【第二章】5.月夜が照らす心
夜のレイヴァルには戦いの音が響いた。
寝ていた住民も何事かと目覚め出す。
しかし、騎士団が魔物を足止めしているのか、ノエルのいる宿にまでは避難指示は出なかった。
「……」
リラが自分を置いて行ってしまったあと、ノエルは布団の中で丸まっていた。
月明かりだけが部屋を淡く照らす。足元の布が血で汚れても気にしなかった。
「クソ……ッ」
頭が思考で埋め尽くされる。
きっと追わなきゃいけなかった。彼女は『一緒に行こう』と言ってくれた。それはきっと自分のことを信じてくれていたから。
でも、追えなかった。
追うタイミングを失った今、彼には理由が必要だった。
自分を奮い立たせるための、強い理由が。
「でも、俺が行ったところで何ができた」
足の痛みが、遠くで聞こえる戦いの音が、惨めに布団の中で彼女を待つ自分が、すべてが焦燥感を掻き立てる。
「もう……うるさいな……!」
騒がしい頭の中を静めるように必死に耳を塞いだ。
それでもなお、いろいろな考えが浮かんでは消え、心を騒めかせる。
永遠に近い時間そんなことをしていると、やがて外から聞こえていた音が静かになっていることに気がついた。
「……?」
しん……とした空間はノエルの心を鎮めた。
そうして、そっとベッドから起き上がると、ブーツを履いた。
「痛っ……」
傷口が圧迫される。それでもなんとか痛みを堪えながら立ち上がると、部屋を出た。
すぐ向いの部屋をノックする。
「……リラ?」
返事はない。
ノエルは二度ほどノックをし、それでも返事がなかったので、ためらいながらもそっと部屋の扉を開けた。
「まだ、帰ってないのか」
壁にはローブがかけられ、テーブルには飲みかけのティーセットが置かれているだけだった。
ノエルは扉を閉じると、少し考えて、宿を出た。
まだ魔物がいるかもしれないと、少々警戒しながら音の聞こえていた方へ歩みを進める。民家についていた明かりは消え、彼らは再び眠りに入ったんだとわかる。
痛む足を庇うようにしながら歩く。
ノエルは空に浮かぶ無言の月を見上げた。
「戦っていたんじゃないの」とリラの声が頭に響く。
「戦ってたよ」とノエルは応えた。
「でもさ、あれは……」
そう続けた時、不意に心の中に父の声がこだました。
重なるように唇が動く。
「騎士ならば、命に変えても民を守らねばならない」
ノエルは自らを嘲笑するように鼻を鳴らした。
「職業病だな。……もう騎士じゃないのに」
騎士をクビになって一日二日じゃ騎士時代に叩き込まれた精神は無くならない。
きっとあの時、身を挺して男性を守れたのは、そのおかげだと思った。
むしろ、辞めてすぐにも関わらず、あれからリラと戦うという覚悟を持てなかった方がおかしいのかもしれない。
「ったく……俺は何がしたいんだ……」
もはや自分の相反する行動が自分でも理解できなくなりそうになっていた。
そんなことを考えながら歩いていると、不意に後ろから慌ただしい声が聞こえた。
「こっちだ」
「急げ」
ノエルが声に気づいた束の間、数人の人物たちがノエルの横を駆け抜ける。
「わっ……」
ぶつかりそうになり咄嗟に横へ退いた。見ると、彼らは皆、同じ白き騎士のマントを着ている。
「白紋団か」
ノエルは彼らの後を追った。
白紋団の向かった先は臨時で用意された医療所だった。
ラオニスの時よりももっと簡易的なそこには、それほど重症者はいないように見受けられた。
常駐の蒼盾団員と共に、派遣されてきた白紋団員がいるようだ。ノエルは負傷者の合間を歩きながらリラの姿を探した。
「おかしいな、いないのか?」
一通り探すが彼女の姿は見えない。
その時、蒼盾団員と話をしている一人の男性の声が聞こえてきた。
「ほんとになんもねーとこから急に現れたんだ」
「なるほど。その時、何かいつもと違うことはありませんでしたか?」
どうやら事情聴取のようだ。民間人がたくさんいるこんなところでやるのかと思いながら、ノエルは彼らの後ろを通る。
そして、バレないように聞き耳を立てた。
