【第三章】9.夜に咲く
その日の夜、ノエルはリラと共に村にある小さな宿泊施設に泊まった。
作った粥は村長からの許可を得て病人へと振る舞われた。残った村人は渋々広場の行商人から食料を購入した。
「金がねぇところから金取ったって仕方ねぇだろ」
村人が行商人に向かってキツくそう言っていたが、彼は意に介さない様子であったのをノエルは覚えていた。
村を訪れた三人には、ただ広い部屋がひとつだけあてがわれただけだった。寝床は干し草の山に薄い布を敷いただけの場所。そこでノエルは、リラや行商人と共に夜を過ごした。
「ぐがぁぁぁ……」
疲労が溜まっていたのだろうか、行商人の大きなイビキが部屋に響く。
「……仕方ないよな……」
さすがに「静かにしてください」とは言えず、小さく苦笑いを浮かべると毛布を頭の上まで被る。
身体を丸めてみた。イビキが眠りを妨げている部分はあったが、今日はいろいろあったせいでそもそも寝つきが悪いのもまた事実だった。
身体は強い疲労を覚え、まぶたは重い。けれど心だけはまだどこか騒がしかった。
「はぁ……」
ノエルは一旦外の空気を吸おうと起き上がる。
「ん……?」
ふと、その時、部屋の隅の方で一人横になっていたはずのリラの姿が見えなかった。
「……?」
音を立てないよう、慎重に部屋を出る。部屋の扉はすぐに外に繋がっており、扉を開けると、ふわりと夜風が流れ込んできた。どこか澱んだような埃っぽい空気だ。それでもノエルは大きく伸びをすると気分転換するように深呼吸をする。
「あっ……」
その時、遠くの方で影が動くのを見つけた。月明かりに花飾りが淡く光り、それがリラだと気づいたノエルはそっと彼女の影を追いかけた。
「リラ」
すぐに追いつき声をかける。リラは足を止めると振り返ってほんの少し小首を傾げた。
「あら、こんばんは。寝てなかったの?」
「あぁ。ちょっと、眠れなくて」
「あの行商人、うるさいよね」
「いや……まぁ、疲れてるんだろう」
そうしてローブを羽織った彼女の姿に問いかけた。
「どこかに行くの?」
すると、リラはすぐにある場所を指差した。
「あれ」
「え?」
それは昼間、ノエルたちを襲った虫もどきの大群が山積みになっている場所だった。
月の明かりが届かない暗い路地に死に倒れているその様は、昼間見たときよりも不気味に見える。
「……やっぱりね」
リラは何かを確信したように呟き、魔物の一体を観察する。
その後ろにいたノエルは恐る恐る声をかけた。
「あの、リラ。これは……」
「片付けだよ。村長にも言われたし」
「いや、そうなんだけど。そうじゃなくて、魔物を見て何をしているのかと思って」
「あぁ。……観察だよ」
さらりと応えると、リラは翡翠色の宝石が埋め込まれた白木の杖を握った。
「観察?」
「そう。……あなたは、この村の状態を見てどう思った?」
「え、突然だな……。うーん……。植物が枯れてたり、みんなすごく痩せて、疲れた様子で、いわゆる飢餓状態なんだろうなと思った……かな」
「……わたしも思ったよ。次に、この死体の山を見て何か感じない?」
「え?」
ノエルはリラの目の前に積み上がった虫もどきの魔物を見上げ、考える。
生気のない青白い顔面に、白目のない黒く塗り潰されたような瞳。その不気味な顔をじっと見つめる。
「うーん……」
すると、ノエルの脳裏に『ある違和感』が浮かんだ。
「そういえば、どうしてまだ残っているんだ?」
その言葉を肯定するかのうようにリラは静かに頷いた。ノエルは続ける。
「ラオニスとレイヴァルに出た魔物は、死んだ後、時間差はあれど姿を消していたはず……。でも、この魔物はまだここにいるのか」
「そう。おそらく、それが『呪い』の理由」
「え、の、呪い? 呪いって何?」
