【第二章】3.レイヴァルの街
「うーーーーん……」
レイヴァルへ来てかれこれ小一時間、ノエルはある商品の前で唸っていた。
リラは、ふくよかな男性店主と顔を見合わせ、ため息を吐く。
二人はレイヴァルを訪れると、食事よりも先にノエルの意向で旅人用の用具専門店へ来ていた。店内にはトランクや水筒など旅には欠かせない品が並ぶ他、旅人用のローブやブーツも各種取り揃えている。
そんな中、彼の見つめる先には、どのローブよりも上質な素材でできた、魔法細工のされたローブがあった。
リラは静かに近づく。ブーツと床板の触れ合う硬い音がコツコツと響く。
「ねぇ」
小さく声をかけた。
「もう普通のローブでもいいんじゃない?」
「……だよなぁ……」
頷くと、ローブの値札を見て顔をしかめた。
「これ一着で24メル……。これ買ったら俺の手持ちの金はほぼゼロ……。さすがに手が出せる値段じゃないなぁ」
「それにこれからの具体的な目的もないんだから下手に高いの買っても仕方ないでしょ。他に揃えないといけないものもあるんだから。
それより武器屋には行かなくていいの?」
武器屋という言葉にピタリとノエルの手が止まる。
「武器はないと困るよ。騎士じゃなくても相応の剣は売ってくれると思うけど」
ノエルはかすかにうつむいた。そうして、考えるようにしながら応える。
「武器……。そうだな、必要だよな。……でも、別に剣じゃなくてもいいんだ」
「そうなの?」
リラはノエルの顔を見る。
その横顔はどこか後ろめたそうな、何か思い出したくないことでもあるような複雑な表情をしていた。リラはノエルから視線を逸らした。
「まぁ、もう騎士じゃないもんね」
トクン……と小さく心臓が鼓動したのをノエルは感じた。けれど、それがなぜなのかわからなかった。
そんな自身の気持ちを振り払うように冗談ぽい口調で、リラに苦笑いを見せた。
「せっかくなら、俺も魔法士になろうかな」
「魔力の足りない人間には魔法は使えないよ。今の時代はね」
「あはは、そうだよな〜。……って、リラ、どこに行くんだ?」
ノエルが決めきれずにいる中、リラはふらっと店を出ようとしていた。呼び止められた彼女は肩越しに振り返ると、少し呆れたように言った。
「外で待ってる」
そうして、さっさと店を出ると外の空気を吸い込み、大きく伸びをした。
「レイヴァルは相変わらず綺麗な街だ」
街は石畳で舗装され、さまざまな店舗が並んでいる。商業区であってもラオニスほど人であふれかえってはおらず、広い道には花壇やベンチが置かれ、上品な印象を感じさせる。
「リラ、待って」
慌てて店から出てきたノエルに、首を傾げた。
「決めなくていいの?」
「うん。あとでまた来るよ。待たせてごめんね。それより、一度どこかで食事でもしよう。もともと俺、ずっと空腹だったしさ」
「そう?それなら」
リラは頷いた。そうして二人は店を離れて少し歩く。
「ここはラオニスのような被害は受けていないみたいだね」
リラが街を見渡して何気なく言う。ノエルは「そうだな」とだけ応えた。
「あ、あそこ」
ふと、ノエルは建物の入り口で屋台を開いている店を見つけた。そこは手軽に食べられる物を売っている店で、ノエルは駆け寄ると店主に「サンドイッチ二つ」と声をかけた。
「8ベリンね」
店主が言うとノエルは懐から小袋を取り出し、中を覗く。そこには銀貨と銅貨、そして一枚だけ金貨が入っており、そこから銅貨八枚を店主へ渡した。
「まいど」
店主は銅貨と引き換えにサンドイッチが二つ入った袋を渡した。
「すごいね、二つも食べるの?」
リラが苦笑して言うと、ノエルは「え?」と首を傾げる。そして、袋からサンドイッチをひとつ取り出し、差し出した。
「……え?」
「リラの分だよ。食べなよ」
「あぁ……。……わたしは大丈夫。あなたが食べて」
フイ、と彼女は顔を背けた。
ノエルは、彼女はサンドイッチは嫌いなのだろうかと一度手を引っ込めたが、すぐにリラのお腹が小さく鳴いたので、小さく笑った。
「ほら、食いなよ。せっかくなんだし」
リラは差し出されたサンドイッチをじっと見つめると、ゆっくりと受け取った。
そして、ノエルがサンドイッチにかぶりつく隣で、限りなく小さな口で、それを口に含んだ。それを見てノエルは驚き、笑う。
「こう言うのは大きな口で食べると美味しいよ」
「そ、そう?」
リラは慣れない手つきで、精一杯口を開けてかぶりつく。しばらく咀嚼を繰り返しそっと飲み込むと、やがて彼女の瞳がほんのり輝いた。
