【第三章】5.蘇る
ノエルはその後、手持ち無沙汰になったため広場へ戻ろうとしたが、リネットに頼まれ彼女の手伝いをすることになった。
集会所のすぐ裏の外で二人は病人に対して使う布を洗う。
「ありがとうございます。助かりますわ」
リネットは柔らかい表情で微笑む。ノエルは照れ笑いを見せた。
「いえ、このくらい……」
「おい、手ぇ止まってるぞ」
その時、ノエルに対して鋭い声が飛んできた。
二人から少し離れた場所にある突き出た岩の上に座り、彼を嘲笑うように見下ろしているのはソレアだった。
ノエルは小さく苦笑いをする。
「……ほんとに、女の子……なんだよな……?」
「あ? なんか言ったか、この野郎」
「別に」
彼女の言葉を受け流し、布を洗う手を動かす。こちらを眺める彼女に声をかけたのはリネットだった。
「ソレア。あなたも少しは手伝ってくれたっていいんじゃないかしら? この中で一番元気なのはあなたじゃない」
「フン」
ソレアはそっぽを向く。リネットは「もう……」とため息を吐くとノエルへ謝った。
「すみません。急に村がこんなことになってしまった中で、あの子も精一杯なんです。どうか許してやってください」
「まぁ、そうですよね」
自身の財産が盗まれそうになったことを告げ口してやろうかなどと思ったが、ここは穏便に大人な返事をする。しかし、そんなノエルの心をソレアが揺らがせる。
「おばちゃん! そんなやつに気ぃつかうことねーよ! こいつだってこの村から金を巻き上げる側なんだから」
「こいつだって……?」
その時、彼女の言葉が引っ掛かったノエルは立ち上がって言った。
「もしかして、リラが本当に金を巻き上げるためにやってると思ってるのか? リネットさんだって言ってたじゃないか、薬はとても安く売ってるし、看病に至っては無償でやっているんだろう?」
するとソレアは岩の上から笑い声をひとつ上げた。
「ハッ。お前って馬鹿なんだな。そんなの後でいくらでも請求できるじゃん。
だいたい、アンタだってあの人の魔法見たろ? あんなすごい魔法が使えるくせに治癒魔法のひとつも使っていないんだよ。どう考えても薬売りのフリして村の残った金を全部奪ってくやつだよ」
そうしてソレアは岩から飛び降りると畳み掛けるようにノエルへ言う。
「つーか、お前なんであの人に肩入れするわけ? 知り合い? あっ、それとも一目惚れってやつ――」
「おやめなさい! ソレア!」
二人を遮って声を上げたのはリネットだった。
「ソレア、他人様を侮辱するのは村長が許してもあたしが許さないよ」
リネットは洗濯物を干す手を止め、ソレアを厳しい顔で見つめる。ソレアはその声に一瞬怯むが、すぐにぐっと拳を握ると低い声で言った。
「なんだよ……。おばちゃんだってあの人のこと信じてるわけじゃねーだろ」
「それでも、リラ様が村の病人全員の面倒を見てくれているのは事実だよ」
「でもおばちゃんの方がおかしいよ! じいちゃんだって言ってたじゃんか『あの人を信じるな』って! だから誰もあの人の手伝いなんか引き受けなかったのに、おばちゃんが手を挙げるから、あの人がここに残っちゃったんじゃんか!
なんであの人のことを信じられるんだよ!」
その時、ソレアは何かを気づいたかのようにハッとした。そして、リネットをまっすぐ見つめた。
「まさか、あの人に何か言われたのか? 『ユニス』のこととかで……」
「――!」
リネットは顔を背ける。
「え……?」
聞き覚えのある名にドクン――とノエルの胸が強く鳴った。
刹那、ブワッと額に冷や汗があふれる。
「今……なんて……?」
「え?」
突然変わったノエルの挙動にソレアは不審そうに見る。
顔から血の気が引く。ある予感が脳裏に浮かぶ。
ノエルは乾いた唇を震わせた。
「ユニスって……?」
それを聞いてソレアは応えた。
「おばちゃんの子ども。アタシの幼馴染だよ。ま、でも二年前に村を出て」
「紅牙団に」
ノエルが彼女の言葉を先に言う。
「え――?」
その時ソレアと、リネットがノエルを見た。
「そ、そうだよ。つか、なんでお前ユニスの所属団まで知ってるんだ? ……まさか」
ノエルは胸に手を当て、動悸がするのを抑える。
そして、ゆっくりとぎこちない動きで隣にいるリネットを見る。
彼女をじっと見つめる。穴が開くほど見つめる。
リネットは不安そうな顔でノエルを見つめ返す。
胸の鼓動がどんどん早くなる。
リネットのそばかすのあるその顔は、どんなにクマができていても、痩けていても、はっきりとユニスの顔と重なった。
「ぁ――」
瞬間、脳裏にユニスの遺体が蘇った。
「――!」
ノエルは両手で口を押さえる。吐き気が込み上げるのを抑える。
肩が震える。
ノエルはその場にしゃがみ込んだ。
「ノエルさん!?」
「ちょ、ちょっと……」
リネットがノエルの背中をさする。ソレアも思わず心配の色を見せ、恐る恐るノエルに近づいた。
「はぁ……はぁ……」
ノエルの脳は『あの日』の記憶でぐちゃぐちゃになる。
血飛沫。叫び声。魔物の笑い声。仲間の怒声。
友の、虚な目。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
ノエルは大きく息を吸った。
リネットがそばで「ソレア、リラさんを――」と指示するが、それをノエルは遮った。
「待って……!」
「ノエルさん……?」
二人は不安気な顔でノエルを見つめる。ノエルは深呼吸を繰り返し、息を整えていく。何度も繰り返し、だんだんと呼吸が落ち着いていく。
胸に当てた手はまだドクンドクンと心臓の鼓動を強く感じていた。しかし、それでもノエルはおぼつかない足取りで立ち上がる。
そして、リネットを見つめた。
「俺……」
「……?」
リネットも立ち上がりノエルを見つめる。
その瞬間、ノエルは姿勢を正し、右手の拳を胸の前に当て一礼――騎士団員の敬礼を向けた。
「――それは……ッ」
リネットの背筋にぞわりと冷たいものが走った。咄嗟に口元を押さえる。
そして、ノエルは頭を上げ、敬礼を解かないまま元騎士団員として、言った。
「俺の名前はノエル=フェルディアと申します。数日前まで紅牙団に所属していました。そして――」
ノエルは苦痛な表情で、しかし、はっきりと声を上げる。
「ユニスは俺の同期であり……友人です」
リネットもソレアも言葉を失い、ただひたすらノエルを見つめるしかなかった。
ノエルもただ黙って敬礼をする。
生温い風が、まだ濡れている洗濯物を揺らす。
最後までお読みくださりありがとうございました!
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