「いや?なんもなかったと思うぜ。もう一人のやつとちょっとゴタがあってよ。それで軽く言い合いをしていたら、急に裏路地の暗いとこからアイツが飛び出してきて……。そういえば、俺と一緒にいたあいつは無事か? あいつ、バケモン見た途端俺を置いて走って逃げやがったから」
ノエルはそれが宿で助けた男性であると察した。
蒼盾団員は頷く。
「別の者から安全の確認が済んでいます。どうやら、どなたかに助けてもらったようですよ」
それを聞いて思わず足が止まる。あれから男性の生存を確認できていなかったが、生きているようでホッとした。
「無事だったんだ」
そう呟いて胸を撫で下ろした時。
「――ちょっと、君」
突然、背後から声をかけられノエルは肩を震わせた。
「は、はい!」
盗み聞きしていたことを気づかれてしまっただろうかと、おそるおそる振り返る。そこには一人の白紋団員がいた。彼はノエルの顔を見ると口を開いた。
「君、怪我してるんじゃないか?」
「え?」
「足、引きずってるじゃないか」
「あっ」
自分が足を負傷していたことを思い出す。白紋団員はノエルに近づくと言った。
「肩貸すよ。あっちに一箇所空いてる場所がある。そこで手当をしよう」
「あっ、いや、あの俺は」
ノエルは反射的に一歩下がった。その様子を見た団員は首を傾げる。
「君も魔物の被害者じゃないのか?」
「えぇと、そうなんですけど……」
「それならば傷を見せてほしい。我々は負傷者の数を正確に知る必要がある。それに、重い怪我なら早く治療をしないと」
「えっと、確かにちょっと怪我はしたんです。足の裏に。でも傷はそれほど深くなくて。足の裏だからちょっと歩くたびに痛いだけなんです」
「そうか?なら――」
「あの!」
ノエルは白紋団員の言葉を遮って口を開いた。
「あの、ここで女の人見ませんでした? 髪の毛輪っかにしてて、花の髪留めをした……」
「いや、見ていないが。私は先ほどここへ来たばかりなんだ。蒼盾団の者なら知っているかもしれないが……。もし行方不明ならこちらから捜索隊を出そう」
「あぁ、いや、それは大丈夫です。行方不明ってほどじゃないので」
あまり騎士団とは関わりたくなかったため、思わずそう言ってしまった。けれど、もしリラがこのまま見つからなければ行方不明として捜索願を出した方がいいのだろうか……?
「いや、リラに限ってそれはない。……たぶん」
「ん?何か言ったか?」
「あぁ、いえ!なんでもないです。それじゃあ俺はこれで」
ノエルは半ば強引に話を切り上げ、軽く頭を下げるとそそくさとその場を去ろうとした。
「君、待ちたまえ」
しかし白紋団員はなおも呼び止める。ノエルは「まだ何か?」と愛想笑いをしながら振り返った。団員は至極真面目に言う。
「そっちは今立ち入りを制限している。魔物との戦闘で建物が傷ついたからな」
「なるほど、わかりました。お気遣いありがとうございます」
ノエルは丁寧に返事をし頭を下げると、今度こそその場から立ち去った。
そして、立ち入り制限されてる方向とは反対方向へ歩いていき、彼らが見えなくなったところで進路変更した。
「はぁ。あんまり騎士団と関わらないようにしよう。
っていうかあの人、俺を見ても何も気づいてなさそうだったな。ま、俺も知らない人だったけど。
……ははっ、なら知らなくて当然か」
心がほんの少しだけ『自分も騎士団員であったことに気づいてほしかった』ことを心の隅で認めた。しかし、現実の厳しさにノエルはまたほんの少し、肩を落としてしまうのだった。
「えーと、魔物との戦闘があったのはこっちだったか」
なるべく誰とも出くわさないように注意を払いながら歩みを進めた。
やがて、たどり着いたのはレイヴァルの中央広場だった。
「ん?」
ノエルが路地の角から広場を覗こうとした時、不意に強い白い光が広場にあふれた。
「……っ」
思わず手で光を遮る。
しかし、それは一瞬の出来事で、すぐにまたそこは夜の闇に戻る。
「なんだ……?」
何が起こったのかわからず、おそるおそる顔を覗かせた。
ひらりと、一枚の花弁が目の前を流れる――。
「――!」
その光景に大きく目を見開いた。
月明かりが照らし出すのは、まるで星屑のようにひらひらと舞い散る白い花びらだった。
夜風が共に踊るように吹き抜ける。
そして、その中心には同じ色の花を髪に留めた一人の女性がいた。
