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魔法使いは抱え込む


「おいしいっ! おい、おいし、おいっ!」


 スープを前にした妖鳥(ハーピー)が翼をばたつかせています。

 私はそれをただただ茫然自失で見ていました。


 彼女は自分の翼が邪魔で、スープが上手く飲めずにもがいているのです。

 そもそも、翼の上に申し訳程度についた指では、スプーンを持つことすらままなっておりません。

 腕が翼になっているんですから仕方ないことですが、じゃあなんでこの子はスプーンを使おうとするのでしょうか。

 こんなにも方向性を間違えた努力を、私は見たことがありません。


「直接口をつけて飲んだら……?」 


「えぇ、行儀悪いじゃないですかぁ」


 羽をスープに浸しているのも気づかず彼女は言います。


 ――この滑稽な鳥はなんだ。


 そう思わずにはいられませんでした。


「ズズズッ……おいしい!」


 言ってるそばから口をつけて飲み始めました。


「行儀は……?」


「ふぇ? ぎょーぎ?」


 この滑稽な鳥はほんとになんだ。なんなんだ。

 そう思わずにはいられませんでした。


「姉さま、妖鳥(ハーピー)は最近になって森に住み着いた厄介者です。こいつらは森に外来の種を持ち込み、森の秩序を見出しています。すぐに追い出しましょう」


 なるほど。最近になって住み着いたなら知られてないわけですね。

 なんでこんな辺境にやって来たのかも気になりますけど、その前に確認しなければならないことがありました。


「あなたはどっち? 人に仇なす魔族なの」


「あの……おかわり、いいです?」


「……」


 こうなりそうだったから放置したんですよ。

 私の代わりにフェルミアが声を上げて妖鳥(ハーピー)に掴みかかりますが、彼女も必死に脚で机にしがみついています。

 駄々をこねる子供のようなその顔に敵対意識は感じられません。

 まぁ乗りかかった船というやつです。話ぐらいは聞きましょう。

 沈みそうならすぐ降りますけどね。


 スープを三杯平らげた後、うとうととしだした妖鳥(ハーピー)に質問してみます。

 しかし返ってくるのはどうしようもなく要領を得ない返答でした。


「この鳥どもは鳥頭なんですよ」


 というフェルミアの言葉が気持ち良いぐらいに腑に落ちます。

 三歩歩けば忘れる、まさにそんな感じです。


「なら覚えてることを話してみてくれない? なんで家に来たのかとか、草原で何をしてたのかとか」


「耳の長い人がいるから大丈夫かなあって。お腹空いてて、飛びたくて?」


「飛べないの?」


「飛べるんですか?」


 なぜかぎょっとした顔をされます。

 もうこの船沈もうとしてませんか? 降りていいですか?


「いい加減にしろ! 私が姉さまの家からも森からもつまみ出してやる、この厄介者ッ!」


「ふぇぁぁぁっ! 助けてくださいぃ! 里が、里のみんながぁっ!」


「っ! ねぇ、里がどうしたの!? 何かあったの!?」


「えっ? 何があったんですか?」


 ダーメだこりゃ。


「出ていけぇぇぇっ!!」


「いやあぁぁぁ!!」


 その後もいくらか話しを聞き出そうと試みたものの、名前を聞き出せたくらい。

 とはいえ、外に叩き出して万が一にも町民のみなさんに迷惑をかけられても困ります。

 一晩泊めて、朝に野に放つことにいたしました。




◇◆◇◆◇




「お嬢、緊急事態」


「んん? ……こんな夜更けにどうし、あっつっ」


 夜更け過ぎ、クロムの声に目覚めてみると、なにやらベッドが満員御礼。

 いつの間にやらフェルミアが潜り込み、さらに妖鳥(ハーピー)の女の子――ピィノが上から覆い被さってます。

 羽毛が暑い。そして狭い。さらに重い。

 「よいしょ」と翼を押し退けて身体を起こし、寝ぼけ眼でクロムに促されるまま外を見てみれば、確かにうろつく複数の影が見えました。


「狼……?」


「イエス。でもノー。魔族の使役する黒獣の一種」


「なんでそんなものがこんな場所に?」


「不明。ただ黒獣はしつこい。三日三晩標的を追うと言われる」


「追いかけるって誰を……」


 クロムと私の視線の先に、幸せそうな寝顔がありました。


「処す?」


 ふるふると首を振りつつ、私はそっと窓を開けます。


「とりあえず、教えてくれてありがと。大事になる前で良かったよ。第二雷撃魔法(ソーリア)


 腰にしがみついたフェルミアを引き剥がし、私は外の様子を確認して窓を閉めます。

 焦げた匂いでちょっと小腹が空いてしまいました。


「お見事。念の為リーナ、周囲を見回ってる。付近は今のだけ」


「そっか、助かる。でも、どうしたも……」


 がばりと起き上がったピィノが、突然大きな翼を広げて私に覆い被さりました。

 不意をつかれて難なく押し倒されます。


「お嬢ッ!」


 武器を取り出すクロムをあわてて手で制し、私はピィノの見開かれた目を見つめます。

 その大きな瞳からは、涙が溢れていました。


「どうか、里を……! このままでは人間が、みんな……が……」 


 それだけ言って、ピィノは糸の切れた人形のように倒れ込み、また私の上で寝息を立て始めます。


「お嬢、問題は」


「……今新しく増えたとこ」


 沈む船でも、泣いて助けを求められたら降りるに降りられません。

 どうやら私は、また厄介事に巻き込まれたようです。


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