【第三章】12.吹き返す
気絶していた者も意識を取り戻し、皆は疲れた様子で各々家へと帰って行った。
村長の身体は、外の騒ぎを聞きつけて起きてきた商人に手伝ってもらって自宅へと運ばれて行った。
「じゃあ、ソレアも。ゆっくり休むんだよ」
声をかけると、ソレアはどこか不安げにこちらを見た。
「あぁ。お前はどうするんだ?」
「俺? 俺はもう少しここにいるよ。火がちゃんと鎮火してるかもう一度確認したいし、それに……」
と、畑を見渡すリラを見つめた。彼の視線に気づいたソレアはそれ以上は何も言わず、ただ静かに「早く休めよ」とだけ言った。
「あぁ。ありがとう、ソレア」
ソレアはフッと笑うと、闇夜へ姿を消して行った。
灰が舞うその場にノエルとリラだけが残る。
「リラ、さっきの話だけど……」
ノエルが切り出すとリラは言葉を繋いだ。
「村長の?」
「あぁ。呪いってなんだ? 村長が気づいていたって言うのは……。」
するとリラは指を折りながらゆっくりと言った。
「育たない作物。すぐに減ってしまう食物。倒しても消えない魔物。栄養を摂取しても異常な速さで痩せていく身体。魔物の爪痕が一切ない、アルデナ村。……挙げればいろいろとあるのだけど、つまるところ、この村全体に『飢えの呪い』がかけられている」
「飢えの、呪い?」
リラはゆっくりと説明を始めた。
「人間の手が及ぶよりも早い速度で、村にいる者の生気を奪っていく。
昼間、あなたとソレアを襲った虫の魔物は、人の手が入らなくなった作物を奪う害虫のような魔物。おそらくこの村の負の力に吸い寄せられたんだろうね。
やつらを倒す……つまり、力を奪ってもなおこの世界に留まり続けたのは、この空間が魔族魔物の棲む負の世界と似たような力が流れているから。
瘴気の流れる空間に人間がいると身体に何かしらの支障を来たす。いつもよりお腹が空きやすいというような軽いものから、病気になってしまうような重いものまで、個人差はあるだろうけど」
「それが、飢えの呪い……。村長はそれに気づいていたのか……」
「たぶんね。飢餓というものは、人から力を奪い生きる気力を失くすもの。だから、最後あの人が見せた無気力な疲労感のあるような感じが、本来の呪いの影響を受けた者の見せる姿なのだけど……。村長、ずっと怒っていたでしょう?」
「あ、あぁ……」
「怒りはエネルギーを多く消費すると同時に、その力で自身の理性を保とうとしていた……のかもしれない。呪いの中心にされたのなら、誰よりも強い無気力を感じていたはずだから」
ノエルはうつむいた。
村長はいい加減な言葉で自分たちを攻撃していたが、その裏の理由を考えると同情の念が湧く。
「辛かっただろうな……。でも、もう呪いは解けたんだろう?」
恐る恐る問うと、リラは複雑そうな表情を見せた。
「これは……そんな簡単なものじゃないよ」
「え?」
リラは畑を再び見渡すと、そのまま視線を村全体へ動かした。まるで何かを見つめるように天を見上げる。
「村長に憑いていたものはおそらく、呪いの残骸。
確かに、それを破壊したことで村に残る呪いは断ち切れたと思うから、これから先は異常な貧困は起こらないと思う」
「……?」
彼女の言葉がイマイチ汲み取れず首を傾げると、リラは畑を指差した。
「でも、今まで受けていた負の力をこの土地は溜めている。村人の身体に溜まった負の力もきっと残っている。呪いを断ち切ることでこれから先、呪いを受けることはない。けれど『受けてきた呪い』がまだ残っている」
「で、でも、それって自然に消えるものじゃないのか?」
「まぁ、自然治癒的なものは働くけれど、もうこの村は自力で回復する力がないと思う。……死んだ魔物がこの世界に留まれるくらいには、負の力が溜まっているからね」
「それじゃあ、どうしたら……」
