【11章-2話】向かう
メリアは寮の自室へ戻ると、勉強机の椅子に腰掛ける。
しばらくそのままになっていると、そのメリアの様子が気になったのか、ラリアードはメリアに駆け寄ると首を傾げ、訊ねた。
「如何致しましたか」
メリアは待たずラリアードの質問に答える。
「…お母様の手紙を読もうと思ってて」
そう口では言うが、手紙を仕舞っている引き出しに手を掛けていない。
(心では読まなきゃって思えるんだけど…)
俯いて、メリアはスカートの裾をつねる。
「…」
「…」
どちらも声を出さず固まっていると、余程気まずかったのか、ラリアードが最初に切り出した。
「紅茶、お出ししましょうか?」
(あっ…)
メリアは小さく頷くと、「お、お願いっ」と小さく言った。
(…ふぅ)
一度、心で深呼吸してみるが、効果が感じられなかったのでメリアは今度は口で思い切り深呼吸をしてみた。
「…ふぅっ……ふぅ…」
メリアが丁度息を吐き終わったタイミングで、真横から声がした。
「只今、淹れました」
(…っ?!)
少し驚いたが、直ぐに気を持ち直してメリアはまた小さく「ありがと…う」と呟く。
ラリアードは、勉強机に淹れたての紅茶を置くとメリアの斜め後ろに控えた。
「…あっ」
メリアがカップを口に近付けると、その流れで鼻に紅茶の香りが流れ入ってくる。
(この紅茶…)
その香りに、メリアは覚えがあった。
メリアは、眉をへの字にしてラリアードに訊ねる。
「えっと…。これ、生徒会室から盗ってきたやつ…」
柑橘系の香りがした。
いつかの、ラリアードが生徒会室から盗んできたものだ。
メリアが苦笑いしながら言うと、ラリアードはその反応が、さも当たり前のように答える。
「そうですが…。別のものに変えましょうか?」
「あ…ぅ。大丈夫…っ」
ラリアードの言葉に返した後、メリアは1口カップを傾けて、紅茶を飲む。
(…意外と久しぶりに飲むなぁ…)
温かいカップの紅茶を眺めていると、斜め後ろからラリアードが顔を出す。
「嬉しそう、ですね」
(えっ…?)
その言葉にハッとしたメリアは、自身の顔を触る。
自分では分からないが、恐らく、きっとそうなんだろう。そういうことにしておこう。
そう思うと、メリアの表情が一息に柔らかくなるような感覚があった。
自分でも分かるくらいに。
自分は、今、笑っているのだ。
自分の意思で作った、自然な笑みを。
メリアはカップを机に戻し、胸に手を当てて、更に口角を上げる。
(…)
「…ありがとう」
「…?」
メリアの突然の言葉に、ラリアードは聞き取れていなかったのか頭の上に?を浮かべる。
その疑問に対するように、メリアは言った。
「勇気が出た…の。今からやることに」
そう言うと、ラリアードは無表情のまま、礼儀正しく言った。
「お力になれたのなら、良かったです」
メリアは机に向き直して、引き出しを開けた。
やはり、封筒はとても分厚かった。
孤児院長から貰った時も思ったことだが、再び持ってみても、その感覚が変わることは無かった。
メリアは封を開ける前に、最後の、深い、深い深呼吸をした。
「ふぅっ…、ふっ…ぅ」
その手を、ロウの封に掛けた。
初めに、ロウで封された手紙を開けるのは何回かあったが、その何回の内で1番に取れやすい、と思った。
次に、内容物を引き出した。
厚い手紙の束に、2枚の写真が入っていた。
1枚は元々入っていたのだろう、と思ったが、もう片方は少々雑に入れられていたので、孤児院長か誰かが後入れしたのだろう。
きっとその影響で封も取れやすくなっているのだろう。
メリアは意を決して手紙の束を開いた。
母からの手紙、と言われたので少し気を張っていたが、その緊張は直ぐに解かれた。悪い方の意味で。
メリアは最初の1文を読むと、手紙を持つ手とは反対の手を口元を塞ぐように当てた。
(…っ)
