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花束の剣士  作者: 夏麗よだか
第三章
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【第三章】6.本音

「お前が、ユニスの……」


 ノエルの告白をソレアは自身の中で咀嚼(そしゃく)する。

 リネットは驚いていた表情をしたが、それはだんだんと暗く重い表情へと変わっていった。


 沈黙が流れる。


 ノエルは震える拳を強く握り、敬礼を続ける。

 温かい日差しが小さな裏庭に差し込み、三人を無情に照らし出す。


「ノエルさん……」


 やがて、リネットが口を開いた。


「あの子は……ユニスは、よく手紙で友達のことを書いていました。……仕事や団の内部に関わることは話せないからと。しょっちゅう自分の周りにいる同期の子たちの話を書いてくれました」


 胸の前で両手を組むと思い出すように言った。

 

「ノエル=フェルディアさん……。ユニスの手紙にも書いてあったことを思い出しましたわ。確か、剣の腕がよく立つと。模擬戦では自分よりも強くて、憧れていると書いてありました」


「憧れ……?」


 初めて知る言葉だった。ノエルは、慌てた様子で言葉を繋ぐ。


「あ、憧れなんてそんな……。むしろ、俺の方がユニスに憧れていました。だって、ユニスは身体が軽くていろんな戦術で戦えて、それが羨ましかった。

 同期の中でも友人が多くて、誰に対しても(した)()に話してくれて、こんな俺とも笑って話してくれて……。

 本当に本当に、俺は心からユニスを尊敬していました」


「そう……。それを聞けてわたしも嬉しいですわ」


 リネットはノエルから視線外し、かすかにうつむくと、やつれた顔で小さく微笑んだ。ノエルも胸が熱くなり、込み上げるものを抑えながらリネットを見つめる。


「なんだよ、それ」


 しかし、それを静かに聞いていたソレアは怒りを堪えるかのように拳を震わせて言った。


「なんだよ、それ。なんだよそれ! お前が剣の腕が立つって? だったら……だったら……」


 ソレアは目に涙をいっぱい溜めて叫んだ。


「だったら、助けてくれても良かったじゃんか!!」


「!」


 ノエルの背筋に冷たいものが走る。ノエルは何も応えずうつむいた。即座にリネットが止めに入る。

 

「ソレア、もうやめてちょうだい。今更言っても仕方ないことよ」

 

 けれどソレアは止まらなかった。

 

 彼女はノエルに近づくと恨むように言う。


「そんなに仲良かったなら、尊敬してたなら、腕が立つんならユニスのことも守ってくれたって良かったじゃん!」


 ソレアの悲痛な叫びにリネットは顔を歪ませる。けれど、それでもなお彼女は反論した。


「ソレア、やめなさい! 突然のことだったって訃報を伝えにきた騎士様にも言われたじゃない。それにノエルさんだってユニス一人を守れたとは限らないの。あの時は小隊で町を巡回していたって言っていたじゃない。みんなが近くにいたわけじゃないのよ」


「でも、でも……!」


「それになんですか、その言い方は。まるでノエルさんがユニスを助けなかったような物言いはやめなさい! 誰のせいでもないのよ……」


「……っ」


 ソレアは拳を握ると一度だけ強く地面を足で蹴りつけた。やるせない思いが彼女の中に行き場もなく込み上げる。


 そんな二人のやり取りを聞いて、ノエルの心臓は激しく鼓動していた。


 彼女たちは知らない。あの日、ユニスのそばに誰がいたのか。

 そしてノエルには、ユニスに対する後悔があることを、彼女たちは知る由もない。


 込み上げる思いは心を締め付ける。このまま隠していても、吐き出しても、誰の心も晴れないだろう。


 けれど、たった一つ言えるとするならば、この湧き上がった罪悪感を再び飲み込み、彼女たちと偽りの笑顔で話すことは、若輩者のノエルには出来なかった。


「ソレアの言う通りです」


 気づくと、静かに口を開いていた。

「え……?」とリネットはソレアと共にノエルを見る。

 

