第77話 戦闘試験開始までの日々
前回のあらすじ:
小山ダンジョン出身の受験生について配慮が要請された。
ユウキたちの受験に素質至上主義者が絡むことになった。
――11月29日。
東京ダンジョンに来てから約3か月。
ユウキたち3人はこの間、基本的には受験勉強と修行、そして自分たちのダンジョンでの魔物討伐を行ってきた。
クラン黄昏用のダンジョンボス討伐の際、ダンジョンマスターであるサクラも戦闘に参加できることを確認したユウキとタマキは、自分たちのダンジョンではダンジョンサブマスターとなることにした。
ユウキたちのダンジョンは、現状出入口部分を除いて殆どの部分が地上エリアへと変更されている。まだ細部まで作りこんだわけではないものの、各自が1日2回使えるランドマーク転移を有効活用し、未攻略の塔やゲートを制覇しながら訓練をするための変更だ。
この訓練では時間の関係でユウキの魔石回収を併用してはいるものの、多くの魔物をタマキが倒して戦闘経験を積み上げている。
つい2週間ほど前には、スミレ経由で依頼されたダンジョンに関する仕事も一つこなしていた。
とはいえ今回依頼された内容は、訓練用ダンジョンの確保ではなくダンジョンボスを出現させる事だけだったのだけれど。
これは、『他のクランの協力を得るためには、ダンジョンボスを実際に出現させられることと、その強さを確認してもらった方がいいのでは?』という意見が採用された為に順番が変更となったのだ。
実際にユウキたちがやったことは、過去に発見された未管理ダンジョンの初級ダンジョンコア施設まで行き、ダンジョンボスを出現させるという事だけなのである。
そして明後日にダンジョン科の試験が始まる今は、最初にして最大の関門である対人戦闘試験に照準を合わせて修行を続けている。
本来の意味では対魔物試験が本番なのだが、ユウキに関してはこの対人戦こそが一番の課題なのだ。
「「「よろしくお願いします」」」
掛け声とともにユウキたち3人は先ずは型稽古から始める。
現在は格闘家であるキョウイチロウに、武道を通じて本格的な体の動かし方を習っている最中だ。タマキとサクラは中学校で多少体の動かし方を習ったものの、あくまでメインは魔物を倒して強くなることであった。基礎的な型稽古の繰り返しや体力強化訓練よりも、魔物を倒してしまった方が早く強くなれるからである。
しかしユウキの場合は魔物を倒しても強くなっている実感が無い。
もちろんスキルが伸びているから、魔物を倒す効果があるのはわかっている。
ただ、根本的な身体能力が伸びていない。
ユウキを強くするためには、魔物を倒すよりもこのような基礎的な訓練こそが重要なのだと皆考えるようになっていた。
「はっ! はっ! はっ!」
ゆっくりと身体を動かし、最後に力を籠める。体を何となく動かすのではなく意味のある動きを。
無駄な動きを省き、目的の動作を。
これは普段、スピードで何とでもしてしまうタマキにとっても大いに役立つことであった。この訓練を始める前と比べ、今は動きのキレが格段に良くなっているのである。
サクラにとっても同じく新鮮な事であった。
普段直接攻撃をあまりすることが無いサクラであるが、体の動きの意識は踊りに良い影響を与えた。
動きのひとつひとつが、洗練された動作となっていく。魔法都市マジクの出身者たちも多くの者が交流都市ウエノに来ており、踊り子のお姉さま方との交流も途切れていない。
最近は天性のかわいらしさだけでなく、動きでの表現力も上がってきたとなかなかの評判なのである。
……サクラはいったいどこに向かっているのだろうか。
とはいえ3人の最終目標は、オーラとキョウイチロウが呼んでいるものをつかむことだ。現状特別に強力な魔物の対処をするだけであれば、ユウキが居れば問題ない。
そうでなくとも、多くの魔物はサクラの支援をつけたタマキが既に普通に倒せるのだから。
「はい、注目!」
ユウキたちの訓練が一息ついたところで、スミレが声をかける。
「今日は明後日に迫った対人戦闘試験についての作戦を考えるわよ。
貴方たちは3か月間よく頑張ってきたわ。
分かっているとは思うけど、タマキちゃんとサクラちゃんは作戦など考えなくても普通に問題なく突破するわ。
そもそもこの対人戦闘試験というのは、対魔物試験に進んだら危険な人をふるい落とすためのものよ。だからある程度魔物と戦えると思わせることが出来れば通過するわ」
根本的にはダンジョン科とは、ダンジョンに関する知識を得たうえで魔物と戦える力を育成する場所である。この中には実際に戦う者をサポートする者も含まれているため、支援系や生産系を目指す者も含まれる。
とはいえスキルを成長させるためにも、まったく戦えないのでは足手まといとなる。そのため学校で育成する学生としては、ある程度魔物と戦える者というのが前提となっているのだ。
「基本的には、タマキちゃんやサクラちゃんが中学校の授業で習っていた事を満足にできればいいの。そして中学校では塔の5階までしか行かない。しかも教師の引率付きで。
そうよね?」
「そうでした」
「私も授業ではそうだったわね」
「タマキはよくそれで20Fのオークを倒そうなんて思ったよね」
思わずユウキはタマキの答えに突っ込んでしまう。
「え?