ノエルのこめかみに一筋の冷や汗が流れる。けれど、リラは深呼吸を一つすると呆れたように笑った。
「だから、そのためにわたしがここへ来たんだってば」
「え……? リラはこのアルデナ村を回復させられるのか?」
核心をついた問いにようやくリラははっきりと頷いて見せた。
「要は、汚れは浄化してしまえばいい」
そう言うと、リラは手に握っていた杖の先をトン――と地面に突き立てた。
その瞬間、ふわっと彼女の足元に青白い――ではなく、今度は白緑色の魔法陣が浮かび上がった。
「緑の、魔法陣……?」
辺りに風がそよぎ、ローブの裾が花弁のように揺らめく。
明らかに空気の流れが変わったのを感じた。
「ノエル」
魔法陣に照らされたリラが静かに名を呼ぶ。
「世界には、特定の魔法を得意とする魔法士がいる」
表情のないリラの唇がわずかに動き、言葉を紡ぐ。
「わたしが得意なのは、植物の魔法――」
「植物……」
強い風が吹き、世界が呼吸するかのような音が響く。
彼女はくたびれた大地を見つめ、穏やかに呟いた。
「もう、大丈夫」
それは、まるで慈しむように。
「天上の清め――!」
言葉に呼応するように魔法陣がパッと光り輝くと、風は辺りを駆け抜けた。
「――!」
静寂と共にノエルは広がる光景に目を奪われた。
「これは……!」
リラの足元から小さな芽が数えきれないほど生えてくると、それは瞬く間に村全体に広がる。そして、芽はすぐに蕾になり、ノエルの腰の高さまで伸びると今度は白い小さな花を無数に咲かせ始めた。
そしてそれは徐々に黄色……いや、黄金色に染まると、村全体を美しく幻想的な色で染め上げたのだった。
「す、すごい……!」
ノエルは黄金の花畑に包まれ、感嘆の声を上げる。
花々が二人を淡く照らし出す。
リラはその花にそっと手を触れ、言った。
「植物の中には、浄化作用を持つものがあって、これがその一つ。白い花が黄色に色付いて、汚染された土壌を浄化していくの」
「これが、リラの魔法……」
ごくりと息を飲み込んだ。
魔法学について、基本しか知らないノエルだったが、それでもこの魔法が特別なものであることを感じた。
「これで村も救われるんだな……」
安心したように口からこぼれた言葉に、リラが応えた。
「うん。……でも、まだ……」
「まだ? まだ、何かあるのか……?」
ノエルが顔を上げると、彼女は花に視線を落とした。柔らかい黄金の光に照らされたその顔には影が落ちている。
「呪いをかけたやつを見つけられていない」
「……ただの魔族じゃないんだよな」
その言葉にリラは小さく首を振る。
「本当は、わたしにもわからない。これだけ強大な呪いは並の魔族じゃできない。呪いだけをかけて、自身の痕跡を一切残していないのもおかしい。……わたしの知らない魔族が……いるのかもしれない……」
その時はっきりと彼女の顔に不安の色が浮かんだのをノエルは見逃さなかった。
胸の前で握った拳が、彼女の押し殺した感情で震えている。
「リラ……」
彼女は常に堂々としていて、物怖じしない人物だと思っていた。
レイヴァルの街で自分とあっさり別れたのも、きっと一人が心地良いからだと心のどこかでは思っていた。
けれど、先の火事の件や目の前の彼女に対して思うのは、とても当たり前のこと。
彼女も、俺と同じ人間なんだ……。
恐怖も、不安も感じる一人の人間なのだ。
「……リラ」
そう思うと、自然と身体は動いていた。
呼ばれた彼女は顔を上げる。少しだけ、ノエルは彼女に近づくと、右手を差し出した。
「なに……?」
その手を訝しむ彼女にノエルは言った。
「俺も、君の旅に同行させてもらえないかな」
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