 ノエルはうつむいたまま言った。


「その小隊に俺はいました」


 それから、まるで自分の心に重くのしかかる後悔を吐き出すように言っていた。


「あの時、俺が個人的な用事でユニスと離れていたのが悪かったのかもしれません。

 あの時、俺がユニスとカイに『待っていて』と言わなければ……俺も一緒にいたら、もしかしたら未来は違っていたのかもしれない。

 俺が敵の攻撃にもっと早く気づいていれば、俺が庇えていたらもしかしたら、ユニスは――」


 ノエルはそこで口を閉じた。これ以上タラレバ言っても仕方がない。

「……すみません」

 ポツリと呟くように謝る。

 

 リネットはただ黙って両手で自分の顔を覆っていた。

 

 けれど、その時彼の()()()()()()()を聞いたソレアは怒りで肩を震わせた。


「ふざけんなよ!」

 

 そして、ノエルの胸ぐらを掴み、ノエルの瞳をまっすぐ捉えるとあらん限りの声で怒鳴った。


「なんだよ、お前のせいでユニスは死んだのかよ!? じゃあなんでお前は生きてるんだよ! なんで、ユニスだけが死んだんだよ! えぇ!?」


「……ごめん……本当に……」


「謝ったってユニスは戻って来ねーんだよ! お前は今、それをアタシらに言って許されようとでも思ってんのか!? ふざけんな! ふざけんなよ!!」


 ソレアは渾身の力でノエルを突き飛ばす。ノエルは()()()()()()()、その場に尻もちをつく。それでも彼はうつむいたままだった。


「この――!」

 ソレアが拳を振り上げる。ノエルは甘んじてそれを受け入れようと目を瞑った、その時だった。


「やめなさい! ソレア!」


 リネットが顔を覆ったまま叫び声のように声を上げ、ソレアを制した。

 

 それでも怒りが収まるところを知らないソレアは拳を頭上高く上げたままリネットに反発した。

 

「こいつはユニスを殺したも同然なんだ! 黙っててよ! 魔物は倒せないけど、こいつ一人殴るくらい――」


「だからやめろつってんのよ! 聞こえないの!?」


「え――!?」


 ソレアとノエルは、突然口調が変わったリネットに驚き、口をつぐむと彼女を見た。

 

 二人見せたリネットの顔は、酷く歪み、誰よりも深い闇を顔に浮かばせていた。彼女は肩で息をしながら言う。


「アンタたち、さっさとここから出てって」


「お、おばちゃん……?」


「出ていきなさい!!」


 その瞳は怒りや恨みや、悲しみ、さまざまな感情で激しく揺らいでいた。ソレアは拳を下ろすと、再び乱暴にノエルの胸ぐらを掴み引っ張った。

 ノエルも半ば引きずられるようにして彼女と共に集会所へと戻っていく。

 

 リネットはその場に倒れ込むように膝をついた。

「ユニス……」

 彼女の、その痛ましい表情はノエルの目に焼き付いて消えなかった。

 


 それからノエルとソレアは共に集会所の表口から外へ出た。もう昼はすぎ、太陽は傾き始めていた。流れる雲が太陽を隠すたびに村は暗い雰囲気を見せる。

 

「お前、もう村から出ていけ」

 

 ソレアはノエルの隣に並ぶとそう言った。ノエルは他者よりも自分の気持ちを優先させてしまったことを深く後悔していた。

 

「あぁ。ごめん。本当に。ユニスのお母さんの前で、あんなこと……」


 するとソレアは「アタシに謝んな」と怪訝そうに眉をひそめた。「ごめん」と呟くノエルの声が小さくソレアに届く。二人の間にしばらくの沈黙が流れた。

 

 どこかまだ冷たさを含んだ風が二人の頬を優しく撫でる。

 彼女は流れる雲を見上げて口を開いた。

 