だってユウキが居たし、転移でいつでも逃げられるし……凄い武器も手に入れちゃってたのよ。
そもそも5Fの敵って凄く弱いんだから」
「そうなんですよね。
物理攻撃力も魔法攻撃力も素質が低い私でさえ、一人で戦える場所ですし」
タマキの言葉にサクラも続く。
二人とも中学校の授業では、相手の魔物が弱いと感じていたのである。
「2人とも、そこまで危ない場所に学校の授業で連れて行けるわけないじゃないの。
数人ならともかく数十人もいるのよ。引率の先生が先に倒れるわ」
そんなタマキたちの言葉に大人側の意見を返すスミレ。出来る限り事故を防ぐ教育というのは難しいのである。
「それに今度の訓練用ダンジョンが軌道に乗ったら、もしかしたら中学校から訓練用ダンジョンを利用するなんて言う話も将来的には出るかもしれないわよ。そして何時の日か、ダンジョンボスを多くの人が倒せるようになったら、多くのダンジョンで訓練用ダンジョンと同じような事が出来る日が来るのかもしれないわね」
いつか訪れるかもしれない未来の話である。
「さて、そんなタマキちゃんやサクラちゃんにとっては何でもない5階でも、身体能力の上がっていないユウキ君にとっては普通に危険な場所よ。実際は魔石を回収してしまえばいいし、結界も貼っているし、<魔化>もあるからそうでもないんだけど。
でもこれらを何も使用しなかったら、ただ殴り合うだけでは今でも勝てないと思うのよね。いい装備を使うか、魔衣や雷衣を上手く使わないと」
「やっぱり身体能力が上がらないと厳しいんですね」
「まだまだ装備で補助できる範囲なんだけどね。とはいえ対人戦闘試験では、試験用に用意された装備を使うから、特別な装備だけの力では突破できないわ。
魔衣や雷衣も、うまくやらないと時間切れになるわね。
何か案はある?」
ユウキだけでなくタマキもサクラも、今のところ魔衣と雷衣の維持時間は約5秒が精一杯である。
「対人戦自体もPT試験なんですよね?
サクラちゃんの踊りやタマキの移動術の支援を受けるのはだめなんですか?」
ユウキは試験方法を聞いてから考えていた案の一つをスミレに明かす。
PTで受ける以上、PT効果のあるスキルの使用も問題ないのではないかと考えているのだ。
「そう。PT試験なんだからPTを頼ることは良い事よ。
基本的に魔物を倒す十分な力があると分かれば良いだけだからね。あなたたちのPT試験の正攻法ともいえるわ。特にサクラちゃんもかなり身体能力が上がっているから、ユウキ君にかかる上昇効果も大きいと思うのよね。
ただ問題は、サクラちゃんの物理攻撃力はタマキちゃんほどには高くないわ。
そして踊りでの支援は、あくまでその力の一部を上昇させるだけ。つまりサクラちゃんと同じ力になれるわけではないという事。
だから確実にするにはもうひと工夫欲しいところね」
スミレは2人の支援効果がのるだけでも突破できる気はしているが、もう一工夫してほぼ確実な状況にまで作戦を考える力を試しているのだ。
当然スミレにも案はあるのだが、作戦を考えること自体も教育なのである。
「それであれば……」
ユウキはさらに考えていた作戦をスミレに伝える。
実際にタマキとサクラの支援だけで無理そうだったら試す予定ではあったのだが、別に最初から試せない訳ではない。
「いいわねぇ。それ。
うん。少なくとも初見殺しだと思うわ。
どうせ出来る事が予想されてしまったら対策されてしまうことだし、ここさえ突破すれば十分なんだからそれで行きましょ。インパクトも抜群だし、行けると思うわよ」
こうしてユウキの、対人戦闘試験突破作戦はスタートしたのだった。




