魔法使いは友情を深める。が、
せっかく蒸留器を買ったので、活用しなければなりません。
新しいフルーツミルクの材料探しも兼ねて、私は朝から森で薬草採取に勤しんでおりました。
「はい、ストーップ」
「きゅきゅっ」
モズリスちゃんから降りて薬草を採取。小さなベリーを見つけたのでついでに試食。
「すっぱっ! なかなかおいしいのないね」
「きゅるる……」
ここまで幾らか試してますが、今のところミルクと合いそうなものはありません。
とはいえ、町で果物を買えばフルーツミルクは作れますので、それほどのこだわりはありません。
代わりに朝からずーっと、私の頭の中にあったのは……。
「パフェかぁ……」
人というのは欲深いものです。
フルーツミルクが飲めるようになった途端に、また他のものを求めるのですよ。
でも食べたいものは食べたい! たーべーたーいーっ!
と、昨日のメアリちゃんのような声が、朝からずっと頭の中でこだましています。
ないものはないんですから、仕方ないんですけどね。
ため息交じりにまたモズリスちゃんに乗り、私は森の散策を続けます。
そして薬草群生地を把握し、そこから手軽に大量生産できそうな水薬に目星をつけていきました。
小耳に挟んだところ、教会の神官さんがご高齢のために、町の水薬が不足してきているらしいのです。
だから日頃の恩返しに私の方で用意しようと、今朝から薬草採取に来ているというわけなのです。
「うーん、もうちょっと他のも欲しいな。モズリスちゃん、まだ付き合ってもらえる?」
「きゅきゅっ」
快諾してもらえたので、私は楽ちんなまま川沿いに森を進みます。
モズリスちゃんの背は座り心地が良く、尻尾が背もたれ代わりになるので、ついうとうとしてしまいました。
そんな眠気と戦いつつも、しばらく採取を続け、やがて何やら町の人たちが作業している現場に出てきました。
やつれたソフィアさんの姿もあります。
ここ数日、早朝からお仕事をされていると聞いてましたが、どうやらそれがこの場所だったようですね。
「新しい畑を作ってたんだね、ソフィアさん」
牛に犂を曳かせ、土を耕しているソフィアさんに声をかけます。
草舟轟沈以降、未だにソフィアさんは生気のない顔をしたままでした。
「ィ……ォ……ァ……」
そして相変わらずソフィア・ローテンションのままです。
これはそろそろ何とかしなければいけませんね。
「きゅるる……!」
「どうしたの? え、もしかして手伝ってくれるの?」
「きゅ」
なんとモズリスちゃんが牛に対抗心を燃やし、犂耕を代わりにやろうとしています。
牛もソフィアさんと同じように痩せ細っているように思えますし、ご厚意に甘えてやってもらうこととしました。
パワフルなモズリスちゃんが、犂をぐわぁっと引きます。
その様に町の人から歓声が上がりました。ちょっと動揺も混じっていましたけど。
でも町に貢献したことで、間違ってももうモズリスちゃんが食べられることはないでしょう。
ほっと胸をなでおろし、巨大リスに畑が耕されるのを眺めながら、私はちらりと隣のソフィアさんを観察します。
お労しい姿になったのは間違いなく草舟轟沈が原因ですが、翌日には枯れ木のようになっていたことから考えると、ハイテンション家のオーバーリアクションがショック症状に対しても発揮されてしまったのでしょう。
病気としてはストレスによる拒食症。
痩せたいのであれば薬もないことはないんですが、その症状を治す薬も魔法も心当たりはありません。
心の問題ですから、そう簡単にはいきませんよね。
どうしたものか……と考えているところで、数名の男性たちが何やら騒いでいらっしゃるのに気づきました。
「うわっ、大丈夫ですか?」
ソフィアさんと共に男性たちの許へ来てみれば、お一人の男性がすり傷だらけでへたり込んでいました。
治癒魔法をかけようかと提案しましたが、「この程度平気だ」と仰るので採れたて薬草だけ渡しておきます。
その男性からお話を伺い、私とソフィアさんは少し離れた場所でそれを確認しました。