「……アタシも自分勝手に怒りすぎた。一番辛いのは、おばちゃんなのに」


 冷静さを取り戻した彼女は落ち着いた調子で言った。


「おばちゃんさ、ユニスの訃報を聞いてからずっと、何日も寝てなかったんだ。今にも後追って死んじまうんじゃないかと思ってた。

 薬売りさんが来てから、あの人の手伝いでなんとか持ち堪えていたと思ってたけど……」

 

 そうして彼女はわざとらしくため息を吐いた。

 

「本当に申し訳ない」

 

 ノエルはひたすら謝るしかなかった。そんな弱々しい彼を見てソレアは肩をすくめる。


「……あぁ、そうだ」

 

 そして、ふと彼女はあえて話題を変えるようにノエルへ普段の調子で聞いた。


「なぁ、お前これからどこに行くか決まってんのか?」

 ノエルはそっと顔を上げる。

「え? いや、決めてないけど、なるべく早く出ていくよ」

「あー、いや。そうじゃなくて」

「ん?」


 その時、ソレアはわずかにそっぽを向きながら立ち止まった。ノエルも少し先で立ち止まると振り返る。

 

「……どうかしたか?」

「いや。……あのさ」

 

 言いづらそうに彼女は口ごもる。

 再び太陽が雲の合間から顔を出し、二人を照らす。

 首を傾げるとソレアは意を決したように顔を上げた。

 

「アタシ、この村から出て行こうと思うんだ」

 

「えっ、どうして……?」

 

 すると、彼女は迷うことなくはっきりと言った。


「もう、この村も終わりだからだ」


 そのまっすぐな視線にノエルの方が言葉に詰まる。

「そ、そんなことないだろう。物資を届けに来てくれる行商人もいて、リラも村の人を救おうとしてて……」


 けれど、ソレアは首を横に振った。

 

「この村がこんな風になってすぐ、王国騎士が物資の配給に来てくれたんだ。医療担当の騎士様も来てくれた。……でも、おかしいんだよ」

 

「おかしい?」


「あぁ。どんなに食べ物をもらっても一日で底をついちまう。薬をもらっても、治癒魔法を受けても、まるで効かない。もうこの村は復興の余地がないんだよ」


「でも、この村がこうなってしまった原因を探れば解決策だって見えてくるんじゃないか? そりゃ今日明日を生きるためには食べ物をたくさん食べる必要はあるし、病気だってそんなすぐ治るものでもないだろう」


 ノエルの説得にもソレアは頑なに首を振り続ける。


「違うんだ。そうじゃないんだよ。アタシはずっとこの村で育ってきたからわかるけど、何かがおかしいんだよ。そんな理屈じゃアルデナ村は戻らねーって感じるんだ」


 彼女の表情に嘘はないように見えた。心から真剣に村のことを考えている。真面目な目だ。

 

 彼女がもう覚悟を決めていることをノエルは肌で感じた。

「でも、村を出てどこに行くんだ?」

 その質問にソレアはうつむく。

「決まってない。でも、村にいても皆死ぬだけだ。……アタシには金がない。だから……」

 そこでノエルはようやく彼女が自分の金を盗んだ理由がわかった。

「それで、俺の金を……」

 ソレアはため息をつく。


「あぁ。ほんと、アタシも何やってんだろうって感じだよな。……ユニスとは大違いだ」


「そうなのか……?」


「ああ。ユニスはさ……」


 と彼女はとつとつと、語り始めた。


「この小さくて何にもない村の英雄になるって言って村を出てったんだよ」


「そう、なんだ」


 それはノエルが初めて聞く、ユニスの最初の話だった。


「あいつ、チビだったろ? だからさ、村の子どもからよく揶揄(からか)われてたんだ。ユニスのお母さん……リネットおばちゃんは気丈で優しい人だから、泣いてるユニスを良く(なぐさ)めてた。

