【第一章】6.通告
ラオニス中央広場のすぐ奥に建てられた白紋団の臨時医療所。そこにノエルとカイ、そして同じ紅牙団同期のマルクがいた。
その三人に付き添うように白紋団新人団員のロシェが、苦悶の表情を見せた。
「さっきまで息があったんだ。会話もできて……」
四人が囲み見つめる先には、顔を白い布で覆い隠された一人の騎士。
ノエルは口を強く閉じ、その『遺体』を凝視している。
マルクもまた、うなだれたように力無くそれを見ている。
カイは膝を地面につき、拳を握った。
「ユニス……」
ロシェは小さな声で言った。
「ここへ連れてきた時にちょうど意識を取り戻していた。手当ても終えて少し話をしたんだ。それなのに、またしばらくして容態が急変して……」
「なんでだよ……」
マルクはポツリと呟く。瞳は焦点が定まっていないように震えていた。
周りでは同じように、亡くなった者を嘆き悲しむ騎士たちがいた。そこは白紋団医療所の一画に設けられた臨時の遺体安置所であり、亡くなった数人の騎士団員と、身元不明の市民の遺体が置かれている。
残りの身元のわかる市民の遺体は別の収容所に用意されているため、ここには騎士ばかりが集まっていた。
「嘘だろ……ユニス……!」
カイは拳で地面を殴る。二年目の騎士団員たちには、同期の死は初めてであり、誰もが衝撃と理解が追いつかないことで涙すら出なかった。
そして、それはまた医療を担当する白紋団員のロシェも同じだった。
「本当に、ごめんなさい……」
ロシェもユニスの横に膝をつき、拳を握ると深く頭を下げた。誰に言うでもなく、自身の心を染める罪悪感を吐き出すようにひたすら「ごめんなさい」と呟き続ける。涙は出ない。泣くことすら許されないとロシェは思っていた。
ユニスが死んだ。ユニスを、助けられなかった。
ノエルの脳裏にユニスが刺される直前がフラッシュバックする。
「あの時、俺がもっと早く動けていたら……」
唇がわずかに動き、声がかすかに漏れる。
「俺が戻るのが早ければ」
脳内に溢れる言葉が口からこぼれる。
「サムサリナに行かなければ」
今ほど時間が戻ってくれればと思ったことはなかった。
物語のように何かの拍子で時間が戻るような錯覚にも陥った。目の前の事実を受け入れろと頭を殴ろうとも思った。でも、いくら自分に罰を科してもユニスは戻らない。
何をしてもどうにもならない。
その事実がノエルの身体を岩のように硬直させ、ただひたすら目の前の遺体を見つめるしかなかった。
「おい、聞いたか?」
「まさか騎士団内に……」
「こりゃやばいぞ」
不意に外から騒がしい声が聞こえる。ロシェは顔を上げると、三人をチラリと見遣り立ち上がった。彼らは外の声には気づいていなかったようだった。ロシェは深呼吸をひとつするとしっかりとした足取りで外へ向かった。
その時、ロシェと入れ替わるように紅牙団副団長、アルベルトが入ってきた。
「ノエル・フェルディアはいるか!」
悲しみの空気が流れるその空間にピシャリと声が響く。ノエルはビクッと身体を揺らし、立ち上がる。
「自分……ですか?」
声はまだ力が抜けていたが、アルベルトは気にする様子もなく彼に近づいた。そしてノエルではなく、その場にいる騎士全員に言った。
「お前たち、いつまでも嘆き悲しむのは騎士の恥だ。まだ慣れないのはわかる。だが、毎回こんなことになっていたら、誰が遺された命を守ることができる」
ノエルはその時、この場にいるのはほとんど歴の浅い騎士であることに気がついた。アルベルトは迷いのないどっしりとした声で言う。
「去った命に恥じぬよう生きるのが遺された者たちのできる、彼らへの償いだ。顔を上げろ。悲しいのは自分一人だと思うな。仲間を、民を、この国を守るのがお前たちの役目だ。これ以上、犠牲を出さないことを心に誓え!」
彼の言葉は他の団員にも少なからず通じたようで、彼らは歯を食いしばると頬を伝う涙を拭い、肩を叩き合った。
カイもまた涙を堪えると、ぐっと拳をユニスの白い手にあて、まっすぐ彼を見た。小隊長としてユニスを守れなかった責任は誰よりもカイが背負っている。その後悔を心に深く刻み、彼は立ち上がると自身の上官であるアルベルトに敬礼した。アルベルトも彼らが顔を上げるのを見届けるとノエルに向いた。
