【第四章】4.幸せを願う花畑
街の東に位置する湖はバルゲートの街でも有名なスポットのようで、多くの人々が湖畔からの景色を楽しんでいた。
「綺麗だなぁ……!」
高い山々で空が隠れる中、ここは唯一視界が開けた場所だ。青い水面に落ちる陽の光が宝石のように輝き、美しい景色を作り出している。
そしてそこから後ろを振り返ると、緩やかな斜面の先に例の花畑が広がっていた。
色とりどりのさまざまな花が咲き誇っているそこはまるで花の絨毯のようだった。
リラの編み込んだ髪が花の髪飾りと共に風に揺れる。その瞳が映し出す美しき花の芸術に、ほぅ、と息が漏れる。
「絵画の中にいるみたい」
二人は引かれるようにして花畑へと歩いて行った。花畑はかなりの広大さを誇り、近くで見るとさまざまな花が区画ごとに整理されて咲いていた。
また日当たりや土質などの管理も細かく行なっているようで、リラはそれを見ると驚いた様子で言う。
「その花によってきちんと育成環境を変えてるみたい。管理してる人はきっと花が好きな人なんだろうね」
「へぇ。こんな綺麗な花畑を管理するってきっと大変なんだらうな」
二人がそんな会話を交わした時、ちょうど花畑の中から顔を上げる人物がいた。
「あら、意外とそうでもないんですよ」
そこには見覚えのある赤と白の格子織ワンピースを着た三つ編みの女性がいた。
「あっ、あなたはここへ来た時花をくれた……」
「はい! 覚えててもらえて嬉しいです、うちの花畑にも来てくださってありがとうございます!」
「うちのって言うと、それじゃあこの花畑の管理は君が?」
ノエルが問うと女性は胸を張って頷いた。
「はい! この花たちはわたしが手塩にかけて育ててるんです! 春の、特にこの時期は一番たくさんの花が咲いてくれるんですよ!」
「そうか、それはすごいな。でも、意外と大変……ではないのか?」
女性が先ほど言った言葉を思い返したノエルが言うと、女性は花畑を見て笑った。
「ええ、この花畑は魔法である程度管理がされてるんです。もちろん、直接的なものはわたしの手で行うんですけど、水が足りないとか、日が強すぎるなどの補助的な管理は魔法でやっているんです」
「じゃあ君は魔法使いなんだ」
すると、ノエルは一歩彼女の前に進み出て手を差し出した。
「俺はノエル。こっちはリラ。リラも魔法使いなんだよ」
「どうも」
隣で二人の会話を聞いていたリラも微笑んだ。女性は嬉しそうに目を開くとノエルの手をしっかりと握る。
「こちらこそ! わたしはゼイタって言います。この花畑の管理と、すぐそこの花屋を営んでいるんです」
そうしてゼイタが指差したのは花畑の先にある一軒の小さな建物だった。よく見るとその建物の周りに置かれた木製のバケツの中にいろいろな花が入っている。
「へぇ、花屋さんだったのか。だったら花の管理してるのも納得がいくな」
「ふふっ。この時期は特にたくさんの花をご用意してるので、ぜひ贈り物としてご活用くださいませ! お二人はしばらくここにご滞在で?」
「ああ。山道が通れるようになるまでだけどね」
「そうですか! それならぜひバルゲートの街を楽しんで行ってください。特に今の時期の花畑は『幸せを運ぶ花畑』としてここら辺じゃ有名ですから!」
「幸せを運ぶ?」
ノエルが首を傾げるが、その隣でリラは言葉の意味を理解したかのように笑った。それを見たゼイタも微笑み返す。
「あっ、お分かりになりますか? リラさんもお花が好きなんでしょうか」
「そうだね。ここに咲いている花の花言葉が、どれも愛や幸せ、希望などの前向きな意味が込められているってことでしょう?」
「その通りです!」
赤や白、オレンジにピンクなど、地上を彩る明るい色の花たちは確かにその見た目だけでも心が上を向くようだ。
「まぁ、わたしにはなんとなく『幸せを願う花畑』のように見えるけど」
風の中に消えるほどの小さな声でリラは呟き、花畑を眺めた。
そんな彼女の髪飾りをゼイタはどこか思案するように沈黙し見ていたが、リラと目が合うとパッと顔に笑みを浮かべた。
温かいそよ風に花が踊り揺れる様子を見てリラは聞く。
「こんなに多くの花を一人で適切に育てられるなんて、もしかして、あなたは花術師なのかな?」
その単語に聞き覚えのあったノエルは感心したように繰り返した。
「フローリストって、まさか王国認定の花屋さん?」
二人に興味の眼差しを向けられたゼイタは途端に気恥ずかしそうに身を縮める。
「え、ええ、まぁ……。と言っても、わたしが仕立ててる花は王国の中でも東側の『任命貴族様』用だけですけどね!」
「すごいじゃないか! 王国から特別な役目を与えられた家の花術師さんなんて」