「リラ……?」
天空に大きく手を伸ばしたその姿は、淡い月の光を受け、どこか祈るような姿にも見えた。
星と花が織りなす美しい光景に、ノエルは息を呑んだ。
天に伸ばしたリラの手のひらの上に一輪の白い花がそっと舞い降りる。彼女はそれを受け止め胸の前まで手を下ろすと目を伏せた。
「……誰」
不意に人の気配に気づき、視線をこちらへ向ける。
ノエルはハッと我に返ると慌てて暗闇から姿を現した。
「あぁ、来たんだ」
彼女は微笑んだ。気づくと花びらは一枚も無く、その手に乗っていた花もいつの間にか姿を消していた。
「リラ、ごめん。俺……」
申し訳なさそうにうつむく彼に、リラはなんのことかわからない様子で首を傾げた。ノエルは顔を上げる。
「俺、何もできなくて」
すると彼女はさも当たり前と言うような顔で応えた。
「一般人が戦う理由がないのは当然だと思うけど」
「う……」
悪意のない言葉だろう。けれどそれでも傷ついてしまう。リラの言い分は至極真っ当だし、彼女は自分を責めているつもりがないこともわかっている。
それでも、と言った。
「君は戦ったじゃないか」
「え?」
「俺、君を追わずに部屋に逃げてしまった……」
情け無い自分が嫌になる。リラはそんなノエルをじっと見つめると、真顔でさらりと言った。
「え、わたし戦ってないけど」
「……え?」
「え?」
二人は互いにきょとんと首を傾げた。
「戦っていない、とは」
「そのままの意味だけど……」
「え?でも鐘が鳴ったあとすぐ魔物の元に向かったんじゃ……?」
ノエルは思いがけない言葉に思考がぐるぐると迷走する。するとリラは小さく笑った。
「わたしは何もしてないよ。ラース・スウォームは見た目だけだからね。魔物慣れしてない騎士団でも対応できるんだよ。重症者もいなかったみたいだし」
「……え?」
「え?」
またしても二人で首を傾げる。ノエルは首を傾げたまま呟くように言った。
「じゃあ、俺を置いて行ったのは……」
「武器のない人まで頑張るほどの敵じゃないよ」
「え…?」
「え?」
リラは、まるで理解の追いついていないノエルに痺れを切らし「さっきから何?」と言った。
「そ、それじゃあ、どうしてあの時一緒に行こうって……」
「うーん。行きたいのかなと思ったから。窓から裸足で飛び降りるくらいだったんでしょう?」
「そ、そっか」
彼女の言葉にうつむく。そうして、小さく苦笑しながらノエルは頬をかいた。
「俺、行きたかった……のかな?」
「さぁ」
「俺、騎士だったから。あの時は目の前で助けを呼ぶ声が聞こえたから、助けなきゃいけないと思って。でも、その後は部屋に閉じこもって。……俺、どうしたかったんだろうな」
「……自分のことは自分で考えるのがいいよ」
彼女はひとことそう言うと、興味がないというようにさっさと歩き始めた。
ノエルもそれに気づいて慌てて駆け出す。
「ちょっと、待って――痛っ」
不意に足に鋭い痛みが走る。
ずっと歩いていたせいで傷口が塞がらなかったのだ。ブーツを脱いで見ると、血がまだ滲んでいる。
リラは振り返るとため息をついた。
「むしろ宿で待ってくれてた方が良かったよ」
そうして近づくと彼の腕を自身の肩に回した。ノエルはそれに慌てて声を上げる。
「わ、大丈夫!自分で歩けるから……!」
「こっちの方が早いよ。部屋に薬があるから」
「いやいや、でもこれはさすがに女の子には」
「あ、気にしてるところそこ?」
思わず口から出た言葉にリラが反応を示す。
ノエルはしまったと慌てて首を大きく横に振ると、とても真面目な顔で言った。
「いや、騎士だった身として、女性の手を借りるわけにはいかない」
彼女は大きく息を吐いた。
「あっそ。じゃあさっさと行くよ」
ノエルから離れると、彼女はまったく気遣う様子も見せず一人で足早に歩いて行ってしまった。
「あれ、怒ってる……? 待ってよ、リラ!」
ノエルは足を庇いながら後を追いかけた。
夜空が二人を静かに見守る。
最後までお読みくださりありがとうございました!
ぜひ感想等お待ちしております。
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