「お前には私と共にあるところへ来てもらう」
「あるところ、ですか」
「ああ……。お前は今、団には戻らない方がいい」
「え?」
その時、慌てた様子でロシェが戻ってきた。
「ノ、ノエル……!」
ロシェの様子にカイとマルクも立ち上がった。ロシェは声を限りなく抑えながらも焦った様子で言った。
「ノエル、君何したんだよ……!?」
「なに? どう言うこと?」
ノエルは身に覚えがないというように首を傾げる。
「だって今外で――」
「君」
不意にアルベルトが強い口調でロシェの言葉を制す。ロシェは背筋を正すと口をつぐんだ。アルベルトはノエルに言った。
「いずれわかることだから先に言う。お前には現在ある容疑がかけられている。これから行くのはその容疑が真実であるか否かを分けるものになる」
「え!?」
ノエルは驚きの声を上げた。カイとマルクも目を見張り、何か言おうとする。しかし、アルベルトが「行くぞ」と強く言い、彼らの言葉を封じた。ノエルはわけもわからないまま彼の後を着いて行った。
本部まで歩くその背に感じるのは団員たちの疑念の眼差し。
「一体なんなんだ……」
ノエルは呟く。ヒソヒソと話す声は聞こえるが何を言っているのかわからない。
ただ不審な目でこちらを見ているその様子にノエルは不快感を覚えた。
アルベルトは本部入り口までノエルを連れて行った。
「お待たせしました」
そこには紅牙団団長レオンハルトがいた。アルベルトは敬礼をするとノエルを残し、本部を出て行った。
「団長」
ノエルも敬礼をする。レオンハルトは何の表情も示さず「うむ」と敬礼に応え「着いてこい」と言ったきりだった。
レオンハルトは騎士団本部の一階の奥へ向かう。そして、最奥の角、隠されているようにひっそりとある扉の前まで来た。
「いいか、フェルディア」
レオンハルトは扉を開ける前にノエルへ振り返る。
「これより先、見たこと聞いたこと話したことすべて口外することは禁止だ。破るとどうなるかわかるな」
何が起きるのか見当もつかなかったが、レオンハルトの厳しい顔を見てノエルは「はい」と応える。
彼が団長と直接会話する機会はほとんどない。そのため、団長が何を思い、考えているのかまったくわからなかった。自然と額に冷や汗が浮かぶ。レオンハルトはそっとノブに手をかけると重い扉を開けた。
ふわっと冷たい空気が流れ込む。そこは窓や灯りのない真っ暗闇で石階段が下へと続いている。
「地下……?」
思わずノエルはそう呟いていた。そこは許可された者以外入ることを許されていない場所。ノエルは存在すら知らなかった。
レオンハルトは左手で壁の一部に触れる。すると何かが作動する音が小さく聞こえ、次いで壁伝いに設置された蝋燭に順に火が灯り階段を照らした。それを確認するとレオンハルトは先へ進む。ノエルもそれに続き階段を降りて行った。
螺旋を描いた階段を降りた先は暗く、両壁には各部屋へと続く扉が並んでいた。
「本部にこんな場所が……」
ノエルが呟くとレオンハルトが淡々と説明した。
「ここは団の中でも一部の者しか知らない。決して他言するな」
「はい……」
二重で念を押される。しんとした空間にどこか水の滴る音が聞こえてくる。人気のない閉鎖された暗い空間はそれだけで不気味さがあった。レオンハルトはさらにその奥へと進んだ。
部屋が立て続けに並び、どのくらい進んだかわからない。彼はある部屋で立ち止まった。
それは他の部屋の扉とは違い、強固な鉄の扉だった。ノエルはごくりと唾を呑み込む。彼はその扉の錠を手動で外し、軽々と片手で開けて見せた。その扉が重いことを示すようにギィと低い音が響く。
その先を見てノエルは背筋が凍った。そこには錆びた無骨な鉄の牢が並んでいた。
「牢……屋……」
身体に寒気が走った。その様子を見てレオンハルトが初めてノエルの前で小さく口角を上げた。
「ま、ホラーだよな」
ノエルは最悪の事態を想定し、震える声で聞いた。
「俺、ここに入れられるんですか……?」
するとレオンハルトはニヤリと不気味な笑みを見せた。
「だったらどうする?」
「俺、そんなに悪いことをしたんでしょうか……」
ノエルは身が縮まる思いで言う。レオンハルトはぷっと吹き出すと笑い声を上げた。