杭の様に打ち込まれた木の枝に、引っ掛けられているのは蔦で出来た輪っか。
強度不足を補うためでしょうか、蔦は編んでロープ上にしてあります。
「確かに、これは小さな獣用の罠だね。最近冒険者さんがこの辺に来てたとかは?」
ソフィアさんは首を振ります。
先ほど男性からこの罠の話を聞いた時、町の周囲に罠を張る場合には仕掛けと位置情報を共有するという話も聞きました。
でなければ危ないですからね、当然の話です。
とはいえ、実際に見知らぬ罠が複数張られている。
状態からして昔からあったものではありませんが、罠を張るような客人も今は町にいない……。
「じゃあいったい誰が……」
鬱蒼とした森の中、何か得体の知れないものがいるようで少し恐くなります。
しかし罠をそのままにはできず、私たちは罠を解いてまわってから開墾作業の現場へと戻りました。
なにやら畑を耕すモズリスちゃんが喝采を受けています。
「人気物になったからひとり占めできなくなっちゃいそうだね……。ソフィアさんッ!?」
私の肩にもたれかかったソフィアさんが、そのままずるずると倒れこんでいきます。
「ソフィアさん、しっかりして!」
あわててモズリスちゃんを呼び、その背にソフィアさんを乗せて家へと運んでもらうことにしました。
畑のことはみなさんがまかせろと仰ってくださったので、急いでモズリスちゃんを走らせます。
すぐにソフィアさんは目を覚まされましたが、もうどうしようかなんて悠長に言っている場合ではありません。
「ソフィアさん、ほんとに草舟が壊れたのは元々の問題であってソフィアさんのせいじゃないんだからね?」
家へと戻った私はソフィアさんに説明します。
でもソフィアさんもそんなことはわかっているんです。
心因性のものは頭での理解だけではどうしようもない場合もあるんです。
わかってはいる。けれど食べ物を受け付けない。ソフィアさんはきっとそういう状態です。
それに対しては、多少の知識があったって魔法が使えたって、私は無力でした。
「……じゃあわかったよ」
でも友人としてなら、まだできることはあります。
「今から私もソフィアさんと同じものしか口にしない。ソフィアさんが食べられないなら、私も食べない」
「ィ……ァ……」
「一緒にちょっとずつ戻していこうよ。ね、ソフィアさん」
ソフィアさんは弱々しく頭を垂れます。
肩が震えていますが、いつものような超振動ではありません。
「……姉さまがされるというなら私もご一緒します」
「ェ……ィ……ァ」
「勘違いしないで。別にあなたを哀れんで言っているんじゃない。ただ姉さまを置いて私だけ食べるわけにはいかな……そんな目で見るな、雄鶏ッ!」
そう言いながらも、きっとフェルミアも心配なんでしょう。
喧嘩相手がいないというのは、きっと張り合いもないでしょうからね。
「じゃあ今日は胃に優しいものにしよっか。ソフィアさんも一緒に食べてってね?」
弱々しく頷くソフィアさんの背を撫でつつ、私はフェルミアに目配せします。
照れるようにそっぽを向きながらも、フェルミアも頷いてくれました。
治すことはできなくとも、私たちには苦しみを共有することはできます。
自己満足かもしれませんけど、ほんの少しでもそれがソフィアさんの助けになると信じて。
「ぁ……ぃ……ぅ……」
「気にしないでね、私たちが勝手にやるだけなんだから。でもどうせやるなら食べやすくて消化しやすくて身体にも良い、とびっきりおいしいものを研究するのも悪くないかもだね! それで出来たレシピを病院に渡してあげたりねっ」
なんて言いながら三人で一緒に笑っていると、
「お姉ちゃーん!」
いつも通りな笑顔のメアリちゃんが扉を開けます。
その小さな両手には、大き過ぎる逆円錐型のグラス。
その容器にたっぷりと入っているのは……。
「パフェ貰ったよ! 一緒に食べようッ!」
「…………」
私はメアリちゃんに軽く微笑み返しながら――
――頭の中で泣き叫びました。




