魔法使いは草丘をはしる
よいしょよいしょと丘の上に戻って来たところで、三人が駆け寄ってきます。
「お姉ちゃんなにするの?」
「姉さま、戻られるなら言ってください。ご一緒しますから」
「リヴィ姉、それはもしかして」
さらっとソフィアさんまで私を姉と呼びました。
私の妹が増殖中。
いちおう理由を尋ねてみると、
「皆が言っているのに、町長の孫である私が言わないわけには……」
その理屈は、おかしい。
けれど今は置いておきましょう。今はお披露目が先です。
さあ、震え慄くが良い……!
「これはなんでしょう、か!」
「ちっちゃいふね」
「いかだ」
「帆船」
「……正解」
「えぇ、なんだろう、わかんなーい」みたいな感じで、きゃっきゃっしてみたかったんだけどなあ。残念。
見たままだったようですが、細長いそりに帆を張ったこれこそ私の渾身の作品。
そう、これが私のプランB。
「名づけて、草舟!」
「まんまだねっ」
メアリちゃんが私のネーミングセンスを褒めてくれました。てれてれ。
「姉さま、つまりは……」
「もちろんっ」
草舟に足をかけ、しっかりとマストを握ります。
なんと立ち乗りスタイルなんです。
カッコ良いでしょう? カッコ良いんです。
足腰小鹿の私ですが、この舟で名誉挽回。
魔法使いの実力をお見せしましょう!
皆を下がらせ、私は意気揚々と唱えます。
「第二風魔法ッ、あっ!? あぁぁぁぁッ!?」
ボムッ!
と帆が大きく膨らんだ次の瞬間、想定以上の加速度で草舟が丘を滑り始めました。
振り落とされないようにマストにしがみ付いていた私は、ここでようやく気づきます。
――ブレーキついてない!
あまりにも今更です。
草舟は丘を滑り下り、最高速度で次の丘を上ります。
急角度の丘の向こうに、空が見えました。
「うわっ、こわっ、ひぃゃぁぁぁ――ッ!?」
視界いっぱいに空が広がります。
空に続く見えない道を滑っているような、不思議な感覚でした。
でもそれは一瞬だけです。
どう考えても痛いじゃすまなさそうな高さまで飛び上がり、そこから無慈悲な自由落下が始まります。
「あぁぁぁぁぁッ!? ゼ、第二風魔法ッ!!」
出力を上げ過ぎて風を受けた草舟が、今度はぐるんっと宙で回転してしまいました。
もう生きた心地がしやしません。
「うわぁぁぁぁぁッ!!」
ぐりんぐりんと宙で振り回されながらも、私はなんとか制御を試みます。
風魔法で体勢を整えようとしている内に、出力調整のコツを掴みました。
そして振り回されている内に、体重移動で機体の制御ができることに気づきます。
スパルタは老子だけにして欲しいところですが、おかげで墜落だけは免れそうです。
落下しながら草舟の船首を地面に向け、
「第二風魔法ッ!」
墜落直前で風を起こし、同時に体重を後ろ足にかけて前方を浮かせます。
そして風に乗った舟は速度を上げながら宙を滑り、徐々に高度を下げて無事に着地。
何事もなかったかのように、そのままぐんぐん進んでいきます。
「楽しいぃぃぃッ!」
気づけばメアリちゃんと同じシンプルな言葉を叫んでいました。
制御できるという確信さえあれば、恐いものなしです。
マスターした記念に、この遊びに風乗りという素敵な名前をあげることに決めました。
そこからは思いのままに草原を駆け抜けます。
丘を下って加速し、丘を上って空を飛び、大波のような斜面の内を滑り抜け、小さな丘を避けて蛇行して、止まることなく進み続けます。
広がる草丘の上、風と一体になったような錯覚を覚えて、地平線に引き寄せられるように草舟をいつまでも走らせます。
吹き付ける風が、滑るそりの音が、流れる緑の景色が、何もかもが心地よくて、ふと気づいた頃には家が見えなくなるほどの場所まで来てしまっていました。
まだまだこの先に行きたいという気持ちがあふれ出しますが、友人を待たせているのですからそうはいきません。
でもこれならきっとみんなも喜んでくれるでしょう。
魔法使いの面目躍如です。
早速戻って順番こで一緒に遊ぼう、と反転したところで私は視界の隅にあるものに気づきました。
「……馬車?」
少々まだ距離はありますが街道近くまで来ていたらしく、停車している馬車とそれを取り囲む人影が見えました。
「遠隔視!」
こそっと覗いてみると、私の心配はある種杞憂に終わります。
馬車が取り囲まれて襲われているのではなく、取り囲んでいる人々は馬車を守っているようでした。
ただならば何から守っているのか、という疑問が当然生じますがそれが判然といたしません。
見る限り周囲には何の姿もなく、動くものといえば、風に揺れる草と抜刀して周囲を警戒する方々だけです。
「むむむ……」
さらに拡大して観察しても脅威らしき姿は見えず。
代わりにわかったのは、その馬車の側面に紋章が描かれていることと、馬がいないことぐらいです。
どうやら馬車ではなく、あれは魔道機関車だったみたいですね。
馬車のそれより大きなキャビン、後方に取り付けられた柵つきの平台。
私も老子が協会から貰ってきた資料で読んだだけですが、確か平台に護衛を乗せて優雅に旅が出来る、という世界に数える程しかない高価な乗り物です。
となれば間違いなくお貴族様の車両であり、そして取り囲んでいるのは護衛の兵士の方でしょう。
さてはてどうしたものかと私は迷います。
気にはなりますが、出ないなら出ないにこしたことはありません。
余計なことに首を突っ込んで、これ以上ややこしいことになったら本当にややこ死しちゃいそうですから。
「……でもなあ」
見過ごせませんよね、やっぱり。
だって何かあったら後ろめたく思っちゃいそうですもの。
「はあ……やれやれだぜっ」
私は草舟で魔道機関車の許へと向かうことにしました。