「えへへ、それほどでも……。まぁ、でもうちの花はほとんどカンナギ家様が……」
「カンナギ家!?」
ノエルは驚きで大きな声を上げてしまい、ゼイタが焦って「しーっ」と口に指を当てる。二人の慌てた様子にリラは首を傾げた。
「カンナギ家?」
「えっ、リラ知らないの!?」
物知りな彼女が珍しく知らないようで思わず驚きの声を上げてしまうが、すぐに気を取り直すと彼女にそっと耳打ちする。
「王家から特別な役目を与えられた家が任命貴族様になるんだけど、そのうちの『十の家』がさらに国の重要な部分を担っているんだよ。カンナギ家はそのひとつさ!」
「へ、へぇ……」
ゼイタが補足して言う。
「カンナギ様は凪の里にいらっしゃる任命貴族様なんですよ。詳しいことは言えないんですが、もし里へ行かれるなら覚えておいた方が良いですね」
「そうか、珍しい名前の貴族だとは思ってたけど、凪の里の人なんだな。俺、あんまり凪の里について知らなくて……」
「あそこはお役目的にあまり外に情報を出せないみたいですからね、知らなくて当然です。あの場所に限って言えば、もしかしたら王家よりもカンナギ家の方が強いかもですよ」
「なおさらすごいな、そんな家の花術師だなんて」
純粋な褒め言葉だったが、ゼイタは心から喜べないようで、どこか複雑さを含んだ笑みを見せた。
「まぁ、うちの家がずーっと昔にカンナギ家様と縁を持ったことがあったおかげですよ。それに縋りついてるだけです。じゃないと里の外の人間が『専属』になんてなりませんから」
「そうなんだ。……なんと言うか、その話を聞いたあとだと、俺たち凪の里に入ってもいいのか心配になるな」
「ふふ。大丈夫ですよ。そこまで隔絶的な場所ではないので。それに、もうすぐあの里ではお祭りが開かれますし、そうすると観光客も増えますよ! おかげさまでバルゲートの街も潤ってます。ここは唯一、里へ行ける街ですからね!」
そう言って彼女は先ほどの調子で明るく笑って見せた。彼女の笑顔は花のように曇りがなくノエルも話していて心が和むような気持ちになる。
「そうだ。お二人とも、しばらくこの街にいらっしゃるんでしたら、宝探しのゲームにも参加されるんですか?」
ふとノエルはそんなゲームもあったなと思い出す。
「うーん。参加しないつもりだったんだけど……」
「そうなんですか? 最近始まったゲームなんですけど面白いらしいですよ! ……ほんとはわたしも参加したかったんですけど……」
不意にゼイタの言葉が小さくなる。見ると、彼女は少々眉をひそめている様子だった。
「参加、しないんですか?」
ノエルが聞き返すと、ゼイタは困ったように笑う。
「うーん……。宝の探索エリアがこの街全体ですからね〜……」
「それが、何かあるんですか?」
煮え切らない彼女にノエルはなお聞き返す。するとゼイタは二人に近づくと、声を低くして言った。
「その……実は、この街にはとあるお屋敷があるんですよ」
「お屋敷?」
ゼイタは頷くと、急におどろおどろしい口調で言った。
「幽霊が出るって噂のお屋敷なんです……」
――その日の夜、人々が寝静まった頃に二人は宿を抜け出して山道へと向かった。
「やっぱり、山道へはあの発着場を通るしかなさそうだな」
近くの物陰に隠れながら二人は向こうの様子を伺う。
管理小屋に小さな明かりが灯されている他、馬が休んでいるだけで人の気配はなかった。
「まぁ、このまま突っ切って行くのもいいけど……」
ノエルの言葉に、リラは山道に続く暗闇の道に目を凝らす。
「騎士団員がいるみたい。ほら、向こうに明かりがいくつか見えるでしょう?」
「本当だ。見張り、だよな」
「だろうね。さすがに魔物の出現には国も敏感になってるみたい」
「でも、どうする? 今行っても逆に不審者として捕まってしまいそうだよな」
ノエルの危惧にリラも頷いた。
「今日のところは、宿に戻るしかない。……本当はすぐにでも様子を確認したいけど。でも、今は大丈夫かもしれない」
「え?」
「騎士団員が安全に見張りをできてるなら、魔物が襲ってきていないということだから。バルゲートの人も魔物が出現したことは知らない様子だったし……」
リラの言葉にノエルはどこかホッとしたように言った。
「そっか。それなら今は安心かもな。それじゃあ今日は宿に戻ろうか。明日も早いからな」
「そうだね」
そうして二人は立ち上がり宿に向かって歩き出した。
ふと、リラだけは足を止め、山道の暗闇を見つめる。
「気配がないのは逆に怖いけど」
その呟きはノエルには聞こえなかった。
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