魔法使いとメイドは隠れ狼を退治する
「お嬢、左後方」
戻ろうと草舟を走らせているとクロムが何かを見つけます。
「……あ」
丘の上で停泊し覗いて見れば、見覚えのある車両にこれまた見覚えのある状況。
ただあの日よりも差し迫った状況のようで、魔導機関車を守る兵士のみなさんは今まさに見えざる何かと戦っていました。
そこにマッチョなおじいさんの姿もあります。
「お嬢」
と指示を求めるクロムにびくりと肩を震わせます。
隠れ狼はクロムたちではなかったんですね。
もちろん信じてました。だろうとは思ってました!
ただ少しだけ、その可能性を頭に残しておいただけのことです。
元研究者ですから、そういう思考法をしていても仕方ないですよね?
「お嬢?」
「イエス! もちろん!」
「ノー、理解困難。お嬢、明確な指示を」
クロムは襲撃現場を見つめます。
意外と言うのは失礼かもしれませんが、もしかして正義感が強い子なんでしょうか。
もちろん、私も気持ちは同じです。えぇ、私も清く正しい性格の持ち主ですから、もちろん同じです。
が、通りすがりの魔法使いが出しゃばるというのも、いかがなものでしょうか。
いえ領主様に関わるとお仕事させられそうとか、そういうことではないんですけどね。
「クロム、あの人って魔法使いだよね」
前回はいらっしゃらかった男性の姿がありました。
杖を持った中年の男性です。
「閃光魔法、確認」
車両の周りにキラキラと光るものがあります。
先日の私と同じ戦法を使っているのでしょう。
でも少々光量が乏しいですね。あれではあまり効果はないと思いますが、何かの作戦でしょうか。
なんかおろおろしているようにしか見えないんですけど。
「襲撃者、四」
「見えないのにわかるんだ、さすが……」
「さすがは暗殺メイド」と言うのはさすがに憚られました。
口止めしておかないと、暗殺者をかこってる魔法使いとかイメージ最悪ですよ。気をつけなければ。
「お嬢、どうする」
クロムに急かされて、私は作戦を考えます。
まぁやっぱり放ってはおけませんしね。
「クロム、ばれないようにはできる?」
「イエス。でもノー。それをクロムに言う、間違い」
スッとその姿が消えました。
確かに、私なんて数年間気づかないまま生活してましたから、そんな私が言うのも間違いかもですね。
「透写!」
私も姿を消し、車両へと草舟を進ませながら作戦内容を伝えます。
「イエス。切断は可?」
「ノー! 切断不可。できるだけ流血なしの方向で」
「残念。お嬢との料理対決、不完全燃焼」
あぁ、もしかしてそれで行きたがってただけですか。
ずいぶんと好戦的なメイドさんですことで。
「代わりにする。お料理対決」
「ん? ……あぁ、そういう意味か」
つまりは食材を襲撃者さんに代えての対決なわけです。
そんな物騒なことしたくもないのですが、実のところ私も少しだけ同じ気持ちではありました。
勝負するなら、やっぱりちゃんと勝敗は決めたいものです。
「よし、じゃあ今から改めてやろうか。おいしく料理した方が勝ちの料理対決。……はじめッ!」
丘を下り、私たちは領主ご一行様救助作戦を開始します。
まずは距離のある内にと、私は閃光魔法を放ちました。
辺り一帯を照らす光球が、虹色の人影を四つ浮かび上がらせます。
「ぎゃあああああッ!? 目があぁぁぁッ!!」
兵士さんに言うの、すっかり忘れてました。
「チッ! 忌々しい」
低い声が聞こえ、襲撃者の一人が丘の中腹にいる私の方へ真っ直ぐに向かってきます。
想定外です。
どうやらお持ちの魔導具は一つだけではなかったようですね。
でも状況としては、好都合。
「第二火炎魔法!」
私の放った火球をあっさりと避け、男性の冷ややかな笑いが聞こえてきました。
用意周到に透写とおそらく透写対策の魔導具まで用意したわりには、抜けていらっしゃいます。
「馬鹿めが……!」
それは私の台詞でした。
「落火にご注意くださーい」
「なにを――ッ!?」
姿は見えませんが、お気づきになったようです。
