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花束の剣士  作者: 夏麗よだか
第三章
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【第三章】終.芽吹く命に光を

 翌朝早くから村人たちは起き出して昨晩の火事の片付けと建物の修理を行なっていた。


 ノエルが短い睡眠のあと目を覚ました頃には、広場に騎士団の配給所が設置されていた。


「昨晩、ここで火事があったと通報が入ってな。我々も急遽(きゅうきょ)予定を早めたんだ」


 配給所の騎士がそう教えてくれた。

 昨日までとは違い、どこか憑き物の取れたような顔の村人たちが配給の列に並んでいた。


 礼拝堂隣の集会所からも白い煙が、風に乗って()()()()()いた。

 

「おはようございます……」

 

 ノエルが少々緊張しながら中へ入ると、大きな鍋の前にリネットが立っていた。

 

 彼女はノエルに気づくと、そっと微笑む。

 

 ちょうどその時、彼女に近づく村人がいた。


「おはよう、リネットさん」

「あら。おはようございます」

 

 リネットは穏やかに挨拶をすると、小さな器を手に取り鍋の中の(かゆ)をすくって渡した。

 村人は会釈しそれを受け取ると、部屋の隅へ行って、家族らしき人たちとその少ない粥を分け合っていた。


「リネットさん……」

 

 ノエルは彼女に声をかける。

 

「このお粥は、リネットさんが?」

「ええ」

 

 彼女はそう頷くだけだった。


 しばらく二人の間に気まずい沈黙が流れる。昨日のことを謝るべきだと思うが、なかなか切り出せない。


 そうこうしていると、リネットの方が口を開いた。


「昨晩、良い夢を見ました」


「夢?」


「ええ。……朝起きたら、枕元にきれいな花束が置かれていました」


「……そうですか」


「……墓前に、供えてやろうと思います」


 そう言い、こちらを見つめたリネットの瞳がわずかに揺らいだ。けれどその頬は静かに微笑みを浮かべていた。


「っ……」


 彼女のその表情に思わず胸が熱くなる。けれどそれをぐっと堪えると同じく微笑みを浮かべ、最後に一度、騎士団員としての敬礼をした。


 集会所を出るとちょうど礼拝堂から出てきたリラと出会った。ノエルは朝の挨拶を軽くするとリネットのことを話す。


「リネットさん、いい夢が見れたってさ」


「そう。……少しでも彼女が幸せを感じてくれたなら良かった」


「あの花って夢にも作用するのか?」


「さぁ? まぁ、魔法って言うのはそもそも人間の想いの強さが具現化したようなものだから。幸せを願い込めた花束ならきっとそこにも魔法のような力が働くだろうね」


「なんか、難しいな。とりあえず、枕元に花を置いたリラの判断は間違ってなかったってことだよな」


「そうだね。浄化作用のある植物はいろいろあるけれど……。あの花を選んで良かった」


 リラは穏やかに笑みを浮かべた。


 二人はやがて広場まで戻ってきた。そこには騎士団と入れ替わるようにして馬車に荷物を積み終えた行商人がいた。


 ノエルは彼に駆け寄り声をかける。


「もう行かれるんですね」


 御者台に乗り込もうとしていた彼は振り返ると、相変わらず淡々とした調子で返した。


「あぁ。今日はまた別の村に行かなきゃなんねーからな。それよりも、お前さん。本当にいいのか? 次の村までなら送ってってやるけど……」


 するとノエルは笑顔を見せた。


「いえ。申し出はとてもありがたいんですけど、俺も行きたいところを見つけたので。むしろあまり手伝いをできなくて申し訳ありませんでした」


「いや、いいって。お前さんこそ、村のいざこざに巻き込まれて大変だったろう。……これ、報酬だ」


 御者台に乗り込んだ行商人は懐から金の入った小袋をノエルへ放り投げた。両手で受け止めると、チャリンと硬貨が触れ合う音が鳴る。

 小袋の口を開けて硬貨を確認したノエルは真剣な口調で顔を上げた。


「すみません、俺あんまり手伝えなかったので、報酬はもっと少なくて大丈夫です」


 そうして小袋を差し出すと、彼は面食らったように目を開いた。


「お前さん、馬鹿に真面目だな」


「いえ、働いた分だけの報酬をいただくのが筋ですから」


「へっ。なかなか言うな。だがな、雇い主からの報酬をそうやすやすと突き返すのは礼儀がなってねぇ。

 俺んところは仕事量と報酬が必ずしも釣り合うわけじゃない。最初に決めた分の報酬を支払う。それが俺のやり方だ。逆に言えばお前さんがどれだけ働こうがもらえる報酬は変わらない。

 ……だからそれは、ちゃんと全てお前さんの物だよ」


 そう言い切られてしまったノエルは引き下がるしかなかった。

 厳しい口調だったが、それでもノエルはその奥にある彼の信念のようなものを感じ取った。


「ありがとうございます」


 丁寧に頭を下げると、続けて彼に向いた。


「どうか、道中ご無事でありますように。それから、商売繁盛を祈っています」


「祈られなくったって働きまくるしかねぇんだよ。生きる為にゃ、こう言う」


 ノエルはふと余計なことを言ってしまったかと思ったが、行商人は最後に片手で帽子を上げて言った。

 

