【第三章】2.襲われた村
その日は昨日と同じ宿で一泊した。宿屋の店主は「おや、兄ちゃん一人かい?連れの子にでもフラれたか!」と大口開けて笑っていた。
思わず宿泊キャンセルしそうになったが、彼が今朝言っていたように宿泊代を少し安くしてくれたので結局そこで一夜を明かした。
翌朝、ノエルは行商人の荷馬車が集まる市場へと向かった。レイヴァルは商業施設の多い街のため、市場には人が多く集まっている。魔物の影響でやはりここも人は少なく感じるが、それでも朝から市場に来る者はそれなりにいた。
「えーと、集積所は……」
市場を進み、さらにその裏手にある石造りの倉が並ぶ場所へやってきた。本来なら荷馬車が並ぶ場所であるが、空きが目立っているように感じられる。
そして、そこに一人の行商人が帳簿を片手に、外に並ぶ木箱を指差しているのが見えた。
「おはようございます」
行商人へ声をかける。
彼は細い目をチラリとこちらに向けるだけで特に挨拶はなく、再び在庫確認に戻った。
ノエルが彼に近づき、口を開きかけた時、その行商人が言った。
「ノートから話は聞いてる。今日は忙しいんだ。さっさと荷物を馬車へ乗せてくれ」
「ノート……?」とノエルは首を傾げたが、すぐに古書店の店主のことを指しているのだとわかった。
そしてノエルは言われた通り、行商人のそばにある木箱へ手を伸ばした。
「うわ、重っ……」
思わず声が漏れる。
昨日の本とはまるで比べ物にならない重さだ。ノエルはしっかりと下半身に力を入れ、作業に取り掛かった。
荷馬車には木箱の他、穀物の入った袋や樽なども運び入れる。そして手際よく縄を絞めると、行商人は言った。
「本来なら助手が一人いたんだが、街の修繕に取られちまってるんだ。お前さんには一つ目に向かう村までお願いする。今から出発しても到着は明日の朝だな。報酬は売りモン売ってからだ」
「わかりました。よろしくお願いします」
ノエルは頭を下げた。すると、その時近くで別の行商人たちがこちらを見ながらヒソヒソと話している声が聞こえた。
「あいつ、本当に行きやがるぜ」
「あんな場所じゃ大して売れりゃしねーよ」
しかし、当の本人はまったく気にもせず御者台へ乗り込み「早くしろ」とノエルを呼んだ。ノエルも噂する声には耳を傾けず、共に乗り込んだ。
御者台は思ったよりも狭かったが、二人並べばちょうどいいくらいだ。
行商人は必要なことしか話さなかった。ノエルもまた、時々手綱を引き継ぐだけで静かに前を向いていた。
街道をすれ違う馬車は少なかった。馬の蹄の音が一定のリズムを刻む。
だんだんと、石畳だった道は舗装のされていない土道に変わっていく。御者台に伝わる振動が大きくなる。
そうして人気がなくなっていくと、今度は畑や民家がちらほらと見え始める。
やがて夜を迎え、その日二人は近くの宿場町で一泊した。
翌朝、眠気まなこをこすりながら、日の出と共に出発する。
「もうすぐだ」
日が完全に顔を出した昼前、行商人は手綱を引きながらそう言った。
「ん?」
しかし、すぐに彼は顔をしかめた。ノエルも「え?」と行商人の見つめる方を見遣ると、その異変に気がついた。
「あれは、畑が……」
民家が集まる場所が見えてきたかと思うと、なぜかその周りにある畑の土はまるで疲れているかのように黒ずんでいた。
草花はほとんど生えておらず、木々は蕾すらない枯れ木のまま。鳥の鳴き声ひとつない。この場所だけ、いまだに春を迎えていないのかと感じてしまう様だった。
荷馬車はその間をゆっくりと進んでいく。
「あの、今から行く村というのはこの……?」
わずかに寒さを感じながら行商人へ質問をする。
「あぁ。アルデナ村だ。……ラオニスを魔物が襲った日と同じ時に、この小さな村が別の魔物に襲われたって話だ」
それは宿の食堂で聞いた村の名だった。ノエルは辺りを見渡す。
水路は干上がり、村に中心に集まる家からは煙も上がっていない。つまり、火を起こして家事をしている様子がまったくないのだ。
しかし、ノエルが疑問に感じたのはそれ以外にもあった。
「ここは魔物が襲ったような爪痕がありませんね」
静かなその村にはラオニスやレイヴァルで見た、建物の傷や戦った痕跡が一切見受けられなかったのだ。
ただひたすらに、生気のない寂れた雰囲気が広がる。
「ああ。どんな奴が襲ったかは知らねぇが、アルデナ村は今、その影響で食物がないって話だ」
「なるほど。それで物資を」
「……ま、そんな善意だけじゃねぇがな」
行商人とそんなことを話していると、やがて広場のような場所で馬車は停止した。ここもまったくと言っていいほど人の気配がない。
「さて、荷物を後ろから運び出してくれ」
「はい」
ノエルは御者台を降りて手早く荷解きをする。行商人は地面に藁を敷いて、その上に荷物を置いていった。
「……それにしても静かですね」
ノエルは木箱を置きながら不安げに言う。行商人は村の様子にかすかに舌打ちをすると、ため息をつきながら言った。
「お前さん、悪いが様子を見てきてくれないか。東の外れに礼拝堂があるはずだ」
「礼拝堂、ですか?」
「あぁ。こんな状況だしな。祈るやつらも多いだろう」
「なるほど。わかりました。」
頷くと行商人に言われた場所へ向かった。
村を歩いていると、ノエルはあることに気がついた。
どうやら村が静かなのは、皆、建物の中にいるようであったからだった。こちらを不審な目で見つめる視線を建物のあちらこちらから感じる。
しかし、ノエルが視線に気づいて見遣ると、彼らは建物の内側に隠れてしまう。
「ちょっと……不気味だな……」
薄暗い家の中、火を起こすことすらしていない住民がどんな表情で、何を思ってこちらを見ているのかわからない。それがどこかノエルの心に不安を呼び起こした。
けれど、村を進んでいくと、畑や水場には人が集まっているのを確認できた。
皆、こちらに気づいていないのか目もくれようとせず、ただひたすらに畑の細く枯れたような作物を摘んでいたり、桶からわずかに流れる水を最後の一滴まで口に流し込んでいる。
遠目から見えるその背中は、背骨が浮き立って見える。髪の毛から何かこぼれ落ちるものが見えるが、あれは……ウジ虫……だろうか。
「酷い……」
思わず見ては悪いかと目を逸らしてしまう。
そして、なるべく人と目を合わせないようにして東へと向かった。
やがて、一軒の背の高い建物が見えた。それは住宅とは違って少し大きめで、入り口には簡素ながらも装飾が施されている。
「ここか」
ノエルは建物を見上げ呟くと、礼拝堂の扉をそっと押し開けた。
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