「ははは! だったらやべーよなー!」
その時、部屋の奥から冷たい声が飛んできた。
「……笑ってる場合ですか。レオンハルトさん」
薄暗い中から姿を見せたのは白紋団団長のグレゴールだった。ノエルは反射的に背筋を伸ばす。グレゴールは眼鏡を押し上げるとため息をついた。
「あなた、ここへ遊びに来たつもりですか?」
レオンハルトは頭を掻く。
「いやぁ、だって若い騎士って揶揄いがいがあって」
「あなたも十分若いですよ。さぁ早くこちらへ。こんな陰気なところ誰も長居はしたくないんですから」
そうして案内されたのは一番奥の牢屋であり、そこには各団長たちと、グラン・フェルディア統括が揃っていた。
ノエルはそのメンツに目を見張る。
「連れてきましたよ」
レオンハルトが言うとルネが穏やかな表情でノエルに近づいた。
「ありがとう、レオンハルト君。……ノエル君だね」
ノエルはその言葉に敬礼をする。
「紅牙団所属ノエル・フェルディアです」
「こんなところまで来てもらってすまないね。早速だが、君にはある者を見てもらう。……ヨルム殿」
ルネが呼びかけると、牢屋内の手前真ん中で立つヨルムが背に隠していたその者を見せるように横へ退いた。
「ヒッ……」
ノエルはその姿に恐怖の表情を見せた。
顔のない黒い顔、奇妙なほど細い身体。決して人とは呼べないものがそこに囚われていた。うっすらとその周りにだけ薄い膜、つまり結界が張られており、異形のものはピクリとも動かないでいる。
「これ、これは……一体……?」
ノエルは一歩後退る。その様子を全員が注意深く見つめていることにノエルは気づかなかった。ヨルムが説明する。
「こいつは魔族だ」
「魔族? 魔物ではなく……?」
「魔族は魔物の上に立つ、知性を兼ね備えたもの。魔物のような本能で動くものとは異なり、人の言葉を理解し、目的を持って行動をする」
「そ、そんなやつが……!? それじゃあ、この魔族は」
ノエルが言うとヨルムは頷いた。
「ナイフ・グレムを操っていたと思われる魔族だ」
「それじゃあ、こいつが……こいつが、ユニスを……」
わなわなと腹の底から身体が震え、ノエルは無意識のうちに剣の柄を握っていた。ルネが強い声で制す。
「落ち着いてノエル君。こいつを襲っても意味ないよ」
「え?」
ノエルはハッと我に返る。ヨルムが自身の、クナイのような短剣をその影の顔面へと突き立てた。結界を貫通したその刃物は顔をとらえたはずだったが、なぜか黒いモヤが辺りへ拡散するきりで、まるで手応えのない反応だった。
「死んでると思われる」
ヨルムはそう言った。クナイを戻すと、顔は何事もなかったかのように黒い闇で包まれた。グレゴールがノエルのそばで言った。
「生態反応がないので、我々の見立てでは死亡あるいは仮死状態と見ています。何にせよ、今は何の反応もありません」
「——ノエル」
不意に牢屋に低い声が響く。ノエルの背筋がゾクっとする。それはノエルの父であり、騎士団統括であるグランだった。彼はノエルを冷たい視線で見た。
「総司令部でお前が報告した、ナイフ・グレムの弱点をもう一度ここで説明しろ」
「え? 弱点を、ですか」
ノエルは団長たちを見た。彼らは何を考えているのわからない、けれどどこか警戒するようにこちらを見ている。
それが自分が疑われている理由か? そう考えたノエルは全員に向かってもう一度説明をした。
「はい……。ナイフ・グレムとの交戦時、やつの耳を切り落とすことでやつが即座に戦闘不能になるのを確認しました。また、本体の影を破壊すると以降の再生は確認されませんでした」
ノエルは簡潔にまとめて言う。すると、次にヨルムが静かにノエルへ問うた。
「なぜ耳だとわかった。なぜ、影を破壊した」
ノエルは緊張した様子でヨルムに向く。
「ある人に言われたんです。その人は旅人の様相をしており、自分へナイフ・グレムの耳には重要器官があること、裏で操っている者がいること、その影を破壊するといいことを教えてくれたんです。実際、その通りにすると魔物はあっけなく倒せました」
「その人物をお前は知っているのか?」
今度はレオンハルトが質問した。ノエルはレオンハルトへ向いて応える。
「顔はフードで見えなかったので知っている人物かはわかりません。知らない人……だと思いましたが……」
