魔法使いは打ち解ける
「う、わっ!? 第二氷雪魔法!! あ、あっつ! あちちちッ――!?」
クロムの放つ高熱の魔法により氷の盾が一瞬で水蒸気へと変わり、そしてすぐに一帯はその熱い水蒸気に包み込まれました。
あまりの熱気と湿度によろめいた私は、何かに足をとられて転びます。
まずい――ッ!
本能的にすぐさま横に身をよじると、顔の横に短刀が突き刺さりました。
「ひっ!? ぜ、第一風魔法ッ!!」
水蒸気と共に覆いかぶさる影を吹き飛ばして地面を確認すると、
「くくり罠!?」
いつの間にやら草が結んでありました。
姿を消してる間にこんな小細工までするだなんて、さすが。
クロムは私の予想を超えていました。
手に秘密があるとは思っても、直接肌に魔方陣を描いているとは思いませんでした。
そもそも魔法使いでないと考えたのも間違いでしたかね。
身体に直接魔方陣を描き、任意のタイミングでそれを起動できる――ある種、クロムたちは新しいタイプの魔法使いともいえるでしょう。
「まさか魔導陣だなんて、予想外だったなあ」
と言いつつ私は実況席にある砂時計を伺います。
「お嬢、不正ならもう無駄」
ぎくり。
「同じ砂時計、屋根裏にあった。それでも測ってある」
そこまでバレてましたか。
私が時間制限を設けた理由。それはいざという時に砂時計の砂を操作し、制限時間超過を狙うためでした。
クロム、恐ろしい子。
でももう少し主を信用してほしいものです。
まあ第一試合ですでに一度使いましたけどね。
「第二閃光魔法」
数十の光球を放ってから、私はくくり罠地帯を跳び超え、走ります。
こちらも奥の手です。
光球のいくつかが散るのを確認してそこに集中攻撃。
光の球ですから痛みはないはずですが、でも足止めには十分。
「フェルミア!」
「姉さま、ここに!」
家の裏から現れたフェルミアが押してきたもの、それに私は飛び乗りました。
「草舟改、発進!」
風魔法を唱えて急発進。
時間制限超過狙いの手は一つだけではありません。
わざわざ勝負を翌日にしたのは、色々と仕込む為だったわけですが、その一番の理由がこの草舟の修理です。
改はマストをより頑丈に、そして底をより滑りやすく改良しました。
おかげで操作性と速度が向上し、逃げるにはもってこいです。
「さすがにこれは追いつけないでしょ!」
丘を下り速度を上げてく草舟から、小さくなってく屋敷を振り返ります。
ちらりと視界の中で何かが光りました。
「お嬢、甘い」
「第一風魔法!」
マストに繋がっていた糸を切断します。
どうやら読まれていたようですけど、それこそ甘いです……ん?
「お? おおッ!? わ、ちょっと!!」
「二段構え。お嬢の足にもつけておいた」
片足が糸に引っ張られ、危うく落ちそうになりました。
マストになんとかしがみ付く私の前に、糸を掴んで宙を舞うクロムが姿を現します。
「こしゃくな……。でもやるね」
「お嬢も成長した」
「……」
私は糸を手繰り寄せ、クロムを舟へと乗せました。
彼女も黙って狭い足場の上に立ち、私の腰を掴みます。
一時休戦、ということで良いみたいですね。
「突然後ろから首をスパッとか、暗殺者っぽいことはやめてね」
「一度やってみたいと、思ってた。我々の代、暗殺命令受けたことがない」
となるとその前の代まではあったということですか。
うん、聞かなかったことにしよっと。
「クロム、昨日から不思議だったんだけど、結局この勝負に意味ってあったの?」
そもそも、挑戦者にエントリーされた私こそが審査員なのです。
私の奉仕権争奪戦ですからそりゃそうなります。
つまり本気でクロムたちを負けにしようと思うなら、実は私のさじ加減一つでどうにでもなるということです。
「意味はある」
「私がちゃんと審査せずに私たちの勝ちだって言ったとしても?」
「ある。それがお嬢の答え」
「……そういうことか。クロムたちなりのケジメってやつだったわけだ」
私が彼女たちを不要だとはっきり示せば、彼女たちはそれを受け入れる。ということでしょう。
