【第三章】3.再会
礼拝堂は一階建の造りで、中には長椅子がいくつかと中央奥には簡素な祭壇が設けられている。
その祭壇には石の円盤がひとつ立てかけられ、円盤には均等に四つの、聖律の継承者の色のついた石が埋め込まれている。
ノエルが想像していたよりは人が少なかった。
数えるぐらいの人が長椅子のそれぞれに座っている。
ギィ……と扉を開ける音が響くが、誰一人としてこちらを見ようとしなかった。誰も、振り向く気力すらないように見えた。
「邪魔だ」
不意に背後からしわがれた声が聞こえ、ノエルは振り向いた。そこには、痩せこけた住民と思わしき男性がこちらを睨んでいた。
「あっ、すみません」
さっと横へ避けると、男性は疲れた様子で中へ足を踏み入れた。
「あの」と、ノエルが声をかけると、彼は目だけをこちらに向けた。暗闇の広がるその瞳に、ノエルはできる限り明るい声をかけた。
「俺、この村に来たばかりなんですが、今、広場で物資を配っているんです。良ければ――」
「金が……」
「え?」
男は顔をこちらに向けた。
「金が、いるんだろう?」
落ちくぼんだ目、痩せこけた頬、骨と皮だけのようなその顔は、ノエルをじっと捉えていた。思わずごくりと息を呑むと、静かに頷く。
「ええ……それは……」
すると、男は深いため息をついた。
「この村にゃ、金はねぇよ」
そうして、それ以上の会話は御免というように礼拝堂へと入って行った。
ノエルは一人、村を歩き回った。畑や水場にいる人にも声をかけてみるが、皆、大した反応はなかった。
「そりゃあ、食べる物がないんだ。金だってないよな」
その時、ふと、道の向こうからせかせかと走ってくるの人の姿があった。短髪のその人物は、背も低く華奢な身体つきで、ノエルよりも歳下のように思わせる。
「男の子か?」
彼は裸足で、こちらに勢いよく迫ってきている。
「うわ!」
刹那、少年はノエルの目の前で石に躓き、ぐらりと前のめりになった。
「危ない!」
咄嗟に手を伸ばし、その痩せ細った身体を抱き止める。少年は「わっ」と、その勢いでノエルの胸元に突っ込んだ。
「――っと、大丈夫か?」
ノエルは慎重な手つきで彼を起こす。少年は照れたように「へへっ」と笑った。
そうしてパッとノエルから離れると「大丈夫。ごめんよ!」と明るい笑顔を見せ、走り去った。
ノエルはその様子に思わず口元が綻ぶ。
「元気な子もいるみたいだな」
しかし、そう思ったのも束の間。
「――ん?」
不意にノエルは自身のローブにかすかな違和感を覚え、そっとローブの内ポケット辺りを手で押さえた。
そこに入っていたはずのものの『感触』がない。
「んん?」
ノエルは先ほどまで浮かべていた笑みを引きつらせ、勢いよく内ポケットに手を突っ込む。
そこにあるはずのものがない。
「小袋が……」
「――げぇ!? こんだけかよ!?」
瞬間、遠くから声が聞こえた。ノエルが顔を上げると、先ほどの少年が、ノエルの懐にしまっておいた、金銭の入った小袋を覗いていた。
「あぁ!?」
ノエルが目を見開き声を上げる。その声に思わず彼は「あ、やべ」と肩越しに振り向くと、すぐさま路地へ駆け出した。
「待て!!」
ノエルも地面を蹴り出す。
村の地形を完全に把握している彼はスルスルと細道を駆け抜け、ノエルと距離を離していった。
それでもノエルは、彼の手に持つ小袋から聞こえるかすかな小銭のぶつかる音と、騎士時代に鍛えられた脚力で見失ってもなお追いかけ続けた。
「くそ、なんなんだよ、あいつ! なんで追いついてくるんだよ!」
少年は青ざめた顔で逃げ続ける。
ノエルにとって、その金は唯一、明日を繋ぐ資金源だった。自身の財産を取られ、おちおち見逃しておけるわけがない。
そして、さらに言えばこの小さな村の逃げ場はほとんど限られていた。
村を二、三度ほど駆け回り、いよいよノエルは地形を把握する。
「待て!」
再び叫ぶ。少年は必死で逃げ続けるが、痩せ細った身体では体力は限られていた。だんだんと失速し始め、ようやくその腕に手がかかった。
「もう逃げられないよ! 俺の金を返してくれ」
「はぁ……はぁ……はぁ」
少年は顔中に汗を流し、息を切らしながらもノエルを睨んだ。
「これは……アタシの……モン……だ……」
「それは俺のだよ。……って、ん? あたし?」
ノエルは思わず聞き返していた。捕まえて間近でよく見ると、女性らしい柔らかい顔つきをしている。
「わ! ご、ごめん」
