【第三章】10.炎の記憶
バタバタと慌ただしい足音と共に暗闇からソレアが現れた。
「ソレア? どうしたんだ、こんな夜中に」
彼女の焦った様子にノエルも心配の表情を見せる。しかし、ソレアは二人の元まで駆け寄ると激しく肩で息をしながら声を上げた。
「二人とも、今すぐここから逃げて! 村のやつらが二人を殺そうとしてる!」
「は、はぁ……!?」
あまりにも突然の発言に思考が追いつかず困惑する。ノエルはひとまずソレアを落ち着かせようと彼女の肩に触れた。
その時だった。
「いたぞ!」
「!?」
男の強い声が上がる。ノエルが顔を上げ、声の聞こえた方を見ると、ソレアの遠く背後からポツリポツリと火の玉のような物が複数集まってこちらに近づいてくるのが見えた。
「あれは……」
ノエルは目を凝らす。そして、目を見張った。
村の住民が松明を片手にこちらにやって来ている。
それは一人や二人ではない。村の動ける男たちがほとんどいるのではないかと思うだけの数の人間がノエルたちの前に現れた。
その中心には、ソレアの祖父である村長が立っていた。
「ソレア、そこで何をしている」
低い声が響く。村長も、村人もにわかに怒りを含んだ表情をしている。
祖父の声にソレアは少しだけ肩を震わせたがすぐに声を上げた。
「じいちゃん! いい加減にしろよ! アンタらも、こんなこと大人がすることじゃねーだろ!」
しかし彼女の声に誰一人として反応する者はいない。代わりに、村長は無言で片手を上げた。
「――っ!」
刹那、村人の中から呪文のような一言が上がったかと思うと、鋭い光がソレアに向かって放たれ、そのまま彼女の身体を拘束するように縄が巻き付いた。
「ぐっ……!?」
ソレアは衝撃で倒れる。
「え、魔法……?!」
ノエルは驚きの眼差しを村長に向けた。すると村長はおかしそうに笑う。
「どうした? 何か驚くようなことでもあったかの?」
「……魔法使いがいたんですか」
ノエルは場の雰囲気に臆さないよう、冷静に問う。村長はフッと鼻で笑った。
「誰も『いない』など言っておらんが?」
彼の背後から杖を握る男が現れた。ノエルは拳を握る。
「――なるほどね」
ふと、凛とした涼しい声がノエルの耳を過ぎる。
ノエルが振り返ると、リラは魔法使いを見ていた。
彼女は彼の隣に並ぶと挑発するように言った。
「この村には元から魔法使いがいたんだね。それならわたしは必要ないね。……村人が倒れても、治癒魔法はその人が施せばいいのだから」
その時ほんの一瞬、ノエルはリラに違和感を覚えた。隣に並ぶ彼女の顔色がいつもよりも青ざめている、ように見える。
ノエルがリラに気を取られているその時、地面に倒れていたソレアが怒鳴るように言った。
「おい! おっちゃん! アンタ病気にかかって魔法が使える力がないって言ってたじゃんか! なんだよコレ! 外せよ!」
その言葉に村長が答える。
「こやつの魔力が衰えているのは本当じゃよ、ソレア。じゃがな、そうは言っても魔法が完全に使えなくなるわけではない。お前一人拘束するくらいなら、大した力は必要ないのじゃ」
「んな……っ!?」
まるで彼女のプライドを傷つけるようなわざとらしい言い方にノエルが返す。
「あなた、自分の孫にこんなことして、最低だと思わないんですか」
「最低? 酷い言いようじゃな。貴様こそ何も知らぬ分際でわしに意見しようと言うのか? わしはな、なにも孫を傷つけるようなことをしようとは思わんのだよ」
村長は再び片手を上げ、魔法使いの男に合図をすると男は杖を一回振るった。
「うわ!」
「ソレア!?」
すると、ソレアに巻き付いた縄は見えない力で引っ張られ、身体がぐらりと傾くと、男の足元まで引きずられた。
「村の者に危害を加えるつもりはない。ただわしらは貴様らさえいなくなれば良いのじゃ」
その声はどこまでも穏やかで、昼間までの村長とはまるで人が違っているように感じた。
村長は静かに瞳をノエルとリラに向ける。
「さぁ、出て行ってくれるかね?」
「っ……」
安易に頷いていいものかとノエルは迷いを見せる。なんとか考えるための時間稼ぎができないものかと声を上げた。
「どうしてそんなに俺たちを目の敵にするんですか? こんな、大勢で奇襲まがいなこともして……。俺たちが一体何をしたって言うんですか」
すると、村長は何か考える様子を見せ、次にとても静かな声で言った。
「何もしとらんわな」
「……え?」
