魔法使いは(図らずも)捗らせる
「じゃあまたね、モズリスちゃん」
「きゅるっ」
モズリスちゃんと別れ、私たちは町へと戻ります。
すっかり忘れてました(真には忘れていません)が、メアリちゃんのお父さん用に薬を作るという話でしたね。
もうパタリと倒れてしまいたいぐらいですけど、もうひとふんばりでございます。
「あたし、薬草取りたかったのになー。魔法のれんしゅー」
メアリちゃんが口を尖らせ、「わがまま言わないの」とソフィアさんにたしなめられています。
よほどこっちの方が姉妹みたいだなとぼんやり見ていたところ、ソフィアさんが振り向いて尋ねて来られました。
「ところでリヴィさん、どんなお薬を作られるんですか」
「言ってなかったけ、そういえば。まぁ気付け薬みたいなものかな。出来たらちょっとだけ飲んでみたらいいよ」
「病気にかかっていなくても飲んで良いものなんですか? なら興味はありますけど」
「あたしもー!」
「リヴィお姉さま、あの、よければ私にも」
「ふっふっふっ、びっくりするよお? 何ていったってね、悪魔の飲み物だからねっ!」
ぴたりと三人の足が止まります。
はてと振り返ると、メアリちゃんがなぜか感情の消えた瞳を私に向けていました。
「わたしのお父さんが、なにしたっていうの」
オコでしょうか。オコでしょうね。
言い方が悪かったようです。
「あはは、ごめんごめん。そういうことじゃないの。身体に害はないから大丈夫。心には害があるかもしれないけど」
「わたしのお父さんが、なにしたっていうの」
真顔のままですがやはりオコですね。はい。
トラウマがあるせいで変な言い方をしてしまいました。
これから作るのは悪魔の飲み物――と私が勝手に呼んでいますが、”エナジードリンク”という大層な名前が付いた気付け薬です。
水薬なわけですが、流通している配合とはまるで異なります。
このエナジードリンクは、古くより伝わる配合に老子が悪戯を加えた特別性なのです。
もちろん私がトラウマを持っているのは、そのせいです。
『もう眠りたい』
『もう頭が働かない』
『もう指一本だって動かせない』
研究の日々の中で私が限界を告げると、決まって老子はこのエナジードリンクを飲ませてきました。
これは、
『眠りたい者を眠れなくさせ』
『休みたい者を休めなくさせ』
『無理やり身体を動かせる』
――そんな悪魔の飲み物なのです。
「だけど、病気にかかっているお父さんにとっては、すっごく元気になる薬だから大丈夫だよ」
私の説明の大半をわかっていない様子でしたが、メアリちゃんには納得してもらえたようでした。
「「あの……っ!」」
なぜか息ぴったりでソフィアさんとフェルミアが言います。
「「よければ私にも作っていただけませんか!」」
ソフィアさんが眉間に皺を寄せ、フェルミアは冷たい表情で舌打ちを鳴らします。
「ただでさえ雄鶏なのに、それ以上うるさくなってどうすると?」
「元気になったって精霊魔法とやらは上達しないのではないですかねぇ?」
そして始まるキャットファイト。
もう、放っておいてもいいですよね?
「ささっ、メアリちゃん。早く戻って一緒に作りましょうね」
「がんばるーっ」
私はメアリちゃんを連れて宿へ戻り、ささっと調合を済ませます。
エナジードリンクを三つ完成させる頃、ようやく二人もやって来ました。
「ずいぶん遅かったね」と尋ねてみたところ、どうやらソフィアさんはフェルミアが町に入れるように話しを通してくれていたみたいです。
二人とも素直じゃないので、なんかもごもご言ってましたけど。
「じゃあ後はおじさまを治せば全て丸く収まるわけだね」
完成した品を持って、早速メアリちゃんの家へと向かいます。
おばさまに迎えられ、「嵐がくれば仕事がなくなるのに……」と何やら呟いているおじさまにエナジードリンクをプレゼント。
その効果は、てき面でした。
「ぬぅぅぅおおおぉぉぉ――ッ!!」
「お父さん元気になったー!」
「あぁ、あなたぁ……ッ!!」
完全復活を遂げたメアリちゃんのお父さんは
「あんなダメ人間になっていたなんて悪い夢でも見ていたようだ! 一生の恥だ!!」
と、つい先ほどまでの自分を完全否定――私は涙目――なされて家を飛び出していきました。
その足取りは軽く、まるで背中に翼が生えているかのごとく、です。
大工長が華麗に復帰したことにより、修繕は瞬く間に進んでいきました。
どうせならとプチリフォームまでして下さることになり、私はお言葉に甘えさせて頂くこととしました。
まさに順風満帆、と言いたいところでしたが、私は一つ大事なことを言い忘れていたようです。
「ま、魔法使い様、リヴィ様、どうか……もう一杯だけアレを、アレを下さいませぇぇぇ……ッ!」
「おじさま、お家ができたらお渡ししますからがんばって下さいね」
「野郎どもぉぉぉ! さっさと仕上げるぞぉぉぉッ!!」
おじさまが戻ると、今度は家の陰からふらふらと二人近づいてきます。
「り、リヴィお姉さまっ、い、卑しい私にも、アレを……!」
「私にも、私にもリヴィさん! なんでも、何でもしますからぁぁッ!! もう、耐えられませんッ!!」
「二人もお家が出来てからね」
「そこの耳短ッ! 何をぐずぐずしている、その手足は飾りですか! まだスライムのほうが役に立つでしょう!」
「森の伐採担当ぉぉぉぉぉぉぉッ! 早くこっちに木材を持ってきなさぁぁぁぁぁいッ!!」
あぁ、捗るなぁ。
全てはエナジードリンクのおかげです。
欲しいというので二人にもあげましたが、おかげで二人とも男性陣に負けない仕事ぶりです。
あっ、ちなみに言い忘れていたのは、エナジードリンクには依存性があるという話です。
数日で消える程度のものですが、あまりおいしくないはずなのに飲みたくて仕方なくなる代物なんですよ。
まさに悪魔の飲み物。
そんなものを私に飲ましていた老子って、ほんととんでもない人ですよねえ?
「リヴィお姉ちゃん」
「あら、なんですか。メアリちゃん」
メアリちゃんはガラスのような瞳で私を見つめます。
「わたしの町のみんなが、なにしたっていうの」
ニッコリ微笑んで私は応えます。
「ごめんなさい」
そしてそれから二日後、夜通し(三人だけ)の作業のかいあって、私のお家は完成したのでした。




