扱えた者が出た”という噂があります」


「資格がない者が持てば鉛のように重く、振ることさえ叶わない」


 まるで物語の中の話みたいだ。


 でも、テュリップさんの声は、冗談ではない様子だった。


「それが、王族の誰かならば、話は単純でした」


 テュリップさんが、眼鏡の位置を直す。


「王の血筋の中から、新たな候補が現れた」


「そういう物語にすればいいだけですから」


「でも、そうならなかった?」


「ふむ」


 テュリップさんが、少しだけ目を細める。


「現ガルディア王バルダンは、後目を息子テオ王子に譲るつもりだった」


「王族たちは、そのための準備を、少しずつ進めていたらしい」


「ところが、王家の剣の儀式にてテオ王子は、その剣を扱えなかった」


 部屋の空気が、じわりと重くなる。


「そして」


 テュリップさんの声が、ほんの少しだけ低くなった。


「儀式上その場にいた、王族、貴族、騎士、その場の全員が剣を扱えるか試す中――」


「ある門兵が、その剣を扱えてしまった」


「その門兵って……」


「ふむ、騎士候補の一人だったそうです」


 テュリップさんが、こちらを見た。


「名前は――“ホップ”」


「…………」


 世界の音が、一瞬消えた。


 ホップが。


 その剣を。


 扱えた?