もしかするとこの勝負は、はっきりと解雇を告げられない私を後押しするための、彼女たちなりの最後の奉仕だったのかもしれません。
「だから本気じゃなかったってことか」
「お嬢も本気ではなかった。本気であれば、クロム、今頃真っ二つ」
「本気だったけど、確かにそんな恐ろしい方向性ではなかったね。いくら何でも家族みたいな子を真っ二つにはできないよ」
「……家族?」
「うん。私てっきり住んでるの一人だけだと思ってたけど、クロムたちってずっと屋敷の中にいたんじゃない?」
ずっと私のお世話をしてくれて、見えなかったけど屋敷で共に生活していて、そしてクロムからは特に老子の教えがひしひしと感じられる。
フェルミアやメアリちゃんが羨ましがりそうですけど、妹弟子のような感じがしていました。
家族、という言葉にクロムは戸惑っているようでしたが、不意に指を二本立てて見せます。
「一つ、屋敷には隠し部屋があった。我々の部屋、お嬢の研究室の隣」
「老子ならやってそうだけど、そんなところにあったのか……」
「研究室に鏡あった」
「あったね、大きな姿見が」
「あの鏡、隣りの部屋からは透けて見える」
「……」
「お嬢が変なポーズ、してるのも皆見てた」
「あぁぁぁぁぁッ! 聞こえなーい!!」
あの、ばばあッ!
絶対こうなることを予想してたはず。自分の死後まで私に嫌がらせ残しておくとか、どんだけ徹底しているんでしょう!
「お嬢」
「もう勘弁してもらえませんか……」
「二つ、お嬢、前」
「ま……」
崖がありました。
「ああぁぁぁぁぁぁ――ッ!!」
減速する間もなく草舟が飛び出しました。
丘から飛ぶのとはわけが違います。
斜面があればなんとか着地できますが、崖の下は平地です。
「お嬢ッ」
私に声をかけながら、クロムは素早く崖に短剣を投げつけます。
その軌跡に、きらりと光る細い糸が見えました。
「特別製、太った雄鶏でも問題ない」
「それは頑丈だね!」
クロムを引き寄せ一緒にマストにしがみ付きます。
ピンと張った糸に引かれ、草舟が宙でがくんと停止しました。
ですが今度は振り子のように、崖へと吸い寄せられていきます。
「タイミング合わせて! いくよ、第二風魔法!!」
クロムが糸を切断し、一瞬宙に浮いた草舟が今度は風に乗り宙を滑ります。
平地への着地なので衝撃は強いものでしたが、途中で落下速度が落ちたのでどうにか無事着地。
ちょっと私の腰はやられましたけど……。
「あっぶなかったぁ……」
速度を落としつつお礼を言おうと見てみれば、クロムが目を丸くしています。
「……楽しかった?」
なんとなく伝わるものがありました。
私の言葉に不思議そうな顔をしたクロムは、しばらくして表情を戻し「かもしれない」とぼそりと呟きます。
なんとも可愛く思えてしまって頭を撫でたら、手をぺちりと叩かれました。
まったく、どうしたものですかね。ほんと。
「んー。クロム、他のみんなもだけどさ、きっとずっとメイドさんの勉強や仕事ばかりしてきたんでしょ? なら少しぐらい休んだほうがいいんだよ」
「……お嬢が命じるなら、異論はない」
「まぁとはいえ、私家事できないし、今もフェルミアに頼んじゃってるし。当番性にしてもらって、休みの日は自由とかでどう? あなた達が良ければだけど」
「勝利数が多いほう、お嬢の奉仕権を得る。お嬢の狙いは引き分けだった。なのに?」
その通りです。
引き分けにすればどちらも奉仕権を得ないという結果になります。
それこそが狙いだったので、私は引き分けにしやすいようにしてたんですが……。
「あなたたちに居てほしくなっちゃった。きっとクロムたちは私と似てる。だから今までの分、ここで一緒にゆったり暮らさない?」
「……タイム、許される?」
「おーけーおーけー。帰ったらみんなと話して決めて」
今度は私が審査される番です。
彼女たちがどんな審査を下そうとも、私はそれを受け入れましょう。
そして私たちは草舟改を少し楽しんでから、みんなのところへと戻――るはずだったのですが……。
「お嬢、左後方」
まだ解決していないことが、残っていたようです。




