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魔法使いは逃げられない

 

 あれこれと一晩かけて考えてみましたが、現状の問題を解決する最適な手段はやはり魔導具の製作……ではありません。


 確かに費用は老子の遺産(へそくり)があるのでひとまずはOK。

 最も重要な材料の一つ、パルフェタイトなどの魔力を蓄えることのできる鉱石も所持しております。

 後は最低限の道具を揃えれば、幾つか作ることはできるでしょう。

 それを売却したらその利益を次の材料費と設備投資にあてて、そして……雪ダルマ式に増えていくお仕事。

 どう考えても屋敷での生活に逆戻りでした。


 魔導具なんて魔法使いにとっては使い勝手の悪い代用品なんですけどね。これが結構需要があるのです。

 材料費もかかりますし手間もかかります。おかげで高級品として取引されているそうですが、そんなもの買うぐらいなら魔法使いを雇ったほうがお安いでしょうに。不思議です。


 行き詰まり頭を抱えて読書に逃げた私でしたが、放蕩日和の中で面白いものを見つけました。

 いっぺんに解決できないなら、一つずつです。

 ならばひとまずと、私は「私遊ばせてもらえない問題」の解決を図ることに致しました。




「よいしょっと」


 背負ったそれはズシリと重く、これからの挑戦を考えるとあまりに先行き不安な重量です。

 日が傾いた空の下、私は丘の上で風の向きを確認しゆっくりと立ち上がります。

 そこに音もなく幼い少女が現れました。

 ちゃんとメイド服を着ててくれてなんだかほっとします。


「お嬢、その格好」


 全裸で日向ぼっこ――略して全裸ぼっこが趣味のクロムは、うっすら眉間に皺を寄せています。怪訝な表情、というところでしょうか。


「見たまま」


「お嬢、それは前例がない」


「だからこそだよっ」


 そして私は丘を駆け下ります。

 背負った自作の大きな翼が風を受け、ふわりと身体が浮き上がりました。


「よし、ここで第一風魔(ゼフィ)


 がくんと揺れて急降下。


「がっ、ぐべッ! だだだだッ!?」


 顔から落下し、丘を転がり落ちていきます。

 やっと止まったと思ったら、折れた私の翼が顔めがけて降ってきました。

 そして私の心も折れました。


「……あきらめよう」


「お嬢、根性がない」


 ありませんとも。

 無くても生きていけるならば、身軽なほうが良いじゃないですか。


「飛行魔法の、前例もない」


 確かにありません。

 書物の中にも成功例はありませんでしたし、放蕩日和でも羽毛を集めて羽を作り挑戦してましたが失敗に終わっていました。

 でも草舟(グリーンシップ)で丘から飛んだ経験から可能性を感じ、試してみたのですが……やはり難しいようですね。


「軽量化したつもりだったんだけどなあ。それでもあの重さ、なのにこの結果……」


 木製の翼は無残にも折れ曲がり転がっています。

 強度と重量のバランスが取れそうにはありません。草舟(グリーンシップ)の帆と同じように考えては成功しそうにもないですね。

 もう少し可能性がありそうなら、研究という名の遊びとして採用するつもりだったんですが、痛いのは嫌です。本気でノーです。

 諦めましょう。


「……お嬢、後方に不審な人影」


「ん? あ、確かに……んん?」


 距離がありますが、何やらばたばたと跳んだり転がったりしている人の姿が見えます。

 ですがそのシルエットが妙で、私は首をひねりました。

 遠隔視(ヴィジョン)で覗き込んでその正体はわかりましたが、違和感はやはり消えません。


「なんでこんなところに……いや何をしてるの? あの妖鳥(ハーピー)


「飛ぼうとしてる」


妖鳥(ハーピー)なのに?」


「イエス。妖鳥(ハーピー)なのに」


 妖鳥(ハーピー)の話は魔族領以外で聞いたことがありません。

 こんな魔族領から離れた辺境の草原にいるのも変なら、妖鳥(ハーピー)が飛ぼうともがいている様も変です。

 