「もちろん、最初は噂話として、王家に出入りする商人と取引ある者から流れてきました」


「この情報は高くつきました、信用を得るのに半年かかりましたしね」


 テュリップさんが、静かに続ける。


「でも、王都近くの商人たちの間で、その噂は、妙に具体性を増しながら広がっていった」


「儀式の場にいた者の証言」


「騎士団の一部が、ある若者について口を噤んでいるという話」


「王族たちが、城の外との接触を急に絞り始めたこと」


「……全部、ひとつにつながっていった」


「ふむ」


 テュリップさんが、頷く。


「本来なら、その剣を扱えた者は、次の王候補の一人として扱われるはず、どんな事情があれどです」


「それが、ガルディア王家代々のしきたりです」


「けれど、今回の件は――タイミングが最悪だった」


「バルダン王は、テオ王子に王位を継がせるつもりだった」


「その矢先に、まったく別の、血も何も持たないただの騎士見習いが、王家の剣を扱えた」


 王の顔が、目に浮かぶ気がした。


「城の中は、その瞬間から大騒ぎになったそうです」


 事実だけを積み重ねるような調子で続ける。


「しきたり通りにいけば、次の王候補にホップくんも入ります」


「今の王の意向を尊重するなら、それは認められない」


「……」


「そういう、どうしようもない綱引きの中で」


「バルダン王は、ひとまず、事実を外に漏らさないことを選んだ」


「王族、貴族達からはテオ王子を後目には認められないという流れが広がっていった」


「しかし、どこの誰かも分からない血筋の王など認められない」


「バルダン王は色々板挟みになり、処理のできない爆弾を抱えてしまったのです」


「そのために、剣を扱えた若者を、見えない場所に移した」


 幽閉。


 その言葉が、ようやく胸の奥でつながった。


「ホップが……」


 喉が、ひどく乾いていた。


「ホップが、城の牢に入れられたってことですか」


「ふむ、幽閉されたという言い方が、より近いかもしれませんね」


 テュリップさんが、首を傾げる。


「処刑されたという情報は、少なくとも、今のところはありません」


「けれど、自由ではない」


「城下に下りて、手紙を出すことも」


「騎士見習いとして訓練に参加することも」


「――全部、禁止されている可能性が高い」


 頭の中で、ホップの顔が浮かんでは消える。


『騎士としての訓練は、相変わらずしんどい』


『でも、しんどい分だけ、自分でも分かるくらい体が変わってきた』


 あの手紙の、力強かった文字。


『こっちもこっちで、忙しくなるかもしれない』


 あの一文。


 その先に、こんな未来があったなんて。


「バルダン王は、このことを城下に知られてはならないと考えたようです」


 テュリップさんの声だけが、現実に引き戻す。


「バルダン王は賢い」


「まず外交や人の出入りの制限を強めた」


「城の外との取引を絞り、情報の出入りを厳しくした」


「このことが広まっては、国の政治に関わると強く思ったのでしょう」


「その影響を、外から様子を探ろうとしていた側――つまり私が、もろに受けたわけです」


「だから、半年もかかったんですね」


「ふむ」


 短く頷く。


「こちらから投げたルミナストーンは、価値のある品として受け取られた」


「そのおかげで、王都近くの商人たちとの会話の回数は、かなり増えた」


「けれど、城の内側で起きたことは、なかなか外に漏れてこなかった」


「ようやく最近になって、王家の剣の儀式で何かが起きた、という話が、貴族と取引のある商人からきた」


「ある若者が、そのせいで幽閉されたらしい、という噂が、ようやく」


「……」


「で、その若者の特徴が」


 テュリップさんが、指を折っていく。


「地方の若者」


「剣の訓練を受けていた騎士見習い」


「名前は、“ホップ”」


 間違いようがない。


「……なんで」


 ようやく出た言葉は、それだけだった。


「なんで、ホップが……」


「王家の剣を扱えたというのは、王族なら誉れのはずです」


「正直、剣を扱えなかったとしてもテオ王子は血筋で王になれたでしょう」


「式たりとしては、扱えれば御の字ですし、扱えなくても、血筋の証明は王がする」


「誰にも扱えぬだろうと、式たり通り、騎士数名、近衛兵数名、王の血縁数名、そこにいた騎士候補のうち、門兵についていた二名に順番が回り、その一人ホップにも扱わせたところ、剣を振れてしまった」