突然出てきたワードに困惑する。
「……下がってて」
リラは、山積みになった魔物から数歩距離を取った。ノエルもとりあえず言われた通り、彼女から離れる。
すると、彼女はおもむろに杖をトン――と地面へ突き立てた。
瞬間、ふわっと足元に青白い魔法陣が浮かび上がり、彼女を淡く照らし出す。チラリとリラは背後に控えるノエルを見遣った。
「本当は見せたくなかったんだけど……」
そう呟くと、彼女は魔物の山を見上げると小さな声で呪文を唱えた。
「――――――」
彼女の言葉は聞こえないが、ノエルは静かに見守る。
その時、リラの言葉に呼応するかのように魔物の倒れている場所に大きな魔法陣が出現した。
「――織り込まれた命に、再び、光あらんことを」
そう、静かで優しい祈りの声が耳に届く。
刹那、魔法陣から二本の光の柱が伸び、螺旋を描いて魔物を包み込んだ。そして、リラは顔を上げるとそっと杖を振るった。
「祈りよ――!」
魔物の山がすべて光に包まれた瞬間、それはまるで光の花が弾けるかのようにパッと音を立て、一瞬のうちに消え去った。
「わぁ……」
ノエルは上空を見上げて、感嘆の声を上げた。
弾けた光の中から小さな白い花びらが吹雪のように舞い散る。その幻想的な光景に思わず息を呑む。
「すごい」
頬に花びらが触れると、それは光の粒子となって風に乗って消えた。
花びらを従えた彼女の姿は、とても神秘的で、ノエルはその時初めて魔法の美しさというものを実感した。
「……さて、次に行こうか」
淡々とした口調の彼女にノエルはハッと現実に引き戻される。
「え、次って?」
ノエルとは違い、まるで余韻に浸る様子もなくさっさと歩き始めた彼女の後ろ姿にノエルは思わず肩をすくめる。
次に向かった先は村にある広い畑だった。
夜も更け、民家から明かりは一切ない中、細い月だけがわずかにそこを照らす。
リラは畑に近づくと、その場にしゃがみ込み、土の様子を確かめるように手に取った。
「なぁ、リラ。一体何をするんだ? 魔物を片付ける他に何かあるのか?」
すると、リラは土の臭いを嗅ぎながらノエルに言った。
「あなたは、アルデナ村を襲ったのは誰だと思ってる?」
突拍子もない質問にノエルは「え?」と一瞬迷うがすぐに答えた。
「魔物、だろ?」
「どんな魔物?」
「またナゾナゾか……? えーと、今日俺たちを襲った虫のようなやつ。ソレアがそいつを見て『また』って言っていたし」
「本当にそう思う?」
「……違う、のか?」
そっと問い、自身も考える。先ほどリラはこの村の『呪い』と言っていたことを思い出し、顔を上げる。
「もしかして、魔族の仕業なのか? でも、じゃあ、魔族の影が見えないのは……?」
そしてノエルはハッとする。
「シャドール=ベルの時みたいに、隠れて魔物を操っているとか?」
その時、彼女は関心したように言った。
「へぇ。あなた、シャドール=ベルを知っているの?」
「あっ、うん……。ラオニスを襲った真犯人が魔族だっていうのは騎士団の調査で……」
そこまで言って口を閉じる。今となっては、その時の記憶は苦いものとなっている。
事情をなんとなく察している彼女は、それ以上は何も言わず、手についた土を払い、立ち上がる。
「魔族という考え方は間違っていない。魔族は人間と同じだけの知性がある者もいるから、どこかに隠れている可能性もある。でも……」
と、不意にリラの顔つきが真剣なものになる。
「今回は事情が違う」
「どういうことだ?」
ノエルの問いにリラが顔を上げた。
――その時、二人の背後から、静かな闇夜を切り裂くように鋭い声が飛んできた。
「ノエル! 薬売りさん!」
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