魔法使いは困惑する
「やだ、下着までびしょびしょ。ほら見て」
「見ませんよ! 炭になるまで乾かして差し上げましょうか!」
氷漬けにされていたというのに、お姉さんは飄々としていました。
ちなみに未だ「参った」とは言っていません。
「勝負は私の勝ち、ということでいいですよね」
「え、あぁ、そうね。なんて言えば良かったんだっけ?」
「……言うと思いますか」
クスクスと笑って、お姉さんは精霊魔法で身体を乾かし始めました。
ほんと食えない人ですよ。
冒険者さんも現実逃避してましたが、おっぱいの大きい人は負けを認めないんですかね。
となると、老子が若い時にナイスバディだったという話も信憑性があるように思えてきます。
あの人も意地っ張りでしたから。
あれ、じゃあ私も素直な良い子をやめれば……ワンチャン?
と思いましたが、私たちの許へ来たフェルミアを見てその仮説は崩壊しました。
この子も意地っ張りなところありますけど……ね。
うん。なんかごめんなさい。
「……? どうしたんですか、リヴィお姉さま」
「ううん、何でもない」
「フェルミア、この子今ね、あなたのむ――」
「おいっ、お姉さんおいっ!」
さらっと「お姉さま」呼びされていること自体おかしいのに、これ以上ややこしくされてはかないません。
ケラケラ笑ってるお姉さんを睨みつけていると、フェルミアがむっとした顔で私の横に立ちました。
「姉さん、いったいなぜこんなことをしたんですか」
一瞬その表情が私に向けられた気がしたのですが、どうやらフェルミアはお姉さんに怒っているようです。
「なぜって、聞いてなかったの? まったくあなたは……」
と、踊るように歩み寄ってきたお姉さんが抱きつきます。
なぜか私に。
「ちょっ、なに? え、まっ」
ぎゅっと抱きしめられて私は胸に溺れました。
息ができません。
おっぱいに――殺される!
「なら私が貰っちゃおうかしら。気に入ったわ、この子」
「姉さん……ッ!」
「んー! んん? んーッ!!」
胸に溺れる私の腰に、フェルミアが抱きついてきたようでした。
意味がわかりません。
何なんですか、この姉妹。
「やっぱこうでなくっちゃね。人間の町だと可愛い子がいてもなかなかこういうことできないから嬉しいわ」
「んん?」
「森の民はね、伴侶を得るまでの間、基本的に男女の触れ合いを禁じているの。長命だから、子孫を残すことに慎重なのよ。その結果できた閉鎖的な暮らしの中で、乙女たちの心がどこに向かうと思う? 姉のように慕うもの、妹のように可愛がるもの、憧れの女、親友、その関係性が甘い果実のように熟れたとき、どうなるかしら」
「ぷあっ、し、知りませんけど、それより離し……っ!」
さらにお姉さんは私を強く抱きしめ囁きます。
「ようこそ、花咲く園へ」
「んんーッ!!!!」
力いっぱいに胸を鷲づかみにしてやりました。
「もう、乱暴ね。そんなんじゃ嫌われちゃうわよ?」
「ら、乱暴もしますよ。死ぬかと思いましたよ! 悩殺者に嫌われようが知りませんよ!!」
息も絶え絶えとはまさにこのことです。
死因が巨乳では死んでも死にきれません。
「しかも何が花咲く園ですか。べらべらと適当なこと言って!」
「そこまでは間違ってもないんだけれどね? まあいいわ、ただ森の民の関係性が人間のそれとは少し違うことは覚えておいて。特に乙女同士は、ね」
妖艶に身をよじりながらお姉さんは視線を下げます。
その視線の先で、腰にしがみついたままのフェルミアがむくれた子供のような顔をしていました。
もう、何がなにやら……。
「さっきから気になってたんだけど、竜の寝息みたいね」
私の困惑なんて気にもしないお姉さんにムッとしてしまいますが、その表現は言い得て妙というものです。
「ソフィアさん、ちょっと落ち着こっか」
木の陰からこちらを覗くソフィアさんが、無言でゆっくり隠れて行きます。
でもさっきから「はあはあ」と大音量で森に響いているわけです。竜が出たと勘違いされてもおかしくはありませんよ。
「なにがっ! なにやらっ!」
遂に私も困惑極まり、地団駄を踏みます。
お姉さんは楽しそうにそれを見ていました。
私は本当に勝ったのでしょうか。
敗北感しかないのですが、おいしい勝利の美酒とやらはまだですか?
