【第四章】2.春を彩る
それから何日か過ぎ、二人は山を越えた。早朝から歩き始めて昼頃に目当ての街までやってきた。
「ふぅ。なかなか遠かったなぁ」
水筒の水を一口含み、ノエルはそう言った。
「アルデナ村からだと距離があるね。何事もなくたどり着いて良かった」
「あぁ、そうだな。それにしても、この街は景色がいいな」
バルゲートの街は周りを山脈に囲まれた谷の手前に位置する広い街だ。
遥か遠くに見える高い山々は温かい季節になってもまだわずかに雪を被っている。その青白さと、街に広がる豊かな緑色の草木のコントラストがとても清々しく感じる。
「空気も美味いな」
胸いっぱいに深呼吸をする。街にはきれいな小川が流れ、草花は生き生きとし、自然を大切にしていることが一目でわかる美しい街だった。
「そうだね」
リラも目を細め花々を見つめていた。
広い街はにぎやかで、人々が絶えず行き交っている様子が目立った。外からの者もいるのだろうか。
「ここが凪の里行きの馬車が唯一出ている街なんだな」
街を歩きながらノエルが言うとちょうどそれに応える声があった。
「そうですよー! お兄さん、凪の里へ観光ですかー?」
声の方を振り返ると、そこには赤と白の格子織のワンピースを着て両サイドの髪を三つ編みにした年若い女性が立っていた。
「えっ、えっと」
突然話しかけられて戸惑ってしまうノエルに、女性は手に持つカゴから一輪の花を差し出した。
「こちらはうちの店からのサービスです! 今の時期は湖の近くに美しい花々が咲いてる花畑があるので、ぜひ見て行ってくださいねー! 馬車の発着場は街の南西側、お宿はここから西側で〜す!」
元気で陽気な声に圧倒されノエルは思わず花を受け取ってしまう。色とりどりの花々が彼女のカゴに入っている。
一輪の黄色い花を手にしたノエルを見たリラが小さく笑う。
「良かったね」
すると、女性はリラにも花を渡してきた。
「はい! そちらの綺麗なお姉さんにも」
「えっ、わたしにも?」
少々驚いたような表情に女性が一輪の花を差し出した。ふと、その時。
「あら、その髪飾り……」
と、女性はリラの両サイドに控える白い大きな花飾りを見つめた。ノエルが様子を見守る横でリラは彼女の視線に気づくと、慌てて彼女から花を受け取った。
「ありがとう。いただくね」
「あっ……」
女性もハッと我に返るとそれ以上髪飾りに言及することはせず、何事もなかったかのように笑みを浮かべた。
「ぜひ楽しんで行ってくださいな!」
そうして二人は再び歩き出した。ノエルはどこか緊張が解けたようなホッとした表情を見せる。
「いきなりでびっくりしたけど、綺麗な花、もらえて良かったな」
「そうだね。……大事に育ててもらってるみたい」
そう呟いた彼女は優しく花へ微笑む。その温かい表情にノエルもまた笑みを浮かべた。
「おー、旅のお方! 美しい花をお持ちで!」
その時、今度は一人の男性が声をかけてきた。
花から顔を上げると、そこには青みがかった黒髪に、メガネをかけた男性が立っていた。
左目の下にホクロがあり、彼もまた先ほどの女性のように目を引く鮮やかなブルーのシャツを着ている。
ベレー帽を被っているその彼は帽子を一度軽く上げて見せながら二人に話しかけてきた。
「この季節は街の花々も色鮮やかなのでぜひ見て行ってくださいね。ところで、お二人共、もしお時間があればひとつ、ゲームに参加しませんか?」
「ゲーム?」
「ええ。この先の広場に受付があるんですけどね。宝探しゲーム、興味あればぜひ」
そう言って彼は一枚の小さな用紙をノエルに手渡した。
そこには宝探しゲームの案内が手書きで書かれている。
「へぇ。街全部を使った宝探しか」
「はい! 宝はひとつなので、早い者勝ちです。一番に見つけた人には別途街からプレゼントもご用意していますよ!」
「だってさ。どうする、リラ」
ノエルがリラに向くが、彼女は一言。
「興味ないよ」
「だ、そうです……」とノエルは男性に苦笑いを向ける。彼は特段、気分を害した様子はなくあっさりと頷いて笑った。
「もし気分が変わったら! それじゃ」
彼はさっさと二人から離れると、また別の旅人に声をかけていった。
ノエルは渡された用紙を見たあと、それを小さく折りたたみ懐へそっとしまう。
「俺たちが用あるのはここじゃないしな。それじゃあ、とりあえず馬車の発着場まで行こうか。街の南西側だったっけ」
「そうだね」
そうして二人は目的地へ向かいながら街を散策して歩いた。
街を眺めるノエルはふと、あることに気づく。
「この街ってすごく綺麗だよな。なんというか、すごく区画整理が丁寧というか……」
「そうだね。住宅地の間は均一だし、道は舗装されてまっすぐなところが多いし」
「街に流れる小川も場所を考えて流れてるように見えるし、なんというか……」
「地図にしやすそうだね」
リラがそう言うとノエルは笑い声を上げた。
「ははは! 確かにな」
そんな他愛のない話をしながら、やがて二人は南西に位置する発着場までやってきた。
馬車がすれ違えるほどの広い道の両側には、均等に区切られた馬車の駐車枠が設けられ、ひと区画ずつ馬が休んでいる。
奥には大型馬車が停められる少し広い区画がある他、端の方には受付用の管理小屋がある。
自分の馬のそばに腰を下ろし談笑している御者たちや、出発の時間を気にする旅人などでにぎわっているようだった。
二人は彼らの横を過ぎ、管理小屋まで行くと薄暗い中に向かって声をかけた。
「すみません。凪の里まで行きたいんですけど」
ノエルの声に反応して中から日に焼けた浅黒い肌の男が現れた。
「おや、お二人さん。申し訳ねぇけど、今は凪の里行きの馬車は止めてるんだ」
「え? 何かあったんですか?」
「あぁ……。アンタ、前に城下町が魔物で襲われた話、知ってるよな?」
「え、ええ……」
「実は数日前、この先の山道にもその魔物ってのが現れたみたいでよ。散々暴れてくれたみてぇで、通れるようになるには数日かかるって話だ」
「え、魔物が……!? 街に被害は?」
「いいや、ないよ。凪の里の方も無事だって話だし、山道だけだよ、襲われたのは。しかも、人のいない夜の時間にな」
それを聞いてホッと胸を撫で下ろす。
「そうでしたか……。他に、凪の里への道はないんでしょうか」
ノエルがそう問うと、男は「諦めろ」と言うように手をひらひらと振る。
「あっても馬車や人が通れるようなとこはねぇよ。この街は高い山に囲まれてるだろう? あの山道だけが昔から人間が安全に通れる唯一の道なんだよ。てなわけで、申し訳ねぇが、凪の里へは今は諦めてくれよ」
男はそう言うと奥に引っ込んで行ってしまった。振り返ると、彼の話を聞いていたリラもまた肩をすくめる。
「仕方ないね。戻ろう」
くるりと背を向け歩き始めたリラの隣で、ノエルは再び管理小屋に声をかけた。
「あの、数日って具体的にどのくらいかわかりますか?」
すると、薄暗い小屋の奥から声だけが返ってきた。
「そうさなぁ……。ま、五日ってところかな」
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