「お前さんにも、幸運あらんことを」


「はい!」


 ノエルは嬉しそうに笑うと馬車の姿が見えなくなるまでその後ろ姿を見送った。


「あの行商人、こう言う村で物売りするの慣れているみたい」


 隣にやってきたリラがそう言った。


「そうなのか?」


「騎士団の配給よりはいい物を売っていたよ」


「でも騎士団の方が衣食住に困らない物が多かったと思うけど……」


 ノエルが首を傾げるとリラは小さく笑った。


()()()()()()()では衣食住だけでは足りないんだよ」


 ノエルがその言葉に何か口を開こうとしたとき、二人の前方から一人の少女が走ってくるのが見えた。


「おーい、二人とも!」


 元気な声を上げてソレアがやってきた。


「おはよう、ソレア」


 ノエルが挨拶をすると彼女も「おはよう」と返す。彼女にリラが声をかけた。


「村長の具合はどう?」


「はい。あれから村のみんなで交代しながら看病してます。意識も戻って、少しですがお粥も口にしてくれてるので」


「そう。とても疲れているだろうから、回復には時間がかかるだろうけど、きっとソレアたちなら大丈夫だよ」


「はい。じいちゃんが、お二人に『助けてくれて、ありがとう』と言っておりました。……ただ……」


 不意にソレアはどこか暗い面持ちでうつむく。ノエルが顔をのぞいた時、彼女は不安の色を浮かべてリラへ言った。


「あの、本当にもう行っちゃうんですか? ……まだ、村はこんな状態だから、リラ様にはもう少しいてもらいたかったんですが……」


 するとリラは懐から手のひらで包めるほどのとても小さな袋を取り出した。


「ソレア。残念だけど、これ以上わたしができることはないよ」


「そんなことありません! あなたがいてくださった方が絶対に……」


 言いかけた時、リラは彼女の手にその小さな袋を握らせた。ソレアは戸惑った様子で手の中の袋を見つめる。


「これは……?」


「これは行商人から買ったものなの」


 そうして中身を彼女の手のひらの上に出した。

 それは小さな種だった。


「ソレア、よく聞いて」


 リラは少しだけ腰をかがめるとソレアと目を合わせる。そして真剣な表情で言った。


「この種は、土の中で芽を出すのを待っている。

 芽吹き、花が咲き、実がなり、やがて土に還る。そして残された種が、また命を繰り返す。この世界の生命(いのち)あるすべてのものは、そうやって悠久の時間を巡っているんだよ」


 ソレアも手のひらに乗る小さな命を見つめる。丸く黒いその種はどんな実になるのかわからない。

 

 (それ)が生きていることすら、ソレアにはわからなかった。


「わたしがここへ来たのは、そう言う生命(いのち)の巡りを妨げる力を祓うため。ここから先はここに住む人たちの手で回復させないといけないよ。

 先人たちがしてきたように、ひとつひとつ、丁寧に。

 時間はかかるだろうけれど、必ずこの村は息を吹き返す。この村は、もう大丈夫だから」


 ふわりと微笑むリラをソレアはじっと見つめる。リラの瞳は朝日を受け、柔らかい光を浮かべる。


 ソレアは再び種に視線を落とすと、小さな声で聞いた。


「それは魔法じゃダメなんですか? リラ様の魔法ならきっと一瞬で……」


 すると、彼女は静かに首を横に振った。

 

「あなたの言う通り、魔法を使えば、なんでもすぐにできてしまう」


 それは、彼女の意志だった。

 

「だけど、生命(いのち)には元から自分で回復する力を持っている。それは魔法よりも強い力だと、わたしは信じている。だから、わたしは生命(いのち)に関わることには魔法を使いたくないの」


 ノエルはその時ようやく彼女のすべての行動の理由がわかった。それは、ソレアも同じだっただろう。


 彼女が村人たちの看病に魔法を使わなかったのは、彼らの中にある力を信じていたから。そうして、リラはずっと、その力がちゃんと発揮できるようにサポートするような振る舞いをしていたことを、ノエルは気づいたのだった。


「それに」とリラは続けた。


「飢えの呪いを受けてもなお、元気だった子がいるんだし。わたしの力がなくても本当は平気だったかもね」

 

 そう言ってソレアに笑いかける。ソレアは少しの沈黙ののち、彼女の想いを受け止めると、微笑み返した。


「ま、それがアタシの取り柄だからな」


 そうして彼女は種をギュッと握ると、顔を上げた。ノエルとリラはその表情を見ると、安心したように互いに目を合わせて笑い合った。


「さぁ、そろそろ行こうか」


 ノエルは朝日を見上げて言った。


 二人の旅路を見送りに、村人たちが村の入り口に集まる。中には昨晩の出来事を詫びる者もいた。魔法を使った男はリラに何度も謝罪と尊敬の意を示していた。……リラはどこか面倒くさそうにしていたが。


