魔法使いは買い求める
「あんたが魔法使い? 聞いた通り、か」
荷台にもたれ掛かっていた女性が、値踏みするような視線を私に向けます。
「あなたが行商人の方ですか、初めましてリヴィです」
合わせてフェルミアも紹介しましたが、町の人よりはさほどの反応はなし。
さすが町々を行き交って商売しているだけあって、森の民にもそれほどの抵抗はないようです。
「うーん、ぶしつけで悪いんだけどさ、あんたほんとに魔法使いなの? 全部使える?」
「え、精霊魔法や呪術の類は使えませんけど、基本的なものならもちろん?」
「あんたみたいな子を魔法協会が手放したって……?」
ははは、と曖昧に笑ってお茶を濁します。
以前ソフィアさんに元研究員だと伝えたのが広まっているようですね。
まあ手放すというか、そもそも協会に登録すらされてなかったんですけど、そこはいいですよね。
いちおう協会創設者の一人アメリア・クオンティーナの弟子なんですから。
行商人さん――カルメさんとの自己紹介を終えて、そのまま世間話を少々しますが何やら訝しげなご様子。
商売人の方ですから、新参者の審査には余念がないというところでしょうか。
ならばと私はおもむろにカバンから本を取り出します。
「こういうの仕入れられたらお願いしたいんですけど」
私が信用できる良客だと思ってもらうには、取引を重ねるしかないでしょう。
まずは手始めにと、おそらく手に入れやすいであろう軽いものをサンプルとして持ってきました。
それを受け取ってぺらぺらとめくったカルメさんの指が……ピタリと止まります。
「あ、あたし……専門外だけど、あんたこれ……ま、魔導書レベルの本とかじゃない……? いや、でもまさか――」
「レベルって言うか魔導書ですね。確か二百年近く前の」
「……」
カルメさんの手が震え、目が泳ぎ始めました。
「え、もしかしてからかってる? そ、それとも、怒っていらっしゃる?」
「ん? ……あぁ、すみません。持ってるものの中で一番簡単に手に入りやすそうなのを持ってきたんですけど、簡単すぎました? もちろんもっと高度な魔導書があればそれで良いんですけど」
「……」
カルメさんは二度三度と視線を私と本に行き来させて、立ちくらみでも起こしたように突然しゃがみこんでしまわれます。
「大丈夫ですか」と声をかけましたが、引きつった笑みを返されるだけでした。
「ねぇ、こ、これが……いくらぐらいするか、まさか知らないでいらっしゃる?」
ふるふると首を振ります。
なにせ書物はそのほとんどが老子の所有物でしたし、欲しい物は見えないメイドさんに買ってきてもらいましたし、言われてみれば値段なんて知りません。
少なくとも、このぐらいの本であれば屋敷にたくさん積んでありました。
老子が邪魔だからと薪の代わりに燃やしてたぐらいだから、大した価値はないんだと思ってましたけど。
と。そんなことを噛み砕いて伝えると、カルメさんは嗚咽を漏らしました。
「こ、これね、た、たぶんだけど、パルフェタイトの鉱石一塊と同じぐらい。あぁ……パルフェタイトってのはね、貴族連中が好んで使ってる宝石なんだ……ですけど、これが高いのな――」
「これですよね、知ってます」
「……」
カバンから取り出したパルフェタイトの鉱石を見て、カルメさんがとうとう青い顔で震えだしました。
おかしいとは思ってましたが、まさかハイテンション家の一族ではないですよね?
