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花束の剣士  作者: 夏麗よだか
第三章
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【第三章】4.疑いの芽

 彼女の白い花の髪飾りが風に揺らぐ。

 ノエルの後ろにいた痩せ細った少女もまたリラを見て声を上げた。

「薬売りさん……」


 魔物の大群は突然の攻撃に散り散りになる。しかし、それでもなおノエルたちを狙っていた。

 その様子を見て、リラは呆れたように言った。

 

「大人しい魔物なのに……。何をしたらこんなことになるの」

 

「あはは……」

 

 いつもの彼女の様子に、思わずノエルの身体から緊張感が解ける。


「ギィイイ」


 けれども虫もどきの魔物には関係ない。四方に飛び散った彼らは体勢を立て直すと、再び鋭い歯を大きく見せて襲いかかってきた。


「――っ」

 ノエルは少女を守るように覆い被さる。

 少女もまぶたをギュッと閉じる。


 ブブブブブ! と虫の羽音を響かせ、ものすごい勢いで迫り来る魔物の前へ、リラは(ゆる)やかな動作で立ち塞がった。

 

 そして、とても静かに、落ち着いた様子でその大群を見据えると、息をそっと吐くかのように唱えた。

 

断て(ヴァルゼルディア)


 刹那、魔物の大群の上空に大きな青白い魔法陣が現れる。そして、瞬く間に魔法陣から鋭い閃光が魔物の大群に降り注ぎ、それは一瞬にして殲滅された。


「ギャアァァァア――!!」

 

 不快な鳴き声が響く。衝撃で強い風が辺りに吹き荒れ、ノエルの琥珀色の髪やローブが激しく揺らいだ。

 

「すごい……」

 

 少女は目を開き、その光景を凝視していた。


「……」

 

 リラは強風の中、微動だにしなかった。

 

 透き通った瞳に長いまつ毛の影が落ちる。ボトボトと重い音を立てて地面に落ちていく魔物の死体を彼女はただじっと見つめていた。

 

「リラ……」

 

 ノエルは呟く。

 無力な彼には彼女が何を思い、死んだ魔物(それ)を見ているのか、想像もつかなかった。


 三人の前には魔物の死体が山積みになった。

 ノエルは少女を気遣いながら立ち上がる。けれど、少女はそれを押し退けるとリラの元へ駆け寄った。

 

「薬売りさん!」

 

 リラは少女を見ると言った。

「ソレア。怪我はない?」

「はい、アタシは全然。それよりも、薬売りさん……」

 チラリと少女――ソレアはリラの握る杖を見た。

 

「魔法使いさんだったんですね」

 

「そうだよ」

 

 リラはためらう様子もなく頷く。ソレアの表情はなぜだかどこか複雑そうだった。ノエルは二人に近寄る。


「リラもこの村にいたんだね。それに薬売りって……?」

 

 そう聞くとリラは苦笑して肩をすくめた。

 

「……見てもらう方が早いよ。

 ソレア、村長に魔物の件、知らせてもらえる? それからこの場所は後でわたしが片付けておくから、しばらくこの辺りの立ち入りを禁止させて」

 

「わ、わかりました」

 ソレアは頷くとすぐさまその場を離れて行こうとした。そんな彼女にリラは続ける。

 

「それから、その手にある物は返しなさい」

 

「え……? なんのことです?」

 

 ソレアはまるでわからないというように首を傾げる。リラは静かに言った。

 

「誤魔化しても意味ないよ」

 

「…………はい」

 

 彼女はとても不服そうだったが、おとなしくノエルから奪った小袋を彼に返した。それを受け取った時、一瞬だけソレアがキッと睨んできたことにノエルは気づき「あはは……」と苦笑いした。


「じゃあ、行こう」


 そうしてノエルはリラに連れられて、先ほど自身が訪れた礼拝堂まで向かった。

 

「ここ、さっきも来たな……」

 