「いろいろと、ありがとうございました」


 リネットが一歩前に出て頭を下げる。

 ノエルもまた丁寧に頭を下げて応えた。


「こちらこそ」

 

「お二人の旅路に幸多からんことを、お祈りしております」


「ありがとうございます」


 リネットはやはりどこか疲れた様子は抜けないようだったが、それでも口元には笑みを浮かべていた。瞳はまっすぐこちらを見つめている。


「皆さんも、どうかお元気で」


 交わす言葉は静かに。多くはないが、そこに込められた互いを思いやる気持ちが皆を穏やかに包み込む。


「では」


 そうして二人は歩き始めた。

 道標(みちしるべ)のない土の道をまっすぐに。


 温かい風が流れる。

 

 ――二人の見送りは早々に、一人、ユニスの墓前に腰を下ろしたソレアは空を見上げた。


「この村はもう大丈夫……か」


 彼女の髪を風が撫でる。


「あーあ。そんなこと言われちゃあ、アタシだけが村を出てくのは無責任だよなー」


 両腕を頭の後ろで組むとポツリと誰かに話しかけるような独り言を呟いた。返事は当然、ない。


「……頑張るしかない、な。また、元気な村を取り戻せるように」


 墓前に置かれた黄色い花と、そのそばに置かれた作物の種が風に小さく揺らぎ、ささやくような音を立てる。


 ソレアは華奢な膝を抱えると、ユニスの墓()に向かってそっと微笑んだ。


「……見守っててくれよ」


 

 ――村の姿が見えなくなった頃、ノエルはふと足を止めた。


「なぁ、リラ」


 呼びかけに彼女も立ち止まる。ノエルはまっすぐリラを見た。


「改めてになるけど、ありがとう。一緒にいくことを、許してくれて」


 リラはそっと目を伏せる。


「昨日も言ったけど、それがお互いにいいかもしれないから」


「そう……だな」


 どこかためらうように口を閉じたノエルに、リラは何かを察したようで、ため息混じりに言った。


「これから一緒に旅をするのだから、少しくらいは踏み込んでもいいんじゃない?」


「え?」


「聞きたいことがあるなら言ってってこと」


「あぁ……。うん……。なんというか……」


 聞きたいことと言われればいろいろと浮かんでくる。リラについて知ってることなどほとんどないに等しいのだから。

 でもそのどれを聞いてもいいのか、ノエルはとても悩んだ。


 そして悩んだ末に言葉を紡ぐ。


「火が、怖いのか?」


「……うん。昔、いろいろあって」


「そっか。……えっと、他に怖いとか苦手なことはあるのか?」


「うーん。まぁ、結構あるかも。その時々で教えるよ」


「そ、そっか……。えぇと……」


 口ごもるその脳裏には一つの疑問がずっと浮かんでいる。

 果たしてこれを聞いてもいいのだろうか。

 

 けれど、ためらう気持ちよりも聞きたい気持ちが大きくなり、やがてノエルは決心したように口を開いた。


「あのさ、リラ。もし嫌だったら応えなくてもいいんだけど」


「うん。何?」


「君は一体、何者なんだ?」


 風が二人の間に流れる。白い花の髪飾りが優しく揺れる。彼女の長いまつ毛がかすかに瞳に影を落とした。


「そうだな……」


 片手を(あご)に当て、しばらく考える様子を見せると、やがて風になびく髪の毛を手で払いながらそっと顔を上げた。


「まぁ、いずれ分かることだから。先に言っておくよ」


 そう前置きをし、まっすぐにノエルを見つめた。


「わたしは……わたしの旅の目的は、この世界に開いた魔界ラグナヴェルドとの門を閉じること。そして、このヴェルシオンに現れた魔物、魔族を殲滅させること」


「ま、魔界?」


 突如、予想を大きく外れた言葉に戸惑いが現れたが、それ以上口は挟まず彼女の言葉を待つ。


「そう。それが、わたしに課せられた使命。そして、これから行く先は――」


 彼女の指がまっすぐに伸びる道の先を指し示した。


「精霊の森」


 ノエルの目がゆっくりと大きく開いた。


 聞き覚えのある言葉。

 

 誰もが忘れたおとぎ話の世界の話。


 ノエルはこの時、これから自分たちの向かう未来に何が待ち受けているのか知る由もなかった。


 ただ一つだけ。


 『二人の未来が大きく動き出した』

 その感覚だけがノエルの心臓を強く打ち鳴らした。


 ――温かい春の陽差しが照らす中、道端に咲いた小さな野花が風に揺らぐ。

 

 まるで、二人の背を押すかのように。

『ある青年の手記』6


母の手伝いをしようと思い声をかけたが、母はまるで私をいない者かのように無視をした。それが何日も続いていたが、ついに今日、兄に言われた。

『呪いの子が母に近づくな』と。

私は私が思っていたよりも急速に、私としていられなくなっていることに気がついた。


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