「美味しい……」
表情の変化が少ない彼女が見せたその可憐な驚き方に、ノエルは図らずとも、可愛いなと思ってしまった。
「良かった」
笑顔を向けた。
小麦色のパンに少しの野菜と薄い肉が挟まり、薄くソースが塗られているそれは、それぞれの旨みがバランスよく舌の上で混ざり合い、とても美味であった。
決して豪華なものではない。しかし、その食事は二人の心を優しく温める。
「初めて食べた」
「え!?」
思わずノエルは咳き込む。強く胸を叩き、喉に突っかえた食べ物をゴクンと飲み込むと、目を見張った。
「これ、食べたことないのか?」
「……あんまり食に興味がなかったから」
「そ、そっか。これ結構どこにでも売ってるから。ちょっと高いから頻繁には買えないけど、良かったらまた食べよう」
「そうだね」
リラはそう応え、チラリとノエルを見た。隣ですでに食べ終えたその満足そうな顔を見て、彼女もまた、再び食べ始めるのだった。
「美味しい」
リラは誰にも聞こえない声で小さく言った。
――その表情にはうっすらと影が落ちていた。
日が傾き始め、空がだんだんと赤く色づき始める。
「宿を取る前に、武器屋にも寄っておこう」
ノエルはそう言い、リラと共にレイヴァルでも大きな武器屋へ向かった。
そこは厳かな雰囲気の建物で、少し重みのある扉を開けるとカランカランと乾いたベルの音が店に響いた。
中には2、3人の客がいる。店内は広く、石造りの壁にはいっぱいに剣、槍、斧、弓などの武器が整然と並べられている。
特に木枠で囲われ布敷きの上にある武器などはその見た目だけで値段の高さを感じさせる。
薄暗い店内をオレンジのランプが照らし、鉄と油の臭いがほのかに香る。ノエルはこの臭いを嗅ぐと「あぁ、武器屋に来たな」と感じるのだ。
店主は二人の来店をチラリと見遣るが特に挨拶はせず、奥へ引っ込んで行く。二人も気にせず武器を眺めた。
「さすが、広い店内だけあってすごい数があるな」
ノエルはどこか心が湧き立つ思いで店内を眺めた。ランプの光を静かに受ける武器は、まるで使用者を見定めているかのようだ。
剣のコーナーへ近づき、並べられた剣をざっと眺める。
「……」
しかし、その清く美しい剣の姿を見ていると、なぜだか、だんだんと心には暗く重いものがインクの滴のようにポトンと落ちて広がり、ノエルの心に違和感をもたらした。
「……?」
伸ばしかけた手が止まる。ノエルにもなぜこんな気持ちになるのかわからなかった。
その様子に気づいたリラは静かに近づく。
「どうかした?」
彼の顔を横から覗きこむ。ノエルはリラに気づくと慌てて首を振った。
「なんでもない。……別のも見てみようかな」
「そうだね」
彼女は何も聞かなかった。そうして二人は別の武器へと視線を変えた。ノエルはリラと話しながらさまざまな武器を眺める。
「それにしてもこうやって並べると本当、いろんな種類があるな」
「用途が多岐に渡るからね。……まぁ、よくこれだけ思いつくなとは思うけど」
「あはは……。うーん、とりあえず身を守るためだけなら最低限のでいいかな」
ノエルはそう言い壁沿いの台に並べられたダガーナイフを手に取った。そうして手に馴染むかどうか、握り方を変えてみたり、構えてみたりする。
「ふふっ」
それを見たリラが小さく笑い声を上げた。ノエルは「なんだよ」と聞く。リラははっきりと言った。
「ぎこちない」
「うっ……」
顔が熱くなる。ノエルはどこか羞恥を覚えると手にしていた武器をそっと台の上へ戻した。
「やっぱり慣れてる武器の方がいいんじゃない?」
リラの言葉に彼は考える素振りを見せる。しかし、申し訳なさそうに苦笑して頭を掻いた。
「うーん。なんか今日は上手く決められないな。すごく悪いんだけど、また明日でもいいかな」
「まぁ、別に。一日伸びるくらいなら」
「ごめん、ありがとう」
そして結局二人は何も買わずに店を出ることにした。
背後で奥から出てきた店主が不快そうな顔をしていたが、彼らに何か文句を言うことはなかった。
空はすっかり茜色に染まっていた。
【ヴェルシオン王国通貨について】
ヴェルシオン王国における通貨は、金貨・銀貨・銅貨の三種より成る。
金貨〈Luo〉、銀貨〈Mer〉、銅貨〈Verin〉と称す。
比率は十進法を採り、
一金貨は十銀貨、一銀貨は十銅貨に相当する。
金貨は貴族階級および高額取引に、
銀貨は商取引ならびに日常流通に、
銅貨は庶民の小額支払いに用いられる。
なお、補助貨幣は存在しない。