「なんにも、してくれん」
言葉の真意が汲み取れずノエルは戸惑いを見せる。
「でも……リラや俺たちは村の人を救おうと薬や食べ物を持ってきてるのに……。それに、結局何もしてないってそちらは思ってるなら、今この状況はじゃあなんなんですか?」
ノエルの発言が癪に触ったのか、村長は怒りの声を上げた。
「黙れ! 意味のないことばかりして、村の貴重な金や食べ物を奪いよって!」
「意味のないこと……?」
「お前たち! こやつらを取り囲め!」
「なっ……!」
村長の指示で三人の男が前に進み出る。彼らもまた痩せた身体だが、それでも背は高く、拳は強く握り、こちらに向ける眼差しは鋭い。
ノエルは自身も身構えながら隣に立つリラに目を向けた。
「リラ――」
しかし、その瞬間、視界の端でフラッと地面に倒れ込む彼女を捉えた。
「え――? リラ!?」
突然の出来事に慌てて片膝をつき彼女の肩を揺する。
「大丈夫か!? リラ!」
その手に小さな震えが伝わって来た。ノエルは彼女の顔を覗き込む。
「リラ……?」
「はぁ……はぁ……」
彼女の額には汗が吹き出し、顔が酷く青ざめ、呼吸が荒くなっている。
「具合でも悪いのか?」
「――うわぁ!?」
ノエルが彼女の様子に気を取られている刹那、村人の間から小さな悲鳴が上がった。
顔を上げると、拘束されているソレアが身体を起こし、村人に体当たりをしていた。
「ソレア!」
「早く逃げろ!」
ソレアはそのまま数人と地面に倒れ込んだ。
しかし、そう思ったのも束の間、その衝撃で手を離れた松明は近くの民家に引火し、火の手を上げ始めた。
火は瞬く間に燃え広がり、あっという間に民家一軒を包み込む。
「クソッ、なんじゃ!? おい、早く水を持ってこんかい!」
村長が怒鳴った。村人の視線が火の手に向き、取り囲んでいた男たちが離れたその隙にノエルはリラに声をかける。
「リラ! ここから離れよう!」
「い……嫌……」
「え――?」
彼女は目を強く瞑り、両手で耳を塞ぐと何かを恐れるように小さく頭を振った。
「嫌……やめて……」
「リラ? どうしたんだ? しっかりしろ!」
「助けて……火が……」
「火……?」
ノエルは顔を上げ、燃え上がる民家や松明を見た。そうして、ふとあることに気がついた。
「火が、怖いのか……?」
「おい! 全員でそっちに行ってどうする! 早くこやつらをひっ捕らえろ!」
「!」
二人が動けずにいるところを村長たちが迫ってくる。
村人に襟をつかまれているソレアが「ノエル! 逃げろ!」と声を上げる。
リラは子どものように小さくなり、その場で震えている。
「どうする……。リラを抱えて逃げるか……?」
しかし背後には畑、前方は村長含めた村人たち。拘束されているソレアを助けたい気持ちや、火事を早く鎮火させたい気持ちもある。
ただリラを火事から遠ざけてやりたいという気持ちも強い。
「残る選択肢は……」
ポツリと呟いたノエルの手がかすかに震えた。けれどそれでもその心はどこか落ち着いていた。
一方で、リラの目の前には『ある光景』が広がっていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
身体が自分の意思とは関係なく震える。心臓の鼓動が速く強く、冷や汗が止まらない。
燃え盛る炎。人々の狂気の目。そして――。
「落ち着いて……落ち着かないと……」
身体中に焼けるような鋭い痛みを覚える。しかし、それは幻にしか過ぎない。
わかってる。わかってるのに、一度味わった恐怖が塞いだ記憶の蓋をこじ開けてくる。
炎の熱さが、自分やノエルを取り囲む人々の視線が、自身のトラウマを呼び起こす。
「助けて…………」
あの時の自分の声か、今の自分の声なのか、わからない。
「大丈夫だよ、リラ」
「…………え?」
リラの耳に限りなく優しい声が届いた。
そっと顔を上げると、そこには自分を背にしたノエルが立っている。
周りにはアルデナ村の男が五人。その後ろに村長がこちらを睨んでいる。
「大丈夫だから」
ノエルは肩越しにもう一度そう言って、穏やかに笑って見せた。
リラの瞳がわずかに揺れた。
「やれ!!」
村長の声が上がり、男たちは松明を手に同時にノエルに向かって飛びかかった。
その大きく揺れる炎に、思わずリラは叫んでいた。
「ノエル!!」
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