 テュリップさんが、静かに言う。


「自分の息子に継がせたいという意志と」


「代々のしきたりと」


「実際に剣を扱えた者が、全部バラバラの方向を向いてしまった」


「そのシワ寄せが、一番弱いところに行った」


「……ホップに」


「そういうことです」


 テュリップさんの声には、ただ、冷静な現実の確認だけがあった。


「ふざけてる……」


 胸の奥から、言葉が漏れる。


「ホップは、村の力になるために行ったのに」


「ちゃんと訓練を受けて、仕事もこなして」


「折れないでやってきて」


「それで、王家の剣を扱えたからって、幽閉されて」


 拳をぎゅっと握りしめる。


「そんなの、ひどすぎる……」


「ひどい、ですね」


 テュリップさんも、そう言った。


「世界は理不尽だ、という一言で片づけてしまえば、それまでですが」


「それでは、あまりにも救いがない」


「だからこそ」


 そこで、言葉の調子が少し変わる。


「私たちは、知っておく必要がある」


「ここから先の、選択のために」


 レインさんが、静かに腕を組んだ。


「フライ」


「……はい」


「言っとくが」


 レインさんの目が、まっすぐにこちらを見ていた。


「今の話を聞いたからって、すぐにガルディアに行きますなんて言うなよ」


「……言おうとしてました」


 口から出かけた言葉を、そのまま認めるしかなかった。


「まぁ、気持ちはわかるがな」


 レインさんが、ため息をつく。


「オレだって、ホップのことは心配だ」


「まっすぐで、よく食ういいやつだ、お前の友達でもある」


「そんなやつが、理不尽な目に遭ってるなら、助けたいと思う」


「ただな」


 テーブルを、軽く指で叩く。


「今、フライがガルディアンに行ったところで」


「門の前で門番に突き飛ばされて終わりだ」


「……はい」


「こっちには、まだ何もない」


「どこに、誰がいて」


「誰に、どう話を通せばいいのか」


「何一つ、足りてない」


 レインさんの言葉は、厳しいけれど、その通りだった。


「だから、今は――」


「知っておくところまで、だ」


 テュリップさんが、静かに続ける。


「フライくんが、ホップくんの現状を知らないままでいるのと」


「知ったうえで、今の自分にできることを積み重ねていくのとでは」


「きっと、どこかで差が出ます」


「ふむ、いつか動ける時が来た時に」


「何も知らない状態からよりは、ずっとマシになる」


「……いつか」


「今はまだ、届かない場所かもしれません」


 テュリップさんが、はっきりと言う。


「ここから見れば、距離的にも遠い場所ですし」


「でも」


 眼鏡の奥の目が、少しだけ細くなる。


「全部、“繋がり方”次第です」


「フライ」


 レインさんが、もう一度僕の名前を呼んだ。


 指先でテーブルをとん、と叩く。


「今、フライがやることは――」


「ちゃんと食って、ちゃんと寝て、ちゃんと強くなることだ」


「……はい」


「ホップのいる場所に、届くために」


 その言葉に、胸の奥がぎゅっとなった。


 悔しさ。

 やりきれなさ。

 でも、その中に、わずかな希望みたいなものもある気がした。


「テュリップ」


 レインさんが、視線を向ける。


「そっちで、集められる情報をもう少し集めてくれ」


「ふむ、もちろんそのつもりです」


 テュリップさんが、穏やかに頷く。


「ガルディアの商人たちの間でも、王家の剣の儀式の話は、まだ完全には落ち着いていません」


「ふむ、王家の内情が、外に滲み出てきた時」


「そこに、入り込める隙があるかもしれない」


「それまでは、耳と目を広げておくところまで、ですね」


「……ありがとうございます」


 自然と、その言葉が出てきた。


「ホップのことで、ここまで……」


「ふむ」


 テュリップさんが、少しだけ口元で笑った。


「私は、村のために動いているだけですよ」


「ただ、フライくんの友人のことを、少しでも多く知っておく理由が一つ増えただけです」


「それに」


 レインさんが、肩をすくめる。


「あいつがまた店に座って、たらふく飯を食えるように」


「そのくらいのことは、考えてもバチは当たらねぇだろ」


(フライ)


 胸の器で、パディットの声がする。


(……大変だと思う、でも今はこの二人を信じよう)


(うん)


 小さく答える。


 手のひらの中で、何かを強く握るイメージをする。


 ガルディアの情勢。


 ホップのこと。


 僕のやるべきこと。


 それらを心の中でまとめると、ゆっくりと顔を上げた。


「レインさん」


「なんだ」


「僕、今は――」


 一度言葉を切る。


「ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、ちゃんと強くなります」


「テイムも、魔法も」


「いつか、ホップのいる場所に届くように」


 それしか言えなかった。


 でも、それが今の自分の精一杯だった。


「それでいい」


 レインさんが、満足そうに頷く。


「ホップの件は、今知っておくべきことは伝えた」


「……はい」


「ふむ」


「あと、ガルディア周辺の赤目についてですが、少なくとも討伐されたという情報はないですね」


「まだ商人の足を止める、不安材料になっています」


(どうやって現れたのかもわかっていないのか?)


 パディットが不安そうに聞いてくる。


「やはり、どこから出現しているのかはわかっていないのですか?」


 テュリップさんが、マグを持ち上げる。


「まだ、わかっていません、引き続きそちらも情報は集めてみます」


「では、私は一度街道に戻ります」


「ガルディアの商人たちの耳は、こちらに向いていますからね」


 立ち上がる前に、こちらを一度だけ見た。


「フライくん」


「はい」


「ホップさんのことも、心に留めておきます」


「ただ」


 眼鏡の奥の目が、少しだけ柔らかくなる。


「期待しすぎないことと、焦った行動に移らないこと」


「……分かってます」


「いい返事です」


 テュリップさんは、それ以上何も言わず、静かに部屋を出て行った。



 テュリップさんが去ったあと、部屋には僕とレインさんだけが残った。


 しばらく、無言の時間が続く。


 レインさんが、テーブルの上のマグを一口飲んだ。


「正直」


 少し考えてから、答える。


「王城も、ガルディアンも」


「全部、見たこともない場所で」


「そこにいるホップのことを思うと」


「胸が、ぎゅっとして」


「だから――」


 拳を、ぎゅっと握りしめる。


「だから、今は」


「目の前のことをやります」


 それが、精一杯の強がりだとしても。


「……いいじゃないかそれで」


 レインさんが、小さく笑った。


「よし」


 レインさんが、椅子から立ち上がる。


「今日はもう、魔法の鍛錬はやめて、休んだほうがいい」


「心ここにあらずで魔法振り回されたら、シアンもたまったもんじゃねぇ」


「……そうですね」


「でも、完全に休むのも、なんか違うし、落ち着かないので」


「少しだけ、やってきます」


「それでいい」


 レインさんが頷く。


「腹、減ってねぇか?」


「正直、あんまり」


「そうか」


 レインさんが、ニヤリと笑う。


「じゃあ、オレがうまいものを押しつけてやる」


「ジェナ!」


「はーい!」


 外の方から、明るい声が返ってきた。


「フライに、スープとパンの軽めのセット、用意してやれ」


「ついでに、甘いもんも少し乗せてやれ」


「了解ー!」


「食えるもの食って、今はやれることをやれ」


「……はい」


 胸の奥に、少しだけ熱いものが込み上げてきた。


 全部を胸に抱えながら。


 僕はまた、ゆっくりと、一歩ずつ。


 自分の足元から、歩いていくしかない。



 こうして、ホップの今を知ったフライは――


 届き始めたガルディアの揺れを胸に刻みながら、


 いつか届くかもしれないその日のために、


 自分の力を積み重ねていくことを、改めて心に誓うのだった。

読んでくださりありがとうございます。

王族や国、商人などが絡むとどうしても説明が多くなりますが、これも書いていて楽しいです。

ここからフライ達を巻き込んで、大きなうねりにしていきたいです。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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