【第四章】6.出会う人々
二人は宝探しのヒントになりそうな場所を歩き回ってみたが、結局、それになり得るようなものや場所は見つからなかった。
休憩で立ち寄った酒場のカウンターで、酒ではなく水を片手にノエルは文章の書かれた用紙を見つめる。
リラはというと、ノエルの隣でこの酒場の店主が趣味も兼ねて昼間だけ提供しているというパンケーキを頬張っていた。
「ふーむ。街全部を使ったゲームなだけあって、なかなか一筋縄ではいかないな」
「時間はあるんだし、ゆっくり考えていけばいいよ」
そう返しながら彼女は何枚も重ねられた薄いパン生地に季節のベリーと蜂蜜のかかったそれを大事そうに食べる。
「それもそうだな。……にしてもこの文章、どうにも訳せない言葉があるんだよな」
「どう言うこと?」
「ほら、最後の文。君見いだしたまはむことをって。これ、ヴェルシオンじゃ聞き馴染みのない語感だし、実際意味もさっぱりでさ」
すると、リラは上品な動作で紅茶を飲んでからノエルの手元にあるヒントの書かれた用紙にチラリと目線を向けた。
「君見いだしたまはむことを。あなたが、それを見つけ出してくれることを願ってる、みたいな意味かな」
「この意味わかるのか? さすが、リラだ。でも……あなたって誰のことだろう。見つけ出すことを願ってるって、宝のことだろうけど」
「さぁ。そこまではわからないかな」
「ふーむ……」
ノエルがグラスの水を一口飲んだ時、二人の話を聞いていたのか、二人組の見知らぬ男女が声をかけてきた。
「あなたたちも宝探しゲーム、参加しているの?」
振り返ると、そこには襟足を一つに括った男と、栗色のボブヘアにそばかすのある女が立っていた。
ノエルたちよりも少しばかり歳上に見えるその二人は、見覚えのある封筒を見せてきた。
「俺たちもなんだけどさ。良かったら、一緒に知恵を出し合わない? そこの君、この文章の意味がわかるみたいじゃないか」
男の視線がリラに向く。リラは怪訝そうに言った。
「挨拶もなしにいきりなり話しかけてくるような人に教える義理はないよ」
フイと二人に背を向けると何事もなかったかのように再びパンケーキに手を伸ばす。
すると、男が申し訳なさそうに笑った。
「いやぁ、その通りだ。これは失礼。俺はライ。こっちはマホロ。俺たち、所用でここを訪れてたんだ。なんか楽しそうなイベントしてるから参加してみたんだけど……」
「あたしたちじゃ丸二日考えてもわからなかったから、リタイアしようか迷っていたの」
マホロと言う女も肩をすくめる。無視して何も応えないリラに代わってノエルが口を開く。
「そうだったんですか。俺はノエルです。こっちはリラ。俺たちはさっきゲームのヒントをもらったところなんですけど、まだ全然わからなくって。あいにくですが、お役には立てそうにありません」
「この文章を誰が書いたとか、そういうのも全然わかんないのか?」
「誰が?」
変な言い回しに違和感を覚えたノエルは不思議そうに二人に言う。
「ゲームの主催者じゃないんですか?」
その時、マホロの方がどこかハッと慌てた様子で応えた。
「あっ、そうなんだけどね。もう、ライったら。変なこと言わないでよ」
「あぁ……悪い悪い」
ライの方はマホロに咎められるも悪びれる様子もなくヘラヘラと雑に頭を掻いた。
「いやぁ、旅をしてると何かと必要でさ。俺たち、このゲームに一発賭けてんのよ」
「はあ、そうですか……」
なんとも返事のし難い発言だったが、隣にいたリラが肩越しに振り返った。
「宝が金銭だとは限らないと思うのだけど」
「それはそうなんだけど。でも、街全体を使った大規模な宝探しで金銭が関わらないはずがないと思うんだ! 最初に宝を見つけたら街からなんかもらえるらしいし、もしかしたら賞金もあり得るぜ……!」
「しょ、賞金……? でも賞金がもらえるほど重要なゲームには思えませんけど」
半分苦笑いをしながら疑問に首を傾げる。リラも品の欠いた彼とそれ以上会話を続ける様子は見せなかった。そんな二人を見てマホロが口を挟む。
「まぁ、考えた方は人それぞれだから。急に話しかけちゃってごめんなさいね。さぁ、ライ、わたしたちはもう行くよ」
「えー、せっかくなんだからみんなで知恵出し合おうよ〜。文殊の知恵って言うじゃん」
「そう言っていろんな人に絡んじゃあ足蹴にされてるんじゃない! 一緒にいるわたしの身にもなってよね、こんないい加減な人と……」
「いててて! わかった、わかったから耳掴むなって!」
そうしてマホロに引きずられるようにして二人は酒場から出て行った。ノエルは半ばぼう然とする。
「なんか、嵐みたいな人たちだったな……」
あはは、と笑ったノエルだったが、リラは至って冷静に「ああ言う人とは関わらない方がいいよ」と言いながらパンケーキの最後の一口を食べ終えると、フォークを皿の上に置いた。
「それじゃあ、わたしたちも行こうか」
「行くって、どこへ」
彼女は紅茶を飲み干すと、ふぅ、と息をひとつ吐いた。