◇◆◇◆◇
「お姉ちゃんカッコ良かったっ!」
ぴょんと跳ねるように抱きついて来たメアリちゃんは、笑顔を輝かせていました。
「ありがと。怖くなかった?」
「ぜんぜん! すっごく楽しかった!」
楽しめることもまた魔法使いの素養の一つです。
一時の憧れでしょうけど、本当に魔法使いになれるかもしれませんね。贔屓目で見てるだけかもしれませんが。
「いいなぁ、すごいなぁ。私もえいって魔法を使ってみたいなあ」
「教えてー」と甘えるようにメアリちゃんは私の胸に頬ずりします。
まったく可愛いさかりです。
お姉さんに抱きつかれるより、よほどこっちのほうが嬉しいですね。
「そのうちね」
「やったあ! 約束だからね!」
にんまり笑うメアリちゃんに微笑み返しつつ、私を囲まんとする腕に視線を止めます。
「それで、ソフィアさんは何をしてるの?」
「え、皆リヴィさんに抱きついているので、町長の孫である私も抱きつかねばと……」
その理屈は、おかしい。
ただでさえ理解不能な事態に陥っているので、お願いだからこれ以上はご遠慮いただきたいところです。
モズリスちゃんにもたれ掛った私は深いため息を吐きつつ、離れた場所で何やら話し込んでいる姉妹に目を向けます。
余計なことをお姉さんが吹き込んでそうで怖いですが、姉妹での話を邪魔するわけにもいきません。
そしてしばらくしてからフェルミアが戻り、今度は私がその場から離れお姉さんと話をすることになりました。
「なんですか、お姉さん」
「いやん、優しくして」
「失礼します」
また抱きつかれました。
「いちいち、くっつかないでもらえませんかねえ!」
「良いでしょ、女の子同士なんだから。それに内緒話は囁き合うものでしょ?」
「風止め! はい、これで聞こえませんから解決ですね」
と言ったものの離しちゃくれませんでした。この横暴さとマイペース、やはり老子に通じるものがあります。
「ひとまず、お礼を言っておくわ」
嫌がらせ真っ最中に言うことではないですけどね。
「理解してもらえないかもしれないけど、森の民にとっての三百年はそう大したものでもなくてね。冷やかす者もいたけど、基本的にはみんな千年経つ頃にはフェルミアも上手く精霊魔法が使えるようになるだろう……程度の認識だった。そんなのだから、あの森の民にしては生真面目で考え過ぎる妹が、本気で悩んでいるって気づけなかったみたい」
「途方も無さ過ぎて、確かに理解が及びませんね。でも、お姉さんが悪いと思っているのはわかりました」
「そうは言ってないわよ?」とお姉さんは私の耳元でクスクス笑いながら囁きます。
なんか胸の奥がぞわぞわして身をよじりますが離してはくれません。
仕方なしに後頭部を押し付けてお胸をばいんばいんしてやります。
ささやかな仕返しです。
「でもほんとに、あの子があんなに誰かを慕っているのは初めて見た。姉としてはちょっと悔しいけど、でも認めちゃう。あの子初めてだから、優しくしてあげて、ね?」
何を艶かしい声で言ってくれているのでしょうね。このエロおっぱいお姉さんめ。
「あなた色に染まったフェルミアを見るのを楽しみにしているわ」
「そ、染めませんよ! この、このピンクお姉さん!」
「あら、今のあなたの顔のほうが、よほどピンクに染まってないかしら?」
楽しげな声を上げながらようやく私を解放してくれたかと思えば、お姉さんは肩を掴みくるりと私の身体を回します。
「はい、これ」
「何ですか。お詫びか何かで……あっ」
強引に握らされたそれはテンガラシです。
そういえば薬草を採りに来たんでしたね。
忘れてはいませんけど忘れてました。
「じゃ、またねっ」
そしてお姉さんは森の奥へと、振り返りもせずに去っていきます。
びっくりするぐらい、マイペースな人です。
「ね、姉さんッ!? ちょっと待ってください!」
あわてて追いかけるフェルミアに同情と共感を禁じえません。
きっとこれまでも苦労してきたことでしょうね。
皆さんの許へと疲れ果てた私は戻り、ひとまずテンガラシ入手を報告。
「なにか妙なこと言われたんですか」とソフィアさんが心配してくれますが、どう応えていいかわからず当たり障りのない返事をしておきました。
すると手の上のテンガラシを覗いていたミリアちゃんが、そのまま私の身体をくんくんしてから無邪気な笑顔で私を見上げます。
「リヴィお姉ちゃん、なんか……いんびだねっ」
「メアリ、難しい言葉を知ってるのね。でもリヴィさんほどの魔法使い様なら、隠し事の一つや二つあって当然よ。ねぇリヴィさん」
「え、うん、そうだね。いんび……隠微ね、隠微だね。あはは、まあミステリアスなのが売りみたいなところあるからね、魔法使いっ……て……」
メアリちゃんは何も言わず、じーっと無邪気な笑顔を向けてくれたままです。
ふと、何かそこに強いメッセージ性を感じました。
そして頭の中で幾つかの言葉が過ぎります。
いんび、隠微――
――淫靡……
……
無垢な眼差しを、私は見返すことができませんでした。
連投になってしまいますが、今日の内に後二話投稿して一章完結することにしました。お時間ありましたら是非!お読みくださいませ。
ちなみに明日以降は、一話か二話か投稿しつつ毎日投稿を目指す予定です。




