【11章-1話】自分宛の忠告
メリアは目を覚ました。
何の変哲もない自室だった。
メリアはその事実を確認すると、その後に10秒も経たず身体を起こし、ベッドに腰掛けるようにしてぼぅ、とした。
(…)
昨日のことを振り返っていた。
――昨日の放課後。
メリアは担任に言われた通り、誰も彼もいない静かな教室に残っていた。
(…誰も来ない?)
メリアは教室にある時計を確認して時刻を確かめる。
帰寮時間もとっくのとうに過ぎていて、日は傾いて空が秋に似合うオレンジ色に変わっていた。
「待ってた方がいいのかな…?」
ポツリと呟いた。
しかし、その声に反応する者はいないので、当然返事が返ってくることはない。
メリアは再び考え込む。
(…し、職員室に……。行ってみようかな…)
本心を言うと、これは絶対にしたくない行動である。
人の多いところに自分から行くのは、メリアにとって真っ暗闇に足を踏み入れるくらい恐ろしいことだ。
そんな考えがありながらも、メリアは教室の外へ出た。
夕日が差し込む廊下を歩いていると、静寂の筈の廊下に、メリアの足音の他にもう1つの音がした。
(…っ)
鼓動が高鳴るのを感じながらも、メリアはゆっくりと廊下を歩む。
やがて、もう1つの足音が前か、後ろか、どちらか付近に感じられるのと同時に、階段の角へとメリアは歩く。
そして、階段の手すりに手を掛けようとしたときだった。
「――ファスリード」
後ろから声を掛けられた。
メリアは、迷わず振り返ると見覚えのある姿にふぅ、と小さく息を吐いた。
『…スウェディ様』
「ごめんね、驚かせちゃったかな…?」
タビアスト・ディア・スウェディだった。
『い、いえっ…。そうでは…っ』
メリアはたどたどしく答える。
そんな様子を見ると、タビアストは気を使ってもう一度「ごめんね」と言い、続けて話を続ける。
「…着いてきてくれるかな。大丈夫?時間とかは。…って言っても呼び出したから大丈夫かな」
『は、はい…っ、大丈夫です』
(……そういえば、どうしてタビアスト様がここに?)
ふと疑問に思ったメリアは、少し迷うがタビアストに言葉を詰まらせながら訊ねる。
『あの…、タビアスト様』
「うん?どうかしたのかい?」
『あっ、えっと…。あの…。何で、タビアスト様がここにいるのかな、と思って…』
メリアが言うと、タビアストは驚いた表情でメリアを見た。
「あれ、ナウアールから聞いてないか?」
(ナウアール様から?)
メリアはしばらく考え込むが、ナウアールとは最近顔を合わせていないし、重要なこと等は何も言われていない。
『…恐縮ですが、……何を?』
「ナウアールには先々週に言っておいたんだが…。この学園では、毎年取り憑き精霊警戒期間の終わりに最高魔術師が見回りをするんだ」
『…見回り、ですか?』
「あぁ、ここは大切な見習い魔術師の通う学園だからね。こういうことは多くするんだ。…でも、ここに来た理由は、この他にもあるんだ」
タビアストは右手の指をパチンと鳴らすと、一通の便箋を魔術で取り出す。
そして、手に取るとメリアに素早く渡す。
メリアは不思議に思いながらも受け取ると、右側に見えた1階へ降りる階段に向かおうとすると、タビアストはそれを遮り、更に奥へとメリアを誘導する。
それから少し経つと、タビアストは立ち止まり、1つの部屋の扉を開け、中に入る。
メリアも続けて入ると、タビアストは近くにあった椅子を引き、それに腰を掛ける。
メリアも中に入ると、タビアストが机を挟んで向かい側の椅子を指し、座るよう促した。
メリアが椅子に座ると、タビアストは足を組み、メリアに向けて話す。
「開けてみろ」
タビアストがメリアに渡した封筒のことだろう。
メリアは言われた通り、ロウで封がされている便箋を指で開ける。
そこには封筒に入るように、綺麗に折り曲げられた1枚の紙が入っていた。
(手紙…?)