頭上を漂う火の玉の数々に。
そりゃあ閃光魔法の光で気づきにくくはしてますけど、それにしたって第二魔法ですよ。
第二火炎魔法は第一よりも威力が高いか、もしくは複数の炎を同時に操るかです。
魔法使いにとっては常識の話しなんですから、襲撃なんてするぐらいならそのぐらい勉強すべきです。
まあでももっと根本的な問題がありますね。
そもそも、魔法使いに正面から挑んで勝てるわけがないんです。
暗殺者――厳密に言えば不意打ち以外で魔法使いに勝てるのは魔法使いぐらいです。
遠距離攻撃を行える魔法使いに槍も剣も届きません。
魔法使いに矢を放とうとも、風を操ればそれもまた届くことはありません。
いくら頑丈な盾を持とうと、肌が焼けるような熱や、息も凍る寒さからは守りきることはできません。
そんなことも知らないだなんて、お勉強不足どころの話ではないですよねえ。まったく。
「この威力、まさか貴様……魔法使いかッ!?」
降り注ぐ炎の中、襲撃者さんは苦しげな声を上げながらまさかの一言。
思わずがくりと脱力して転びそうになりました。
あまりに今さらです。
そういえば姿を消しているんでしたけど、それでも今さらすぎる確認でした。
「くそっ! 魔導具が!!」
目の前に男性が現れ、火のついたローブを脱ぎ捨てます。
頭に装着しているゴーグルが、透写対策の魔導具でしょう。
その二つともに、見覚えのあるサインが入っていることに気づいて、私は大きなため息を漏らしました。
どっちも、老子作の魔導具じゃないですか……。
「落とし前はつけてもら――」
「第二水魔法」
せっかく姿を現していただいたところ申し訳ありませんが、水に流させていただきます。
「くっそぉぉッ!!」
激昂する男性が車両のほうへと流されていくのを見送りつつ、状況を伺ってみたところ隠れ狼のうちもう一人が姿を現していました。
ずたぼろのローブを纏った男性が、何もない場所と格闘し、すっ転びます。
さすがクロム、老子に仕込まれた暗殺メイドなだけありますね。
「チッ、川だ!」
私を襲ったずぶ濡れの男性が叫び、懐から出した小石を地面に叩き付けます。
すると小石が割れて煙が噴出しました。
魔導具の中でも最も量産しやすく威力の小さい魔石と呼ばれるものです。
さて、その煙を風魔法で吹き飛ばしても良いのですが、この状況で煙を出したということは……。
煙が車両とその周囲を覆う中、それを突き破って離れようとする人影がありました。
「川」というのはやはり撤退の合図だったようです。
でもなんという奇遇、いや皮肉でしょうか。
「ッ!? うあぁぁぁぁぁ――ッ!!」
突如崩れた地面に人影が飲まれていきます。
そして叫び声は大きな水音へと変わりました。
ほんと襲撃者のわりに抜けてます。
第二水魔法を唱えたんですから、あの男性は押し流された時に考えるべきだったんです。
押し流すだけなら第一水魔法でいいんですから、第二を使う以上そりゃあ他のこともしてますよ。
例えば地中に水を流し込んで液状にし、陥没しやすくするとか。
あの人たち、襲撃者デビューしたばかりの新人さんか何かですかね。
「ま、お望みどおりに川ですね」
「お嬢、川というより堀」
いつの間にか戻って来ていたクロムに言われると確かに。
車両を取り囲むように液状化させたので、魔導機関車を守るお堀のようにも見えます。
でもその堀の中でばしゃばしゃと泥水を跳ねさせている人たちを見ていると、ふと別のものも想起しました。
「……あぁ、その手があったか」
「お嬢、勝敗は」
「うーん、食材が悪かったから不成立?」
なんとも歯ごたえのない食材さんです。
クロムも不満そう。
「同意。再戦、する?」
好戦的なメイドさんですねえ。
「しない。それよりさ、良いこと思いついたから帰ろう」
勝敗をはっきりさせるのも良いですが、これでは勝負になりません。
それに楽しいことがあるならそっちが優先ですしね。
いちおう少し様子を見守った後、問題なしと判断した私たちは、やっとこさ帰路についたのでした。




