魔法使いは解決する
土人形で川辺までジャイアントボアを運び、ソフィアさんには紙に一筆したためていただきます。
その紙を折って畳んで。
「じゃんっ」
「魚の形! すごいっ、器用ですね!」
「へへっ、でも魔法使いとしての見せ場はここからね。狙いを定めてから……第一風魔法!」
「うわ、魚が飛んでった! もしかして、おじいちゃんのところまであれが泳いでいくんですか!」
「特定の人のところに行くわけじゃないんだけどね。でもほら、町長さんの家の前に人だかりが見えるし、あそこまでは届くから手紙を読んでもらえると思う」
「へぇ……もうびっくりし過ぎて夢の中にいるみたいですよぉ」
オーバーリアクション疲れか、気が抜けたようにソフィアさんはそう言ってモズリスにもたれかかります。
すっかりソフィアさんもお友達です。
「夢で思い出しましたけど、リヴィさんは王都から来たんですよね? 豚の丸焼きって食べました?」
「なぜそのチョイス? 王都といえば豚の丸焼きじゃないよ?」
「……え? そんな……いつか王都で豚の丸焼き食べるのが夢だったのに……。王都は豊かだからみんな豚の丸焼きを食べてるって聞いたのに」
富の象徴が豚の丸焼きってなんて野生的な価値観でしょう。
本来なら王都の豊かな食卓とは何かを語りたいところですが、いかんせん私は引きこもり。
外に出たのは屋敷から追い出された時一度きりだったりします。
だからわかるわけありません。
「丸焼きじゃないけど、だったら良かったね。切り分けたってあれならそれ以上の量あるだろうし」
「ジャイアントボアですか? あれは……リヴィさんのものじゃないですか。まさか分けてくださるんですか」
「ねぇ何でそんな未開の民みたいな発想なの? 仕留めた人が全取りにしたってアレは多いよ。食べきれないよ。だからみんなで食べようよ、そのつもりで解体もお願いしたんだし」
「いいんですか……? 私たちは討伐をお願いした側なんですよ? なのに分けて頂くだなんて」
「いいのっ。丸ごと貰ったってダメにしちゃうだけだし、それに不作な上に猟も出来ていなかったなら食料の備蓄も少ないでしょ。食べきれない分は保存して使って」
目を丸くしていたソフィアさんが起き上がり、居住まいを正して頭を下げられます。
町長の孫としてのけじめというやつでしょう。
「本来なら遠慮すべきことだとは思います。ただ冒険者の経由地として宿屋や酒場など多少ありますけど、基本的に私たちの町は農村と代わりはなく、仰る通り困窮してきていた状態です。ですので、恥を忍んでそのお言葉に甘えさせていただきたいと思います」
「大げさだよ。今だってきっと、町の人たちはその少ない食料を分け合ってたりするんでしょう? 良かったら、その仲間に私も入れてほしいな」
「リヴィさん……」
はにかむような笑みを見せてソフィアさんは「もちろんです」と応えてくれました。
ちょっと予定と違ったけれど、森でリスと出会えたし町の仲間にも入れてもらえたし、今日は幸せな日です。
だから最後の仕上げをしましょう。
「なにをされるんですか?」
土人形の上から森を見回しながら、私はソフィアさんに「精霊の輪」を知っているかと質問を返しました。
彼女は「キノコが環状に生えているもの」と答えたけど、それは正解ではあるものの一例でしかありません。
「小石だったり大岩が連なっていたり、獣道だったり突然現れた小川だったりと様々。共通点はそれが円であることと、その円が自然物でできているということ。そしてそれはね、魔法を発動するの」
「ちょっと待ってください。え? それって精霊のいたずらのことを言ってますか?」
「そう、精霊のいたずらは原始の魔法なの。今はもうあまり使われないけど人々が魔法を使い始めた頃は魔方陣を必ず描いてたんだよ。その魔方陣の元になったのが、精霊の輪。人々はそれを真似て魔法を使えるようになったの。そして精霊のいたずらが起きる時には必ずその原始の魔方陣――精霊の輪がどこかに現れる」
「ならその精霊の輪をなんとかすればいいってことなんですか!」
「うん、魔方陣のいったんを引っかくだけで終わり。ただ見つけるのが大変なんだけど……今回はそうでもなかったね」
私たちは既にそれを見ていました。
気づけなかったのは、それがあまりにも大きかったからです。
「ソフィアさん、道に迷ってたでしょ」
「え!? ばれてたんです、かというかなぜ今そんな話しを?」
「ソフィアさんが悪かったんじゃないんだよ。たぶん景色が知っているものと違ったんだろうけどそれもそのはず。ほらよく見てみて、いったいを囲む紫色の線が見えない?」
「……木に隠れてはっきりと見えないですけど、うっすら見えるアレですか? でもあれがそうなら大きすぎませんか!?」
ソフィアさんが震えながら跨いでいた一列に並ぶ紫色の花。
それこそが精霊の輪だったのです。
あまりにその輪が大きいために、地上で見た時には真っ直ぐに並んでいるようにしか見えませんでした。
でも上空から見るとそれが円を描いているのがよくわかります。
そしてその円の内側だけ緑が異様に濃い。
おそらくは円の内側に生えていた木々が急成長したからでしょう。
ソフィアさんが見慣れぬ景色の中で迷ったのも、ジャイアントボアやモズリスが巨大化したのもこれが原因だったのです。
「これってまた他のものまで大きくなっちゃうんですか!?」
「可能性はあるかな。普通はもっと小規模だから放っておいても問題ないことも多いけど、今回は例外。精霊のいたずらの効果は発動時だけっていうのが基本なんだけど、ここまで大きいと今も影響を及ぼしているのかもしれない。……だけど、心配はいらないよ」
私は足元に刻まれた自分の名前をぐしぐしと消します。
すると下降が始まりました。土人形が崩れ土くれへと戻っていっているのです。
無事に地上へ戻った私たちは一列に並ぶ花の元へとやって来て、私はソフィアさんに精霊のいたずらを解くよう促しました。
簡単なことなのです。
慣れた手つきでソフィアさんが花を何輪か摘み、それで終わりなのですから。
「これで……いいんですか? こんなことで?」
「魔方陣だからね。それが崩れたら魔法は終わり。精霊のいたずらも同じなんだよ」
信じられないという顔でソフィアさんはさらに幾らかの花を摘みました。
何も起きませんからね、不安なんでしょう。
町を追い詰めた原因を解消したにしては肩透かしかもしれません。
でもこれで問題は確実に解消しました。
ただその経緯については、これからですが。
「そろそろ出てきたらどう?」
私の呼びかけに茂みが音を立てて応え、その向こうから人影が現れました。
それはまるで人形のようと形容するにふさわしい、美しい耳長の女の子でした。




