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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: FP (エフピー)
第四章 フロワ編

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第百一話 竜杖の護手

 ペール山の山頂。


 白い景色と空、それと風だけがある。


 その静けさの中で、ネージュはしばらく空を見ていた。


 白銀の羽が、薄い光を受けて静かに揺れる。


 その横顔には、さっきまでの懐かしさとは違う、もっと切実な何かがあった。


「……大循環が、もうすぐ始まるからね」


 僕は思わず息を呑んだ。


「三百年」


「それを周期として、また大循環が起こる」


「その前触れなのか、この地の循環も不安定になりつつある」


 そう言って、ネージュは祭壇の中央を見た。


 僕もつられて足元を見る。


 古びた石の継ぎ目。


 その奥。


 ただの石床のはずなのに、意識を少し沈めると、そこに太い流れがあるのが分かる。


 大地の奥を巡る、巨大な魔力の流れ。


「僕が光の魔力で多少抑えることもできる」


 ネージュが言う。


「でも、それにも限界がある」


「じゃあ、どうすれば……」


 僕が言うと、ネージュは振り返る。


 澄んだ瞳が、真っ直ぐこちらを見る。


「竜杖を、探してほしい」


「竜杖?」


 聞き返すと、ネージュは小さく頷いた。


「護手だけが使える、リュミエールと通じる杖だよ」


「この祭壇はね、この地の循環点のちょうど真上なんだ」


「ここが……」


 僕は改めて足元の石を見た。


「そう」


 ネージュは翼を少しだけ広げる。


「そこの祭壇に、循環点まで伸びる魔脈がある」


「そこへ竜杖で光の魔力を流す」


「それがこの地を安定させる、唯一の方法」


 僕は祭壇の中央を見つめたまま、小さく息を吐いた。


「でも、竜杖ってどこにあるんだろう」


「ゼイン達なら、多分あの街に杖を残していると思うよ」


 ネージュはそう言ったあと、少しだけ目を伏せた。


「大循環が始まる前になんとかしないと」


 魔制炉も限界に近い。


 三百年周期の大循環まで来る。


 僕は、ぎゅっと拳を握った。


「それで、その後タークって魔人はどうなったの?」


 ネージュの目が、少しだけ遠くを見た。


「タークは、また来たよ」


「今度は完全に循環点を壊しにね」


 風が少し強く吹いた。


 白い雪が祭壇の上を流れていく。



 三百年前。


 ペール山。


 あれから数日が過ぎていた。


 タークが一度退いたあとも、ペール山は穏やかには戻らなかった。


 大地の奥を流れる魔力が乱れ続ける。


 唸るように流れ、時折不自然に脈打っている。


 循環そのものが、どこかで歪んだままになっているのだと、ネージュには分かった。


 山頂に立ち、下界を見下ろしながら、ネージュは意識を器へと伸ばす。


(アルミ、護手とやらは見つかったかい?)


 しばらくして、アルミの気配が返ってきた。


(うん、見つかったんだけど、まだ少し教えることがあってなかなかね)


(ゼインも苦労しているみたい)


 ネージュは思わず、目を丸くした。


(あのゼインが苦労しているって、よっぽどだね)


(うーん、そうだね)


 アルミの声にも、少しだけ苦笑するような気配が混じる。


(どう? 今のところ変な気配はないかな)


(大丈夫そうだよ)


(流石に大きい魔力があったら気がつくから)


(わかった、任せたよネージュ)


 そこで気配は薄れる。


 意識を戻したネージュは、山頂の空気を大きく吸い込んだ。


 ネージュはペール山から目を離さなかった。


 押し寄せるモンスターを追い払い。


 循環の乱れが広がりすぎないよう、光の魔力で押さえ込み。


 ただ、待ち続けた。


 数日。


 それだけで、ネージュの消耗はひどくなっていた。


 循環そのものの乱れを一人で押さえ込むには限界があった。


(アルミ……)


 再び、遠くへ意識を伸ばす。


(僕がこの循環点を抑えるにも限界が近いよ)


 アルミから気配が返ってくる。


(ごめんね)


(もうすぐ連れて行けるから)


(なんとか耐えてほしい)


(わかったよ)