「どうする、お嬢」


「……とりあえず、帰りましょうか」


 見ている限り危険な魔族だとは思えませんでした。

 それはくせっ毛な桃色の髪をした「はぅ~」とか言いそうな女の子です。

 ならいいではないですか、「はぅ~」と言わせておけば。


「お嬢、自分の利益にならないこと、興味ない。親方様に似た」


「失礼な。厄介ごとに巻き込まれたくないだけですよ」


 不満そうに短刀をしまうクロムを見ながら心底そう思います。

 もうこれ以上問題を抱えたくはありません。

 私は折れた翼を片付けて、そそくさとその場を後にしたのでした。

 



◇◆◇◆◇




 繰り返しになりますが、問題というのは雨が降るように、当たり前に転がってくるものなのです。

 例え逃げたとしても……いえ逃げれば逃げるほどに。


「うん、さらに腕を上げたねフェルミア」


 今日の料理担当はフェルミアです。

 あいかわらず薄めの味ではありますが、リーナが色々と人間の好む味を教えてくれているらしく、素材の味を残しつつもそれを引き立てる味付けがなされています。

 この方向性でいけば、メアリちゃんもうなる味へと昇華することでしょう。


「え、えぇ、ありがとうございます。お姉さま」


 どこか上の空なフェルミアですが、私はそのままズズッとスープを啜ります。


「お嬢、排除?」


 姿を消したまま指示を仰ぐクロムに「なんのこと?」ととぼけて返し、またスープを啜ります。

 こつんこつんと背後から窓を叩く音が聞こえていますが、私はスープを啜ります。

 

「はぅ~」


 外で何かが鳴いています。虫ですかね。

 

「人間さん無視しないでくださいよぉ……!」


 虫だけにですね。

 最近の虫は喋るんですからすごいですね。


「姉さま、あの無礼者に私が鉄槌を下してやります」


「ノー、クロムが処理。身辺警護もメイドの仕事」


 二人とも私の意図を汲んでくれないでしょうか。

 このままスープを啜らせてくれないでしょうか。

 あぁ、ダメみたいですね、二人とも外に出て行ってしまいました。


「ふぁ、耳ながーい」


「そこの妖鳥(ハーピー)、お姉さまのご自宅を覗くなど言語道断、ただでさえ森の民(私たち)の邪魔をしているくせに、お姉さまと私の生活まで邪魔するとは……!」


「邪魔はお前、クロムの仕事」


「ふぇ? 声が、声がするっ! もしかして、あ、あの、あれ。人形を使うあれ!」


「はあ? 何を言ってるのか知りませんが、お姉さまの妹であるこの私がお姉さまには近づけません!」


「クロム、わかった。腹話術」


「そう! そうですぅ、腹話術すごぉいっ!」


「生命の源なるもの、汝火の精霊よ、盟約によりて我が声に応えたまえ――」


「ノー。腹話術、違う」


「えぇ? 違うんですかぁ? 残念ですぅ」


「――その力を貸したまえ、我が願いを……叶えたまえッ!」


「「「……」」」


 なんだか静かになりました。

 このまま何もなかった事にならないかしらん。


「ふぁッ!? あち、あちちちっ!」


「やったっ、やりました! 姉さま! また成功しました!」


「フェルミア、警告が妥当」


「いえ、私もそのつもりで、羽根に火をつけようとまでは思ってなかったけど――」


「あと、お前の尻、燃えてる」


「あっつッ!? あつっ、ひ、ひあぁッ!? うわぁぁぁッ! 姉さまぁぁぁぁッ!!」


 雨が降り水溜りができるように、問題というのは無視をしていても溜まっていくようです。

 ならもう、諦めるしかないですか……。

 私はスプーンを置き、ゆっくりと立ち上がり振り向きます。


第一水魔法(メイム)! からの第二治療魔法(ヒアリアァァァ)――ッ!!」



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