ノエルは焦って思わず掴んでいた手を離してしまった。けれど、彼女は疲れ切ってしまったのか、逃げようとしなかった。
必死な彼女の表情に、ノエルは何かを察したように言った。
「もしかして、物資を買いたいのか? それなら――」
「違う!!」
怒鳴り声が上がり、どこかで鳥が羽ばたく音がする。
ノエルは驚いて思わず口を閉じる。彼女はノエルを鋭い目つきで睨み続けた。
「アタシは、この金で――」
刹那、二人の前方から軋んだ鈍い音が聞こえた。
「ギィイイ」
「!?」
二人は音の方向を見る。目の前には実りのない畑が広がる。その前方に、背丈1メートルもないほどのおかしな身体の生物がいた。
「魔物だ……!」
彼女は小さく声を上げる。
その魔物は身体や顔は人間だが、背中には虫のような翅が生えており、一心不乱に畑のわずかな作物を貪っている。
「またあいつが……」
彼女は歯を食いしばった。その様子を見たノエルはハッと気がついた。
「まさか、あの魔物が村を……?」
「ギィイイ……」
「――!?」
突如、別の方からも歯軋りのような声に気付き、目を見開く。
「な、なんでこんなに!?」
気づくと、畑のあちらこちらに同じ虫もどきの魔物が現れていた。
「くっ……」
ノエルは咄嗟に彼女の身を、自身に隠すように抱き寄せる。
「わ! な、なにすんだよ!」
少女は怒鳴った。しかし、ノエルが真剣な表情で魔物を警戒していることに気がつくと、冷静に言う。
「大丈夫だよ、あいつら人間には興味ないんだ」
「え? そうなのか?」
ノエルの力が抜けた瞬間、彼女は逃げるように腕を離れる。
「あいつらはここの作物にしか興味がない。村の人間を襲ったりはしないんだ」
その声は憎しみに満ちていた。
「あいつらのせいで、育つ作物もまったく育たないんだ……! あいつらのせいで……」
そして、彼女は地面に落ちていた石を拾い上げると魔物を睨んだ。慌ててノエルが口を挟む。
「ちょっと、落ち着け! 刺激したらどうなるか……」
「へっ。こんくらい平気だろ」
少女は強く石を握ると思い切り魔物目掛けて投げ飛ばした。
「ギッ――!?」
その頭部に石が直撃する。傷跡から血が流れる。その瞬間、魔物はギョロリと――人間の目とは思えない、黒目だけの大きな目玉をこちらに向けると、大きく口を開けて叫んだ。
「ギィイイ!!」
そして、その声に呼応するかのように他の魔物たちも一斉にこちらを向いて「ギィイイ――!!」と奇声を上げた。嫌な予感がし、彼女は顔を引き攣らせる。
「やべ」
「だから言ったろ!」
ノエルは彼女の腕を掴むと、畑とは反対方向へ駆け出した。けれど、彼らを敵と認識した魔物たちは薄く大きな翅を高速で動かし、宙を飛んで追いかけてきた。
「おい! お前、なんとかしろよ!」
「え!?」
ノエルは走りながらその言葉にドキッとする。背中に冷たいものが走った。
「でも、俺……」
ノエルは言葉に詰まる。
「わっ……!」
その時、少女は道につまずき、激しく地面に倒れ込んだ。
「!」
ノエルはすぐに彼女へ近づく。
彼女の筋肉が痙攣するように震えている。体力が限界なのだろう。顔もさっきからずっと血の気が引いている。
「しっかりしろ!」
肩に彼女の腕を回し、起き上がらせようとする。
「ギィイイ!」
「――!!」
しかし、魔物は一瞬のうちにノエルたちと距離を縮めた。ノエルは彼女を背に庇い、魔物と対峙する。
腰に帯びた短剣を握る。
「助けなくちゃ……」
自分に強く言い聞かせる。守るべき相手が後ろにいる。戦う理由が今はある。
ノエルはひとつ、深呼吸をすると短剣を構えた。
魔物は感情のない黒い目玉をギョロリと動かし、ノエルを捉えると大群で襲いかかった。
「ギィイイ――!」
「――っ!」
その瞬間――。
「矛よ」
静かな言葉と共に、突如激しい閃光がノエルの真横を通過し、魔物の頭に直撃した。
それはとても強い攻撃で、頭部を失った一体の魔物は翅の動きが止まり、直後、ドシャッと音を立てて地面に落ちた。
「!?」
ノエルはハッと振り返る。
「まったく、こんなところで何してるの」
柔らかく静かな声が耳に届く。
それは聞いたことのある声。
もう一度、聞けたらと思っていた声。
「リラ――」
ノエルは安堵と嬉しさで小さく名を呼んだ。
そこには、翡翠色の宝石が埋め込まれた杖を握る、一人の魔法使いがいた。
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