魔法使いは見誤る
成り行きで始まった奉仕権争奪戦、戦況は一勝一敗一引き分け。
みんなががんばって勝ち取ってくれましたこの好機、あとは私がこの手で仕上げてみせましょう。
「りょうしゃ前へ!」
メアリちゃんの声に応じ、私の前にクロムが現れます。
「この勝負、勝ったほう、お嬢に奉仕」
「私はもう奉仕してもらうような立場じゃないんだけどね」
「お嬢、料理できない。洗濯できない。掃除甘い。寝相わるい。それを支える、我らの役目」
もはや悪口を言われているようにしか思えないんですががが。
……否定はできませんけどね。
「えーとっ、二人にはお料理対決をしてもらいまーすっ」
とメアリちゃんが台本を読み、そこに臨時コメンテーターのソフィアさんが不思議そうな声を漏らします。
「メアリ、料理対決なの? 外なのに?」
「だって書いてあるよ?」
そう、今から行われるのは料理対決です。
ですが料理対決で私がクロムに勝てるわけはありません。
にも関わらずそれを受け入れたのですから、普通に料理するわけがないんです。
そして、外でクロムが姿を見せたのは、それを理解しているからでしょう。
「あなた達の雇い主兼大魔法使いの弟子、リヴィ」
名乗りをあげて構えます。
ルール上、料理を邪魔することは禁止されていません。
ソフィアさんがしたように相手を妨害し勝てなくするのが、この奉仕権争奪戦において、私たちにできる最も可能性の高い戦法です。
老子に仕込まれているのですから、クロムもまたそれを理解しているでしょう。
「リヴィお嬢様担当、料理係……兼暗殺係クロム。よしなに」
「……」
クロムのスカートの内から二本の短剣が出てきました。
短いスカートのどこにそんなもの隠してあったのか不思議ですが、それ以上に気にかかるのは……。
「ちょ、ちょっと……待って? 今、暗殺って言った?」
「イエス。我らは元々親方様の私兵。暗殺が主。メイドは偽装のためだった、と聞いてる」
「私、聞いてない……!」
「言ってない」
無表情な顔に、どこか冷笑が浮かべられているような気がしました。
まずい。
これはまずい。
老子の老獪さを、彼女は私の想定以上に受け継いでいる。
「ルールさえ守れば、他は何をしてもいい」
「老子の教えだね……。でもなら、なんでこれまでの勝負ではそれをしなかったの」
「素人、非戦闘員、お嬢の関係者」
「ハンデをくれてたようなものか。なら私にもくれたって良いんだよ? クロムは暗殺技術を持ってるんでしょ?」
「ノー。技術、全員所有。突出したものがあるから、担当性。主のおはようから怨敵のおやすみまで。我ら――暗殺メイド部隊」
老子、なにを遺してくれちゃってるんですか……。
老子には特に魔法使いの敵が多かったみたいですから、だからこそ魔法使いの天敵である暗殺者を用意していたのでしょうけど。
「お嬢、棄権推奨」
「できるならしたいものだけど、ここまで来て私が放棄しちゃうわけにはいかないでしょ」
「親方様に似て、頑固」
私はメアリちゃんに合図をします。
もうこうなったら、やるしかありません。
「おいしいお料理をつくったほうが勝ちっ、第四試合お料理勝負、はじめっ!!」
すぐさまクロムの姿が消えます。
「透写ッ!」
私も姿を消し、さらに音止めも重ねがけ。
暗殺者ですからね、私の小さな足音だけでも位置を特定してくるでしょう。
とはいえ、これで勝てるほど生易しくはありません。
「第二閃光魔法ッ!」
小さな光球を私の周りに複数浮かせ、周囲へ光を投射してみますが異常は見られません。
詠唱がなかったことからして、クロムは魔法使いではないはずです。
姿を消すのに魔導具を使っているはずでした。
でも光の投射では炙り出されてくれないご様子。