 しかし、彼女が向かった先は礼拝堂のすぐ隣。一階建ての、横に長い建物だった。


「ここは、村の集会所みたいなところ」


 扉を開けて進んだ先には大広間が広がる。彼女はさらにその奥の扉を開けた。


「うっ……」

 

 異臭が鼻をつき、ノエルは思わず顔をしかめる。

 そこは大広間よりは狭い部屋で、開け放たれた窓から風が流れ込む。

 そして、部屋の様子にノエルは驚きの声を上げた。

 

「これは……」

 

 薄い布が床中に敷かれ、その上に痩せこけた人々が肩を並べて横たわっている。

 

 それは子どもから老人まで。

 

 皆、落ちくぼんだ目を閉じ、ぐったりとしている。

 

「まさか、死――」

「生きてるよ」

 

 ピシャリとリラが遮る。

 ちゃんと見るとみんな呼吸はしているし、手足もかすかに動いている姿にノエルは心底反省した。

 

「……申し訳ない」


 その時、リラの姿に気づいて一人のそばかすの女性がやってきた。

 

 彼女は髪の毛を後ろでひとつにまとめ、手には布を持っている。リラよりもずっと歳上のように見えるが、彼女はリラに敬語で話しかける。

 

「お帰りなさい、リラ様。言われた通り、皆さんに薬草を煎じた物を飲ませました」

 

「うん。ありがとう。これで少しは具合も落ち着くと思うよ。しばらく様子を見よう」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 彼女は丁寧に頭を下げた。その身体もまた痩せ細り、クマばかりの目で顔色の悪い見た目をしている。だが、それでもこの中では動ける方の人間なのだろう。

 

 そのやり取りを見ていたノエルが聞く。

「もしかして、リラはここで薬を?」

 脳裏には自身が怪我をした際に手当てしてもらった時の様子が浮かぶ。リラは頷いた。

 

「まぁね。ただ、町医者のとこにあるような大層な薬や技術は持っていないから、できる範囲で」

 

「そっか、すごいな」

 

「……ここの様子を見ておきたかったからね」

 

 ポツリと呟くと、リラはノエルが何か口を開く前に彼に向いた。

「あなたはどうしてここに?」


「あぁ、俺は――」


 しかし、それを遮ったのは部屋に入ってきた一人の老人だった。

 

「おい、そこの若いの」

 

 それは小さなメガネをかけ、長く白い髭を生やした人物であり、その後ろにはソレアがいた。リラは老人を見て言う。


「あぁ、村長」


 村長と呼ばれた老人は長い髭を撫でながら言った。

 

「皆の具合はどうじゃ」

 

 リラは寝ている病人を見渡しながら応える。

 

「煎じ薬を飲ませたところだから、しばらく様子を見ないとなんとも。ただ、みんな呼吸は安定している」

 

 リラは対等な立場であるかのように話す。

 村長はその態度が気に食わないのか眉間にシワを寄せ、怪訝そうに言った。

 

「だったらもうこの村から出て行ってくれ」

 

 その言葉に驚きを見せたのはノエルだった。

「え? どうして……。リラは村の人たちを助けてるのに」


「助けた?」


 ジロリと村長はノエルを睨むと、大きく鼻を鳴らした。

 

「ハッ。この大変な時に、大して効き目のない薬草ばかりを売って……村から金を巻き上げてるようなもんじゃ」

 

「そんな、そんなこと……」

 ノエルはそう言い、リラを見る。

 けれど、彼女は相変わらず静かな調子で言った。


「わたしにも生活があるから」


 そうしてまっすぐ村長を見る。

 

「それに、医者も呼べない中、誰が村の人たちを助けられるというの」

 

「……っ」

 

 その言葉は村長を刺激したようで、村長はあからさまに口を曲げた。その時、リラの後ろに控えていたそばかすの女性が柔らかい口調で言った。

 

「村長様、落ち着いてくださいな。リラ様のおっしゃることも一理あるでしょう。

 それに、薬を売ってると言っても、彼らの看病などはすべてリラ様のご厚意ですのよ。薬自体も、考えられないほどお安くしていただいて……」

 

