【第三章】11.呪いの中心
それは瞬きのように一瞬のように見えた。
ノエルは無作為に振り回されるすべての動きに隙を見つけると一気に間合いを詰め、一人ずつ制圧していく。
「うわぁ!?」
「うぐっ……!」
腕を叩き、松明を落とすとそのまま相手の首に手をかけ、足を払うと同時に地面に叩きつける。
栄養の少ない身体は軽く、力を込めなくてもあっという間だった。
強く、安定したその動きに村長は目を見張り、ソレアは見入っていた。
「すごい……」
彼の背中が大きく感じて見えたリラはそう呟いていた。
そして、自身の記憶に蘇る過去のトラウマが、目の前の華麗な動きに打ち消されるように、彼女の身体の震えはいつしか弱くなっていた。
揺らめく炎の中、自身を庇うように立つ彼はまるで――。
「クソ! これでも喰らえ!」
刹那、村長の背後に控えていた魔法使いの男が攻撃を放った。
「矛よ!!」
ノエルは、完全に視覚外からの攻撃に不意を突かれ、反応に遅れてしまった。
「く……ッ!!」
しかし、その瞬間、放たれた魔法はノエルの目の前で何かの盾に阻まれるように弾かれる。
「え……?」
「な!? なんだ? 弾かれた? ――矛よ!」
その後も攻撃魔法はノエルの目の前で遮られる。魔法使いの男は魔力の使いすぎか、息が乱れながら焦ったように怒鳴る。
「な、なんでだよ! 誰だ! 俺の魔法を防いでるやつは!」
「――ふぅ……」
不意に静かな吐息が聞こえた。
ノエルが振り返ると、地面に座り込んでいたリラの手に杖が握られていた。
魔法使いの男もまたそれに気づく。
「あ、アンタか? この――ッ!!」
「……っ」
リラが男を視界に捉えた瞬間、バシン!! と、激しい音が響いた。
「ぐっ!?」
突如、ソレアに巻き付いていた縄が今度は魔法使いの男を強く締め上げる。
「な……!?」
男はなす術なく地面に倒れ込む。
「なんだ……? なんで、今……?」
彼は自身の状況に理解が追いつかず必死で縄から抜け出そうとする。しかし、身体を動かせば動かすほど縄は強く締まり、男の動きを封じていく。
「ま……魔法、か?」
「そうだよ」
不意に飛んできた声に男は顔を上げた。そこには杖を握り立ち上がるリラの姿。彼女は男を見据えて言った。
「わたしの魔法」
「は……? ま、まさか……無言呪文……?」
燃え盛る炎に照らされた彼女の瞳は、冷たく。鋭く。
かすかな望みさえも失わせるような、一切の感情を悟らせない声が一言。
「ええ」
「――っ!!」
たったその頷きにどれだけの意味があるのか察した彼の顔からは血の気が引き、彼はただ怯えるように身を縮こませた。
ノエルはそんな彼女に声をかける。
「リラ、大丈夫なのか?」
「大丈夫。……今のところ」
「そうか。とりあえず大丈夫なら良かった」
「ところで、あなたも意外と戦えるんだね」
どこか感心した様子で言われ、ノエルは照れたように笑う。
「あー、まぁ……。複数人との戦闘も騎士団の頃学んだし。それに、気絶させるだけでいいと思ったらなんだか身体が軽くなって」
「ふぅん……」
「二人とも!」
その時、縄が解けたソレアが駆け寄ってきた。ノエルは慌てて彼女に声をかける。
「ソレア、大丈夫か?」
「あぁ、アタシは平気だよ。それにしてもお前すげーじゃん! 余裕でみんな倒しちまうなんて」
彼女の瞳はどこか輝いているように見えた。ノエルは何故かくすぐったい気持ちになり「まぁ……」と頬を掻く。
「――あー。全員、やられてしもうたのー」
不意に、気の抜けた大きな声がその場に響いた。三人は声の先、村長を見遣った。
「じいちゃん……?」
村長は落ち窪んだ目を背後の燃え盛る民家にやる。女手も加わり数人の村人が消火に当たっているが、火はなおも勢いを増す。
「まぁ、結果オーライじゃな」
痩せこけた頬がわずかに笑みを浮かべる。
「は? じいちゃん、何言ってるんだよ」
ソレアが困惑した様子で村長に声をかける。すると、彼は焦点の合わない瞳をこちらに向けた。どこか生気のない顔にソレアの肩がかすかに揺れる。
「この村はもうおしまいじゃよ、ソレア」
「な、なんなんだよ、じいちゃん。どうしちゃったんだよ!」
「――ソレア」
彼女を制したのはリラだった。ノエルとソレアは彼女に向く。
リラはおもむろに前へ進み出ると村長と対峙した。
「ん〜?」
身体と目の動きが合わない不自然な動作で村長はリラを見つめた。彼女もまた村長をまっすぐ見つめ、声をかけた。
「もう、怒らないの?」
ほんの一瞬、静寂が流れると、ピクリと村長の身体が跳ねた。その時だった。
「――!!」
ノエルは目を見張った。村長の身体から黒いモヤが天へ吹き出す。咄嗟にソレアを守るように彼女を背に庇った。
リラはそれを見上げると落ち着いた様子で呟いた。
「見つけた」
そして杖を構える。
溢れ出したモヤが完全に村長の身体から抜け出ると、モヤは風に乗るように広がり始める。それをリラは逃さなかった。
「光よ、我が呼び声に応えよ」
瞬間、彼女の足元に青白い魔法陣が浮かび上がる。それは赤き炎が揺らめく中、異質さを感じさせるような明るさで辺りを照らす。
「光集まりて、闇を祓い、彼の道を照らし出せ」
そうして彼女はモヤに向かって声を張り上げた。
「祈りよ!!」
それは魔物を一掃した時と同じ呪文だった。しかし、その時とは違って、光は丸くモヤを包むように広がると一気に収縮し、ブワッと弾けた。
「……っ」
ノエルは思わず目を閉じる。次に目を開くと目の前にはあの時と同じ、白い花びらが舞い散っていた。
「わぁ、きれい……」
ソレアが小さく声を上げる。村人たちもその様子を驚いた面持ちで見ていた。
モヤが消え去ると同時に力無く倒れ込む村長の身体をリラが受け止めると、それに気づいてノエルが駆け寄る。
そして村長の身体を自身が受け取ると呟いた。
「村長さんは一体……?」
「わたしはずっと呪いの中心を探していたの」
「中心?」
「でもこの村には、いわゆる瘴気が蔓延していて探すのが難しかった。予想はついていたけど……。この村長はたぶん自分が呪いにかかっていることがわかっていたんだと思う」
「え、村長が?」
「うん。でも、この話は後」
彼女は顔を上げ、燃え盛る民家を見つめた。
炎が移ったようで近隣の家にまで火の手が上がっている。
「今は鎮火を急ごう」
「あぁ……。そうだな」
そうして村にいる者総出で火事の対処に当たった。
再び村が静かな夜を取り戻したのはそれから1時間ほど経った頃だった。
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