 ネージュは深く息を吐いた。


 意識を保つのも難しくなりつつあった。


 それでも、ネージュは爪を岩に食い込ませ、ただ待った。


 そして、さらに数日後。


 ようやく、空から大きな気配が降りてきた。


 白い吹雪の向こうから現れたのは、光の竜リュミエールだった。


 その背には、アルミとゼイン、そしてもう一人。


 若い男性の姿があった。


 リュミエールが山頂へ降り立つ。


 雪が大きく巻き上がる。


「ネージュ、だいぶ弱っているな」


 リュミエールがネージュを見て言った。


「大丈夫か」


「なんとかね」


 ネージュは苦笑するように答えた。


「間に合ってよかった」


「その人が護手なの?」


 ネージュの視線の先で、若い男性がひらりと地面へ飛び降りる。


 小柄だが、体つきは締まっている。


 青い髪。


 かなり若いが、強い魔力を感じた。


「ああ、そうだ」


 若い男性は、ネージュをじろりと見て言う。


「こいつがネージュか、アルミ」


(こいつ、か……)


 ネージュは心の中で思った。


「うん、そうだよ」


「僕はネージュ」


「よろしくね」


「俺はラウルだ」


 ぶっきらぼうに言う。


 アルミがすぐ横から口を挟んだ。


「ラウル、もうちょっと柔らかくって言ってるでしょ?」


「知らないな」


 ラウルはあっさり言い切った。


「俺は街を守りたいだけだ」


「協力はするが、モンスターと馴れ合うつもりはない」


(うわー……)


 ネージュの心の声が、さらに沈む。


(アルミ……僕、まさかこの子と二人きりになるの?)


(ごめんね……)


 アルミの気配が、ものすごく申し訳なさそうになる。


(色々教えたんだけど、そういうことまで教えきれなかった)


(時間が足りなくって……)


(アルミ……こっちの意味でも限界になったら、助けてね……)


(う、うん、わかった)


 ゼインが、そんな二人の気配をよそに、ラウルへ向き直った。


「ラウル、偉そうにするんじゃない」


「色々教えてもらうんだ」


「そういう相手には敬意を覚えろと言っているだろう」


「わかったよ」


 ラウルが肩をすくめる。


「師匠がそう言うなら……」


(なるほど)


 ネージュは思った。


(強い人には従う感じだ)


(うーん、というよりゼインだけかな)


 アルミがそっと補足する。


(この子、強い魔力に溺れていたんだよ)


(そこをゼインが色々教えたって感じ)


(確かに、さっきからすごい魔力は感じる……)