「……」

 村長は不機嫌そうに口をつぐむ。リラは目を伏せると淡々と言った。


「それじゃあ、わたしは(かゆ)を作りに行くから。リネット、収穫物のある場所まで案内してくれる?」

 

「わかりました」

 

 そばかすの女性は名を呼ばれ返事をする。するとその時、村長は驚いたように目を大きく開いて声を上げた。


「お前! わしらの大切な食料にまで手を出すのか!? 今食べてしまったらもうこの先食べる物がなくなるんだぞ!」


「今食べないと死ぬよ」


 リラは村長の言葉を真っ向から否定する。彼女の言葉が至極真っ当であることはその場にいる誰もがわかった。それでも村長は食い下がった。


「しかし、この村全員分はないのじゃ! そこの病人に食わせてたら、まだ動ける者の分がなくなってしまう」


「明日、騎士団のからの配給があるって言ってたじゃない」


「ぐっ……」

 

 村長の言葉はリラには通用しなかった。

 彼が言い淀んでいると、ふとノエルは口を開いた。

 

「あの、俺、行商の方と一緒にレイヴァルから物資を運んできたんです。今、広場に」

 

 ノエルの発言にリラが反応する。

 

「商人なら騎士団の配給よりもいろいろとあるかもね。――ソレア」

 

「は、はい?」

 

 突然呼ばれたソレアは村長の後ろから顔を出す。

 

「村のお金を持ってきてくれるかな。どれだけ買えるか知りたい」

 

「え……、それは……」

 ソレアは驚いて口ごもる。リネットも「リラ様、それは……」と慌てた顔を見せた。

 

 いよいよ村長は顔を赤くする。寝ている病人にもお構いなしに、怒鳴り声が響き渡った。


「貴様! この期に及んで村の金にまで手を出す気か! この盗人(ぬすっと)め! これ以上村を弱らせるなら今すぐ騎士団に突き出すぞ!!」


 これには誰もリラを庇う者がいなかった。

 皆が口を閉ざす。リネットも先ほどまでは仲介に入っていたのに、今ばかりはリラの背後でうつむくだけだった。


 誰もリラが村の金に手を出されるとは思わなかったのだろう。その雰囲気は彼女にも伝わった。

 

 ノエルは何か擁護するものはないかと考えていたが、リラはそれを待たずしてため息をついた。


「食べ物よりもお金の方が触れられるのが嫌なんだ。変なの。まぁ、いいよ。

 リネット、ここは任せるから。何かあったら呼んで。広場にいる」

 

「あ……はい。わかりました」


 そうしてリラは彼らの横を通り過ぎ、部屋を出て行こうとした。その背を村長が呼び止める。

 

「待て。ソレアから聞いたぞ。魔物の大群が路地に放置されているが、一体いつ片付けると言うんだ。

 あんなものいつまでも放置されては迷惑だ!」


 リラはドアノブに手をかけ、振り向くことなく応えた。


「夜には」


 そのまま部屋を出て行く彼女の背をノエルは追いかけようか迷った。その場の誰も彼女について何も言わなかった。

 

 やがて扉は、パタン――と静かに閉まった。

『アルデナ村 被害報告書』より抜粋


提出先 : ヴェルシオン王国騎士団本部


ー概要ー


……現地住民の証言によれば、発生時、黒色の靄状の雲が上空を覆い、その一部が特定の対象へ向けて落下した後、靄は地表へ拡散し村域全体を覆ったとされる。


……なお、ラオニスおよびレイヴァル周辺で確認された魔物襲撃事案と異なり、本件では建造物の破壊痕跡や地形的損壊など、明確な物理的爪痕は確認されていない。


……本件が魔物による直接的侵攻であるか、あるいは魔族・魔術的干渉による現象であるかについては現時点で特定に至っておらず、継続調査中である。


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