口を塞いでも息が上がり、ハァ、ハァと声が微かに漏れる。
そこに書かれていたのは、メリアにとって刺激の強いものだった。
――“愛するメリア”
そんな言葉から始まった手紙だった。
しかし、書かれている文字はとても落ち着いているようには見えなかった。
言い表すなら、走り書きをしたような文面のように見えた。
この字がメリアの母自身の文字なのか、メリアは知る由もない。
(…落ち着けっ、…落ち着け)
メリアは心に暗示しながら、手紙を読み進めた。
――この手紙がメリア自身に渡っていることを願い、この文を書きます。
まず、これは私という存在が人間の世から消える前に書いたものだということを先に伝えておきます。
…次に本題へ行きましょう。
メリアには、今から伝えることについて、あなたにしてもらいたいことがあるのです。
その時が来たことも含めて、この手紙を書いています。
早速ですが―――
この後は読めなくなっていた。
恐らくだが、制限魔術だろう。
メリアが“することをしなければ”、制限は解けないのだろうか。
これは唯の考察に過ぎない。
だが、メリアは賭けた。
唇を噛み締めると、覚悟を決めた表情で勢いよく音を立てて立ち上がった。
乱れる呼吸を気にすることもないまま、メリアは窓を開けて、机の引き出しから一冊の本を持ち、飛行魔術の詠唱無しで飛び出した。
(…)
その後を、メリアの後ろに控えていたラリアードは追いかけた。
怪我を確信して飛び降りたのに、メリアの身体に痛みは走らなかった。
その代わり、不自然な浮遊感に見舞われていた。
ラリアードが身体を浮かせてくれたのだ。
お礼を言おうとすると、それまでなかった症状が、いきなり目眩がした。
(…っ)
声を出すまもなく倒れかかるが、またもやラリアードが支えてくれたようで、落ちることはなかった。
「あっ、ありが…っ」
メリアの声にラリアードは飛ぶのを止め、地に立つ。
「休まれた方が良いのでは…?」
心配しているようだった。
メリアは心配の声をかけられても尚、意志を持って伝えた。
「行かなきゃっ、…いけないっ、のっ」
メリアの最大の声で伝えると、ラリアードは反抗することもなく、ゆっくりと徐々にスピードを上げて飛行を再開した。
しばらく目を閉じた後に、メリアは大事なことに気付いた。
(あっ…、目的地…)
「行く、所は…っ」
直ぐにラリアードに伝えると、ラリアードは前方を向いたまま言った。
「――全治の森に向かっております」
自分が言おうとした場所に向かっていることに驚いたメリアは、出せる力で辺りを見回す。
間違いなく全治の森に向かっている。
満月が滞りなく見えるからだ。
昇りが遅い月は、学園寮では深夜でしか見れない。
それに比べて全治の森付近の地形は、苦労せず辺りを見渡せば満月が見えるくらいなのだ。
安心したメリアは、 長めの息を吐いた。
少しして、ラリアードの足が地に着いたのを感じると、メリアは身体を起こし、草原に足を置いた。
足が着いた瞬間、メリアは止まることなく目の前にある月明かりに照らされた森に向かって、全速力で走り出した。
(…急げっ)
途中、元々荒れていた声の震えと、走った時の息の上がりで胸が苦しくなったが、それでもメリアは走った。
足元に何がいるのかも分からない草原をひたすらに足を動かして走った。
走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走った。
その時だった。――
――「メリア?」
誰かの声がした。
聞き覚えのない声だった。
メリアは足を止めて辺りを見渡す。
外に比べて、森は薄暗くほとんど何も見えない。
その中で、僅かに白い光るものが見えた。
(…?)
その姿を、メリアはしかと見た。
“それ”は、幼い自分を抱いた、父親と母親の姿だった。