 だけどユニスは強くなりたかったみたいで、『母ちゃんの自慢できる息子になる』なーんて、ガラにもないこと言って村を出てったんだよ。そしたら、びっくり。あいつ本当に王国騎士になっちまった」


 ソレアは昔を思い返し、小さく声を出して笑った。それはノエルが見た、彼女の初めての笑顔だった。


「ずーっと村で一人、剣の練習してたんだ。みんな半信半疑だったんだけど。アタシもまさかと思ったよ。

 それで、村を出ていく時に……」


 ふと、ソレアの声が小さくなる。


「アタシのことも守れる騎士になるって言ってくれたんだ」


 彼女の土で汚れた頬がほんのりと赤く染まっていた。その瞳は優しく揺らぎ、彼女は彼を想うように微笑んでいた。


「あいつは本当は、村の中で一番強かったんだ。自分で道を選んで、進んでいく力があった。

 ……もしも、今ユニスがいてくれたら……」


 不意にソレアの声は暗くなる。


「助けに来てくれたのかな」


 寂しさと悲しみを含んだ声だった。そうして彼女は沈黙する。ノエルは、ユニスの過去を、そしてソレアの本音を聞いて思った。

 

 昔からユニスのことを尊敬していたのは本当だった。けれど、この時初めてユニスという人間をちゃんと知ることができたと感じる。

 

 誰にでも気さくで明るいユニスは、自分と出会う前にたくさんのことを考えていた。

 母のために、ソレアのために、村のために、彼は騎士になったんだ。


「ソレア」


 ノエルは立ち止まり、彼女の名を呼んだ。ソレアも止まると、こちらを振り返る。ノエルは彼女を見つめた。


 ごめんと謝るのは簡単だ。けれど、きっと謝罪なんか彼女たちは求めていない。彼女たちの立場に立ったら自分もそう思うだろう。


 そして、そう考えた時、自分には――ユニスの友人であった自分にできることは。


 ノエルは小さく微笑んだ。


「ユニスは、紅牙団に入団した頃、ソレアの言う通り、同期の中でも背の低い方だった。

 俺は入団当時から幼馴染のやつがいて、そいつにくっついてばかりで、他の誰かと話そうとすることはなかった。でもそんな俺にユニスは話しかけて来てくれたんだ」


 ソレアは黙って彼の言葉を聞く。


「俺たち結構気が合うみたいでさ、最近なんか『どの団がかっこいいかー』なんて、自分の団を差し置いて話してたよ。ユニスは入団の時白紋団と迷ったって言ってた。騎士団の土台を支えている団があるから俺たちは戦えるんだってさ」


「ふふ。そうだったんだ。あいつが白紋団って、なんか変なの」


「はははっ。まぁ、そんな無駄話しして副団長に大目玉喰らわされてさ。結局その話してたやつらと居残り特訓させられちゃったんだ」


「馬鹿でー」


 ソレアは笑った。


 ホロリと、涙が頬を流れた。


「ユニスは、周りがよく見えるやつだった。だから小隊組む時もいつも戦闘補佐だった。あいつは、誰かの動きに合わせて戦えるやつだったんだ。……本当に」


 憧れだったよ――。


 そう呟いた。


 ノエルは空を見上げた。流れる灰色の雲の合間から、わずかにのぞく青空を見つめて言った。


「また、話そう」


 ソレアはわずかに目を見開いた。

 その時、雲の合間から陽の光が細く差し込んだ。

 

 彼女も天を見上げる。


 空気は澱み、作物は枯れ、村は死の淵を歩いている。

 けれどソレアは曇り空を見上げてはっきりと応えた。


「……あぁ」

『ある青年の手記』8.


夜、ふと目が覚めると父と母が話をしていた。


『あの子をどうするか』


もとより、私は早死にする兄弟の最後に生まれた子だ。今死んでもまた二人は子どもを作る予定なのだろう。

彼らは唯一健康に育った兄さえいればいいようだ。


それは昔から知っていた。

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