「お前の住んでた孤児院の院長からの手紙だ」
タビアストの言葉に、恐怖を感じる。
同時に怒り、憎悪、孤児院での日々の記憶を思い出される。
許してはならない、憎むべき相手だ。
しかし、開けないわけにはいかない。
メリアはそっと紙を広げ、その文面を見た。
――“母親の手紙を持って、孤児院に来い”――
広い紙の上には、それしか書いていなかった。
(……)
正直見たくはなかった。
孤児院長からは、負のイメージしか思いつかないからだ。
同時に、そう言えば手紙、すれ違いざまに、俺が言うまで絶対に開くな、と言われてたな、と孤児院長に言われたことを思い出す。
メリアはそっと紙を折れ目通りに閉じると、タビアストを見た。
「…まぁ、良くないことが書かれていたことは察する。が、続けて、別に見て欲しいものがある」
タビアストはそういって何処からか別の便箋をメリアに渡す。
裏面に宛先が書いてある。
これはタビアストに宛てられた手紙だ。
メリアは閉じられている場所を開けようとする。
しかし、こちらは案外時間を掛けずに開封することが出来た。
こちらの便箋には一度開けられた形跡があった。
恐らく、タビアストが開けたのだろう。
メリアはまた便箋を開けると、また中の手紙を取り出す。
こちらは2枚重なって折られていた。
メリアが開くと、タビアストは内容を説明するように話を続ける。
「封の紋様で分かると思うけど、これは国王からの手紙だ」
メリアの背筋が凍る。
国王の手紙を受け取ったことがないので驚いているのもあるが、それ以上に――
手紙の内容に、メリアは言葉を失った。
――メリア・ファスリードを拘束せよ。――
メリアが手紙を床に落とすと、タビアストは同情するように手紙を拾い、自分の手元に戻す。
「先々週、これが届いたんだ」
メリアは手を震わせながら、信じられない、という様子でタビアストを見る。
しかし、動じることなくタビアストは続けた。
「期限は今月末まで。来週辺り、というところか」
『…それは、どういうことですか…?』
一応、聞いてみた。
返事のパターンは大体想像はついていた。
メリアを拘束する為に、ここに来たということだ。
今更抵抗するのもなんだな、とメリアは表情を変えずに、タビアストの次の言葉を待っていた。
けれど、タビアストの口から出た言葉は、予想していた言葉を一層上回った。
「まぁ、色々と理由はあるんだけど。まだ伝えるには早いかな。…でもこれだけは言っておこう。――君は悪くない。だから、1つ忠告をしておく」
「――孤児院に行け」
タビアストの口からは、そんな言葉が聞こえた。
メリアがその言葉を聞いても尚、固まっているのを見たタビアストは、流石に表情を変えないメリアに焦ったのか目を泳がせ、説明を付け足す。
「…ナウアールがついて行ってくれる。明日には行っておいた方が身のためだ」
メリアはその言葉を聞くと、拳を胸に当てる。
(…ナウアール様と…か)
自然と、メリアの目線が下に行く。
それを見たタビアストは小さく呟くように言う。
「君とナウアールでトラブルがあったのは知ってる」
(えっ…?!)
驚くメリアを見ると、安心したのかタビアストは微笑みを浮かべる。
「…とまぁ、色々伝えたかったんだ。……今日はもう遅いから寮に戻るといいよ」
その後は、タビアストに誘導されるまま、メリアは寮へと戻った。
メリアが寮の中に入るのを見たタビアストは、和らいでいた表情を固め、校舎とは反対方向を見る。
(やっぱり嘘をつくのは慣れないな)
見回りの為に学園に来た、というのは嘘である。
タビアストは学園の門付近に来ると、歩みを止めた。
――タビアストが嘘をついたのには、別の理由がある。
それを証明する証人が、夕日が照らす木陰から現れた。
「……じゃあ、行こうかな」
タビアストは、そう言うとその人物の名を呼んだ。
「宜しく、アリア・ラクアレーン」
言うと、相手は頷き、言った。
「宜しくお願いします」