 ネージュは改めてラウルを見る。


 内側にある魔力は異常に濃い。


 しかも、その腰の杖からは、リュミエールと同じ質の光の魔力がじわりと漂っていた。


「すまんな、ネージュ」


 ゼインが言う。


「色々教える時間がなくってな」


「大丈夫だよ」


 ネージュは首を振る。


「それより……あの杖」


「ああ、あれを使えるのはラウルだけだ」


 ゼインはすぐに答えた。


「ラウル、早速ここに魔力を流してみてくれ」


「わかった」


 ラウルは短く返事をすると、山頂の中心へ歩み出た。


 ラウルはそこで竜杖を立てた。


 両手で握り、深く息を吸う。


 次の瞬間、杖から光の魔力が一気に流れ出した。


 澄んだ光だった。


 それが岩場の奥へ吸い込まれていく。


 同時に、山全体が小さく脈打つように震えた。


 ペール山が光る。


 山肌の下を流れる魔脈が、呼応するように明るさを帯びていく。


 ネージュは目を見開いた。


 乱れていた循環が、わずかだが落ち着くのが分かったからだ。


「ふう……」


 ラウルが杖を引き抜き、額の汗を拭った。


「魔力をごっそり持っていかれるな」


「それを定期的に頼む」


 ゼインが真剣に言う。


「私達がちゃんと循環を整えるまでな」


「わかった」


 ラウルは頷いた。


「しかし、ここにしばらくいるなら家が必要だな」


「それも手配してあるよ」


 アルミがすぐに答える。


「後日になっちゃうけど、石材師さんと大工さんを連れてくる」


「祭壇を作って、魔力を流しやすくしないとだしね」


「わかった」


 ラウルは短く返した。


「それまで、中腹にある洞窟で過ごすといいよ」


 ネージュが言う。


「そんなとこしかなくってごめんね」


「それはいい」


 ラウルは気にした様子もなく言った。


「野営も慣れてるしな」


「とにかく」


 ゼインが二人を見る。


「タークの対処を任せることになってしまうが、すまない」


「私達もここにいられたらいいのだが、循環点を巡らないといけなくてな」


 ラウルが杖を軽く肩に担ぐ。


「魔人が来ようと、俺ならなんとかなる」


「うん、なんとかしてみるよ」


 ネージュはそう答えた。


「じゃあ、私達は次の循環点に向かうから、頼んだよ」


 アルミが手を振る。


「またね、みんな」


 ネージュが羽を揺らす。


 そうして、アルミとゼインとリュミエールは、また白い空へ飛び立っていった。


 残された山頂には、ラウルとネージュだけが立っている。


 雪が静かに降る。


 風が吹く。


 ラウルが、沈黙を破るように言った。


「じゃあ、ざっとこの山のことを教えてくれ」


「うん、わかった」


 ネージュは答える。


「まずね――」



 そこから数日、ネージュはラウルに山のことを教えた。


 どの場所が危ないか。


 どこに水が湧くか。


 どの苔が火種になるか。


 どの木が湿っていて燃えにくいか。


 どの足跡が危険なモンスターのものか。


 ラウルは最初、ぶっきらぼうなままだった。


 でも、聞く時はちゃんと聞いた。


 分からないことは聞き返した。


 山を甘く見ていないのはすぐに分かった。


 夜になると、中腹の洞窟で火を焚いた。


 ラウルは火の扱いは慣れていたが、食べられる木の実や山菜の見分けは弱かった。


 逆にネージュは雪山の食料事情には詳しいが、人間の道具の使い方には疎い。


 少しずつ教え合う形になった。


「それ食べられるのか?」


 ラウルが、白い根を見ながら聞く。


「うん、煮れば甘くなるよ」


「生はダメか?」


「お腹壊すからオススメはしないかな」


「危ないな」


「山ってそういうとこだよ」


 そんなやり取りが、少しずつ増えていった。


 ラウルは相変わらずだった。


 でも最初みたいな棘ばかりではなくなっていった。


 ネージュもまた、ラウルのぶっきらぼうさの奥に、街を守りたいという真っ直ぐな芯があることに気づき始めていた。



 それからさらに数日後。


 石材師や大工たちが、山頂へやってきた。


 運搬できるところまでは人の手で上がり、危ない場所や最後の登りはネージュが手伝った。


 雲の上の山頂に人が集まり、石を積み、柱を立て、床を整えていく。


 それは不思議な光景だった。


 槌の音。


 石の擦れる音。


 息を切らす声。


 祭壇は少しずつ形になっていった。


 循環点へ魔力を流しやすいように、中央は緩やかに沈み、周囲には導線となる石溝が刻まれる。


 人が立つ場所。


 杖を立てる位置。


 魔力を逃がさないための石の組み方。


 ゼインの設計が、職人たちの手で形になっていく。


「それで、ここのことは誰にも言わない」


 ひと仕事終えた大工が、汗を拭いながらラウルに言った。


「それでいいんだな?」


「それで頼む」


 ラウルが頷く。


「ネージュのこともな」


「こんなの誰かに言っても誰も信じねぇよ」


 大工は苦笑した。


「しっかし、雲の上の祭壇か……神秘的だな」


「そうだね」


 ネージュが、完成したばかりの祭壇を見上げる。


「見違えたよ」


「ありがとう」


「じゃあネージュに送らせる」


 ラウルがそう言うと、大工は気さくに手を振った。


「困ったらまた何か言ってくれ」


 ネージュは、その大工を山の麓まで送り届けた。


 祭壇は夕暮れの光の中で静かにそこにあった。



 そこからさらに数日後。


 祭壇も、洞窟での暮らしも、ようやくひとつの形になり始めたころだった。


 ラウルがふと顔を上げる。


「……くるか」


 その声に、ネージュもすぐに息を呑んだ。


 空気を沈ませるような、濃い気配。


「ラウル……感じるね」


「ああ」


 ラウルが竜杖を握る。


「重い魔力だ」


 ネージュは翼を広げた。


 ラウルは祭壇の前に立つ。


「迎え撃つ」


 ラウルが低く言う。


「ここは必ず守るぞ」


「うん、わかった!」


 ネージュも、はっきりと頷いた。


 祭壇の上を、風が吹き抜ける。


 そして、その白い景色の向こうから、ついに魔人タークが姿を現した。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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