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雄鶏は魔法を凌駕する


「食べよー?」


 机の上に置かれた二つのパフェ。

 その向こうでスプーンを持って、今か今かとゆさゆさ揺れているメアリちゃん。

 そしてその反対側で、パフェを凝視し固まる私たち。


「メアリちゃんどうぞ、気にせず食べていいんだよ」


「いいの?」


 にこやかに頷く私の胸の内は、全然にこやかではありません。

 

「これがパフェかあー! いっただきまあす!」


 無邪気にクリームをすくい取って、それを精一杯開けた小さなお口へ。

 誰かがゴクリと生唾を飲み込む音がしました。

 ……たぶん私です。


「んっ? ……ん! んんーッ!」


 肩を揺らしながらメアリちゃんが全身でその喜びを表現し、


「おいしいっ! すっごく甘くてね、やわらかくてね、すっごくおいしいッ!!」


 さらにもう一口。


「んーッ!!」


 ぷにっとしたほっぺたに手を当てて歓喜の声を漏らします。

 誰かがごくりと生唾を飲――えぇ私です。


 神よ、なぜこのタイミングでパフェをご登場させたのでしょうか。

 つい今しがた、私たちは友情を深めたところです。

 まさかその友情が、とんだ足かせになるだなんて思いもしませんでした。


 だって絶対ソフィアさんも食べたいはずなんですよ。

 さっきから人を見つけたゾンビみたいな顔でパフェを見ていますから。

 でも私がした約束のせいで、誰もが一層身動きできなくなってしまいまったのです。


「ソ、ソフィアさん? これパフェって言ってね、王都ではよく食べられるものなんだ。もし良かったら食べてみない?」


 お願いします食べてください。

 既にメアリちゃんは一つ目を半分食べてしまっています。

 この流れだと二つ目も「私たちはいいから食べて」と譲ることになってしまいそうです。


「ゃぁ……ょっ……ァ……ゥ……ォ……ぁぁぁぁ」


 ソフィアさんの口から亡者の嘆きが漏れ出し、フェルミアに通訳をお願いします。


「じゃあちょっとだけ食べてみようか……あぁ、マストの折れる音がするッ! と言って雄鶏は悶えています。姉さま」


 なぜ私はあの時、風魔法の出力を上げてしまったのでしょう。

 ああああああああああ。


「ソフィアさんのせいじゃないんだよ? あれは設計上の問題で当然のことだったんだから。それをわかっててもなんだろうけど、少しだけでも食べてみない? このまま何も食べずじゃ本当に身体を悪くしちゃうし」


「……ぃ……ぉ……ぇ……ぃぁ……ぃぁ」


「マストを壊してしまったことがきっかけではありますが、最近ちょっと食べ過ぎてると自覚は元々あったんです。実は幼い頃に太っていた時期があって、その頃を思い出してしまうと恐くて食べられなくなるんです。たまにあることなので心配しないで下さい。私のことはいいからお二人でどうぞ、と言っています。姉さま」


 情報量そんなにあった?

 今の短いセンテンスにそんなに詰め込まれていたでしょうか。

 でもソフィアさんは頷いています。合っているのでしょう。

 なら……仕方ないですよね。


「じゃあ……やっぱり私も食べない」


 本当は食べたいです。食べたくて仕方が無いです。

 でもソフィアさんが苦しんでるのに、私だけ食べるわけにはいきません。

 私たちの友情が食欲なんかに、負けるわけはないのです。


「ィ……ァ……」


「大丈夫。ゆっくり慣らしていきましょう? 軽いものから少しずつ食べていけば、すぐ元通りになるよ」

 

 ソフィアさんの手を握り私は語りかけます。

 一滴の涙を零しながらソフィアさんは頷いてくれました。

 これで良いのです。

 パフェはメアリちゃんにあげて、ソフィアさんが回復してからまた作ってもらえばいいだけです。


「少し、よろしいでしょうか」


 なにやらフェルミアが強い眼差しをして私に言い、振り向いたソフィアさんを睨みつけました。


「姉さまにここまで言われて、あなたはただ甘んじるつもりなの? うるさいだけの雄鶏が鳴きもせずに、子供のように震えて泣くばかり?」


「……ぉ……ぃぇ……」


「恐いからなに? それで震えて大人しくなるような人間なの? 声も行動も存在もうるさいだけの耳短(ヒューマー)だけど、それがあなたの取り得じゃなかったの? それでたくさんの人間に慕われているのがあなたじゃなかったの? 恐れて戦わず逃げ出すような人間だったの? あなたは」


「ェ……ィァ……」


「別に恐いなら震えていてもらって結構。ただ私は姉さまに迷惑をかけてほしくないだけ。勘違いするな、雄鶏ッ」


 これもまた、一つの友情の形なのかもしれません。

 なんとその後押しを受けて、ソフィアさんがゆっくりとスプーンを手に取りました。

 苦悶の表情を浮かべ、イチゴの乗ったクリームをすくい、恐れと葛藤で震える手をゆっくりと口へ……。


「……うっ」


「ソフィアさん、無理しないで!」


 口まであと僅かというところで、ソフィアさんが嗚咽を漏らします。


「諦めればいい。あなたはその程度の雄鶏だということ」


 フェルミアがソフィアさんにそう言い放ちますが、きっとそれは激励なのでしょう。

 ソフィアさんもそれを受けて、果敢にスプーンを口元へ運び始めました。

 私の理解を超えた友情に、少しだけ嫉妬しちゃいそうです。


「うぅ……!」


 勇気を振り絞り、遂にスプーンに乗ったクリームを口の中へ。

 しかしソフィアさんは口元を手で押さえ、前かがみになって肩を震わします。


「大丈夫、ソフィアさ……ッ!」


 あわててその肩に触れた私の手が、パツンッと弾かれました。

 その肩の、高速振動によって――


「ソ、ソフィアさん……」 

 

 かたかたとソフィアさんの座るイスがタップダンスを始めます。


 慄くように机が震えだします。


 そして遂には、家が軋みを上げ揺れ始めます。


 あぁ、これやばいやつだ……。



 私はメアリちゃんに手招きし、少し離れたところで音止め(サイレンス)をかけて待機。

 はたして、それは起こりました。


「うぅぅぅまぁぁ――」


 ――それはもはや、人間の声ではありません。

 

 私はまた弾け飛んでいく窓ガラスを見ながら、ふと以前に読んだ魔法の論文を思い出します。

 実現はされていませんが、それは音を増幅し一点に集中させることで、対象を粉々に破壊できるという理論でした。

 私は今、その魔法で実現困難なはずものが、一人の人間によって成されたことを目撃しました。

 

 彼女の名は、ソフィア・ハイテンション。

 この町の町長さんのお孫さんで、明るく優しい……音響兵器です。


「んーっ! これは……、夢のようなおいしさですねっ!!」


 快活な笑顔を浮かべたソフィアさんに、衝撃波で吹き飛ばされた私は「こっちは悪夢のようだけどね」とは言いませんでした。


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