【第二章】1.静けさ
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【第二章】1.静けさ
翌朝、朝日が昇ると同時に騎士団本部二階奥にある小さな執務室で二人の男が話していた。
木のテーブルの上には書類や地図が散らかっている。
「魔族シャドール=ベルについて報告がある」
そう言ったのは目元以外を黒い服装で隠した翠影団団長のヨルムだった。それを聞くのは銀のマントを羽織る騎士団統括グラン・フェルディア。
「現在も引き続きやつの生命反応はない。本日昼には研究部と連携して、やつの身体解剖を始める」
「うむ。くれぐれも気をつけるように。……シャドール=ベルに関してはナイフ・グレムよりも謎が多い」
「そのナイフ・グレムについても追加の報告だ。やつらの死骸について、本部の収容施設へ厳重な警備のもと保管を継続していたが……すべての個体が突如として消滅した」
「何? 消滅?」
「……警備の証言と照らし合わせると、おそらくシャドール=ベルの捕獲と同時刻。施設から忽然と消滅したそうだ」
「……魔物は生命反応がなくなると消滅するという話も、確か文献に載っていたな……。シャドール=ベルの方は?」
「現時点では問題なく保管が継続されている。ただし今後も問題のない保証はないが」
「そうか」
昨日から業務に追われ続けているグランはため息をつくと目頭を押さえた。そして、翠影団から上がってきた報告書を見て、今度はそこに羅列する文字を口にした。
「新たな第三者の影か……」
ヨルムはわずかに布の合間から見える目を伏せて頷く。
「うむ。シャドール=ベル捕獲時、やつはすでに別の魔法のような術でその身を縛られていた。古代魔術によって形成された結界の破壊もおそらく何者かの手によるものだろう。結界が破られたと同時に我々は負の魔力を辿った。ほんの数分だったが、やつはすでに拘束されていた。
単独か複数人によるものか、わからない。シャドール=ベルを拘束していたのは魔法であり魔法でない力……」
「魔法であり、魔法でない……」
グランは繰り返す。彼は剣士であり魔術は専門外であった。基本的な知識はすべて把握していたが、それでも彼にとっては未知と言わざるを得ない。ヨルムは続ける。
「魔力の量が多いなどではなく、そもそもの性質が違うように感じられる。まるで、どこかに向かって流れているような……清らかで穢れを持たない、そんな力だ。魔力と呼ぶのが正しいのか……」
「珍しいな。お前がそこまで言葉に詰まるとは」
グランはわずかに口角を上げる。ヨルムはそれには応えず、腕を組んだ。
「シャドール=ベル発見時、やつからすでに生命反応がなかったのはやつの意思なのか、その謎の魔法なのか判断はできなかった。やつの結界を破ったのがその魔法使用者と同一かも不明だ。ゆえに……」
「王国騎士団の知らぬところで、謎の力が動いているということか」
「うむ。それが味方か敵か、あるいはどちらでもないのか。しかし、異様なほど痕跡を残していないところを見るに、王国騎士団には足取りを掴ませまいとしているのかもしれない」
グランは再びため息をついた。新しい一日を告げる朝日が窓から差し込む。しかし、彼らの顔には影が落ちるように曇っている。
「これはおそらく、始まりに過ぎないのだろうな……」
グランはそう呟いた。
ヨルムはその言葉が聞こえたのか聞こえなかったのかわからないが、おもむろに窓の外の青空を見上げた。空を自由に平和に飛ぶ鳥が視界に映る。
「ノエル・フェルディアは――」
不意にヨルムが口を開いた。
「どうするのだろうな」
彼があまり口にしない話題にグランは少々驚いたように顔を上げる。
何を考えているのかわからない様子のヨルムにグランは何も応えなかった。
その時、控えめに部屋をノックする音が響いた。入ってきたのはエディルモントであり、彼は一礼すると言った。
「国王陛下がお呼びです」
『シャドール=ベルに関する機密報告書』より抜粋
本個体は古文書記録との照合により、「シャドール=ベル」と推定される魔族である。
魔物とは異なり高度な知性と理性を有し、人語による対話が可能。配下魔物を人間の影に潜伏させるなど、通常種には見られない領域干渉能力を確認した。
捕獲時、対象に生体反応は認められなかった。しかし残留魔力の質および術式痕跡は明確に魔族級を示しており、単なる死亡と断定するには不自然な点が多い。
死因は自壊・他者介入ともに不明。
現場には王国未登録の古代術式結界が存在し、加えて別系統魔力による拘束痕も確認された。発動者はいまだ特定に至らず。
未解明事項が多く、本個体の真の能力・目的は不透明である。
研究および封印管理は最大限の警戒下で、慎重に継続するものとする。