すると、グレゴールが間髪入れずに言う。
「おかしいですね。なぜその方は街が壊滅状態にあるのに騎士団へ現れなかったのか。なぜ君にだけ情報を伝えたのか。騎士以外で魔物と戦った人物がいるという報告はない。誰もその存在を確認していません」
ノエルの心に一抹の不安が芽生え、頬を一筋の汗が流れる。彼は崩れそうになる表情を取り繕い、精一杯応える。
「自分にもわかりません。その人とは偶然出会った限りで、自分もそれ以降は見ていません。何者なのか、なぜラオニスにいたのかまったく何も、自分にはわかりません」
「その人物が危険な人物だとは、思わなかったのかい?」
ルネが静かに問いかけた。ノエルはだんだんと彼らが何か間違ったことを考えているのではないかと不安が大きくなる。彼は早口に言葉を並べた。
「だ、だって緊急時でしたから。疑ってる余裕なんてありませんでした。この目で魔物が倒れたのを見たから、その事実だけを報告したんです……!」
ノエルはグランと団長たちを見回した。心拍数が上がり、手に汗が滲む。彼らの目が鋭く自分を見ている。
まるで敵を見るような目で。
ノエルは目を見開き、必死に団長たちへ言った。
「あの、な、なんですか? これは何かの尋問でしょうか? 俺、なにか間違ったことしたんでしょうか? 何か違反をしてしまったんでしょうか? だ、誰か……誰か答えてください!」
ノエルの声が虚しく地下牢に響いて消えていく。団長たちはグランを見た。ノエルもまたその視線につられて父へ向く。
グランは感情を宿さない目をまっすぐノエルへ向ける。
「ノエル・フェルディア。お前には魔物および魔族への関与が疑われている」
「な――!?」
ヒュッと背筋が凍りついた。団長たちは警戒の中にも彼を哀れむような複雑な表情をしている。ノエルは焦り、早口で声を上げた。
「そのようなこと、断じてありません! どうして俺が……!? 俺はこの国に忠誠を誓った騎士です! 決して国を裏切るようなことはしていないのに、なぜそのような話に……!」
ノエルは悲痛な声を上げる。グランはそれでも淡々と言う。
「全員が疑っているわけではない。だが、危険だと感じる者が団の中で増えすぎた」
ノエルの脳裏に自分を噂していた者たちの顔が浮かぶ。あの目は敵を見るような目だったと、この時初めて合点がいった。ノエルはその事実にショックを覚え、叫ぶ。
「おかしい! どうして俺がユニスを殺した魔物たちと繋がっていると思うんですか! 皆さんはそれを信じているんですか!?」
団長たちを見る。しかし、彼らはなんの感情も示さず、ひたすらにノエルを見ているだけだった。
ノエルは目の前が揺らぎ、心には闇が広がる。
「どうして、どうして……!? 俺はこの国を守ろうと思っただけなのに、なぜ疑われなくちゃいけないんですか! こんな、こんなの、どう考えてもみんなの方がおかしい――!」
瞬間、バシン! という大きな音と共にノエルの頬に強い衝撃が走った。
全員が驚き、目を見開く。ノエルはその勢いでよろけた。頬が熱く痛みを持っている。
「あ……」
見ると、グランが手を挙げこちらを見下ろしている。ノエルは父に叩かれたのだとわかった。
同時に言ってはならぬことを口走ってしまったと悟った。彼が何も言えずにいると、グランは言い放った。
「ノエル・フェルディア。騎士団の判断により、本日を持ってお前を団務から外す。直ちに本部を離れよ!」
「――――!!」
ノエルの顔から血の気が引いた。目の前が暗闇に染まる。積み上げてきたものがあっけなく崩れ去るような音が聞こえた。
「そ、んな……」
ノエルは父を見上げる。彼は無感情でこちらを見下ろす。もう、何かを言うことは許されなかった。
「どう……して……」
彼の精一杯の呟きに、グランの放った言葉はあまりにも残酷なものだった。
「もはや、お前に対する信用維持は不可能だ」
団長たちは沈黙を貫くことでグランへの判断を肯定する意を示す。
もう誰も彼を庇う者はいなかった。
その日、ノエルはただ一人、騎士団を解雇された。
最後までお読みくださりありがとうございました!
ぜひ感想等お待ちしております。
また、次回もよろしくお願いします。