「ちなみにこれでその魔導書はいくつ買えますか」
「……生言って、すみませんでした……!」
カルメさんががくりと膝を突き頭をたれました。
このオーバーリアクション、どう考えてもハイテンション家の血が入っているようにしか思えませんが、
「……ぃ……ょ」
私のよく知るハイテンション家の末裔は、引き続いてのローテンションで応えてくれました。
何言ってるかは聞こえませんでしたけど。
「お姉さま、違いますよと雄鶏の干物は言っています」
そうなんだ。
というかフェルミアはなぜ微妙に例えに幅を持たせているのかしら。
「あの、よくわかりませんけど、こちらこそ何かすみません」
「いやいやいや、ご高名な魔法使い様だとはつゆ知らず、と、とんだご無礼を……!」
そんな謎のやり取りを繰り返して、やっとカルメさんと和解。いや和解も何もないのですが。
でもとりあえず、魔道書も鉱石もあまり人前に出さないほうが良いというのはよくわかりました。
どうやらどちらもそこそこ高価なもののようですね。
パルフェタイトも老子とがんがん砕いて研究に使っていたんで、宝石に使われるのは知っていてもそこまで高いとは思いませんでしたよ。
「おっ、おいおいまさかそれが魔法使い様ってか?」
やっと話が進められると思いきや、今度は槍を担いだ飄々とした男性がやって来ました。
冒険者さん、もしくは傭兵さんといったところでしょう。
にしてもまた魔法使いです。
もしかして昔の呼び方が流行っているのでしょうか。ならば私も乗らなくちゃ。
「はい、正真正銘魔法使いです」
笑われました。しかも失笑です。
「さすが田舎だな、可愛いもんじゃねえか。賭けは俺の勝ちってことで良いよな、カルメ。こんなところにいるのが魔法使――」
次の瞬間、槍を持った男性が宙を舞っていました。
カルメさんの見事なアッパーカットが決まったからです。
そのまま「黙れおらあ」と馬乗りになったカルメさんが男性を連打、男性はすぐに動かなくなってしまいました。
冒険者とはいったい……。
呆気に取られましたが、平謝りのカルメさんとまた和解。いやもう何がなんだかわかりません。
とりあえず落ち着いたところで、私はカルメさんに改めて依頼します。
「じゃあ魔導書じゃなくていいので、本を仕入れてもらえませんか。何かじっくり読めるやつを」
この町で穏やかに過ごし、ハンモックに揺られながらゆったりと読書……と考えていたのですが、実は本はあまり屋敷から持ち出せなかったんです。
だって、重いんだもん。
びっくりするぐらい重たかったんだもん。
屋敷を出る時に十冊程度お気に入りの本を持ち出そうかと思ったんですが、その場で腰をやられました。そして泣く泣く諦めたのです。
「そうだ、おすすめの良い物がちょうどあ……ありますよ!」
爽やかに笑ってカルメさんは馬車から荷物を下ろします。
がしゃん、と目の前にまず置かれたのは蒸留器。
本じゃねえし、です。
買わせる気ですよ、この人。さすがは商売人。
やはり書物も鉱石も人に見せてはダメですね。余計な買い物させられちゃう。
「あとこれ」
「これは……、これはッ!?」
それはまさかの出会いでした。
カルメさんが無造作に取り出した本、それは私が田舎暮らしに憧れるようになったきっかけの一つ。
田舎の別荘で毎日のようにお酒と遊びに興じる様が描かれた貴族様の自叙伝、その続刊――
――放蕩日和、第三巻ッ!
「買いますっ」
「今ならこの注文したくせにいらないと言い出した、馬鹿のせいで在庫になった蒸留器もおつけしております」
「買いますっ」
本当は蒸留器はいらないんですけど、まあ水薬や精油を作れますし、それに今後良い関係を築くための先行投資ということで。
「助かりますー。どっちも荷物になるばかりで困ってたんですよ」
えっ、放蕩日和人気ないの? えッ?
「それに今回は赤字とまでは言わないけど、儲けも少なくてですねぇ」
「あんまり売れなかったんですか? それとも仕入れ値が上がってるとか?」
「いやいや、この町の人にはご贔屓にしてもらってるし、そこは問題ないんですけどね。ただ今回は相棒に加えて冒険者を雇ってね。その分がねえ」
カルメさんのお話では、数日前に付近の街道で謎の山賊狩りが起きたそうです。
逃げ延びた山賊さん曰く、突然襲われ瞬く間に全員がやられてしまったらしいのですが、その襲ってきた相手の姿が見えなかった、と。
そして隣り町の人々は、その謎の存在を”隠れ狼”と呼んでいるとのことでした。
「しかも、昨日は領主様の車両までやられたらしいよ。被害はなかったそうだけどね」
さらりと嫌な事実が発覚しました。
あの紋章、領主様のでしたか。
面倒事にならなきゃいいなあ……。何でしょう、なりそうな予感しかいたしません。
とはいえ、未来の不安より今の幸せです。
カルメさんには気が向いたら仕入れて来て欲しいものを少々伝えて帰路につきました。
今日は顔合わせだけのつもりでしたが、放蕩日和第三巻が手に入りましたからね。大収穫ですっ。