確定ではありませんが、クロムたちが隠れ狼であるなら、一度受けた技には対策を施していてもおかしくはありません。
「第二雷撃魔法!」
出力を絞って雷撃を放ってみますが、それでも反応なし。
動くものといえば、草が揺れているぐらいです。
距離を取ったのか、避けているのか……。やはり不可視の状況を打破しないとやり難いですね。あと、すっごく怖い。
暗殺部隊を持つということは、敵対勢力への良い脅し、つまりは抑止力になるんでしょう。
自分で体験してその恐さはよくわかりました。
さすが老子、老獪でいらっしゃることで。
「お嬢、それでは勝負にならない」
どこからともなくクロムの声が響きます。
「言ってくれるね。でも挑発ならもっと感情を込めてやらなきゃダメだよ」
私も音止めを解除してクロムに応えます。
「お嬢――」
一瞬、私の左前方で何かが光りました。
「――これは本心」
「どうだろ、ねッ!」
「ッ!?」
光球をすべて左前方に飛ばすと、数個が衝撃で破裂。
その瞬間に短刀を振るうクロムの姿が現れました。
残った光球もクロムにぶつけますが、少しよろけただけですぐにまた消えてしまいます。
「ねぇクロム。勝負にならないんじゃなくて、本当は本気で勝負をするつもりがないんじゃない? わざわざ暗殺者が声をかけてくるだなんて礼儀正しいこと、普通しないでしょ」
「イエス。ハンデ、のつもりだった。でも理解。お嬢を見くびったこと、謝罪。本気出す」
見くびってくれたままで良かったんですけどね。
せめてあと少し。そのからくりがわかるまで。
「ではこちらも本気出そうかな――あっ!?」
透写を解除したところ、その瞬間に足元の地面が斬りつけられます。
「魔方陣、危険」
姿を消してこそこそ描いてたんですけど、見破られていたようです。
魔方陣を使う戦法まで教わっているとは、さすが老子の私兵。
でも、
「来ると思ってたよ! 第二閃光魔法ッ!」
無数の光球を再度目の前に放つと、幾つかがクロムにぶつかり散っていきます。
そして僅かな一瞬ですが、クロムの姿が現れて、また消えました。
なるほど、だいたい理解しましたよ。
「魔方陣、陽動?」
「知らなければ使おうと思ってたよ? 二段構えにしておいただけで。でも気づいてくれたおかげで、考えを試せたよ。第二水魔法!」
辺り一帯に水をばらまき、さらに私は凍結魔法をかけます。
これで突破口が見えるはずでした。
魔導具というものには、物理的なトリガーがあります。
おおかた魔導具は獣耳カチューシャか手袋かと考えていましたが、先ほど光球をぶつけていて手袋のほうだと判断しました。
クロムの姿が現れ、消えるその瞬間に彼女は短剣を握りなおしていたのです。
逆に彼女が姿を現す時には、その握り――手の形が崩れていました。
ならばそこにトリガーがあるはず。
「くっ……!」
身体を震わせながらクロムが現れます。
かじかんだ手を忌々しそうに見つめ、凍った手袋を外そうとしているようでした。
「クロム、棄権を推奨するけど?」
言い返してやりました。
できればすんなり認めてもらって、早くお風呂にでも入ってもらいたいところです。
「ノー、ここからが、良いところッ」
「その凍った手袋じゃあもう魔導具は起動できな……え?」
手袋を外したクロムが、左右の親指と人差し指をくっつけて指で円を作ります。
その指で作られた円には青白く発光する文字が浮かび上がっていました。
老子、実用化させてたんだ――!
てっきり魔導具だと思っていましたが、私の読みは外れていました。
彼女たちが使っていたのは、魔方陣です。
あらかじめ指に呪文を刻印し、その指で円を作ることで起動する。
人体に対するリスクがあまりに高く、技術的にも困難であるために実現していないはずの魔法。
「奥の手、魔導陣温熱地獄ッ!!」