「まだ行ってないところ」
そうして二人が向かったのは、西の街外れにある大きな洋館だった。
「まぁ、街で気になるところと言ったらやっぱりこの『幽霊屋敷』だよな」
「見て、門が開いてる。みんな出入りしてるのかな」
リラは蔦が絡む半開きの錆びた鉄の門を押した。ギィと高い音と共にゆっくり開く。
「すごい、広い敷地だな」
「うん。……それに、この庭手入れがされてるみたい。草が刈り取られた跡がある」
「誰かいるのかな?」
植物が絡み付いた古い建物の前に広がる手入れされた庭は、やたらとその場の雰囲気に似つかわしくない浮いた印象を持たせる。
「街の管理下なのかも。もしかしたら街も幽霊屋敷が観光スポットになるとでも思ってるのかもね」
リラは呆れたように肩をすくめて見せると、ノエルも小さく笑った。
「――――よぉ」
「え――っ?」
刹那、すぐ背後から低く声をかけられ、ノエルはビクッと振り返った。
「お前さんらも、その屋敷に用かい……」
そこに立っていたのは、汚れたボロ布を着て、茶色い帽子を深く被った男だった。無精髭を生やし、口に細い葉をくわえている。
彼は、門のすぐ外側にいるが「さっきまでそこに人はいなかったような……」とノエルは奇妙な違和感を覚えた。
訝しむ視線を向けるノエルに男は歯を見せながら笑い、低くしわがれた声で言った。
「フッ。そんな警戒しなさんな……。俺ぁ、ただの詩人。名前も持たない、詩うたいさ……」
「詩人?」
「あぁ……。どうだい。俺の詩を聴いてくかい? ……この地で生まれたある男の物語を……」
どこか謎めいた雰囲気をまとう彼の言葉にノエルはごくりと息を呑む。ふと気づくと、男の手には小さな竪琴が抱えられていた。ノエルは小声でリラに言う。
「急だな。どうする? すごい怪しいオーラがあるんだけど……」
薄ら笑いでこちらを見る彼の目は、帽子に阻まれてよく見えない。何を考えているのかまったくわからないその様子に、さらに不気味さが生まれる。
けれど、リラはノエルが思っていたほど警戒はしていないようで「まぁ、時間はあるし、いいんじゃない?」と応えた。
「えっ、ほんとに?」
酒場で見せた顔とは違った様子にノエルが意外だと驚くそばで、男は頷くとその場に腰を下ろし竪琴に手を添えた。
ポロン……と、どこか哀愁漂う音が響く。
「……さぁ、辿ろう。星々が見てきた古き記憶を……」
深く、抑揚のあるはっきりとした、けれどとても静かな声でそう前置きすると、男は息を吸った。
そうして語られたのは、ある男が『ある特別な人物』に恋心を寄せる話だった。
その恋は実ることはなかったが、彼は命尽きる最期までその人物を想い続けたことを、とても美しく、そして哀しく語られた。
語り部の男はやはりそれを生業としているだけあって、彼の言葉にノエルはすっかり引き込まれてしまい、結局二人とも最後まで男の語る詩を聴いてしまっていた。
「…………さぁ、いかがだったかな」
ポロン……と物語の終わりを告げるように琴が静かに鳴り止む。
思わずノエルは、ほぅ……とため息を吐いていた。
「すごく引き込まれる話でした」
「そうだろう……。俺の話は他のやつらとは違う……。一味違った詩だからよぉ……」
すると、男はそのまま懐から小袋を差し出した。ノエルが首を傾げると、男は歯を見せて笑った。
「5ヴェリンでいいぜ……」
「え!? お金取るんですか!? し、しかも思ったより高いし……」
「あたぼうよ……。こちとら、善意でやってんじゃないんでね……」
グイと小袋がノエルの鼻先に突き出される。ノエルはなんか騙されたと言うような納得のいかない気持ちだったが、それ以上追求する気も起きなかったので、大人しく懐から銅貨を五枚、その袋へ入れた。
「へへ……。まいど。……そっちの嬢ちゃんも……」
「ええ。どうぞ」
リラはためらう様子もなく銅貨を払う。中身をしっかり確認した男はそれを大事そうに懐にしまい込むと、また薄ら笑いを浮かべた。
「では、またどこかで……」
たった一言そう言うと男はそのまま背を向け歩いて行ってしまった。
「うーむ。あれを商売上手というのか……。それにしても、あんな怪しいオーラなのにリラは気にならなかったのか?」
腕を組みそう聞いてくるノエルに、リラもどこか不思議そうな表情を浮かべた。
「嫌な感じはしなかったから。なんでだろうね」
「嫌な感じ……というか、変な雰囲気はすごいしてたけど……」
「まぁ、芸術家は得てして他とは違う雰囲気があるものだよ」
「あれが芸術家、か。なるほどなぁ……」
「さぁ、それじゃあわたしたちは屋敷に行こうか」
「そうだな、日が暮れる前に!」
そうして二人は再び厳かなその洋館へ歩みを進めた。
『ある青年の手記』15.
空腹にもよく耐えた方だと思う。
つくづく貧しい生活をしてて良かったと思う。
最小限の食事と、農作業で鍛えていた体力は旅にはとても向いていた。
ただ護身用の武器として鍬を借りてきたのはまずかっただろうか?




